20140405

 私の唯一の意図は、なにかを言うことにあるのではなく、人々になにかについて語りあわせることにあります……なにかのための撮影をすることにあるのではなく、ある一定のやり方で撮影すること自体にあります。《なにかのために》ということがあるとすれば、それは、なにかをおこすためである。
ジャン=リュック・ゴダール/奥村昭夫・訳『ゴダール映画史』)

 いったいだれが、質問は答えを呼びよせるなどと言ったのですか? 辞書の《質問》の項にも、質問は答えを要請するとは記されていません。そうしたシステム[質問と答えを対になったものとしてあつかうシステム]がはばをきかせているというだけのことです。
ジャン=リュック・ゴダール/奥村昭夫・訳『ゴダール映画史』)



 6時20分起床。5時ごろにいちどひどい鼻づまりのせいで目がさめた。そこからはずっと起きているのか寝ているのかよくわからない奇妙にのびちぢみする時間のなかに身を置いていた気がするが、夢かうつつかといえばやはり夢の域に近かったんでないだろうかと思いかえされる。歯を磨いてストレッチをし、パンの耳1枚とヨーグルトとバナナとコーヒーの朝食をとった。寒い朝だった。携帯で天気予報をチェックしてみると今日明日とひさしぶりにいくらかなりと冬めくようだった。コートを着用しておもてに出た。
 先週にひきつづき忙しい労働だった。九州からまたもやその筋の団体さんが遠征に来ていたらしく、本来の予定なら今日の午前中まで滞在するはずだったようなのだが、結局スケジュールを一日早めて昨日の昼に発ったという。助かった。規則も慣例もない掟やぶりの彼らをおもてなしするのはけっこう面倒なのだ。午前中から晩方までひっきりなしの客足で、大半がやはりいちげんさんの観光客らしかった。せわしなく動きまわっていくつものタスクを並行してこなしているところにかかってきた電話にやれやれと思いながらでると「無料フード&ドリンクってあるんですけど、これって無料ですか?」という問い合わせがあったりして、こういうの心底げんなりするし、それ以上に腹がたつ。おまえいまじぶんの口で読んだやろが! と受話器越しにつっこみたくなるのを必死にこらえなければならない。なんのための張り紙・チラシ・ポップなんだろうか!
 昼食をとるまえに体重を計ってみたら58.3キロだった。60キロに達していたあの一時期はいったいなんだったのか。なぜ体重が落ちるのか(もちろん飯を食わないからである)。食後だめだだめだと思いながら我慢ができず綿棒で右耳の穴をゴシゴシやってしまった。月曜日に耳鼻科にいこう。そうしてヒノキ花粉対策に副作用込みの強烈な飲み薬を処方してもらうそのついでに耳も診てもらおう。
 滞在人数ひとりとして引き継いでいたはずの部屋からひとりだけ外に出たいのだけれどという電話があったのはたしか9時前で、現在おひとりさまのはずですがと応じると、いやいやツレがいる、起こしてかわろうかというので、わざわざ起こしてもらうのもアレだと思ったので、おそらくは単なる引き継ぎミスにすぎないだろうと判断し、ドアロックを解除しておもてに出てもらったのだけれど、部屋を出て階段をおりた大柄な男の後ろ姿がえらい駆け足で、というかほとんど全力疾走といっていいようすで外に出ていったので、これなんかいやな予感がすると思っていたのだけれど、その予感は見事にあたった。逃げられた。ツレがいるなんて嘘だった。夕刻前になっても部屋を出てこないもうひとりの客の存在がいい加減あやしまれてきたのでためしに電話をかけてみたところ出ない、ドアロックを解除して部屋の扉をそっとあけてなかをのぞいてみると靴はない、やられたと思ってふみこめば散らかし放題の部屋に湯の出しっぱなしになっている風呂場があって、ちくしょう! おれのミスだ! 油断した! してやられた! と奥歯をぎりぎり噛みならしながらひきかえすはめになった。Eさんに事情を話すと、関係者の犯行だろうという仮説が提示された。