20140225

 成功が偉大であればあるほど、それは失敗すれすれに接近する(ちょうど絵の傑作とは、一歩間違えれば俗悪な看板絵と化すものであるように)。
ロベール・ブレッソン/松浦寿輝・訳『シネマトグラフ覚書』)



10時起床。ぽかぽか陽気。歯を磨き、ストレッチをし、パンの耳2枚とヨーグルトとバナナとコーヒーの朝食をとってから、Nas『Street’s Disciple』をおともに昨日付けのブログを書いた。13時ごろ(…)がやってきたのでそろって出かけた。今年に入ってはじめてコート抜きの外出である。地下鉄で京都駅までいってATMで(…)が金をおろした。地下街の飯屋で昼飯を食うつもりだったのだが、なにかしらの工事中らしく飲食店街が全滅していたので、しかたなく拉麺小路にある店の一件に入ったのだけれど、ぜんぜん美味くなかった。ここにあるラーメン屋で美味い一品にめぐりあえた記憶がない。三宮までの切符は金券ショップで購入すると安いという情報を(…)が事前に調べておいてくれていたので、インフォメーションで金券ショップの場所をたずねて、そこにむかった。金券ショップのレジは金額や釣り銭の内容をコンピューター音声がいちいち読み上げる仕様になっていて、それがかえってなにかしらレトロな風に感じられた。
JRに乗りこんだ。三宮までは小一時間ほどかかった。席がなく立ちっぱなしであったが、同時にまたしゃべりっぱなしでもあった。しらない町の風景を車窓越しにながめているとだんだんとワクワクしてきた。景観規制のうるさい京都とはちがって大阪も神戸も建物がすごく高くて空をさえぎっている、それがいちいちとても新鮮に映じた。三宮でおりて駅員さんに目的地の位置をたずね、町中に設置された看板をたよりに、展覧会の会場にむけてぶらぶらと歩きだした。とちゅうで商店街を通った。しばらくするとプラダやグッチといったクソ高級ブランドの林立する一画に出て、その先をさらに進むとやがて目的地が見えはじめた。歩行者優先の規則などまったく意に介さずぐいぐいぶんぶん進行する高級車がいて、なんだあいつと思いながらすれちがいざまに運転席に目をやると身なりのよろしい中年女性がすました顔つきで腰かけているのが認められた。「貴婦人が!」とTが吐き捨てるようにいった。われわれは神戸に入ったあたりから身なりのよろしい中年女性を見かけるたびに「貴婦人が!」と吐き捨てる習慣を養いつつあった。
ターナーは期待値が高かった分、肩すかしを喰らったようでもあった。ただ美術館なんてものは「これは!」と思える作品ひとつにでも出会うことができれば御の字であるというのがじぶんの経験的なアレであるので、そういう意味では十分満足することができた。ひとつおもしろいと思ったのは陰の表現で、作品を統制する光彩のコードをほんの一目盛り分ではあるのだけれどたしかにはみ出てしまう強さで置かれる黒というのがいくつかの作品で見られて、たいていの場合はその作品のグラデーションのうちでもっとも黒に近い一画に置かれてあったように思いかえされるのだけれど、独特のコードにしかし忠実にしたがって展開されている彩度のグラデーションのなかでほんのわずかな一画だけがその黒い闇の破れ目としてある、暗闇のハイライトとでもいうべきこのタッチが、あるいは後期作品の、たとえば「平和―水葬」(このポストカード買った)における船の炎の目に痛いくらい強烈な白さとして裏返しに結実しているんでないかと思った。
会場をあとにしてそのまま京都にもどるというのも芸がないということで、とりあえずぶらぶら適当に歩きまわりましょうかとなって地図も目的もなしのそぞろ歩きがはじまったのであるけれど、なんとなく目についたアーケード商店街のなかをしばらくぶらついているうちに偶然にも中華街を発見してしまい、そもそも神戸に中華街のあることなどまったくもって知らなかったのだけれど、すでに日の暮れはじめている薄暗さのなかに赤や黄の視界にけばけばしい喧噪が絢爛と異国の景色をかたちづくっているのを横目に見てしまってはもう通りすがるわけにはいかないというか、中華食おう!中華!と展覧会の会場をあとにしたときに必ずといって見舞われることになる足腰の疲れも忘れて俄然テンションがあがった。一画すべてに飯屋が林立しており林立したその飯屋の軒先には漏れなく屋台が立って呼び込みのチャイナガール(かわいい!)やらおばちゃんやらがそれぞれの日本語習熟度に応じたイントネーションで道行くひとびとに声をかけまくるというあのいかにもアジア的な猥雑にたくましい独特の活気があってこういう空気のなかにいるだけですごく楽しくなってくるのだけれど、とりあえず目についた屋台でなにか食おうとなったところさっそく呼びこみのお姉さんが商魂たくましく何にしますかとやってきたので、肉まんの中身が角煮バージョンの角煮まんというのがあってそれが美味そうだったのだけれど似たような見た目のチャイニーズバーガーというのもあってこれなにが違うんですかとたずねてみると後者には高菜が入っている、辛くない甘い味付けの高菜だ、前者のほうがなぜかよく売れるがおすすめは俄然後者である、とだいたいにしてそのようなことをいうのでいよっしゃそれじゃあその言葉信ずることにしようとなって(…)とふたり一個ずつチャイニーズバーガーを注文した。