20140203

 夜、狭い一人吊りの蚊帳の中で私は全く孤独である。しかし私は夜のこうした時間それほど退屈したわけではない。応召して以来、いやでも無為にすごさねばならぬ立哨中とか消燈後の孤独の時間を、私は専ら考えてすごした。私は生涯で軍隊におけるほど瞑想的であったことはない。
大岡昇平『俘虜記』)



10時半起床。胃が重ったるく頭のにぶい起き抜け。歯を磨いてからストレッチし、トーストとコーヒーの朝食をとったのち、『Albert Ayler In Greenwich VIllage』を聴きながら昨日付けのブログを書いた。書きわすれた挿話がふたつある。ひとつは(…)さんの話で、先日朝のニュース番組の星占いのコーナーで恋愛運と金運の双方が一位という結果の出たことがあったらしいのだけれど、その日の仕事の帰りにバスの車内で高校だか中学だかの同級生(女)に声をかけられて、電話番号を交換する運びとなり、これはひょっとしてひょっとするとと朝一の星占いを念頭に置きつつ期待していると、帰宅してまもなくそのひとから電話があり、いまから家に行ってもいいかとのことで、なんたることかと思いながら部屋を片づけて待っていると、ピンポーンとチャイムが鳴って、本当に来やがったと思って出ればはたしてくだんの同級生で、しかも旦那連れで、これはいったいどういうことだと戸惑う(…)さんをよそになんとそこから猛烈な宗教の勧誘がはじまったという。こんなベタな展開がいまどきあるものかと驚きのあまり、夫婦が帰ってから(…)さんは五人たてつづけに電話をかけて、ことの顛末を話して聞かせたらしい(そのうちのひとりが(…)さんだった)。もう少ししたらその宗教のセミナーみたいなのがあるらしく、そこまでいうんだったら参加してやってもいいと(…)さんは夫婦に約束したというのだけれど、あきらかに話のネタ欲しさである。もうひとつは昨夜のネコドナルドでのできごとで、記憶がだいぶあやしいのだけれど、じぶんと(…)の着いたテーブルのとなりに若い女の子がひとりいて、その子はわれわれがだらだらとくっちゃべっているあいだなぜかひたすらiPodをいじくりまわしており、ほかの席にいる学生のように勉強をするわけでもなければ読書をするわけでもなく、とにかく延々とiPodをいじりまわしていて音楽を聴いていて、テーブルのうえにはとっくの前に食べ終えたハンバーガーだかポテトだかの残骸があってそれを見るかぎりずいぶんと長いあいだそのようにして過ごしているらしいことがうかがわれたのだけれど、こちらが席をたつおそらくは20分前か30分前かこのあたりちょっとよくわからないのだけれどとにかくようやく席をたって店を出ていき、「さっきまでさあ、おれのとなりに座っとった女の子さあ、なんかさあ、ずっと変やったよなあ」「ずっとiPodいじっとったな」「おれさあ、本を読んだりさあ、原稿書いたりすんのにさあ、外でることはあるけどさあ、音楽聴くためにさあ、外出ることはさあ、ねえなあ」「巨乳やった」「えぇ?」「コートの上からでもわかるくらい巨乳やった」「マージーでー」、そこでわれわれも次いで店をでることになったのだけれど、その帰路の途中にあるコンビニの店内にむけて通りがかりにチラリと目を遣ったところ、くだんの女の子が無人の店内でやはりひとり雑誌の立ち読みをしている姿があって、店を出た時刻の時差を考えるとすでに20〜30分はそこで立ち読みしていることになる単純計算が成り立つわけであるから、iPodといい立ち読みといいこんな深夜にあの子ものっそいヒマをもてあそんどる!と奇妙に感心すると同時に、こちらからはうかがいしることのできない物語の断片の見え隠れするのをかいま見たとき特有のスリルがあった。小説の予感!
おもてが暖かい。冬の終わりに姿をのぞかせる唐突に春めく一日ほど夏の期待に射ぬかれてある季節はないとつくづく感じる。というかむしろその期待感をして夏と呼ぶのではないか。であれば夏は6月でも7月でも8月でもなく、ほかならぬ2月であると言いきってしまうべきだろう。
高柳昌行『April is The Cruellest Month』を聴いたのち13時より英語の勉強。発音練習と文法問題集。動名詞関連の問題、間違えまくりだった。センター試験の過去問もいくつか収録されているのだけれど、まったくもって覚えていなかったりするからおそろしい。しょせんは付け焼き刃の受験勉強だったのだからしかたないのだけれど、こんなんでもいちおうは満点近くとっていたはずなのだ。おもえばあの当時からバクチみたいなことばっかりやっていたというか背水の陣に小気味よいものを感じる傾向があったというか一点集中でことに当たりたがる極端志向のようなものがおそらくはあって、これという具体的かつシンプルな無理難題を馬の鼻面につりさげた人参のごとく掲げてさんざん大口を叩いてからさておのれの面子とのつばぜり合いだとばかりにはりきっていたところがあったようななかったようなそんな気がしないでもない。私大の入試はセンター試験にくらべて時期が遅いし受けるにしても金がかかるからという理由でセンター試験を利用して受験することのできる学部にしぼって(そしてその際に東京方面は金がかかるから却下して)それ対策の勉強しかしなかった大学受験だったのだけれど、そのバクチに勝ったおかげで勉学教養と無縁だった高校時代の負債をはねのけてまがりなりにも大学生できたわけでなにより地元を離れて都会にでて目を啓かれるにいたったわけで(と同時に多額の借金を背負うことになったわけだが)、あれで落ちていたらいったいどうなっていたのか、地元に居残ったチンピラ連中と同じように現場仕事をしながら給料の大半を車の改造につぎこんでは女遊びにふけるみたいな日々を送っていたのか。そうした先行きの見通しにしかしどうしても納得のいかないところがあったからこそのあの大学受験の決意があったようにも思いかえされるが。
つぎつぎと波寄せてくる眠気をあの手この手をつかってどうにか乗りこえつつ18時まで勉強した。(…)の来日するまえのあの高揚と期待感を思い出そうとして、昨夏の二ヶ月間と密接に結びついているいくつかの音楽を流したり写真をながめたりしてリビドーをたぎらせ、たぎらせたものをそっくりそのまま手元の問題集に注ぎこんだ。なんて馬鹿げたモチベーションの確保術だろう!洋書を読むおのれの姿を夢想するなどというナルシスティックな鼓舞ではもはや物足りず、ここまで愚直に下半身に訴えかけなければならないとは!
