20131023

僕たちが何かを把握すると、その何かが僕たちをいわば所有する。僕たちがそれを所有するのではなくて、その反対に、僕たちが所有物にしたように見えるものが僕たちを支配するのだ。
(ローベルト・ヴァルザー/若林恵・訳「ヤーコプ・フォン・グンテン」)



9時半起床。11時より「A」推敲。15時すぎにいったん打ち止め。やはり集中力の限度は四時間らしい。納得のいくパフォーマンスを発揮したいのであれば三時間か。しかしそれではいくらなんでも物足りない。かといって注意力の散漫になりつつあるような状態で推敲に取り組むというのは不本意ではないというか、見落としが出てしまうだろうから危険だ。
作業を終えてたちあがるとだいたいいつも畳の上に倒れこまざるをえないくらい強いたちくらみを覚えるのがならいで、それでじっさいに倒れこむこともたびたびあるのだけれど、今日はたちくらみのたの字もないくらい平気の平佐でたちあがることができて、たちあがると同時になにかが足りない気がしてそれがたちくらみであることに気づくという妙な経路の果てに、アーロンチェアやばい!とまたなった。作業明けの簡単なストレッチをしていても背中のボキボキがぜんぜんおとなしいし凝りも重さも信じられないくらいマシで、かれこれ二週間ほど調子のわるい骨盤の右手だけがすこしばかり痛む程度にすぎず、椅子ひとつでこんなにも変わるものかとうれしい驚きをおぼえる。
炊飯ジャーのなかに水を張っておいてから小雨のなかをスーパーにむかった。外出のおともはむろん瞬間英作文である。帰宅してから炊飯器のスイッチを入れて、米の炊けるまでのひとときを利用して発音練習と音読にはげんだ。夕飯の支度を終えてさていただきますというところで大家さんがやってきて、肉じゃが的な煮ものと蒸かしたサツマイモをくれたので、じゃがいもとかぼちゃと鮭を塩こしょうとにんにくで蒸したタジン鍋のほうはあとで温めもきくことであるし夜食にまわすことにした。大家さんにはもう食事をもってきてもらわなくてもいいとやんわり断りをいれておいた。どうもじぶんは時間割なり献立なり一度うちたてた計画を乱されるのがあまり好きではないらしい。自閉症のひとみたいな妙なこだわりがある。
夕食をたべてから大西巨人のエッセイをぺらぺらめくり仮眠をとった。19時半に目が覚めたのだけれどあやうく二度寝しそうになって、仮眠はおそらく20分が最適であって30分となると眠りが深くなりすぎてそのまま仮眠ならぬ過眠になってしまうという前々からの危惧推定は正しいとあらためて思った。「A」の推敲を前に頭をしゃきっとさせるべくひとっぷろ浴びようと思ったら、風呂場にすでに先客の気配があったので引き返してきてこれを書いている。風呂場にはいたのはおそらく新しい住人かと思われる。きのうの日記に書きわすれたが、昼間湯をわかすためにティファール片手に水場に出たところ、めがねをかけた小太りの若者から今日からここに越してきたものですと声をかけられた。若者は友人らしい細身の男に引っ越しを手伝ってもらっているらしかった。小太りの男は以前(…)さんが住んでいた部屋に入室したということで、大家さんの話によると今週末だったかにもうひとりあらたな住人がやってくるらしく、その人物は以前(…)さんが住んでいた部屋に入室するという。いつのまにかぼくがいちばんの古株になっていたんですねと大家さんにいうと、ええええとうなずきながら大家さんはベンチに腰かけて笑っていたのだけれどしかしそれは昨日ではなくて一昨日かそこらのできごとだったかもしれない。きのう書き忘れたことといえばほかに(…)さんにメールの返信をしたことと、リッチテキストファイルで日記を書いているとたびたびフリーズするようになったということで、というかフリーズにかんしてはきのうたしか書いたはずであったことをいま思い出したし、たびたびといいながらも昨日と今日でそれぞれ一度ずつあったにすぎないのだけれど、それにしたところでこのパソコンもずいぶん年代物であることであるしいつぶっ壊れてもおかしくはないし、そうなるとあたらしいパソコンを購入する必要が出てくるわけで(…)の滞在費しかりアーロンチェアしかりパソコンしかり、このタイミングで臨時収入がはいったのは本当に神がかっているというかなにか大きな存在からおまえはまだ働くべきではないとメッセージを送られているような気さえする。(…)さんからいただいたメールで「A」推敲にたいするモチベーションが上昇したというところはたしかにあって(…)さんは「A」の読者第一号であるし、というか「A」を書きあげるまでの七年間だか六年間だかそれまでひとにじぶんの小説を読ませるという経験がほとんどなかった(ごくごく初期の若書きのひとつふたつはFに読んでもらった記憶があるもののやつが大阪を去って以降はだれにもじぶんの原稿を見せなくなった、というかそのあたりから作品を書きあげることがまず稀になり書きあげたところでその翌日にはデータごと消去みたいなことばかりが続いた)。書きそびれたついでにここに書きくわえておくと、おそらく一週間くらいまえだったと思うのだけれどいつかどこかの日記に挿入しようとしたまま放置になっているフレーズがあって、それは《おまえごときが自由気ままにふるまうことで世界にひびのひとつでも入るとでも思っているのか?夜郎自大め!おのれの無力を謳歌せよ!》というものでこれはたぶん風呂に入っているときか皿洗いをしているときだかに考えたものだと思うのだけれど(というのもそれら無心で手先を動かしている時間ほど頭のなかが日記化することはないから)、じぶんのような生活をおくる人間がたびたび衝突することになるきわめて日本人的な紋切り型モラルの発言者にたいするある種逆説的な反発が文意であって、その旨を記述するつもりだったのが延びに延びてここまで来てしまったのでもう無理やりここに挿入することにした。おなじことは以下の詩編めいたものにもいえることであって、これは(…)が滞在していたときにたしか書きつけたもので、それもきわめて不純な動機というかたしか(…)と例のごとくケンカをした晩、ベッドで(というか布団だけれど)仲直りをしようとたくらんでいるらしい相手の気配を察したはいいもののこちらはまだイライライライラしていたものだからだーれがその手に乗るものかよと、ぜんぜん書きものなんてする気分でもないのに意固地になってデスクにむかって座ってテキストファイルをひらいてなにやら書きつけているふりをすることで拒絶の意思をあらわにした、そのときほとんど自動筆記のように書きつけたもので、ものの数分で書きなぐったからこそであるのだろうけれどじぶんの手癖みたいなものがここに結晶しているというか、意味との距離感とかリズムとか比喩の重ねがけとかコノテーションのずらしかたとかまさしく典型的なじぶんの記述で、ほかのだれでもないじぶんの手垢にまみれた言葉の並びのように見えるのだけれどそれがはたして書き手当人であるじぶん以外の目にもそう感知されるものかどうかはわからない。

