20131124

23日
夢。酩酊している。照明の落とされたせまくごみごみとしたアパートの一室にいる。スナックやラウンジの入っているビルにあるような、各階に入っている店の名前が記された看板の縦に連なっているものが、真っ暗な部屋のなかのがらくたの山にうずもれてぼんやりと光を放っている。そのなかに(…)さんのつとめている店の名前があることに気づき、そこではじめてじぶんが(…)さんのマンションにいるのだという事実を自覚するにいたる。(…)さんはふだんひとをじぶんの部屋にあげることがない。いったいどういう経緯でここに足を踏み入れることになったのかと考えるも酩酊しているせいで頭がうまく回らない。煙を深々と吐き出す(…)さんの姿がうっすら見える。外の空気に洗われて頭がいっきに冴えたものか、真夜中の住宅街をぶらぶらとさまよい歩いているじぶんに気づいてはっとする。コンビニに買い出しにいってくると(…)さんに告げて部屋を出たことを思い出すが、どこからどうやってここまで来たのかまるで思い出せない。閑静な住宅街である。いちどおとずれたことがあるはずだとぼんやり思う。それからあたり一帯がいわくつきの地域であることに思い到る。(…)さんはその手の地域を好まない、にもかかわらず実際はこのあたりに住んでいるらしい、その事実の食い違いに面子とプライドをなによりも重視する(…)さんの性格を見てやれやれと思う。メークロン市場のようなところを歩き回っている。昼である。肌の黒い一家にこのあたりに(…)という表札の出ている家はないかとたずねる。めぼしい返事は得られない。列車に乗りこむ。車両から車両へまっすぐに歩きつづける。車内には修学旅行生の姿がちらほらとある。ぎゃーぎゃーと騒いで通路をふさいでいる姿のいくつかあるのにげんなりして列車をおりる。ふたたび真っ暗な部屋のなかで息をついている。すべて幻覚だったのだろうかと思う。時計が見当たらない。経過した時間もおしはかれない。煙が輪を描きながらたちのぼる。志村けんが監督したホラー映画があるんだけどどう、と(…)さんがこちらにDVDのパッケージをさしだしてみせるのに、別に見ても見なくてもどちらでもいいやと思う。
3時半起床。3時にいちどめざめたのだが、クレー魔ー(クレーマー+通り魔)の部屋のほうからうすい壁ごしにだれかと早口でしゃべりつづけている声のようなものが聞こえてきて、通話中かなにかしらんがめずらしいこともあるもんだなと思ったのだけれど、平坦な抑揚の発語が途絶えることなく延々と一方的につづくようであるさまを思うと、あるいはひょっとすると音読か何かしていたのかもしれない。夢は二本立てだった。二本目のほうは小さな古着屋でコートやらブーツやらを物色している内容だったのだけれど、現実には架空の産物であるにもかかわらずたびたびおとずれることのある店として夢のなかで認識されていたそのフロアの間取り、メンズコーナーとレディースコーナーの区分けであったり、どこに帽子が置いてあるか、どこに中古の靴が並べられているか、どこにセール品があるか、どこにカウンターが設置されているか、それらすべてが眠りからさめた後の頭のなかでもなお明瞭に把握されており、そうした図像(イメージ)のじつに解像度の高く保存されたままであるのに引っ張られてか、よくおとずれる店という夢のなかの設定までもがまるでそっくりそのまま現実に持ちこされてしまったような違和感を寝覚めの頭にじっくり覚えた。こんな経験ははじめてである。いい冬服はたくさんあったが、しかしそのどれもこれもがLサイズだったのが残念だった。
ヨーグルトを食したあとコーヒー片手に「A」推敲。最大の難所をひとつ突破した。ブレイクスルーの完全なる手応えを覚えた。こんなふうにあざやかなかたちで突破できるんだったらねばる甲斐もあると思った。それだから今日中に無理やり推敲を終らせてサンプル本の発注をかけるという案はボツにして、来週一週間も推敲に追加してあてようと考えなおした。まるで製作期間と製作費の双方が当初の予定を大幅にオーバーしてしまう映画監督のような気分だ。締め切りに甘えるのは楽だ。締め切りはやめどきを与えてくれる。なにかをはじめることよりも、つづけることよりも、やめることがいちばん力を要する。その決断を自身で下すことの尋常ならざる困難!
