20140112

「最近、新しい作品をレコーディングしたんだ」
 とラズリは言って、テープをカセットデッキに突っ込んだ。流れてきたのは、何だか凶悪な音楽だった。死にかけの獣が吠えているような。ベースが背骨のようにきしみ、ディストーションをかけたシンセサイザーがうねる。そこに訳のわからない英語の歌詞の絶叫。
「この楽曲のテーマはね、“空腹”なんだ」
 ラズリは黒い小箱を膝の上に載っけていじりながらしんねりとそう言った。
「面白い音楽だな」
 おれは言った。
シーケンサーを使ってるの」
「そうだよ。ドラムスとベースがシーケンサーで、あとアナログのシンセサイザーを使ってる」
「とても絵画的だ。おれは昔、ヘンリー・ミラーを読んでいたんだが、そこにミラーが馬の絵を描くシーンがでてくる。最初馬を描いたんだが、どうにも気にくわない。で、描いた馬の上にまた馬を描いてみた。それでも納得がいかない。で、どんどんどんどん上塗りをしていったら、とうとう最後にキャンバスがまっ黒になってしまった。そのまっ黒のキャンバスにミラーは白絵の具で“馬(ホース)”と描いた」
「へえ」
「この音楽はその馬の絵みたいだな」
「それはほめてるの?」
「ほめてもくさしてもいないよ」
中島らも『バンド・オブ・ザ・ナイト』)



6時半起床。バナナとヨーグルトの朝食。8時より12時間の奴隷労働。日曜日は(…)さんが休みのためにひとりで過ごす時間が必然的に多くなる。すると内職がはかどる。今日はひさしぶりにたっぷりと英語の勉強をしたという手応えを得ることができた。夏の五ヶ月間を無駄にしないという貧乏くさい考えが勉強の継続における主たる動機のひとつとして機能している現状は情けなく薄弱であるが、森羅万象を時間の損得勘定に結びつけて計算してしまう昔なじみの強迫観念のなかに置いてしまえば、この動機も見栄え以上の論拠を宿して力強い。おのれに固有の病理をいかにして武器へと転じてみせるか。老練の手管。
(…)さんにバス代として千円貸した。Jさんは金を貸してほしいときだいたいいつも「(…)くん元気ィ?」といいながらへこへこしてやってくる。ほんでなんぼいるんすか?と単刀直入にたずねると、なんぼやったら出せる?とわけのわからない切り返しをされたので、ほんなら煙草一箱分ねと応じると、いや煙草ちゃうねんワシ煙草はもういらんバス代がほしいねんというので、面倒だから千円渡した。すると利子の先取りとしてチキンラーメンを一袋くれたので昼飯としてかっ喰らった。
きのうにくらべると体調はずっとよくなっていたというか頭痛にも発熱にも悩まされず良好であったのだけれど、念のために(そしてなによりタダであるので)職場の薬箱に入っている風邪薬を飲んだ。夕方に間食としてパスタを食したら若干胸焼けしたのでやはり胃はまだすこし参っているのだなと判断した。日曜日といえば(…)とのくら寿司→逃現郷コースの確定されてひさしい昨今であるけれど、今週はパスさせてもらうことにした。明日が休みだったらまだしもクソ忌々しい祝日=出勤日となればさすがにこの病みあがりとも病みかけともつかぬ体で夜更かしするわけにもいくまいと大事をとったのだ。続く平日の貴重な四日間を寝床ですごすようなまねだけはしたくない。
帰宅するころにはずいぶんと体調もよくなっていたことであるし景気づけに筋トレでもしようかなと思ったが、こういうときに無茶をしてけっきょく後になって苦しむのがじぶんの常道であるような気がしたので控えておくことにして、夕飯も豚肉と白菜の蒸し煮少量と納豆だけにしておいた。郵便受けのなかに不在連絡票が2枚入っていた。1枚はamazonから発送された外付けCD/DVDドライブのもの、もう1枚はBCCKSから発送された「A」紙本のものである。両者ともに火曜日の昼前に届くように手続きをしておいた。
シャワーを浴びてストレッチをして0時には床に着いた。灰のなかでくすぶる火種のような胸焼けだけが一日の最後まで居残っていた。