20140307

平衡を失わせること、新たな平衡を得るために。
ロベール・ブレッソン/松浦寿輝・訳『シネマトグラフ覚書』)

 トーキー映画は沈黙を発明した。
ロベール・ブレッソン/松浦寿輝・訳『シネマトグラフ覚書』)



10時半起床。めざましは9時半にセットしたはずなんだけれど、どうものんべんだらりとした実家暮らしで寝坊癖がついてしまったのかもしれない。睡眠時間、もっと切り詰めていかないと。歯を磨きストレッチをしてから12時に午前の診療を終えてしまう徒歩1分の耳鼻科まで部屋着にコートだけ羽織って出かけた。そういえば昨夜は雪がちらついていた。東京滞在期間中はなるべく暖かいなら暖かいで、寒いなら寒いで統一してほしいと思う。荷物はなるべく少なくいきたいというのがあるのだ。耳鼻科は案の定だだ混みだった。待合室にひとがあふれかえっていて、予備の丸椅子が持ち出されてあるのにそれでもまだ追いつかないくらいだった。受付で飲み薬だけ処方してくれるように頼んだ。十分とたたずに薬が出てきたので支払うべきものを支払い、院をあとにした。コンビニでパンを買って、帰宅してから温めなおし、コーヒーを入れておそがけの朝食とした。それから昨日づけのブログの続きを書いてアップした。Tからメールがあり、四条に繰りだすのは14時半以降にしようという運びになった。
「偶景」を書き加えているとTがやってきた。春服にあわせて試着したいジャケットがあるからと春服を着用してきたはいいもののおもては雪のちらつくほどの寒さで、このなかをこの薄着でいくのかとためらってなかなか動こうとしないものだから、いっそのこと軽く引っかけてから出かけることにしようではないかとなった。地下鉄で市役所前まで繰り出し、ひとまずの腹ごしらえということで油そばなるものを食した。それからTのお目当ての品のあるZARAとじぶんのお目当ての品のあるPaul Smithとせっかくだからなんとなく立ち寄っておくかな古着屋を三軒めぐったのであったが、あるいはこれは腹ごしらえをすませる前であったかもしれない。人ごみのなかを英語で会話しながら歩いたひとときのあったのを覚えている。ポール・スミステーラードジャケットは前回試着したときよりもふしぎにしょぼく見えた。生地もラインもすばらしいのだけれど、冷却期間のつもりで設けたはずのこの一週間がむしろ思い出の美化作用として働いた結果、これにわざわざ四万円近くも支払うのは月給八万円の身の丈からいってもド阿呆以外のなにものでもないのではないかと幻滅するところがあった。結果、TについていったZARAで試着したもうひとまわりもふたまわりも価格の劣る、やや厚手の灰色のジャケットを購入することにした。Tは結局何も買わずに店をあとにするはめになった。四月に東京に遊びにいく予定があるらしいので、そのときにでもむこうで買えばいいかとひとりで納得していた。酔いの醒めるにしたがってだんだんと風の身にしみるようになってきたのでさっさと地下鉄に乗りこんだ。
帰宅してからもういちど引っかけなおした。近所で飯でも食おうという段取りになったので、ものすごく昭和な店構えの定食屋に冒険して入ろうと酔いまかせの高いテンションで提案したのだけれど、とりつく島もないあっけなさで一蹴されてしまい、結局なか卯に入ってうどんとカツ丼を喰らった。通路をはさんだとなりのテーブルにとてもひとのよさそうなカップルがいて、女の子のほうがおしとやかでつつましやかでかわいらしげな名家の令嬢めいた雰囲気のある娘だったのだけれど、どうもこちらふたりの会話を聞くともなしに聞いているふうに見えたので、ここはひとつ試してやろうと思い、大学の同級生のひとりにじぶんの父親についてぜったいに何も語ろうとしない男がいたと、ものすごい深刻なトーンでTにむけて切り出したうえで、四日前にそいつから連絡があった、あれほど頑に口にしようとしなかった父親の正体についてみずから水をむけた、それでこちらも大変おどろくはめになったのだが、なんとそいつの父親というのがじつは佐村河内だったらしい、と続けて、酔っぱらっているこちらふたりはそれだけでもう息ができないほど笑いまくるわけだが、あとになって確認してみたところ、カップルのほうも口元を噛み締めてけっこうプルプルきていたらしい。それから食事のあいまに、このあいだドトールで佐村河内が英語のリスニングを勉強しているところを見かけただとか、佐村河内(さむらごうち)とみんないうけれどもじっさいは佐村浩二(さむらこうじ)さんなんではないかなどと愚にもつかぬ戯言をくりかえし、そのたびに息ができなくなるくらい笑った。笑い疲れたところで店を出た。
酔いの名残に身をゆだねてそのままカラオケにいった。カラオケにいくのなんていったい何年ぶりだろうという話であるのだけれど、じぶんもTもそもそもカラオケに音源の入っているような音楽を聴くことがあんまり、というかぜんぜんない。そのせいでいざフリータイムで入ったはいいもののぜんぜん歌う曲がなく、しかたがないのでいちばんカラオケを楽しんでいた高校時代によく聴いたり歌ったりした曲を入れたのだけれど、酔っぱらってこの程度かというぐらいにしか楽しむことができなかった。0時ごろまでぐだぐだだらだらやったのち、もうこの先10年はカラオケいらねえなとなって店を出た。
バイクで家にもどらなければならないTを尻目に帰宅してからさらに引っかけて布団にもぐりこんだ。シラフで過ごしたほうが短い一日だった。