20140224

 自分の手段を十全に活用する能力は、手段の数が増えれば増えるほど減じてゆく。
ロベール・ブレッソン/松浦寿輝・訳『シネマトグラフ覚書』)



11時過ぎ起床。煙草のにおいがいまだに霧散しきれぬ煙となってたちこめているようであったのでひとまず香を焚いた。おもてで歯を磨いているときに隣室の空き部屋の戸が開いているのが目についたので中をのぞきこんでみると、机と椅子と簡単な家具がすでに運びこまれていた。どうやらちかぢか引っ越してくるのがいるらしい。厄介な話だといまいましく思いながら小便をし、顔を洗い、部屋に戻ってからストレッチをして、それから洗濯物を洗濯機にぶちこんだ。前夜の暴食暴飲があるのでパンの耳1枚とコーヒーのささやかな朝食をとり、それから東京行きの夜行バスのチケットを検索した。きのう職場で(…)さんに東京行きの夜行バスだったらどこが安いのかと、就活の関係でたびたび上京しているらしい彼女にたずねてみたところ、willerというところがいいと教えてもらったのであるけれども検索してみるといまひとつで、復路はまだしも往路はなるべく快適に過ごしたい、ちゃんと眠っておかないと到着したその当日の行動がままならなくなる、前回の上京時もそれなりにぐっすり眠ることができて日中なども眠気と無縁のままに行動することができたのであるけれど晩になって(…)兄弟と鍋をはじめるころにはわりと重苦しい疲労と眠気に見舞われはじめていて(…)くんが小説について語るところの言葉もぜんぜん頭に入ってこなくなったというアレがあったので、とにかくなるべくきちんと眠りたい、ゆえに独立三列シートを狙って予約をとることにし、前回の上京時はさくら観光というところとVIPライナーというところの二社をチョイスしたのであるけれど、2日夜京都発-6日夜新宿発のパターンと9日夜京都発-13日夜新宿発のパターンの双方をシミュレーションして検索した結果、往復路ともにさくら観光で9日-13日の便をとったほうが経済的に若干やさしいということが判明したのでだれに何の都合を聞くでもなしにとりあえずチケットをとった。4日もあればそのうちの1日くらいは(…)の都合もたぶんつくだろうし(…)兄弟も同様だろうとたかをくくっているのであるけれど、往路の到着地の選択先に横浜というのがあったのでこれ月曜日早朝に横浜でおりたって(…)くんと合流するというのも手であるなと思われたので降車先は変更が利くということであるしひとまず横浜に設定しておいた。
Alexis Weissenberg『Debussy : Piano Works』とElla Fitzgerald『Ella & Friends』とFela Kuti & The Africa 70『Expensive Shit/He Miss Road』をおともに、いまひとつ働いてくれない頭コーヒーのがぶ飲みであおりたてながら昨日づけのブログを書いた。とちゅうで湯をわかすために何度も水場に立ったのだけれど、大変良い日和であるために大家さんが例のごとくベンチに腰かけてひなたぼっこをしており、こんにちは、と挨拶をすると、これ、この子、金メダルとらはったけど、裏ではほんといろいろな方のお力添えがあったんですなあ、といいながらスケートで金メダルをとった男の子にまつわる週刊誌の記事をこちらに差し出してみせて、90代も半ばをまわってなお裸眼で週刊誌の記事を読みとき楽しんでいるあなたのほうがよほどすごいと見当違いな感想を抱いた。あんたまた煮物いらんかえ、というので、ちょうど小腹の空きはじめていたところであるしいただくことにした。ひじきと、わけぎをじゃこといっしょに白味噌で煮込んだものと、筑前煮めいたものを一枚の皿によそっていただき、レンジで温めなおしてから食べた。(…)に明日神戸のターナー展にいこうとメールを送信した。そして今日中に耳鼻科にいこうと思った。タスクはなるべく早くすべて片付けるにかぎる。抜き書きのストックが尽きたのでそれも進めなければならない。
もろもろの用事を片付けると16時近かった。部屋着から街着に着替えてひとまず徒歩1分の耳鼻科にむかった。先客は二組だけであった。鞄から古井由吉『野川』を取り出して1ページを読まないうちに診察室に呼ばれた。まだ症状のそれほど出ているわけではないがそろそろ薬の服用をはじめておくべきだと思ったので、と切り出すと、(…)さんちょっと遅い、と駄目出しされた。症状のぜんぜん出ていない時期からはやめはやめに薬の服用をはじめておくのが最高の予防策であることを知識としては知っているのに、じっさいに鼻がむずむずしたり眼がかゆくなったりしはじめるまでどうにも億劫で病院をおとずれる気になれない、これがいちばん駄目なのだ。例年どおり最初は様子見ということで眠気を催すことのない軽めの薬と目薬だけ処方してもらった。
