20140210

9日(日)
6時20分起床。携帯電話のアラームで目覚めたのだけれどもこれめざましで目覚めるより若干不愉快な気がする。理由はないけれども。強いていうなら四連勤の現実のせいかな。「いま日本でいちばんどん底にある人間ランキング」があるとすればじぶんと佐村河内が同率一位だろう。
8時より12時間の奴隷労働。(…)さんが朝からずっと咳き込んでおり体調もずいぶん悪そうで、ひょっとして(…)さんのインフルエンザをうつされたんじゃないのかと疑われたのだけれど、熱も関節痛もないしふつうの風邪だろうとは本人の弁。休憩時間もいつもよりもずっと口数が少なくつらそうだったのだが、まったく空気の読めないJさんがそんなときにかぎって猛烈に元気でまったくもって沈黙をしらぬクソジジイぶりをあますところなく発揮しちょっといまはしんどいから放っておいてくれオーラを出している(…)さんにむけていつもどおりの軽口を容赦なくたたきつづけるものだから、これはもうしかたないなと、内職したい気持ちをあきらめて(…)さんのおしゃべりの矛先を途中から引きうけた。したら(…)さんが帰りしなにありがとうねの意味でチョコとのど飴をくれた。こう書くとなんかRPG序盤のサブイベントをクリアして報酬をゲットしたみたいだ。
昼休憩中にコンビニに昼飯の買い出しに出かけた(…)さんが戻ってくるなり(…)くんこれ食べやといってミートソースのパスタを差し出してくれたのでこれはいったいどういう風の吹き回しかと思った。なんでまた、と問えば、四連勤がんばらあかんしな、との返答。ばらまきマネー。
勤務中、自宅療養中の(…)さんから電話があったので、おかげさまでクソ四連勤っすわ、と早速いやみをいってやると、いやいやそれもちょっと気になってな、(…)くんまたブチギレとんちゃうかなあと思うて、というので、だれもブチギレとらへんわ!とキレ気味に応じた。出勤は火曜日を目処に考えているというので、一日や二日はやまろうがおそくなろうが大差ないのであるしそれよりもきちんと治してウイルスを完全に滅却した状態で出勤してくださいとお願いした。事務所ではすでに社長を含む三人がインフルエンザにかかっているという話で、このままだと会社全体に蔓延するのも時間の問題なので、罹患した人間は社長だろうがバイトだろうが強制欠勤の方向で、という方針がようやく決められたところらしい。遅すぎる。
引き継ぎのときに四連勤になったと(…)さんに告げると、きみはここの会社の人間のいうことを真に受けるんや、えらいやさしいなと、まるで社会の荒波をしらないきみには見抜けないのだろうが世知に長けたおれにはすべてがお見通しだぞ的な笑みを浮かべた物言いをしてみせるので、まーたはずかしいおっさんのイキがりがはじまったよーと内心で思いながらしらじらしくもどういう意味っすかと律儀にたずねてあげると、そんなもんサボりのための口実や、と自信満々にいってのけてみせ、そこから滔々と、ふだん電車に乗っている人間だったらマスクを装着している乗客の割合でインフルエンザが本当に流行しているかどうかの見極めはすぐにつく、そしてその基準に照らし合わせると京都でインフルエンザは流行していない、たいして流行していないそんな病気におなじ会社からふたりもたてつづけに患者がでるわけがないという、どこからなにをどう突っ込んだらいいのかさっぱりわからない穴だらけの論理に貫かれたあまりに稚拙な観察力自慢やら、仮に(…)さん他数名がインフルエンザだったとしてそれならばどうしてほかの人間がいま平気なのだという潜伏期間という概念をまったく知らないらしい口ぶりの推理力自慢やらをあいかわらずの巻き舌で披露してみせ、四十も半ばをすぎていったいどうして中学生みたいな口調で中学生みたいなひねりもクソもない深読みならぬ浅読みをさぞ自信満々に披露してみせることができるのか、そしてその稚拙さのあまりのひどさにおもわず絶句するこちらの反応をしてみずからの千里眼におそれいったものの感嘆と受け取ってしまうおろかさをもつことができるのか、重ねて絶句する。
帰宅しシャワーを浴びて部屋にもどると(…)がいたので例のごとくくら寿司に出かけた、喫茶店にはしごした、薬物市場で締めの一品を購入した。ちかぢか神戸にターナーを見にいく約束をかわした。昼過ぎごろからほぼ完治していたはずの咳風邪のどことなくぶりかえしつつある気配があり、ときどきゴホゴホやっているんだけれども、これインフルエンザだったら最悪だ。


10日(月)
