20131027

金というのは感覚を混乱させるようなやり方で消費すべきだというのは、ぜったい間違いない。なぜって、真に無駄遣いした金だけが綺麗な金なのだ(…)。
(ローベルト・ヴァルザー/若林恵・訳「ヤーコプ・フォン・グンテン」)



7時前起床。寒い。昨夜からずっと寒い。冬である。栄養ドリンクをがぶ飲みして出勤。8時より12時間の奴隷労働。朝から(…)さんのテンションがいつもより低い。こちらに接する態度のひとつひとつに距離感をつかみかねている者に特有の惑いのようなものが見え隠れし、あれ、思ったより効いてるじゃん、と思った。あとでその印象を(…)さんに告げたところ、たぶん(…)くんがイライラしてるとかカチンときてるとか思ってもなかったんちゃう、ほら、うちらはちょくちょくもめるしおたがいに思うところがあるのも知ってるわけやけど、とあった。効いてるなら効いてるでいいのだけれど、感情を殺すことのできない(…)さんであるので凹んでいるときはほんとうに凹んでいるように見えるというか、これは(…)さんや(…)さんとも共有している表現であるのだけれど、ときどき捨て犬のような目でこちらをのぞきこむようなことがあり、そんな目で見られるとどうしても同情心が起こる。そこで情けをかけると元の木阿弥になってしまうわけなのだけれど。そういう意味でもやはりめんどうくさいひとである。
夕方(…)から大阪出張でこっちに来ているので夕飯でもどうかという誘いがあった。今夜は(…)さんといっしょに先日一年ぶりに帰国したらしい(…)さん宅をおとずれるという先約があったのだけれど、(…)と会う機会というのもそうそうないので、(…)さんのほうはドタキャンすることにした。仕事を終えてから待ち合わせ場所の阪急河原町駅に行った。あらわれた(…)は私服だった。前回大阪に出張でやってきたときはたしか勤め先のレクレーションのためで、その日は半日中ずっとボートに乗っていたとかなんとかそういう話だったことを思い出したので、今日も大阪でボート乗っとったわけとふざけてたずねてみたところ、予想だにしていなかった肯定の返事があって、その瞬間、あの日からちょうど一年経つのだという事実に思い当たって、アッ!となった。ならば一年前をなぞりましょうかというわけで前回おとずれたのと同じ焼き鳥屋に入った。あんまりお腹減ってないんだよね、と店の前に到着するなり(…)はいった。そのセリフまで一年前とおなじだった。席について(…)は生ビールを、じぶんはグレープフルーツジュースを頼んだ。それから乾杯した。(…)にふりまわされて頭がわやになったとき突然電話してあのときはどうも申し訳ございませんでしたどうもご迷惑おかけしましたとひとまず頭をさげた。すさまじい勢いでまくしたてられたら相当たまってるんだろうなと思ったと(…)は言った。それからひとしきり(…)との二ヶ月間について感傷的に語った、わけもなく奴の半端ないわがままっぷりについて延々と愚痴った。姪っ子が生まれた話をすると、(…)にはすでに甥っ子がいるということだったのだけれど、兄嫁が出産して育児のために一時的に実家にもどっている期間中に(…)の兄が浮気をしたというエピソードが披露されて、ぜんぜん女遊びをするようなタイプでもないらしいのだけれどしかし事実としてたしかに浮気をして、当然といえば当然であるのだけれど離婚うんぬんまで話が進んだらしい(現在はひとまず安定しているという)。妻の妊娠中に浮気をする夫が実際問題とても多いという話は聞いたことがあるのだけれど、それにしてもこのようにありがちとされるできごとがしかし身近でほんとうに起こっていることを認識する瞬間の衝撃というのは、たとえばだれも想像していなかった出来事の不意打ちなどよりもよっぽど鮮烈に感ぜられるのはどうしてだろうか。ありがちとされるできごとのありがちさが正真正銘であることの力強さ。紋切り型に見事に還元されてしまうことの驚き。これはたとえば、旅先で出会って一夏をともに過ごした異国人の女が一年後の夏に来日してうんぬんかんぬん……ということの次第を客観的にながめるときの驚きとおなじものである。(…)についてはいろいろと心配をかけて協力もしてもらったのにあんな具合なバッドエンドですみませんとここでもやはり頭をさげた。いやー期待してたんだけどねーと(…)はいつもの適当な口調で応じた。仕事と金の話をしたら会うたびに稼ぎ方が黒くなっていくといわれたので笑うしかなかった。(…)は今月の頭に彼女と沖縄に行ったらしいのだけれど台風直撃で、わざわざシュノーケリング用の道具を一式運んだにもかかわらずすべておじゃんで、それじゃあせめてうまいものでも食べ歩こうかと思ったところで食堂やレストランの大半が雨戸を閉めて営業休止で、沖縄のひとって台風なんて慣れてるからぜんぜん平気でやってると思ったのにぜんぶ閉まってんの、海でなんかもちろん泳げないしそれだったらちゅら海水族館でも行こうかってなったんだけど閉まってて、営業は午前で終わりましたって、台風で閉まるなんて思ってもなかったから調べてもなくてホテルから車で一時間半くらいかけて行ったのに、コンビニで買ったら安いって聞いたからチケット買おうとしたら今日やってませんよっていわれちゃってさあ、それで近くに有名な橋があったからまあとりあえずそこ行こうかってなったんだけど風がすごく強くて、車なんか運転してても揺れまくってんの、だからいくつか橋があるんだけどその目的の橋の手前の橋でもうこれ以上行くのあぶないからやめよっかってなった。