20131115

父 (…)C・S・ルイスの『悪魔の手紙 Screwtape Letters』に出てくる古参の悪魔で、甥っ子に向かって彼の受持ちの人間をどうやって堕落させるかというアドバイスを書き送る。そのアドバイスっていうのがこうだ。そいつにいつも過去と未来のことを考えさせておけ。けっして現在に生きさせるな。過去と未来は時間のなかにあるが、現在は時を超えて永遠である、と。
娘 時を超えて?
父 がつがつしないってこと。目的をもたず欲望をもたないってことだ。仏教では「無執着」という。
グレゴリー・ベイトソン+メアリー・キャサリンベイトソン星川淳吉福伸逸・訳『天使のおそれ』より「メタローグ:忍び寄ってるの?」)



10時起床。蕁麻疹はボチボチ。薬なしじゃあまだまだきついけれども切れ目に出てくる症状の具合から察すると良好な経過をたどっているように思われる。だらだらと朝食をとっていると玄関の引き戸を叩く音がしたのでおもてに出てみると知らないおばさんで、アパートのとなりにある空き地に停まっている車がだれのものか知らないかという。知らないというと、今日は空けておいてくれるようにと大家さんに頼んであったのだがと困った顔をしていい、これじゃあ停められないわと苛立ちまじりの溜息をついてこぼす。ここに住んでるひとはだれも車を持っていないはずだと告げると、でもお友達が来ているのかもしれないといい、隣室を指さしてここにはだれか住んでいるのかとたずねるので、そこは空き部屋だと告げた。それ以外の部屋は埋まっているけれども学生さんが多いのでおおかた不在だと思うと加えると、あらそうといいながらさっそく目についた部屋の前にいってこんにちわーと高い声で呼びかけながら部屋の戸を叩きはじめたので自室にもどった。
ここまで書いたとことでクソを垂れるために便所にいったのだけれどスウェットをおろしたら両脚が発疹だらけでまたもやムー大陸が浮上していた。ぜんぜん良くなってない。ストレスで蕁麻疹が出るんだったら矢口真理もやっぱりいまごろ全身えげつないことになっているんだろうか。全裸で押し入れに待機した経験は何度かある。訪問してきたツレを笑わせるためにだけど。
12時より発音練習&音読。発音もリスニングもむずかしい。いつまで経っても上達しない気がする。(…)といっしょに三人でいろいろ雑談していたときに(…)くんからちゃんと英語っぽい英語で発音できてるじゃないですかーいいなーなどといってもらったりしてなかなか悪くない気分になりもしたものだけれどしょせんは小手先の誤摩化しにすぎなくてあいまいに舌巻いてるだけみたいなところがなくもないというかきちんと発音できなければきちんとリスニングはできないというし、lightとrightとかlawとlowとかhotとhutとかsinkとthinkとかならべてはっきり発音してもらったらそりゃあ区別はつくのだけれどネイティヴのしゃべり言葉のなかに置かれてみるとぜんぜん判断できないみたいなところがあってこんなんじゃいつまでたっても埒が明かない。とはいえたぶんどこかでぐっとレベルアップするしきい値みたいなものがあるはずだからひとまずはそこに到達するまで延々と経験値を稼ぐわけしかないわけだけれど。これはたいていのことについていえる気がする。一日ごとに成長の実感をもたらしてくれるほど訓練ってやつは甘くない。
日本で手に入るほとんどのテキストって結局アメリカ英語の発音にしたがっているので勉強しているとうわこれSの発音とぜんぜん違うじゃんみたいなことがたびたびあってそれはちょっとおもしろい。(…)のあやつる英語はイギリス英語のlithuania訛りなわけだからだからそりゃまあテキストとはぜんぜん異なるのだろうけれど、でも(…)にしろ(…)さんにしろ英語の心得のあるひとたちみんなが彼女の英語はとても聞き取りやすいといっていて、なんだったらうちの母親までもが知ってる単語だったらぜんぜんクリアに聞き取ることができるからなんとなく言いたいことがわかるみたいなことをいっていた。そうしたわれわれの印象について当人に伝えるとそれはわたしがネイティヴじゃないからよと彼女はいった。ときどき忘れてしまうことがあるのだけれどきみは移民なんだもんなと、近所の夜道をならんで散歩しているときに、じゃなかった、あれはたしか河原町のほうにむけて昼間自転車をこぎながらだったはずだ、とにかくそう伝えると、そうよ、だからわたしはイングランドに引っ越した当初は移民ばかりが集まる安くて治安の悪い一画に住んでいたのよ、とほんの少しだけほこらしげに語ってみせた。
買い物に出かけるためおもてに出ると日がとっぷりと暮れていた。スーパーまでの道のりをわざと遠回りしていったのだけれど、むこうがわから歩いてくる手をつないだ制服姿の男女がとつぜん駆け出してこちらから見て右手前方の角をすごい勢いで折れていって住宅街の中へ消えてゆき、なんだなんだと思っていると前方から彼らを追っているらしいようすのおなじ制服の男三人組が半笑いの駆け足でやってきて、そのなかのひとりが、おれこんなんしてたらぜったい◯◯に明日怒られるわーとこぼしていた。要するに冷やかしだ。ひゅーひゅー口笛を吹きたい年頃なのだ。
帰宅後、玄米・納豆・冷や奴・鶏のささみと水菜と春菊とえのきの蒸したやつを調理して食し、シャワーを浴びてストレッチをしてからドビュッシーアーチー・シェップをお供に『トランスクリティーク』の続きをまったり読んだ。英語の勉強をはじめてからというものまともに音楽を聴く時間がとれていないのでたとえ読書のお供のながら聴きであるとはいえこういうふうにアルバム数枚をまとめて聴く時間があるとけっこうじんわりくるというか、いまならどんな音楽でもカラカラに乾いたスポンジのようにみるみるしみこんでしまう耳になっているので音の鮮度がやばい。音楽作りたい。小説に飽きたらぜったいに次は音楽をはじめよう。小説のもっともすぐれた点は音楽制作や映画製作や美術制作にくらべて圧倒的に金がかからない点だと思う。まさしく持たざるもののための戦場である。まあこっちは成功者のシンボルことアーロンチェアをもってるわけだけど。何に成功したの?生まれることに成功した!