20131022

僕は突然、女性のもつ愛らしい本性を理解した。女性たちの思わせぶりな媚態は楽しいし、彼女たちのありふれた動きや話し方の中に深遠な意味を見て取ることができる。カップを口に運んだりスカートを絡げたりするときの女性たちを理解しなければ、女性を理解しているとはぜったいに言えない。彼女たちの魂は小さくて可愛らしいブーツの、高く反り返ったヒールでちょこちょこ歩き、そして彼女たちの微笑みは、たわいない習慣とひとかけらの世界史の両方を兼ね備えている。彼女たちの高慢さと分別のなさは魅力的だ。古典作品よりも魅力的だ。彼女たちの悪徳はしばしばこの地上で最高の道徳だ。女性が怒り狂ったらどうだろう、激怒したら? 激怒することを心得ているのは女性だけだ。
(ローベルト・ヴァルザー/若林恵・訳「ヤーコプ・フォン・グンテン」)



9時半にめざましでいちど起床したが二度寝してしまったために夢を忘れた。一時間後に(…)さんから電話がありそれによって目が覚めたが十分ほどの通話をはさんだためにやはり夢を忘れた。昨夜(…)さんにたのまれた面接志望の一件から話ははじまったが、話題はすぐに今朝のできごとに移動した。(…)さんが出勤するなりえらく不機嫌なようすになり、もう調子わるいんで帰りますわと(…)さんに告げるやいなや職場を去っていったとのことだった。従業員に聞いてもだれひとりとして理由がわからないという。さいきん職場の空気がわるいと(…)さん相手に愚痴っていたらしく、その空気のわるさというのはおそらく(…)さんの言動に耐えかねているところがあるらしい(…)さんの態度を意味しているのだろうけれど((…)さんはおれはもうあいつが同席している場では可能なかぎり口を利くつもりはないがそれで気を悪くしてくれるなよとひっそりと(…)さんに打ち明けたらしい)、さんざんひとを不快にさせておきながらいざその不快感をあらわにするものがあらわれたら空気がわるいと機嫌を損ねてボイコットしてしまう、そんな虫のいい話あるわけないよなと(…)さんも呆れかえっているようだった。おまえもこないだの日曜日けっこうピリピリきてたやろ、やっぱそういうん見てたらわかるしな、というので、まあ最近(…)さんはちょっと目に余るところがあるっていうかこれまでもいろいろあるにはあったんですけどあのひと発端のトラブルがここ最近一気に顕在化してきたみたいなところあるでしょ、で、もうそういうの目の当たりにしとるとちょっとおまえいい加減にしとけやみたいな感じになってくるんですよねこっちとしても、と応じた。(…)さんも間に立つんがしんどいって最近口癖みたいにいうとるし、(…)さんはもともと(…)さんにずっとこらえてきたひとやしそれに加えて(…)さんとの間にも立たなあかんし、もうちょっといろいろきつなってきますわほんまに。(…)くんがこのまま辞めるっていうんなら、と(…)さんはいった、そんなもんもう知ったこっちゃないんやけどな、ただこれで引き止めへんかったら引き止めへんかったでどうせまたなんか言いよるやろ、やけどおれもうせなあかんことようけあるしそんなもんいちいちなだめとる時間なんてないわけよ、ほんまめんどくさいわもう。(…)さんはこちらが電話に出るなり、いまひとりか、とたずねた。それは要するに(…)さんがじぶんのところに愚痴をこぼしに出向いたんでないかと考えてらしかった。そやしひょっとした今晩あたりまたおまえのとこに誘いに来るかもしれんけどやな、まあめんどくさかったら居留守使うなりなんなりしてそこは適当にあしらって(笑)そういって(…)さんは電話を切った。それから「まあしばらく様子見ますわ(笑)」というCメールが入った。やれやれと思った。やれやれと思う以外にいったいなにができる?