帰宅してからバナナを二本たてつづけに喰らい早速薬を飲んだ。それから残すところわずか数ページとなっていた『野川』を片付けた。老境の日々を「反復」の一語を軸として語ろうとする要所や勘所がわりと目につくのであるけれど、これがある短編で語られた出来事の概略をそれに連なる次の短編でつまびらかに分け入り語りあかすにいたる連作短編という形式のうちにひそむ「反復」と奇妙に響き合うところがあってまずおもしろいし、この作家の作品群をつらぬく主題(老い・死・性)の「反復」とも共鳴するところがある。古井由吉の小説を構成する言葉はどれもこれもとことん痩せている。描写のための描写はほとんどいっさいない。天候にまつわる記述の大半がそうであるように風景描写の多くが場面転換の断りとしてのみ用いられており、ほかには幻視ともつかぬ一幅の絵画のごとき記憶の絵柄(これが作中を通して幾度となく書きなおされ読みなおされるひとつのモチーフとなる)があるばかりで、一見すると単純な風景描写のようにみえる記述もすべて垂直性の「気づき」というかひやりとするような認識のおとずれというかそういうものと癒着したかたちで(あるいはそうした「ちいさな啓示」へと導くための契機として)語られている。風景描写はたとえそれが回想のなかでの記述であれどその回想のなかにたしかにある「いまここ」を強く喚起するのだけれど(大地の描写とは大地と重力と視点の三角形の創出である)、その風景描写がない。いつでもなければどこでもない記述空間。やせほそった言葉はそのまま語り手の衰弱に呼応しているようでもあり、余生よりも背負った記憶の厚みや重みのほうがずっと勝っていることの確信されてあるものの語りがここにある。そんな感じ。
読むべきものを読みおえたところで歩いて図書館に出かけた。家を出てから五分と歩かぬうちに「偶景」の素案をたてつづけに四つひらめいた。図書館をあとにしてからスーパーに立ち寄って食材を購入し、帰宅してから炊飯器のスイッチを入れて、一年前の日記を二週間分ほどまとめて読みなおした。それから(…)兄弟に来月の予定についてメールを送ったのだけれどたまたまふたりそろって外食中だという話だったのでそれなら話が早いと(…)くんに電話した。(…)くんが横浜に越したというので早朝の横浜に降車してそこで一日過ごすなりなんなりというプランで夜行バスのチケットをとったのであるけれども、(…)くんもそろってどうせ三人で会うのであるしそれだったら新宿でおりていちおう拠点として考えている(…)くん宅に荷物だけおろしてそこから立川にいって(…)くんとはそこで合流しあとはみんなで飯食ったりコーヒー飲んだりしながら死ぬほどしゃべり倒せばいいんでないかということになった。(…)の予定はまだわからないけれども10日は(…)兄弟終日ずっとだらだらする可能性もあるし11日か12日の夜あたりに会うことができればいいといまは考えている(13日はわりと早い時間に発つ便しかとれなかったので仕事を終えたその夜になって飲んで食ってというにはちょっと時間の足りない気がする)。(…)くんは今月26日だったかに就活の結果が出るらしく場合によってはじぶんが上京するころにはばりばり働いている可能性もあるとのことでばりばり働いているひとの部屋にだらだら過ごしてる人間が数日居候するのはちょっと気がひけるしそのときは野宿かネットカフェかカプセルホテルに泊まればいいかと思ったのであるけれども飯さえ作ってくれるのであれば何泊してもよろしいとのことだったのでやはりひとまずの拠点は(…)くん宅であるとの前提で事を運ぶことにした。ほかに都合がつきそうであれば途中で別に移動してもかまわないわけであるし。東京では国立新美術館というところでやっている「イメージの力」という世界中の仮面を集めた展覧会みたいなやつだけは絶対に観たいと思っているのでこれ11日か12日か13日のいずれかにいくつもりでいるのだけれどほかにはべつに目的も希望もない。しゃべり相手がいて美味いコーヒーが飲めれば御の字である。三月の半ばといえばもうずっと暖かくなってはいるのだろうけれども三寒四温というのがあるし着替えをどうするかがちょっとむずかしい。さすがにコートはいらないと思うのだけれど、できるだけ荷物は少なくいきたいので見極めるべきところをしっかり見極めないといけない。あと花粉。マスクなしではたぶん死ぬ。東京の花粉は排気とコラボレーションして激烈だという話を小耳にはさんだことがある。それとアレだ、『A』を何冊か持っていってどっか適当な本屋に万置きしたい。インターネットの辺境でうちあげられた馬鹿でかい花火にいまだ気づかずのんべんだらりとやってるひとも多そうだし、現代文学の最前線の景色をメトロポリストーキョーの住人らの眼前にもぜひぜひ突きつけてやりたい。
玄米・納豆・冷や奴・もずく・ささみとたまねぎとブロッコリーと人参を酒とこんぶだしと塩こしょうと味噌でタジン鍋したしょうもない夕飯をかっ喰らったのち風呂に入った。部屋にもどりストレッチをし、それからロベール・ブレッソン『シネマトグラフ』の書き抜きを、おそらくこの時点ですでに0時にさしかかっていたように思い返されるのであるけれど、はじめた。BGMはCecil Taylor『Silent Tongues』とso『so』とSonic Youth『Sonic Nurse』。
ムージルのエッセイ集が読みたくなってamazonで検索してみたところムージルの伝記が見つかって、こんなものあったのかと思ったけれどもよくよく思いかえしてみたらたしかずっと以前にいちど全三巻の予定で発刊される予定のうちの一巻が出版されたみたいな情報をどこかで目にし耳にした記憶があるというかひょっとしたらamazonのおすすめメールだったかもしれないけれどもとにかく現在無事に第二巻まで発刊されたようでこれちょっと気になるなと思いひさびさにほしいものリストに登録したのだけれど、したら購入したおぼえのない『ドゥルーズキーワード89』というのが購入済にカテゴライズされていたのでこれひょっとしてだれかじぶんのためにポチっとくれたのだろうか、まだこちらに届いていないからちょっとわからないのであるけれどもたぶんそうなんだろうし、そうなんだとしたらたいへんありがたい、本当にありがとう!励みになる!だれでもないあなたのためにぼくは小説を書く!小説を書くのはなによりもまずじぶんのパッションのためであるけれどもその小説を捧げる相手は紙本を買ってくれたひとであり物品をくれたひとでR!にんにん。