20140419

 すべてに絶望した人にとって何より生きる支えになるのは、誰でもいい、たった一人でもいい、じーっと自分を、いつも見つめつづけてくれている人がいるってこと――その目じゃないか、って。その、深く自分に向けられた、絶えざる視線(め)がある限り、人はどんな絶望的な状況でも生きておられる。たとえ海の底でも、氷河の最深部でも……
(松下清雄「三つ目のアマンジャク」)

 自分という人間の中にスターリンがいる、自分はもう一人のスターリンなのでは――という自覚、発見ほど深刻で、衝撃的な体験はない。この世紀を生き、かつ闘った人間として、これはおそらく最大の問題体験のひとつではなかろうか。これをおれメは、なにやらのすっきりした、あるいは複雑ながら筋の通った理論として(誰よりもまず、おれメ自身に対して)解明してみせることはできない。それは理論的な低さとか、思考の浅さとかいった次元の問題じゃない。体験そのものが、そういうものを寄せつけないのだ。ある考えをめぐらす、追求する、ある行為に、行動に打ち込む、突き進む、その只中で、その直後に、あッ、これはスターリンだ、スターリンのそれだ、と感じたとき、発見したときの衝撃、暗澹は何に譬ええよう。殊に仲間に対し、人びとに対し、のっぴきならぬ重い責任を負うているときなどは――。あるいはまた、他者(ひと)から、特に絶対この人からはそれを言われたくないと思っている人物から、それとなく、もしくは容赦なく言われたときなんぞも。
(松下清雄「三つ目のアマンジャク」)



 6時20分起床。ここ最近の傾向にたいして意表外にでたようななかなかに冷える朝だった。歯を磨きストレッチをしたのち、パンの耳とコーヒーの朝食をとった。Duoを流しながら出勤した。
 目のまわるほどいそがしい12時間だった。たしかまだ10時かそこらだったように思うけれども、中年の西洋人カップルが自動ドアをぬけてフロントに直行してあらわれた。こちらが姿をみせると、伝わるか伝わらないかわからないけれどもとりあえず口にするだけしておこうという腹心ののぞけなくもない小声でグッモーニンとつぶやき、それですべての手続きを踏みおえたとばかりにいきなり手にしていた四つ折りの地図をひろげてマークのつけてある場所を指さしてみせた。ここに行きたいのかと問うてみせると、言葉の通じる人間を見つけたよろこびらしきものに一瞬ほのかに顔をかがやかせていまじぶんたちはどのあたりにいるのかとたずねるので、目的地はここから遠くない、歩いて五分程度のところだ、この通りをまっすぐいけばいい、そうすればすぐにおおきなゲートが目につくはずだから、と応じた。去っていく後ろ姿を見守りながら、やるじゃんおれ、と思った。
 来週にひかえているYさんの誕生日のためにBさんが出前をとるというのでこちらもまたそれにのっかって春巻き定食を注文した。美味かった。Yさんの誕生日プレゼントを用意しなければならないが、しかしなにをプレゼントしたらいいものか、なかなかむずかしい。なまじこちらは誕生日に祇園でステーキをごちそうになっているものだから、さすがにどうでもいい中華の出前をとってはいこれでおわりというわけにはいかないだろう。去年は世界中の煙草のパッケージが収録されている図録のようなものを贈った。今年はどうするべきか。熟コンの費用をこちらが全額持つとか?