ここまで日記を書き記した。12時だった。それから「A」の推敲に取り組みはじめた。30分ほど経過したところで引き戸の開く音がした。京都新聞でーすという声が聞こえた。鍵をしめておくのを忘れたと思った。しばらくはヘッドフォンで物音の聞こえないふりをしたが、もう無理だと思ったのでしかたなく玄関に出た。案の定(…)さんだった。事情はすべて知っているわけであるけれども知っているともいうわけにはいかず、なにやっとるんすか、仕事はどうしたんですか、というところからはじめた。いろいろとしょうもない予防線をはりめぐらしながらの言い分ではあったけれども要するに(…)さんの態度が気に喰わないというのが要点らしかった。プライベートで何があったのか知らないがそんな不機嫌を職場にもちこむのは間違っているだとか、仕事が大変なのはわかるけれどもそれだからといって不機嫌になるのはおかしいだとか、まるっきりじぶんの非を疑うようすもなくそう言いつのってみせるのでさすがにちょっとこちらも頭にきて、あのね(…)さん、ぼくが傍から見とるかぎりではね、(…)さんがキレとる原因ってたぶん(…)さんすわ、(…)さんひとのことようイジるでしょ、あれ(…)さんだいぶカチンときとりますよ、と率直にいうと、いやそれはちがう、おれはそれはないと思うわ、とまるでとりあわないので、このひとどこまでじぶんを疑うことをしらないんだといい加減イライラしてきて、いやほんならもう正直にいいますけどね、(…)さんだけちゃいますから、なんやったらぼくもだいぶイライラしたりカチンときたりしとりますからねじっさい、(…)さんにしろ(…)さんにしろ(…)さんにしろ(…)さんにしろそうっすよ、傍で見とってね、あーもうそれ以上そこはつつかんほうがええんちゃうかなとか、そこは触れたらあかんやろっていうとこ(…)さんガンガンいくでしょ、あれね、はっきりいうてひやっとするんですわ、なんでそこせめるんやろって傍で見とってものすごいひやひやするんす、気ィわるうするっていうたらあれ以上のもんないってぼく思うんすけどね、とぶちまけてみたところ、いやああいうのはな、おれぜんぶ冗談でやっとんのや、それを本気でやっとるとおもわれとるんやったらまあ仕方ないけどな、などというので、(…)さんが冗談のつもりでやっとろうが本気でやっとろうがそんなもんどうでもええ問題なんすわ、要するに受取手の問題でしょ、ちゃいますか、ていうかそもそも冗談のつもりやったらなにやっても許されるっていう話でもないでしょ、その冗談が相手の神経逆撫でするっていう話なんすから、じっさいぼくやって一回(…)さんと揉めとるわけでしょ、あれやってあのときの出来事うんぬんだけちごうてそれまでに積もり積もったもんがあったんすよ、というと、いやちょっと待ってくれ(…)くん、あれはな、おれはもめごとやと思っとらん、それはわかっといてほしい、おれはあのとき本気で怒っとらへんしな、だからあれはもうそういうもめごととかな、そういうんではないんや、それはわかってや、と妙なこだわりを見せる。ゆえになるほどここらへんが(…)さんの自己正当化の論理の要所なんだろうなと思いつつそれならば余計にひきさがるわけにはいくまい、というわけで、(…)さんがどう思うとろうとね、率直にいいますよ、ぼくはあれはもめごとやったってはっきり認識しとる、(…)さんが怒ってなかったとしてもね、ぼくははっきりいうてクソキレてたからね、ほんまに、なんならさっきもいうたけどいまやってね、ここ最近の日曜日、(…)さんと顔あわせるときだいたい毎回イラっとするから、カチンときますから、ほやからぼくは(…)さんがツーンとした態度とったり黙りがちになったりしたっていう話もね、わかるもん、わかりますよ、じっさいぼくもイラついとるから、そんでほかのみんなもやっぱり多かれ少なかれイライラしとんの、傍で見とってわかりますから。ここまでいうとさすがの(…)さんでも少しは思うところがあったのかいくらか表情にかげりのようなものがきざしはじめ目は赤くうるみだし、それでいてまだ、おれは冗談の限度がわからんのや、頭おかしいからな、などとまるでじぶんのキャパの広さを誇るような口調で嘆いてみせるので、限度なんてみんなひとそれぞれでしょうけどほやからてじぶんの限度ものさしにして言いたいこと言いっぱなしっていうんもおかしな話でしょ、そんなんいうたらぼくやってね、(…)さん相手にしてこれはたぶんいわへんほうがええやろなとか、ここはつっこまんようにしとことかむちゃくちゃ気ィつこうてますわ、ぼくだけちゃいますしね、みんな気ィつこうてる、で、それってなんも特別なことちゃいますよね、当たり前ンことですよね、みんなそうしとる、それが礼儀やから、仮に不用意な発言で相手の気ィ損ねることがあったとしても相手の反応見て出方見て、それで学習もするでしょ、と、そういう話をしていたはずであったのだが、どういう流れであったのか、(…)さんはいきなり、仕事を辞めることも以前より考えている、このあいだも両親にそろそろ落ち着いたらどうかといわれたばかりだ、どこかで正社員になるべきなんだろうと思う、それかバイトを掛け持ちするか、いずれにせよ年内には結論を出そうと考えている、けれども正社員はやはりむずかしい、四十をまわっているし前科もまだとれていない、などと言い出して、これいまこうして記述の過程で思い返してみるに、じぶんになぐさめてもらう目的でアパートまでやって来たのにつめたく突き放されてしまって満たされず、それだから最後の泣き落としというわけでもないだろうけれども職場を去ることをにおわせて引き止めてもらいたがっていたんでないかと思われるのだけれど、正社員っていう道があるんやったらまあそっちいったほうがええでしょうね、というのがそのときのじぶんの応答だった。(…)さんはシャツの胸ポケットから何度もライターとタバコを出し入れするのをくりかえしていた。なんどその仕草をくりかえしたところでこちらは椅子から立ちあがらなかった。灰皿のある位置を教えもしなかった。
(…)さんの去ったところで(…)さんに予想通りの展開でしたとメールを送った。(…)さんから着信があったのでことのあらましについて説明した。あの分やとたぶん今晩あたり酔っぱらってほかのだれかに電話すると思うんすよ、ぼくになぐさめてもらうつもりがそのアテがはずれたわけやし、ほやしたぶん(…)さんか(…)さんかひょっとすると(…)さんとこかもしれんけどとにかくなんらかのアプローチはあると思うんすね、ほやけどそこでまた親身になってもうたらあのひとスーパーポジティヴやから、また簡単に正当化してもうていつものくりかえしってことになると思うんす、ほやしぼくも今回はふつうのひと相手やったらきつすぎるやろっていうくらい残酷な言い方したし、それでもまあとどいたかんどうかわからへんっていう具合のリアクションやったんやけど、まあみんなにももし電話があったら、遠回しな物言いとかほのめかしとかもうそういうんはやめて、ちょっときつすぎるくらいの言い方で正面きって突き放してもうたほうがええと思います、そんくらいのことせなあのおっさん絶対にわからへんし。
通話を終えてからふたたび作業にとりかかったもののおもわぬ来客により中断されてしまった集中力はなかなか復活しない。しばらく悪戦苦闘したあげく、よっし!時代祭見に行こう!と思い立った。それでついでに職場に顔を出してみんなにことのあらましをじぶんの口から説明しようと思った。15時前だったと思う。道路も歩道も混雑していた。瞬間英作文をぶつくさこなしながら職場にむかい、到着し、裏口から中にはいると休憩中で、とりあえず時代祭見てきますわ、まあついさっきまでぼくの部屋でもっとでかい祭があったんすけどそれはまた後ほどっつーことで、自転車だけちょっとここに置かしてください、といって外に出た。新聞に掲載されていた予定表では14時半にゴールみたいなアレだったようなのだけれど昨日(…)さんから例年16時半ごろまで延長するのだという話を聞いていたのではたしてと思いながら平安神宮まで出かけるとけっこうなひとだかりで、両脇を人垣に埋められた道路の真ん中をさまざまな時代の装束に身をつつんだコスプレイヤーたちがだらだらと疲れきった気のないようすで歩いているのが目についた。ギャラリーのなかには案の定外国人の姿が目立ち、金髪にはやはりいまだに視線が一瞬ひきとめられてしまうところがある。巴御前を見た。紫式部清少納言を見た。小野小町を見た。刀をもっていないたくさんの侍を見た。烏帽子をかむったお偉いさんも見たし、馬にのった黄金の鎧武者も見た。顔を真っ白にぬった少女も見た。鳳凰の羽根のようなものを背中につけた少女もいた。子供が前を通るたびに一部の見学者から長距離行脚をねぎらう意味らしい拍手がおこった。平安神宮を目前にした馬のいななきにどよめきが生じた。侍集団のなかのひとりがおじいちゃーんと声をかけられた方角にむけて笑顔で軽く手をふった。神輿も、雅楽隊も、法螺貝も銅鑼も見た。洋装した男性の乗る西洋式の馬車もあった。神官の装束に身をつつんだ最後尾の数名が元着た道のほうをふりかえり頭をさげたところで拍手がまきおこった。これにて終了というわけだった。行列は先頭から最後尾にかけて徐々に時代がくだっていくという趣向になっているらしかった。先頭が何時代だったのかはしらない。まさかアウストラロピテスクというわけでもないだろうけれど、しかし卑弥呼程度には時代をさかのぼるんだろうかどうだろうか。想像以上に見ていておもしろかったので来年は最初から最後までじっくり衣裳の変遷を観察したいと思った。
