20140202

 ピジャマという簡単な衣服のこれ以上様々な着方は考え出せるものではない。彼等は日本の軍隊の習慣に従って皆上衣をズボンの中へたくし込んでいたが、或る者は喉まできっちりボタンをかけ、或る者は襟を背広のように折り返していた。袖は或いは手首まで或いは肱まで折り返し、ズボンの裾もまたこれに準じた。上衣をエプロンのように前から着て、隣人に背中でボタンを掛けて貰っている者がいる。或いは全然上衣を脱いでしまって、それを夜着のように顎までかぶったり、またはきちんと竪に半分に折って仰臥した胸に載せた。共通の特徴はいずれもズボンの紐をかたくしめたことである。或る者はそれでも腿のあたりの寛やかさに不安を感じるらしく、それを股一杯に引き上げたので、紐の結び目は乳の上まで来てしまった。そしてピンと張った布地の下に、餓鬼のようにふくらんだ腹の曲線を見せて歩き廻っていた。
大岡昇平『俘虜記』)



5時45分起床。が、その20分前にやはりいちど目覚めた。なんたることだ! 緊張した眠りを強いられているとは! 簡単なストレッチをこなし(寝違えはずいぶんマシになっている)、トーストとバナナとコーヒーの朝食をとったのち、リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」(カラヤン指揮)を聴きながら昨日づけのブログの続きを書いた。
8時より12時間の奴隷労働。(…)さんが読売新聞に掲載されていたキッコーマン主催のエッセイコンテストみたいなやつに応募してみればどうかと応募要項のページをわざわざこちらにひろげて持ってきたので、こんなもん送ったところでしょうがないっすわといいながら紙面に目を落としてみると、大賞は賞金30万円とあって、マジで!?となった。原稿用紙たったの3枚で30万!これは送るしかない!ということで締め切りまでまだまだ時間のあることであるし(…)さんとそろってなにか適当なことをでっちあげて書きおくってクソ美味い焼き鳥を思う存分喰いちらかすための予算をゲットしようという話にあいなった。紙面にはお手本として審査員のひとりである知らない作家(しかし直木賞受賞者らしい)のエッセイが掲載されていたのだけれど、無害なこときわまりない1200字で、この手のエッセイというのは要するに最大公約数の「感動」をだれもが期待する筋道どおりに配置していけばいいだけだろとたかをくくっていたのもあやまりであったというかそれすら買いかぶりで、劇薬や毒物に喩えられてしかるべき「感動」のそもそもの定義からしてまず打ち捨てなければならないと思った。同僚らの名前と住所を借りれば性別年齢さまざまな一人称に憑依していろいろでっちあげることもできるだろうし、このところ語るべき言葉をもたない一人称の語り手による小説の可能性についてぼんやり考えていたこともあって(たとえば子供の一人称で書かれた小説というのはその語りの子供であることを証すもろもろの文学史的お約束の提示によってその詐術にたいする攻撃を免れているということができるように思うのだけれど、そうした「ゲームの規則」による免罪符とは無縁のところで語られる子供の、知的障害者の、精神異常者の、無教養な人物の、そんな語りは可能か? われわれはわれわれとはまったくもって異質な言語体系に憑依することができるのか?)、手持ちの野心も欲望も知性もすべて投げすてて書いてはじめて求められる水準に一致するであろうこのようなエッセイの執筆はそのような一人称の開発にあたってのちょうどよい実験と訓練になってくれるのではないか。というわけでちょっくら書いてみようかなと思うし、似たようなコンテストなんて腐るほどあるだろうからそういうのぜんぶトレーニング&小遣い稼ぎの一環として利用して、今世紀最大の公募荒らしというか男子永遠の憧れ「賞金稼ぎ」にジョブチェンジしようかなと思ったのだけれど、それでも応募作のなかに一本くらいはクッソゴリッゴリでガッチガチの本気エッセイを忍ばせておくのもいいかもしれない、行間を汲みとるのも困難な情報密度で書かれたそんなエッセイ。あるいはお手本として紙面に掲載されていたエッセイを超がつくほどハードコアな文体で書きなおして送るのも面白いんでないか、とかなんとかいろいろ考えているうちにまたしても(そうしてじつにひさしぶりに)福永武彦「廃市」の翻案というアイディアが浮上してきた。どうだろうね。
職場の京都新聞を読んでいたら書評欄だったと思うけれども、福島泰樹という僧侶兼歌人の短いインタビューが掲載されていて、亡くなった友人知人同志らの存在に触れて「夢の中に彼らが現れると一日中幸せです。70歳になって、大勢の死者が心の中に住んでいるから、本当に豊かです」と語っているその言葉の、とくに「一日中幸せです」という過激な表現にドキッとした。これはちょっとすごいなと思った。
ものすごく暖かい一日だった。最高気温は18℃にも達したらしい。コートにマフラーと手袋の帰路にはじっとりと汗ばんだ。帰宅してからシャワーを浴び、部屋にもどると(…)がいたので当初の予定どおり最近近所にできたばかりのラーメン屋に行ってみることにしたのだけれど、日曜日は夕方閉店で、なあんだと思って、で、通りに面した店の窓ガラスに張られていたラーメンの写真を見たのだけれど、いわゆる二郎系というやつで、それだからああもういらねえやとなった。ラーメンはあっさり醤油だしの細打ちストレートにかぎる。というかラーメンじゃ駄目だ、中華そばをこそ食べたいのだ。しかたがないので例のごとくくら寿司にまで足をのばそうかとなったのだけれど湯上がりの薄着だったものだから湯冷めして寒くてどこか手近なところでさっさとすませたいみたいなのがあったので、結局なか卯にいってどうでもいいうどんとカツ丼をかっ喰らい、足早に店を出、コンビニで適当な食い物飲み物を買いこんでから帰宅し、酒池肉林、ゲームしたりYouTube観たりマクドにいったりしてたぶん3時ごろには寝た。