6時50分起床。8時より12時間の奴隷労働。引き継ぎ時に(…)さんから小言をくどくど聞かされて朝っぱらからイライラした。ここの職場にきてからほんとうによく思うのだけれども、ときにはわざとらしいくらいはっきりとイキがってみせる必要もあるんでないか、なりを潜めているとそれだけで足下を見てやいのやいの仕かけてくる馬鹿というのが世の中にはけっこうな数いるんでないか。ぶん殴り合いのケンカがあって以降(…)さんの態度が豹変したことを思うと、おとなの対応で相手の理不尽につきあってやるよりも実現されうる暴力の可能性を開陳することで相手の鼻を折ってやったほうがよっぽど話がはやいんでないかという気がする。そういうの含めてまことに中学生男子社会だなと思うが。
その(…)さんがきのうにひきつづき今日はカレーをくれた。飛騨牛の入った高級カレーで、レトルトのくせに一個で700円だか800円だかするものらしかった。
朝一で(…)さんから電話があり、ひどい声で、咳があまりにもひどいからほかの従業員にうつしてしまうのも悪いし今日は休ませてもらいたい、とあった。(…)さんがいなくなると(…)さんと(…)さんのふたりしか動ける人間のいないこととなり、率直にいってそれはかなりきびしい状況ではあるのだけれど、平日であるのだしそこまで忙しくなることはないだろうと判断し、インフルエンザだとまずいし病院に行ってくださいね、おだいじに、と応じて電話を切った。それから二三時間経ったところでふたたび(…)さんから電話があり、病院にいってみたところ1000円でインフルエンザの検査ができるというものだからやってみた、そうしたらものの見事に香港A型陽性でしたという話で、五日間外出禁止令が出たという。つごう土曜日まで出勤できないことになるらしい。(…)くんもきのうちょっと咳してたやろ、やから気ィつけたほうがいいよ、わたし熱もないし関節も痛くないしそんなにしんどくないんやけど咳だけがとにかくひどくって、ごめんな、みんなによろしく言うといて。
そうあったものだから(…)さん(…)さんによろしく伝えた。月曜日はいつもヒマだからだいじょうぶだろうというのがふたりの見込みで、じじつそのとおり午前中はほとんどまったく客など来なかったのだけれども、昼過ぎから一転して大挙しはじめて、最初のうちは(…)さんの欠員による1plus2のこの体制がかもしだす非日常の雰囲気にほとんど災害ユートピアとでもいっていいような和気あいあいとした空気さえただよっていたのが、しだいに口数が減っていき、ついにはみんなしてしんどいねと苦笑する始末とあいなった。しかし本来なら馬のとことんあわない(…)さん(…)さんが半日ずっとペアで行動しながらも目立ったトラブルもなしにすんだというのはよかった。はっきりいってすごく気を遣った。というか三人が三人とても気を遣っていた。なんとかして盛りあげていこう、けったいな空気にだけはならないように努めていこうと、その意識だけははっきりと共有するところがあった、それゆえの災害ユートピアだった。
ひとりきりで待機する時間の長かった分、内職をするひまのたっぷりとあったのはこちらにとってじつに幸いでありよろこばしいことだった。四連勤という苦行のごとき現実にすこしでも歓びを、というアレからふだんなら合間合間に進めていくはずの瞬間英作文を三日目の今日はとりやめにしてかわりに庄野潤三メジロの来る庭』を読んだ。これはちょっとすさまじかった。小津映画が前衛的であるという意味でじつに前衛的な小説だった。意図も企みもあったものではない、ただその日印象に残ったものを日記のようにしてしかし日記よりもよほど無造作にとりとめもなく書きつないでいくだけのテキストなのだけれども、本当にそれだけなのがまずすごい。おなじ話似たような話がおなじ言いまわし似たような言いまわしで何度となくしつようにくりかえされる痴呆の印象が、目にとめた風景すぎさった出来事そのことごとくにたいして漏らされる唯一絶対の感想「うれしい」のひとことと同居することにより、解像度のぼやけた老境の特権的な恍惚越しに認識される世界そのままの筆写に成功している。頭で書けるものではない。ただ書きつづけることによってのみ培われる書く(ことをおぼえた)身体が、その身体を司る頭の失調にもかかわらず(ながきにわたる習慣と経験の結晶としてのきらめく惰性から)独立的に書きつづけることを選んではじめて書きつけられうるたぐいの文字列の連なり、訓練の成果であり、未来への賭けに勝った言葉たちがここにある。
帰宅してから近所の総菜屋で鯵のフライと茄子のあげものを購入し、納豆と冷や奴ともずくといっしょに食し、風呂に入ってからこの二日間のブログをちょっとだけ書き記したところで眠気をもよおしたので、続きは明日早起きして書くことに決めて、0時に達するまえに消灯した。