あれだけ部屋を散らかし放題に散らかしてみせたり湯を出しっぱなしにしてみせたりするあたりなにをどうすれば嫌がらせとして有効であるかよくわかっているもののやりくちとしか思えない、それにおまえとFくんの引き継ぎ時間をあらかじめ心得ていたかのようなどんぴしゃのタイミングでドアロック解除の要請があったのもあまりに出来すぎている、そうつぶやいてみせたのち本社の人間に電話してことの次第を報告しはじめたEさんは何度かおなじ名字をくりかえして口にした。こちらの知らない名前だった。あとでたずねてみるとふるい従業員らしかった。大柄な背中、というこちらの目撃談を耳にして最初に浮かんだ顔がその男だったのだ、とEさんは続けた。くだんの部屋からは注射器とストローが見つかった。Yさんが気づかないあいだに針を踏んでしまったらしく、気持ちよくなるんだったらいっこうにかまわないんだが傷口が痺れてしかたないと洩らしていた。Jさんはストローの先端をちゅーちゅー吸ったのち、ぜんぜん残ってないやんけ、と歯のない口でにやりと笑ってみせた。
 そのJさんが昼休憩中、うとうとしているこちらの眼前にいつのまにか置き手紙をそっと残しており、なんだこれと思ってねぼけまなこをゴシゴシやりながら見てみると、「Mくん、昼寝ばかりしていてはいけませんよ。それと、Jさんに五千円貸してあげてくださいね」とあって、小学校教師の口調めいたその文体が起きぬけのやわなこころにはまってクソ笑った。Eさんはすでに先日三千円Jさんに貸したところらしい。つぎはこちらの番というわけだった。財布のなかの一万円札を二枚に割って、そのうちの一枚をにやにやしているJさんの足元にひらりと落としてやり、「ひろえよJ!」と言ってやった。なんかむかし『家なき子』でこんな場面観たわ、と笑いながらYさんがいった。給料日に千円多めに返すさかい、とJさんは喜色満面で樋口一葉を頭上にかかげた。いまいっしゅん新渡戸稲造と書いてあわてて訂正した。
 職場を去るころには小雨が降りはじめていた。蕁麻疹のスーパーで袋麺のどんべえと半額の天ぷらと軟骨のからあげを購入した。帰宅してから軟骨をかじりつつどんべえを茹で、天ぷらと大量の水菜をのせてそのうえに生卵を落として食った。それからNくんにメールを返信した。シャワーを浴びていると鼻がつまってしかたなかった。来週半ばにひかえている四国旅行がどんどん不安になってきた。旅行中一睡もすることができないかもしれないと考えるとそれだけで滅入ってくるものがある。いちばん強力な飲み薬と点鼻薬を処方してもらったうえであのガスマスクにも似たフォルムの超高級マスクを装着すれば、あるいはひょっとしてなんとかなるのかもしれないが。Twitterでひとあそびしたのち、3日付けの記事にくれたAさんのコメントに返答した。そこでも書いたが、スマホがあれば以前のブログでたびたびこころみていたヴァルザーがリアルタイムで更新可能であるというおそるべき事実に気づいてしまった。つまりどこかありえない遠方に目的地をいったん設定しあとはそこにむけてひたすら歩きつづける。歩きつづけながら目につくものを記述してアップ、かつ、一時間に一度の割合で写真を撮影してはアップ、これである。イオングループが機種本体の価格含めて月額3000円以内でおさまるスマホの販売を試験的に開始するという記事を今日職場の新聞で目にしたのだけれど、それをゲットさえすればより洗練された完璧なかたちでのヴァルザーが可能なのだ! なんだったらそれ専用のアカウントを取得したっていいのだ!
 2Pacを聴きながらここまでブログを書いた。労働日にもかかわらずめずらしく途中で眠気にまいってダウンすることなく最後まで書きつなぐことができた。つまり明日は出勤ぎりぎりまでゆっくり眠ることができる。おもてで口をすすいでいると帰宅した隣人と鉢合わせしたのではこんばんはとあいさつした。おどおどしたようすではじめましてといったようにきこえたが、すでにこちらの部屋の戸に手をかけているところだったので聞こえないふりをして初対面のあいさつを避けた。ずいぶんまえから部屋に荷物を運びこみ自転車も玄関のそばに停めてあったのだが、当の住人がじっさいにこの隣室で生活しはじめたのはおそらく昨夜からで、ベニヤ板いちまいの薄壁越しにきこえる物音はさすがにひどい。もう一方の隣室の住人たる手紙魔のように寝床として利用するのみみたいなアレだったら助かるのだけれどはたしてどうなるか。1時半消灯。