そうして蒸かしたてほやほやのものをもらって広場の中央にもうけられた中華風のあずま屋のなかに腰をおろしてバーガーを食い、すると美味くて、ただ高菜の味が強すぎて角煮の味がちょっとよくわかんないと思っていると(…)がクソまじめな顔つきで、おい、これ高菜のけて食ったほうがうめえぞ、というので、あんたもうちょい店員さんの気持ち考えたれや、といいながらいちおう高菜をとりのぞけて食ってみたところほんとうにそっちのほうが美味かったので、そりゃ角煮まんのほうが売れるわと思った。とりあえず中華街をすみからすみまで探検しようということにあいなり、自販機でペットボトルのお茶だけ購入して十字路を行ったり来たりしたのだけれど、どの店もだいたい似たようなメニューを似たような価格帯で販売しており、とくに各レストランの前にもうけられた屋台はどれひとつとってもほとんど代わり映えのしない定番メニューばかりで値段も同じで、タイの屋台を思い出すなというほうが無理な話でうわーうわーと思いながらとりあえず海老団子を購入した。これはしかしアユタヤーで食ったブツのほうが断然美味かった。食堂の前にたてられた手書きのボードにはたいてい「12品980円」だとか「9品890円」とか書き記されておりこれマジだったら安すぎるだろうと思って呼び込みのお姉ちゃんやおばちゃんらにこれマジでこんなに安いんすかとたずねてみると、12品というのはあくまでも12品であって12皿でないということが判明し、ああそういうことかと納得がいったのだけれどとりあえずせっかくここに来たからにはこういうものを食っておかなくてはいくまいという流れになっていったので適当な一軒に入った。完全異国のレストランでステンレスの重い箸を片手にフカヒレラーメンを主食に残る11点の盛りつけられた皿が三つ、すべて食い終えるころには揚げ物の多さもあって満腹であったが、しかしメインであるところのフカヒレラーメンがぜんぜん美味くなかったので、人生初フカヒレだったのにと悔やんでも悔やみきれないというか、メニュー表を見ていたら国産のフカヒレの姿煮はふつうに単品で4000円だったか7000円だったか忘れたけれどもそれくらいしていたので、そうかこういうのを食わなきゃいけないんだなと思った。フカヒレラーメンはアレだったけれども小籠包もちまきも肉まんもごま団子もすべて美味だったので満足した。飯屋を出て中華街を後にしたのだけれど、中華街からアーケード商店街の左右に流れる通路をはさんだ向こう側に王将があるのを見つけたので、あいつはある意味で最高のフロンティアスピリットの持ち主だなと笑いあった。それから靴屋を冷やかしたり大丸にいってポール・スミスを冷やかしたりして、ポール・スミスはなぜか今期マッシュルーム押しらしくてマッシュルームのプリントされた柄シャツやらTシャツやらがたくさんあってどれもこれもサイケデリックだったのだけれど、こちらが手にとって見ていた派手なマッシュルームシャツについてスタッフの男性が、関東方面ではそこそこ売れているのにうちではあまり売れないみたいなことを言っていて、大阪でも売れないんですかねとたずねてみると、大阪はまだ売れているようであるけれども神戸のひとというのはどちらかというとシンプルな服装を好むところがあって、という反応があって、さすが貴婦人の集う上流都市!
神戸は中華街をはずれたところでもやたらと中華屋さんが目立ちラーメン屋含めていたるところにあって町も適度に栄えているし目新しさも手伝って歩いているだけで楽しく、おれ神戸に引っ越そうかなと思わずつぶやいたところ、家賃たけえぞとすぐさまはねかえされたのだけれどそれでも場所を選べばたぶん家賃2万円以内……ないか、やっぱないかなーでも探せばあるような気もするなーというアレで、ぶつくさいいながら駅にむけて歩いている途中(…)がせっかくここまで出てきたのであるし梅田で乗り換えするのであるしどこかに寄っていくかと言い出し、西成の下見にでも行ってそのついでに飛田新地をぶらっとのぞいてみようかということになりかけたのだけれど時間がすごく中途半端で、あともう1時間早ければそのプランもありだったのだけれどいまからだとちょっと駆け足になるなあというところがあったのでそのプランはパスし、とりあえず京都にもどって何かやろうということになったのだけれど結論から先にいうと乗るべき電車をまちがえまくって帰宅は予定よりもずいぶん遅くなってしまった。ゆえに地下鉄今出川でおりてそこから結局いつものように歩いて喫茶店にむかって、コーヒーを飲みながら日付の回る頃合いまでぐだぐだとだべってしゃべって、それからこれもまたいつものように突発的な眠気に見舞われてちょっと座っているのもあやしくなってきたので帰りましょうとあいなり、パンの耳をもらってさよならして薬物市場で甘いもの買って部屋にもどって食って猥談して歯を磨いて寝た。