那覇の車事情でいえば(…)からおもしろい挿話をふたつ教えてもらった。ひとつはレンタカーの多さで、たしかに那覇本島を観光するならぜったいにレンタカーが必要みたいな話は聞いたことがあったのだけれど、(…)が宿泊していたビーチに面したホテルの駐車場にとまっていた車の95%は「わ」ナンバーだったらしい。レンタカー屋さんなんかにいっても規模がとにかくでかくて、平気で200台とか用意されているのだという。沖縄のドライバーたちは基本的にとてもゆっくりおだやかな運転らしいのだけれどなかにはとても荒くたいのがいて、その手の車を見るとかならずといっていいほど「わ」ではなくて「Y」で、この「Y」ナンバーというのはどうも米軍関係のアレらしい。暴風雨のなかレンタカーを返却するまえにガソリンスタンドにたちよると、スタッフの兄ちゃんの手にした伝票がぴゅーっと風に運ばれて飛んでいったという話がおもしろかった。高校生のとき渡り廊下で弁当を食ったあとのことだったと思うけれど、台風一過か春一番か木枯らしか、おそらくは春一番だったと思うけれど風のびゅーびゅーとぎれずに吹きすさぶのにむけてどことなく雰囲気のカニに似ていなくもない(…)という当時のツレがコンドームをふくらませたのを手放すと、信じられないくらいの高さにまでぐんぐんとのぼっていってそのまま昇降口をぬけて坂の下にあるグラウンドのほうまで、豆粒のように小さなピンク色の点になるまで遠方に飛んでいった、滑稽さがそのまますばらしくも胸をうつ完璧な光景、あの光景をなんとなく想起した。
焼き鳥屋をあとにするころにはたぶん22時半かそこらで、会計をすませる前とすませてからの二度にわたって猛烈な下痢ラ豪雨をくらってしまってこれ鳥じゃなくてなんか変な肉混じってたんじゃないかと思わないでもないのだけれど、財布のなかには千円ちょっとしか入っていなかったので(…)にひとまずカードを切ってもらって、そのとき(…)からクレジットカードとサインの関係についてはじめて教わったのだけれど(カードの裏に自前のサインを書き記す欄があってそこに記されたのとおなじサインを伝票に書く)名字の最初の一文字(ひらがな)をアルファベットっぽく崩してさらさらっと書きつけるそのサインがすごくかっこよかったのでいいなと思った。シンプルで洗練されていて、それにユーモアもある。もうすぐまがりなりにも本を出すわけであるしそれまでにこちらもかっこいいサインを開発したい。金を返そうにもコンビニのATMはやはり対応しておらずなんか小芝居をひとつうって(…)に払わせたみたいになってしまったのがとても申し訳ないので2800円耳をそろえていずれきちんと返しますとこの時この場でしっかりと誓っておきたいのだけれど、(…)は別れぎわになるといきなり鞄の中から紀伊国屋のビニール袋をとりだして、はい誕生日おめでとう、とこちらになにやらさしだして、なかをのぞくと『自重筋トレ100の基本』、クソ笑った。よりによってコレかよといったら、ウィッシュリストに入ってたなかでいちばん安かったし、という返事があった。ちゃんと家に帰ったらウィッシュリストから削除しておいてね、じゃないとだれかが贈ってくれちゃうかもしれないし。地下につづく階段前で一年前とおなじように別れた。よいお年を、といちおうは言い合ったけれど、年内にターナー展を見にもういちど東京に遊びにいこうかという計画もないことはないのだ(ただ最近の腰痛のひどさを考えると夜行バスに乗るのはちょっと避けたい)。
(…)と別れたとたんに猛烈な眠気に見舞われた。半分うとうとしながら自転車に乗って家路をたどり、スーパーで牛乳だけ購入して帰宅した。シャワーもブログも翌朝にまわして眠ろうかと思ったけれども、(…)にもらった本の裏表紙に記されたキャッチコピー「カラダ資本主義。」が目についた途端に爆笑してしまって、それで目が冴えたのでシャワーを浴びてストレッチして女の子事情の「透明人間」を流しながらここまで一気に書いた。木屋町界隈にはハロウィンのコスプレをしたひとたちがたくさんいた。コンビニの中では口元に血を垂らしたドナルドを見かけた。
去年の夏じぶんがタイに出かけた数ヶ月後に(…)もやはりタイ旅行にいっていて、今年の夏じぶんが沖縄に出かけた数ヶ月後に(…)もやはり沖縄旅行にいっている、この偶然の因果をさかさまに展開すると、じぶんが夏に(…)といっしょにそろって出かけた先に(…)は数ヶ月遅れでおとずれることになるという運命の力が働いているともいえる。そこで来年の夏はどうなるかという話であるのだけれど、少なくとも(…)の側から持ちかけてきたプランにしぼっていうと、1.ヒマラヤ登山 2.エルミタージュ美術館 3.ミャンマー修道院メディテーションセンター) 4.インドの四つが現状候補地として挙げられている。ちなみにそれらとは別になんとなくそろそろこのあたりに出かけるはめになるんでないかという個人的な予感も候補に加えるならば、5.あの世 6.刑務所 7.精神病院(閉鎖病棟) という計七つの選択肢があることになるわけだけれど、さて、どこにいきたい?