20140211

 今日多くの俘虜の記録が降服の心理について書き、「人間性」「生きる欲望」の如き観念をもってそれを飾っているが、卑見によればかかる行為には、必ずしも心理的連続性を求めなくてもいいのである。
 或るレイテの俘虜は肉薄攻撃に出されて家ほどある米戦車を見、俘虜になってもいいから家へ帰りたいと思ったそうである。しかもこの時まで彼は一度も降服しようとも、家へ帰りたいとも思ったことはなかったのだ。訓練とは既知の状況による習慣の蓄積であるから、未知の事実の前では一挙に崩れることがある。こういう心理の断層を時間的に表わす方法はない。
大岡昇平『俘虜記』)



5時起床。パンの耳とコーヒーの朝食をとったのち二日分のブログを書き進めた。7時ごろに職場から連絡があり、でると(…)さんで、精算方面を司るコンピューターがぶっ壊れてしまったのでちょっとばかし厄介なことになっている、引き継ぎ事項がいつもより多いのですこし早めに出勤してもらえると助かるとあったので了承し、いつもより10分以上早く家を出た。
職場に到着するなり着替えもせずに(…)さんのところにいって話を聞いた。昨夜23時ごろに耳にしたことのない異音がコンピューターのほうから聞こえてきて、それを機に精算機がまったく作動しなくなったとのことだった。すぐに業者を呼んで修理を頼んだのだが、ようやく復旧を終えたのは3時、ひとまず自動精算は可能になったとはいえ、クレジットカードでの支払いのできない状態が続いている。ゆえにそのあたりの断りの文面をコピー用紙にでも書きつけて、目立つところに貼っておいてくれないかという話で、文章関連の仕事はたいがいこのようにしてじぶんのところにまわってくる。かまいやしないけど。ゆえに朝からコピー用紙三枚に油性ペンで定型文を書きつけて部屋パネルの目立つところとふたつある出入り口のそれぞれに貼りつけておいた。ボールペンで書くじぶんの字は汚いが、ある程度の太さがある油性ペンで書くじぶんの字は悪くないんでないかと思った。
今日も今日とて(…)さん(…)さんとそろってふたりがインフルエンザで欠勤であり、じぶん(…)さん(…)さん(…)さんの男祭りの前科祭りで、まあまあぼちぼちやっていきましょうとあいなった。休憩時間中をねらって(…)さんから(…)さんの携帯に電話があり、昨日すでに会社の電話越しにお話していたこちらをのぞいた他三人が交代で携帯電話をまわしあいひとことずつ言葉を交わしていたのだけれど、順番のまわってきた(…)さんが開口一番クッソでっかい声で「ハロォ〜ダァリィ〜ン!」と話しかけていたのがおもしろかった。それから電話が終わるなり、おねえ(と(…)さんは(…)さんのことを呼ぶ)の分もな、ワシがはりきってがんばるしな、まあおねえもこの機会にやな、ゆっくりやすんだらええんや、ほんでやな、次やな、あのー土曜日か、土曜日、おねえ来たときにな、まあちょっとやな、身体で支払ってもうてやな、にひひ、そうやってな、ワシ言うたるんや、おねえ別に休んだんはかまへんよ、ただちょっとやな、ワシの相手してくれへんかと、まあこうや(ドヤ顔)、にひひ、とあって、セクハラ問題の渦中にあり息も絶え絶えの(…)のおっさんよりある意味タチがわるい。
いちど(…)さんはたぶんわりかし本気で(…)さんに惚れていると思うんだけどと(…)さんに話したことがあって、そのとき(…)さんはいやあおれはそうは思わんけどなあといっていたのだけれど、ここ最近の(…)さんの言葉と態度と表情のそれぞれが複雑におりなす意味のデノテーションコノテーションのそれでいて目を凝らせばしかと追うことのできるその運動その軌道そのほのめかしを見ていると、やはりこちらの勘は当たっているんでないかと思わざるをえない。
(…)さんには悪いけれども(…)さんが欠勤の日は階下の一室でじぶんひとりきりになる時間が多いため内職がはかどる。昨日は庄野潤三をまるっと一冊読むことができたし、今日も今日で残雪をまるっと一冊読むことができた。残雪はあいかわらずどういうふうにしてどういう角度からどういう手管でもって取っ組み合ったらいいのかまるでわからないきわめて不可解なテキストを書いていて、全体的にいってすごいのかすごくないのかすらよくわからないしおもしろいのかおもしろくないのかもはっきりしないのだけれど(そしてそれゆえにうまいかうまくないかの判断についてはまったく下すことができない)、ただすごい部分はあるしおもしろい部分もある、それもとびきりの、という点についてはまず疑いないし、芸術においてユニークであるということはただそれだけで肯定されてしかるべきものでもある。対話になっていない会話文とか、アイディアとしてもなかなかおもしろい。残雪のカフカ論がすごく気になるのだが、図書館に置いていない。
夕方(…)さんから職場に連絡があって熱があるので休みます、でもたぶんインフルエンザではないと思いますとそこはしきりに否定してみせるのだけれど、これもう確実にパンデミック前夜だろうという気がしないでもない。こちらはこちらであいかわらず咳がでるし、ようやく怒濤の四連勤を終えたところであるのだけれど、来週あたりまた代打出勤を要請されるんでないかと気が気でないし、さすがに次はもうちょっと耐えられない気がする、態度のでかい客とか相手にがっつりキレてしまいそうなおそれがあってそれがちょっとこわい。
(…)から今日の晩飯はどうすると連絡があり、おととい出かけたばかりであるけれどもまあいいかというアレでまたもやくら寿司と喫茶店と薬物市場の定番コースをたどることになった。もともとは四連勤明けのこの日に週に一度の恒例コースをお願いしたのであるけれど(…)が火曜日は人妻とデートするというものだからそれじゃあまあいつもどおり日曜日でかまいませんわとあいなった、そういう経緯であったのだけれど肝心のデートのあったのが日中であったらしく夜は夜でひまになったみたいでそれだからこちらに連絡があり、寿司はまあどれだけ食ってもあきない、毎日だってかまいやしない。(…)はフェイスブック経由でとうとう元カノとコンタクトをとるにいたったらしかった。ものすごく気分がすっきりしたと晴れやかな表情でいっていた。元さやにおさまってくれたらいいのになあと思う、あのふたりの組み合わせがとても好きだから。高校を卒業していよいよ地元を離れて京都にむかうというころ、ゴミ部屋だった自室の片付けを手伝いにきてくれたのもあのふたりだった。ダブルデートをしたこともある。はじめて契約したアパートのベッドでこちらが彼女と寝るよりもはやくあのふたりが寝て、シャワーも浴びて、未開の土地にマーキングの先手をうたれた気分になった十年前がなつかしい。あのふたり、おまけにコンドームをくるんだティッシュを二階の窓からおもてに投げ捨てた。