 春巻き定食があまりに美味かったものだからガシガシすごい早さで胃につめこんでしまった。食べ終わってから、これが駄目なのかもしれないのだ、早食いのせいで気絶した可能性だってなきにしもあらずなのだ、と、そう考えているうちに視界がぐるんとなって一段階遠のくあの感じ、重心が浮いて血の気が引き、頭がすっとするような感覚にともなって胸のあたりでうずまきせりあがるもののある感じがして、やばい! と思った。きのうの今日でこれかよ! とほとんど信じられない気持ちでひとまずベルトをゆるめ、いちばん楽な姿勢で椅子に腰かけなおし、そうして頭の位置を下げてみたりひたむきな観察のまなざしを内側にむけてこらしてみたりしているうちに、ピークに達することなく抑制することに成功したらしい回復のきざしをほのかに見出したので、そこからは慎重に茶を飲んだりゆっくりと立ちあがってみたり便所で排便してみたりした。その後何度かここで動くとぜったいにやばいと思われるような域にさしかかりもしたが、最終的にどうにかつつがなく最後の波を越えることができたのでよかった。
 いぜんにもいちど乱交パーティーや野外プレイやスワッピングなどハードコアな自らの性的嗜好と性的武勇伝について勤務中にもかかわらずたっぷり三十分は語りに語っていった出入りの業者さんがまたもやそのあたりのあれこれについて語っていったのだけれど、とりあえず今日聞いた話のなかでいちばんやばかったのは、ポルノ映画館に布団を一式持ち込みで入ってそのなかでヤッたというエピソードだった。あとはその手の映画館にM女を連れていきひかえめにマスターベーションをさせたりすると暗闇の四方八方から見知らぬ男の手がでてきて集団痴漢プレイに発展することもあるのだけれど、座席のひとつに全裸で腰かけさせてM字開脚などさせてしまうとかえってまわりがひるんでしまってだれも手を出してこないという、あんたいったいなにやってんだよみたいな話もあった。最近では「ヘテロカップル」「男」「女」「女装男」「ゲイ」という面子で酒池肉林をくりひろげたらしい。あんまり派手にやりすぎるとパクられんちゃいますの、というと、ハプニングバーなんて京都もうひとつもないからね、あっても大阪だけやしどんどん閉まってますわ、とあった。
 数週間前から映画の撮影依頼の話があるとは聞いていたのだけれど、てっきり学生の自主制作映画の撮影かと思いきや、プロのものらしくて、今日その資料みたいなものをEさんに見せてもらったのだけれどまったく聞いたことのない監督で、でもWikipediaにはばっちり名前が載っていたので、へーこんなひといたのか、と思った。概要のしるされた資料を見るかぎりではいちおう商業主義とは遠く離れたところで撮られるタイプの作品のようであるのだけれど、「現実と虚構の境目を失くしていく」みたいな表現があって、いまどきその発想で遠くまで飛ぼうとおもうならそれ相応の工夫が必要になるぞと思った。撮影はまだまだ先になるようなのだけれどいずれにせよ平日だろう、するとじぶんが現場を目にすることはできないわけだとなんとなく漏らすと、そんなんおれがなんぼでも口きいたるやんけ、うちの若いの興味あるみたいやしちょっと立ち会わせたってくれやいうたらむこうもよう断らんやろ、平日やったらおまえなおさら都合ええしここのぞきに来たらええやん、シャワーシーンもあるみたいやで、とEさんがいった。それもアリかもしれんなと思った。黒沢清が来るとかだったらなにがなんでも駆けつけたい勢いなのだけれど。
 あたらしいバイト志望の女の子の面接があった。また芸大生だった。先に記した映画撮影には芸大生が数人インターンとして参加しているらしく、そのつてで送りこまれてきた志望者だった。履歴書の裏には作家志望の文字があった。マジかと思った。
 EさんからTのおっさんに貸している一万円を取り立てておいてくれとたのまれた。直接顔をあわせるとブチギレてしまいそうだからとのことだった。近頃のEさんはTのおっさんについて人員さえそろえばいつでもクビにするといってはばからない。Tのおっさんは近頃Eさんのみならず多方面にわたって無心にあたっているらしい。そのことが明らかになって以降、とどのつまりはこれ以上従業員間にトラブルの種をまき散らすようなことをしてくれるなというアレからEさんのまなざしがきびしくなりつつあるのだった。回収はスムーズにすんだ。千円札ばかりを十枚手渡された。