ストレッチをしてからジョギングに出かけた。ひさびさに空腹で走ったためにか猛烈に息がきれて大変つらかった。何度となく今日は短めのコースで切りあげようと考えもしたが、意地とド根性で乗りきった。ただし最後の直線はすこし歩いたが(なんてかよわいド根性だろう!)。シャワーを浴びてSuburban Lawns『Baby』を聴きながらストレッチをし、洗濯機をまわし、夕食の支度にとりかかった。それから玄米とインスタントのみそ汁と納豆とささみと春菊と水菜とトマトを酒と塩とこんぶだしとごま油でタジン鍋したしょうもない夕食をかっ喰らいながらウェブ巡回した。水場には豆の入った升がぽつんと置かれていた。そういえば昨日風呂に入っているときに大家さんから豆とまんじゅうをいただいたのだった。予報では夜のうちから雨とあったけれども知ったことかと洗濯物をおもてに干したのち仮眠をとった。
めざめると22時半だった。Moodymann『Black Mahogani』を聴きながらここまでブログを書いた。吉田神社である火炉祭というやつを今年こそ見てみたいと考えていたのだが、結局出不精がまたもや勝ったかたちとなった。恵方巻きを食べるのも忘れていた。むろん豆もまいていない。イワシと柊なんてもってのほかだ。今日も今日とて暖房いらずの春日であったが、夜のうちから明日にかけて今季最大の寒波とやらがやってくるらしいという情報に数日前からおびえている。また腰痛が悪化するだろうことを思うと気が滅入ってしかたない。
(…)から『A』が届いたとメールがあった。紙質も表紙も品があっていいという感想をもらったが、表紙の紙質についてはこちらとしてはすこし疑問があるというか、すぐに折り目がついてひびわれてしまうあの画用紙みたいな質感はどうにかならないものかと、表紙の出来具合をチェックすべく発注をかけるたびに思ったものだった。最初に出版する本の表紙には(…)の撮った写真を用いるとずっと考えていたのに、結局はこういうかたちになってしまって、思いえがいていた道筋とじっさいの道のりとのその誤差の余白をして紙面とする書き物こそがここ最近のじぶんの日記であるような気がする。
「偶景」作文。1時半まで。プラス3枚で計239枚。BGMはMarcos Valle『Previsao Do Tempo』とSu Tissue『Salon De Musique』とMinimal Man『Sex With God』(馬鹿なタイトルだと口を開けて笑ってしまうが、しかし『忘我の告白』に収録されていたいくつかのエピソードを念頭におくと端的に笑ってすませることもできなくなる)。いまひとつ頭が冴えてくれなかったが、そこはどうにかド根性で乗りきった。今日はド根性をふりしぼってばかりだ。『ライブアライブ』というSFCのゲームがあって、これ『タクティクスオウガ』とならんで小学生のじぶんに(おそらくは)尋常ならざる影響をおよぼした物語であるのだけれど(『タクティクスオウガ』における「バルマムッサの虐殺」と『ライブアライブ』の「中世篇」はそのいずれもが週刊少年ジャンプ的なものでかたちづくられていたこちらの感性をゆさぶるどころかぶちここわすほど凶悪で凶暴でその意味において真に感動的なものだった)、そのゲームのなかの「近未来篇」にでてくる無法松というキャラクターが使う技に「ド根性キック」というのがあって、さっきからド根性とタイプするたびにそれを思い出すというか「何を見ても何かを思い出す」(ヘミングウェイ)。ウォルスタ人という少数民族がいて主人公はその民族の若いレジスタンスのひとりでガルガスタン人という民族による支配にたえかねて蜂起するわけなのだけれど民族の結束を強固にするために自民族を虐殺してそれをガルガスタン人の仕業と見せかけろという命令がやがてくだされてふつうのゲームの主人公だったらそんな作戦拒否すると思うんだけれどこのゲームではそれを受け入れることもできてしかもそこで物語がパラレルワールドみたいに分岐して、と近所に住んでいた(…)相手に熱っぽくその衝撃を語りながらもこれぜったいこいつは理解できないだろうなという諦念をかかえていた(にもかかわらずそれでもやはり語るのをやめることはできなかった)帰路のことはいまでもすごく鮮明におぼえている。暖かくて天気のいい日で、じぶんもYもイタドリの茎を手にしていて話の合間にときどきそれをかじった。
布団にもぐりこみ『三つ目のアマンジャク』をぱらぱらながめながら3時半には寝た。寝入りばなに何度か金縛りをくりかえした。最近は目覚めぎわよりも寝入りばなのほうが夢をよく見る。