コンビニでおにぎりだけ購入してから職場にもどった。ことのしだいについて説明した。(…)さんの怒りの直接的な原因は先週の日曜日、(…)さんがみずからの大盤振る舞いをたからかにうたいあげているさいに、おれは生きた銭はみんなによろこんでもらうために使う、賭け事なんかにはぜったいに使わへんと、ここ最近連日パチンコで負けまくっている(…)さんのいる目の前で口にした、それが原因らしかった。いちいち腹の立つような皮肉を口にしよってほんまに、と(…)さんはいまいましそうにいった。(…)さんが(…)さんのことで腹をたてている姿をじっさいに目にするのはこれがはじめてだった。なんにせよまあプライベートをいちばん仕事にもちこんでんのは(…)くんやな、と(…)さんがいった。最近ちょっと目に余る、(…)さんあんまりにもひどい、と(…)さんがいった。きのうやってね、と(…)さんがいった、きのうやってね、部屋からここおりてくるなり掃除機バーンて投げすててね、ねっ(…)さん、そんでもうわめいとんの、それでほんとはマネージャーにやいのやいの言いたかったんやろけど、マネージャー(…)マネージャーと用事あって話しこんでたやろ、そやしわたし呼び出してな外に、それで(…)さんのあの態度はなんなんですかっていうもんやし、わたしはしらん、気になるんやったら(…)さん本人に聞いてみたらええやんっていうたったん、そしたらいやそれはいいって、ワシからはなんも聞かんっていうから。(…)くんはいったいどうしたいんや、なにがしたいん、と(…)さんがいうので、結局さいごはイモ引くんすよ(…)さんは、と(…)さんが応じ、もうあれやったら(…)さんあした直接(…)さんつかまえていうたったらどうです、文句あるんやったらワシにちょくせつ言えやって、もうそのほうが手っ取り早い気しますというと、でもそういうときぜったいになんもいわへんと思うわ、と(…)さんがいって、考えてみマネージャー、(…)さんがいままでやーやーわめいたことあんのってわたしだけやで、そりゃわたし女やからな、よわいから、だからわーわーいえんねん、しょせんDVしたりするひとってそんなんさ、女に手あげる人間なんてその程度、と吐き捨てるようにいう。明日直接(…)さんにそういってみたらどうです、そしたらぜったい(…)さんのことやからイモ引きますって、そこでしっかり次はないぞっていうたったらいいんですよ、なんならそこの包丁もって、と(…)さんがますますけしかけると(…)さんもいくらかその気になりだし、いやいやめんどい火の点けかたしてくれるなよと(…)さんのいきがりを懸念しながら(…)さんのほうを横目で見遣るとまったくおなじことを考えていたらしい苦笑があった。とりあえず明日の(…)さんの出方次第でどうにかしようということになった。それで(…)さんにはひとまずもめごとの詳細を知らないていでいてもらうことにして、ただ単純に明日、今日みたいな欠勤の仕方が続くようやったら今後どうなるかわかってるよなと、ややきつめにしかってもらうことにした。(…)さんは(…)さんのことが本当に好きで尊敬しているのでこれは効果絶大であるように思われる。
職場をあとにする(…)さんと(…)さんにつづいてこちらも帰宅することにした。時代祭を見物していた最中にアーロンチェアを購入した雑貨屋さんから電話があったのを思い出してかけなおしてみるもつながらない。留守電には問題がないようであるなら18時半から19時にかけて配達しますとあったのでちょうど家に到着するころだなと思った。それで帰宅してまもなく案の定チェアが届いた。以前お店のほうで対応してくれたおじさんのほかにもうひとりめがねをかけた若い男性がいた。家賃19000円の部屋に13万の椅子。代名詞は「成功者のシンボル」らしいのだが、いったいなにに成功しているのかしれたものではない。古いほうの椅子をどうしたものか。
夕飯の支度をするのが面倒だったので昨日母親にもらったレトルトのカレーをあたためて玄米といっしょにかっ喰らった。それから仮眠をとった。21時に起きてそれからここまでブログを書き記したのだけれどいちどフリーズしてしまったために書き直す必要が生じたそのロスもあってすでに23時半近く、ということはかれこれ二時間以上ぶっとおしでこのブログを書きつづけているわけであるというかそれ自体は別段なにもめずらしいことではなくただ推敲も英語の勉強もそっちのけでなにやってんだおれはというイラだちがわずかにある程度なのだけれどしかし驚くべきことに現状ぜんっぜん腰が痛くない!首と肩のあたりにわずかに負担が蓄積しているかなというくらいで以前の椅子に腰かけて二時間も打鍵しつづければだいたい背面全体が重くだるくそうして痛くなって集中がとぎれがちになったりするものなのだけれどしかしこいつ、このアーロンチェアなるもの、こいつはマジでやばい!まだまだ微調整の余地はあるわけであるしこれから使いつづけていくうちに最良のポジションを獲得することもできるだろうそのことを思えばますますやばいというか本当にほとんど負担なく作業に取り組むことができるのかもしれない。月産300枚もいまや夢ではない!すばらしい!
シャワーを浴びてストレッチをして布団のなかにもぐりこんで大西巨人をパラパラめくりながら寝た。