20140616

 (…)口にする内容がどんな悩みであっても、青春の会話は、どこかたのしげだ。みすみす接吻で解消するような諍いは、諍いということができない。
金子光晴『どくろ杯』)



 夢。夜の喧噪と人ごみのなかを歩いている。どことなく祇園祭のおもむきがある。しばらく往くと、浴衣姿のギャルが横一列になって並んで道をふさいでいるのに出くわす。 ギャルたちは音楽にあわせて踊りながら右から左へとゆっくり移動している。その流れに真正面から相対する位置におなじく横一列になった男たちが彼女らとむかいあうかたちで、こちらはしかしじっと立ちつくしている。むかいあった男女はときおり舌をからめて口づけをする。くちびるをひきはなしたところで、女性のほうが一歩分左にずれる。そしてまたあたらしい男女の組み合わせでの口づけがはじまる。その列のなかにまぎれこむ。匿名的なギャルのひとりと口づけをする。土俗の儀式に参加したかのような土くさい官能がかすかに灯る。
 6時20分起床。歯を磨き顔を洗いストレッチをしたのち、パンの耳2枚とホットコーヒーの朝食をとった。それから昨日付けのブログを書きはじめたが、時間内に書き終えることができなかったので、途中でうっちゃっておいて家を出た。いつもより一時間遅い出勤だった。おどろいた。たった一時間ずれるだけでこれほどまで人出の変わるものかと思った。通学途中の学生らによって歩道の占められている現場にたびたび出くわし、そのたびにイライラして舌打ちをした。ひとと車の流れが完全に変わっていた。どのタイミングで歩道から車道におりるべきか、どのルートを優先して選びとるべきか、これまでつちかってきた経験すべてが無効化された。たった一時間の差で!
 職場に到着するなり、おおスーパールーキーがきたぞと囃された。便所で排便をしているというEさんのところへいって、扉越しに独り言のていで、あーあ休日出勤か、しんどいしんどい、時給五兆円くらい出やんかな、とぼやいてみせると、今日ひまやからおまえ帰ってええで、というふざけた返答が放屁に次いであった。
 ワイシャツとスラックスではなく下宿から持ってきた黒Tシャツとハーフパンツに着替えた。朝礼のさいに手をあげてSさんの言葉をさえぎり、今日からお世話になりますMです、1985年10月5日生まれ、(…)県(…)市出身、心は迷いがちの天秤座、みんな大好き自己中B型、趣味は仮眠の丑年です、と矢継ぎ早にくりだした。ごめんなこっちこんなやつばっかやねん、とEさんがTさんに頭をさげた。家族旅行で和歌山にいっていたEさんのお土産はせんべいとうめぼしだった。
 午前中は廊下と控え室に掃除機をかけてからロビーをモップがけし、出入り口のガラス扉をぞうきんで拭いて、駐車場の枯れ葉を掃きあつめて過ごした。とちゅうでBさんがやってきて、休憩の時間やよといった。きりが悪かったのでもうすこしねばっていると今度はJさんがやってきて、Mくん休憩にしましょか、コーヒーいれるさかいといったので、ここきりないっすね落ち葉、とぼやきながらふたりそろって控え室にもどった。休憩時間の終わったところで、Jさんといっしょに部屋にいって、掃除の仕方をひとしきり教えてもらった。厳密にいうなら掃除の前準備とでもいうべき作業で、この作業をじぶんがひとりで担い、整った部屋から順に後続組が掃除にやってくるという段取りだった。だいたいの手順は頭に入っていたが、それでもじっさいにやってみるとなると、やはりひとつふたつポカが出た。けれど楽しかった。いつもとは違う仕事というだけでたいへんな気分転換になり、あっという間に時間がすぎさった。
 17時半にタイムカードを切ったが、今週ほかにいつ出勤するべきか相談しなければならなかったのでBさんがもどってくるまで控え室で待機していると、軽トラにのったEさんとTさんがやってきて、閉鎖した店から荷物を回収するけれども欲しいものはあるかと問われたので、窓! とひとまず答えてから、ハンディクリーナーが欲しいといった。ひょっとしたらあるかもしれないということだった。Nくんがソファをほしがっているのでそう伝えると、じゃあおまえらふたりついてこいというので、ひゃっほーという感じで軽トラの荷台にとびのった。軽トラの荷台にのるのは大好きである。なんか田舎思い出すね、とNくんにいうと、長野の田舎出身のNくんもそうっすねー京都でこんな経験するとは思ってもみませんでした、といった。TさんEさんの導きですでになかば廃墟と化してある建物に入った。そうして上から順にすべての部屋を見てまわった。SM用の分娩台みたいなチェアがあったので爆笑した(Tさんは記念に写メまで撮っていた)。