8時より12時間の奴隷労働。アホみたいに忙しかった。ホテル入るのに昼間っからずっと順番待ち、みたいな。年に一度あるかないかの商売繁盛っぷり。紅葉シーズンもピークともなればやはりこうなるわけだ。みんなボロッボロのガッタガタになっていた。気の毒でしかたない。Jさんなんて足をひきずって歩いていた。
(…)さんがめずらしく(…)さんに苛立っていた。(…)さんの友人の(…)さんがネイルサロンかなにかの店をはじめるにあたって従業員の女の子を募集していたのだけれどだれかいい子はいないかと(…)さんが(…)さんにあたって、それだったらと(…)さんがむかし若干ごにょごにょあったネイルサロンで働くのが目標の女の子にひさしぶりに連絡をとってどうかと問い合わせていたらしいのだけれどそれがとつぜん女の子そろったんでもういいですと一方的に打ちきられてしまって、そんじゃあいまおれが話をふってやったほうの女の子はどうすんだよ、すごく乗り気になっていたのにただ期待持たせてしまっただけかよ、おれの信頼これでぜんぶ白紙になったじゃんかよみたいなアレで(…)さんは頭にきたとを語気をあらげていうのだけれど、傍から聞いているかぎりでは別にそれほど怒るほどのことじゃないんじゃないのと思わないでもないというか、(…)さんとしてはやはりいまだに未練があるというか本人は否定しているけれどもうまいチャンスがあればもういちどみたいな下心のないわけでもなく、それが今回の件で期待をもたせるだけもたせておいて結局なにも力になることのなかった頼りない男というイメージを相手に抱かせてしまった痛恨の極みだわこれみたいな、いままで慎重な間隔でメールして距離をつめてきていたのにこれで努力はぜんぶ水の泡ですみたいな、そういうアレで猛りくるっていたんでないかというふうに察せられないこともなく、このひと女がからむとけっこうこんな感じで神経質に取り乱すんだろうなと思った。
その(…)さんから今晩は空いているかとたずねられたので空いてますけどと応じると、遅くなったけどこれ以上のびのびになってしまうんもアレであるし(…)くんの誕生日ということで今晩あたり祇園で飯でもごちそうしたいんだけどとあったのでいよっしゃあ行きましょうとなった。そういうわけで帰宅してからすぐに服だけ着替えてバス停にむかいそこからバスにのって祇園まで出向き花月のまえで(…)さんと落ち合った。当初の予定では(…)さんのお店にいって若干ひっかるべきものをひっかけてから肉を食うというアレだったのだけれど営業は休みであるにもかかわらず今日はママが店にきていて娘とふたりで飲んでるとかなんとかそういう関係で使えなくなってしまったのでまあいいかとなってとりあえず喫茶店に入ってコーヒーを飲んで、それから予約のとってあった22時ごろに(…)さんの知人というかお店のお客さんがやっているという鉄板焼き屋に連れていってもらった。「お肉の焼き加減はどうなされますか?」「それじゃあぼくはレアで」という漫画・小説・映画・ドラマでしか見たことのないシーンを現実に演じてしまった。会計がいくらになったのかは知らないしたずねるのも野暮な話であるから黙っていたのだけれど視界の片隅でお札が三枚ほど飛び交っていた気がする。肉、すごく美味かった。腹いっぱい食った。中島らもの話を少しした。じぶんたち以外の客が去ったところで身内モードのくだけた空気での会話がはじまった。有線変えてもいいですかと店長さんが切りだし、ジャズがクリスマスミュージックに変更され、そこからビール片手に(こっちはむろんソフトドリンクだけど)お店の雰囲気を考慮する必要がないだらしのない声色での会話がくりひろげられた。ほんとこの子ね、さっきからほんとアホなことばっかり口にしてますけどこんなんでもじつをいうと彼アーティストなんです、小説家で、ただごらんのとおり頭がちょっとおかしいせいでまだ日の目を見てないんですけど、と(…)さんからあらためて紹介されたので、毎日消しゴムみたいな食感の胸肉ばっかり食っとる(…)といいます、とあいさつした。