 19時過ぎごろにTにメールを送った。返信があったので電話をかけた。搭乗まであと数十分らしかった。Tの声色はまたもや気落ちしているようだった。はしかがそんなにこわいか、と茶化すと、いやいやそれより乗り継ぎがなー……不安やわ、とあった。マニラで飛行機の乗り継ぎをする必要があるらしく、Tはそれをどうも過剰なまでに心配しているふうだった。何度となく海外にわたっている人間なのに、といえば、乗り継ぎは初めてだとある。同行するYくんすべてT任せでまったく役に立たないらしい。タイの空港でなにもしらずにボーダーラインの向こう側に足を踏み入れてしまったこちらにたいして軍服にベレー帽のいかつい顔をした警備員がものすごい怒声を浴びせてきた到着最初の夜を思った。ひとりだったしはじめての海外だったし英語できなかったしで、あのときは到着して早々だったけれどほんとうに心が折れそうになったものだった。
 職場の更衣室で着替えているときにミサンガのちぎれたことに気づいた。ミサンガといっても四五日前、いたんだ畳のうえにガムテープを貼りつけている途中にいぐさの中からひょろりとでてきた硬い一本をなんとなく右手首に巻きつけて結んだものだった。ちぎれたからにはなにかが起きるにちがいないと思った。
 帰路、二人組の警官に自転車を止められた。無点灯とイヤホンの双方が原因だった。警官はとても下手に、ほとんど卑屈といっていいほどこちらを気遣ってみせるような態度でバインダーにとめられたシートをさしだし、住所と氏名と生年月日の記入をこちらにうながしてみせた。おそらくは上層部の指令で、自転車マナー向上のための検問のさいにはなるべくひとあたりのよいふうに、さしさわりなく下手に出るように命じられているのだろうと察せられた。「学生?」というので、「フリーターです」と応じた。記入しているこちらのそばを一組の中年男女が通りすぎていった。警官に止められる直前、自転車にのって彼らのわきを通りすぎるこちらにむけて男のほうがなにやらわめいていたのは目にとめていた。いかにも酔漢めいた身ぶりとはりあげた声らしくおもわれたが、大音量で2pacを聴いていたこちらの耳にははっきりと届かなかった。その酔漢が警官の手にした懐中電灯の円いひかりに照らされたシートの空白を埋めているこちらのそばを通過してしばらく、ぴたりとその場に足をとめてふりかえるがいなや、わかいもんつかまえてしょうもないことしとんなよコラ、と叫んだ。その怒声が、なぜかとつぜんこちらの気に触れた。シートから顔をあげて男のほうをじっと見据えていると、もう一声なにやら続くところがあった。おっさんおまえなんや! と気づいたら声をはりあげていた。警官のひとりが、まあまあ放っておいて、とこちらをたしなめるふうにいった。また怒声がたった。ふたたび、おまえなんやねんコラ! と応じていた。あーもう相手したらあかん、放っといたらええから、とおなじ警官がいった。シートの残りを記入し防犯登録の確認を終えると、例の男はいままさに変わろうしている歩行者信号をまえにしてふらふらとしていた。連れあいらしい女性の姿はすでになかった。こちらの視線に気づいたらしいもう一方の警官が、Mさん相手したらあかんよ、もう放っといて、とシートに記入したこちらの名前を呼んでたしなめるようにいった。生年月日の記入漏れがあったらしく、口頭でたずねられたので西暦で応じたのち、元号で答えなおした。ありがとうございました、というふしぎな感謝の言葉とともに解放されたので、自転車を横断歩道の手前まで進めてそこで乗り捨て、いままさにその先へと渡ろうとしているおっさんの肩に手をかけた。こちらにふりかえらせて、おっさんおまえさっきからなにいうとんねん、とジャケットの襟元を握りしめあげるようにしてからぶんぶんと揺さぶり因縁をつけた。背後からかけてくる足音があって、たちまち先のふたりの警官の手によってひきはがされた。なぜかひとことも言葉を発さない男にむけて、いくつかの売り言葉を叩きこんだ。そのたびに、落ち着いて、もう放っておけばいいから、と警官に制された。制されれば制されるほどますます煮えくりかえってくるものがあって、こちらの正面にたってなだめようとする警官のその肩のむこうに手をのばして例の男の襟元をふたたびにぎりしめてふりまわそうとしたが、もういっぽうの警官の機転により失敗におわった。だーめーだって! だめだから! それ以上は現行犯になるから! といわれて一気に頭が冷えた。捨て台詞を吐きすてて自転車をおこして家路の続きをたどった。警官は追ってこなかった。