これYさん欲しがってたやつっすやん、というと、業者にひきとってもらうことになった、そこそこの値段つくんちゃうけ、とあった。ソファがあった。座椅子があった。ベッドがあった。無数のDVDプレイヤーに無数の大型プラズマテレビに旧型のラップトップがあった。それらすべて欲しかったら持っていっていいという話だったので、Nくんとふたりそろってテンションぶちあがりになったが、しかしそれらのどれひとつとってもよくよく考えてみたら別にいらねーやというものばかりだったので、おまえら最初だけ盛り上がってすぐ冷めるなやといわれた。職場用にガラステーブルをひとつと電話機をひとつ運びこんだ。それからNくん用にソファをひとつ、Tさん用にチェアを一脚、Jさん用にアースノーマットを持ち帰った。バリ島っぽいわけのわからない雑貨がたくさんあったので、これぜったい持ち帰ってからすぐに邪魔くさくなるタイプのやつっすわといいながらも三つほどいただくことにした。閉鎖となったのは元々はTが京都に来たばかりのころ、すなわち十年近く前につとめていた職場である。そこの備品がじぶんの下宿にあったら帰国後のやつはきっと爆笑するにちがいないというEさんTさんのすすめで、その一発ネタのためだけに持ち帰ることにしたのだった。Nくんはシャンプーとリンスも頂戴していた。無数のTSUBAKIのボトルがひとところにかきよせられているシャワールームがあって、シャンプーとコンディショナーの容器がそれぞれ赤と白なものだから、天井にぼんやりとともされてある赤い照明もあいまってそこだけ草間弥生みたいな空間になっているとNくんがいった。
 軽トラの荷台にのって職場にもどった。それから19時すぎまでEさんとSさんの三人でパクられたふたりの今後について話した。われわれの予想しているとおりの一件で引っ張っていかれたのであるなら、そしてその場合の被害者側の狙いもやはりまたわれわれの予想するとおりであるなら、おそらくは示談でケリがついてちかぢか釈放されることになるだろう。けれど別件で引っ張っていかれたのだとすれば? あるいは余罪を追求されたならば? そうなるともうわからない。最悪のケースは何通りでも想定できる。
 水曜日はTさんが休みなので、主戦力がひとり欠けることになる。そうなるとかなりきびしいことになるのではないかと予想されたので、出勤することにした。木曜日と金曜日については状況をみて出勤ということになったが、どちらか一方は休めとEさんにいわれた。でないと肝心の土日にまた例の病気を発症することになりかねない、そういうEさんの言葉に、Sさんもうんうんとうなずいてみせた。でもいちおうやばいときには出るって約束での週末労働者っすからねというと、そんな約束したけとEさんはいった。
 駐車場でEさんと別れて家路についた。寿司目当てでいつものスーパーにいったら二割引で、四割引になるまで店内で待機しつづけるというのも馬鹿らしいから、半額品の小さな弁当をふたつ買って帰った。郵便受けに不在届けが入っていたので連絡をとると、荷物は大家さんにあずかってもらいましたからとあった。philipsのイヤホンだった。実家から支援物資も届いた。ダンボールの封を開けると大量のコーヒーとタオルケットが入っていた。帰宅してから総菜を納豆と冷や奴といっしょにたいらげた。さすがに疲れたのか、猛烈な眠気を催してたちまち気絶しそうになったが、せめて風呂だけは入りたかった。意を決して風呂場にむかったが、先客がいたので部屋にもどった。うとうとしながら機をうかがい、二度三度と風呂場のようすを見に行ったが、ゆっくり湯にでも浸かっているのかなかなか出てこないようすだったので、眠気もあいまってものすごくイライラして、舌打ちしてトタンの扉をバーンと閉めた。その物音で、ほかに待っている人間がいると気づいたらしい湯船のなかの先客があわてて動いて水音をたてるのが聞こえた。部屋にもどってしばらくするとパタパタとスリッパの足音をたてながら歩く気配がおもてにたったので、風呂場にいった。その直前にBさんからCメールがとどいていた。今日はわざわざありがとう、木曜日のおつかれさま会楽しみやね、とあったので、水曜日も出勤しますしそのときにでもお店を決めましょうと返信した。
 風呂からあがってストレッチをした。Bさんからまたメールが届いていたので返信した。コンビニにいって野菜ジュースとグレープフルーツのジュレを買った。食べながら昨日付けのブログを書きはじめたが、猛烈な眠気に見舞われたのでまたもや途中でうっちゃっておいて、気絶するように布団に倒れこんだ。0時半消灯。