なんとなく雰囲気的にデザイナーの方かなと思っていましたといわれたので、またそっちかよと思った。サーロインのサーが将軍のsirであることをはじめて知って、(…)さんといっしょにこれちょっとおどろきのトリビアっすねーと興奮した。それから芥川賞の受賞会見で新聞記者らからよこされるあらゆる質問にたいして「それはそうとして、サーロインのサーって将軍のsirだってことご存知ですか?」という切り返しで応じるという計画が温められた。店を辞去するときにこのお肉の味は一生忘れませんといったら(…)さんに爆笑された。曰く、(…)くんほんま飯うまそうに食うからそこらの女の子よりもよっぽどおごりがいあって気持ちええわ。ごちそうさまです。タクシーで家の近所までいってそこからケッタにのって帰宅した。肉でぎゅうぎゅう詰めになった腹をぽんぽん叩きながら床に着いてすぐに寝た。時刻は2時近かった。結局24時間近く起きつづけていたわけかと入眠前のふわふわした頭で思った。不眠耐久は24時間でひとつの区切りという感じがいつもする。


24日
夢。高校の教室にいる。テスト中らしい。教師の姿はない。自習のようにも見える。めんどうくさいのでテストなんて放っておいて外に出ることに決めて席を立つと、匿名的なクラスメイトからなにやら声をかけられる。おちゃらけた返事をしてから教室をあとにする(ここに舞台設定はあくまでも高校-時代であるにもかかわらずじぶんのキャラが上洛以降のものになっているという奇妙なねじれが在る)。おもてに出ると快晴で、ヨーロッパの都市部にあるひろびろとして整備された噴水前広場のような一画を行き来するひとびとの姿を高いところからながめわたしながら、なにかしら冒険のはじまりめいた高揚をおぼえる。広場の真ん中に水場がある。ひとりがけの肘付きソファみたいなかたちをした洗面台で、座面にあたるシンクがひろびろとしている分、背もたれの位置にある蛇口が遠くて水を出すのに難儀をする。そこで中腰になりながらとまらない鼻水を延々とかみつづける。すると隣の洗面台にチアリーダーのような女性がふたりあらわれる。ものすごくかわいくてエロいなと思う。広場は道幅のひろいなだらかにうねっておりる螺旋状の坂道につながっている(それはどことなく高校の坂道をおもわせる)。その坂の頂点に立ちながら冒険のはじまりめいた高揚をふたたび強く感じ噛みしめる。
6時半起床。8時より12時間の奴隷労働。午前中は洗い場の鬼と化すくらい延々と皿洗いをしつづけるはめになったが、午後からは比較的落ち着いていた。帰宅するとすでに(…)が部屋にいた(部屋の鍵をなくしてからというもの無施錠の日々が続いているのだ)。ひとっ風呂浴びたのちどうでもいいラーメンを食いに出かけそれから例のごとく(…)に出向き、夜遅くまで内容がまったく思い出せないくらいどうでもいいことばかりをだらだらとしゃべってだべった。仕事を終えた日曜夜恒例のこのクソほど中身のないひとときだけが、その後五日間にわたってくりひろげられるわが平日の戦場、だれひとりと口を利かずに終ることもめずらしくない創作と勉強の五日間にむけてじぶんの頭を整えてくれるのである。男が別れた恋人のことを語るときは未練のあるときであり、女が別れた恋人のことを語るときは未練のないときである、という笑い話を(…)から教えてもらった。しばらくの沈黙のあと、まあでもぶっちゃけこれおれらどんぴしゃで当てはまっとるよな、と言い合って笑った。(…)さんにりんごとチーズをもらった。顔をあわせるたびになにかしらもらっている気がする。
帰宅後(…)が去ったのちひさびさに酩酊して眠った。いろいろなことを考えたり感じたりしたはずなのだけれど考えすぎて感じすぎたせいでキャパオーバーしてぜんぶ忘れた。金曜日は(…)と四条に出かけて浮いた10万円で財布とめがねとコートを買う予定なので木曜日までに推敲を終えなければ。