きみは演じることを忘れた役者で
おれは失うことを忘れた記憶のようなものかもしれない
筋書きだらけのあみだくじを縫い進む
たくさんの吉凶がきみの指先それぞれをいろどって
たとえばなしも追いつかないような出来事ばかりが結ばれる
いまだ孵化するきざしすらない卵をあたためて
受精する予定もない精子のようにさまよった
たくらまれた出来事のひとつひとつに偶然を見出して
この世の豊かさを保証するのがおれの仕事なのかもしれない

風呂場でシャワーを浴びておもてで着替えているところに声をかけられたのでふりかえると引っ越してきたばかりの例の住人がいて、お風呂ってここですかと問うのでああそうっすよと応じ、いま着替えとるんでもうちょい待ってくれますとやりとりしているところに大家さんがあらわれ、シャワーやら給湯器やらガスの元栓やらの説明をしてやってくれというのでここがあれでそこがそれでとちゃちゃちゃっと説明してやったのだけれど、(相手が)めがねをかけていなかったからなのかなんなのか昨日とはちょっと印象のちがう感じがするというかえらい巨体であるなと思わざるをえず、すると大家さんがこの方はアメリカンフットボールをと説明しはじめたのでなーるほどと合点がいき、ああそれでえらいええ体してはるんやというと、いやいやとはにかむような返事があった。漫画のキャラクターでいうならふだんは温厚でものすごく腰が低いのだけれどじぶんの仲間がやられたときには猛然と怒りくるって一人称もボクからオレに変化して力を発揮するわりと序盤で仲間になるパワー型ユニットなのだけれど終盤にすすむにつれて敵方にもっとえげつないパワー型ユニットが登場してどうしても存在感がかすんでしまうみたいなそういうポジションのアレだなと思った。
22時より部屋の照明を落として香を焚きふたたび「A」推敲にとりかかった。23時すぎにひとまず紙本への朱入れが終了したのでワードファイルを立ち上げデータの修正へと移行したのだけれど、前回ずいぶんと時間をとられた漢字の開きについては大方目処がたっているので今回の修正はそこまで時間のかかることもないだろうという当初の見通しがさっそくあやしい。今月中の公開はこれやっぱりちょっと無理かもしれん、というか無理だ。1時に作業を終えてさすがに腰にいくらかの負担をおぼえないわけにはいかないけれど、夕食の残りを食った。それで大西巨人をぺらぺらやりながら3時には寝た。