 最悪の気分だった。スーパーで四割引の鯖寿司を購入した。帰宅して着替えるまもなく電話がふるえて音をたてはじめ、見るとEさんだった。出ると、べろんべろんだった。入荷の見込みがなくなったというメールがYさんから送られてきたらしくおまえのところにも来たかというので、携帯を見ていないのでわからないと答えた(あとになってチェックしてみるとそのようなメールは届いていなかった)。Eさんはたいそうご不満のようだった。さんざん発注を急かすだけ急かしておいてこの結果かよと憤っていた。事情があるならあるで公開できる範囲内でいいからきちんと説明しろというようなことをいった。結局嘘に嘘を塗りかためているそのために疑われる必要のないところでまで疑われることになってしまうのだと続けた。そこから見栄っ張りで安い嘘ばかりつく同僚らへの辛辣であると同時に面白くおかしくもある非難がはじまった。敷地内への無断駐車をくりかえしてみせるうちとは無関係な業者のところにいってこれもうそろそろ警察呼ぶでと警告を発したEさんのやりかたをやり玉にあげては、まだまだ甘い、おれやったらとっくに通報しとる、と頭のわるいイキりかたをしてみせるTさん相手にイラっとしたというごく先日のものらしいエピソードが実例として挙げられたのち、無駄な時間と労力を費やすくらいならばとの考えからひかえた怒りの発作を、まるで鬼の首でも取ったかのようにやり玉にあげてはたちまちあいつはびびっただのイモを引いただのというふうに解釈してみせおのれの武勇を声高らかに誇示してみせる、そのような思慮に欠ける後出しじゃんけんで自らの立ち位置を踏み固めていこうとするイキりはじめの中学生めいたそのやりくちのものすごいだささをどうして彼らは自覚することができないだろうかとなった。とはいえ、そのような批判をとりかわしておきながらもこちらはこちらでものすごくしょうもないキレかたをしてしまったばかりだったので、じつをいうとさっきね、ときりだすと爆笑された。おまえのはキレかたはでもわかりやすいよな、馬鹿にされて頭にきたからキレるっていうだけのもんやろ、計算ないから、ただのヤンキーのキレかたやん、とあって、来週にひかえている熟コンの場ではしかし抑制するように、との注意もまた受けた。繁華街にはいろんなやつがいる、おまえがキレてもケンカですむかもしれないがその日はJさんが同行しているのだ、下手をするとまたもや学園に再入学という事態にだってなりかねない、あのひとはTくんなんかとはちがって本物だからやるときはほんとにやってしまう。たしかにそうだった。そのTさんは先日Eさんにブチギレられたとき、まるで幼子のようにしょげくりかえってはEさんの口にするひとことひとことにたいして「うん、うん、うん」と目を大きくしてうなずいていたという。Tさんは酒の席になるとたびたびむかし父親に虐待されていたという話を披露する。そういう傷跡のようなものはたしかに見え隠れするところがあるというと、そんなんいわれたらおれ今後叱ることができやんくなるやんというので、それとこれとはまた別問題だと応じた(念頭にあったのは柄谷行人『倫理21』の自由意志にかんする議論だった)。なにかの拍子にBさんに恋人はいるのかどうかという話をふられたので、どうなんすかねとうやむやにした。おったところで口にはしにくい職場か、YくんにしろTくんにしろ男のこと値踏みしてぼろくそ言いそうやもんな、とあったので、そっちじゃないと思った。若い女以外は女と認めないみたいなことを平気で口にしてみせる配慮のなさのほうが問題でしょとまっすぐ突きつけてみると、おれ最近ようやくおまえのいうことがわかってきた、こないだの同窓会きっかけでな、おばさんって言葉ほんまにNGワードなんやな、あれものっそい女を傷つけるんやな、痛感したわ、という返答があった。
 通話は結局1時間半にもわたった。22時をまわったところで、ていうかそろそろ寿司食ってもいいですか、と伝えて切りあげた。一癖二癖どころではない同僚らのあれこれについてひととおり語りあったのち、でもなんだかんだで楽しいことは楽しいねんな、みんなええとこやってあることにはあるわけやし、ただそのええとこを上塗りしてあまりある癖があるやろ、そやしおれいつも評価させてくれって思うねん、誉めさせてくれって、ふつうにしてくれとったらどんだけでも誉めるとこあんなのになんでそれ台無しにしてくれんのって、というようなことを楽しげにもらすというべろんべろんのEさん特有のいつものパターンで通話はしめきられた。東京行くんでバイトやめますなどといえば きっと相当うらまれるだろうなと電話を切ってから思った。
 鯖寿司とあさげを食ったのち途中入浴をはさみつつも1時までブログを書きつづけた。先日東京で卒業ぶりに再会したTから、京都に越してきたからまた飯でも行こう、ところでいまはどこに住んでいるの、と問い合わせるメールがあったので返信した。消灯して寝床に着くと、夢とうつつの波打ち際を逍遥するあのたっぷりとした時間にひさかたぶりに出くわした。あと一歩のところで何度も眠りをとりにがした。