20230224

 天安門事件後、趙紫陽は姿を消した。二〇〇五年の逝去に至って、新華社はようやくこの重要な政治家のことを短いニュースで伝えた。「趙紫陽同志は、長期にわたって呼吸器と心臓、血管に疾患を抱え、何度も入院治療を受けてきたが、先ごろ病状が悪化し、応急処置もむなしく、一月十七日に北京で逝去した。享年八十五歳」
 中国では、退職した部長(大臣)クラスの政治家が逝去した場合でも、政府による報道はこのニュース記事よりもずっと詳しい。このニュース記事は、党と国家の指導者だった人の経歴を何も紹介していないし、告別式の日取りにも触れていない。しかし、北京南駅で暮らしている一群の陳情者たちは、趙紫陽の告別式の日取りを知っていた。中国でいちばん弱いはずの「人民」がどういうルートで情報を得たのか、私は知らない。彼らは自発的に組織を作り、趙紫陽に別れを告げに行った。警察は当然、彼らを門前払いした。告別式の参加許可証を持っていなかったからだ。彼らは外で横断幕を掲げ、趙紫陽を偲び、哀悼の意を表した。
 これら社会のどん底で生活している陳情者は、中国社会の腐敗の犠牲者だ。彼らはさまざまな抑圧と屈辱を経験している。当初は希望を託して法律に訴え、裁判官が公正な裁きを与えてくれることを期待したが、中国の司法の腐敗により、彼らはまったく法律に絶望した。北京まで陳情に来たのは、さらに上級の役人なら彼らに正義をもたらしてくれると思ったからだ。これらの人々は、中国の「司法難民」と呼ばれている。
 中国には法律を超えた陳情制度があり、さまざまな屈辱に耐えている人に最後の希望を与え、腐敗と司法の不公正の受難者にまだ清廉な官吏がいるという幻想を抱かせてきた。これは長い歴史と伝統を持つ中国の人治主義の影響で、清廉な官吏に対する人々の期待は法律に対する信頼を超えている。陳情者は家産をなげうって東奔西走し、いつの日か清廉な官吏が現れて正義を実行してくれるだろうと夢想しているのだ。二〇〇四年の時点で、中国政府が公表した陳情の件数はすでに一千件に達している。これらの陳情者の生活は、常人には想像しがたい。彼らは飢えをこらえて街頭で野宿し、乞食のように警察に追い払われる。少数の生活の豊かなインテリは、彼らを精神異常者と見なしている。
 こういう弱い「人民」が、二〇〇五年一月に趙紫陽の告別式に駆けつけたのだ。彼らは趙紫陽を「中国でいちばん不運な人」、自分たちよりも不運な人だと思っていた。彼らは屈辱を嘗め尽くしたが、まだ陳情の機会がある。哀れな趙紫陽には陳情の余地さえないのだ。
(余華/飯塚容・訳『ほんとうの中国の話をしよう』)



 11時前起床。歯磨きしながらスマホでニュースをチェック。身支度を整えて第五食堂へ。打包。帰宅して食うべきものを食い、食後のコーヒーを淹れ、きのうづけの記事を途中まで書く。途中、「(…)」のふたりから連絡。おいしそうなタイ料理の店を見つけたので午後いっしょに行こう、と。午後は授業があるのでそれが終わったあとであればいいと受けると、授業が終わる16時10分に外国語学院の入り口で待っているとの返答。店は大学からやや離れた場所にあるとのこと。自転車とバスとどちらがいいかというので、きみたちに合わせると応じると、それじゃあバスでとの返信。
 そういうわけで外国語学院までは徒歩で向かうことにする。初回ははやめに教室に入るようにという注意が前回の会議であったので、14時をまわったところで出発する。イヤホンでShe her her hersをききながら歩く。地下道を抜けて外国語学院へ。教室は一階。一階の教室で授業をするのははじめてかもしれない。入り口から中をのぞく。電気のついていない薄暗い教室に学生がみっちり詰まっている。見覚えのある顔がちらほらあり、あ、ここだ、ここだ、となる。ひさしぶりーといいながら教壇にあがるだけで、笑いと歓声が生じる。中学生のころか高校生のころか忘れたが、テレビ番組にゲストとして登場した今田耕司が、じぶんもとうとうスタジオにただ姿をあらわしただけで観覧席で笑いが生じるレベルになりましたかみたいなことを言っているのを見てクソ笑ったおぼえがあるのだが、そのことを不意に、これを書いているいま思い出した。
 教室にはほぼすべての学生が先着していた。こちらより遅れてひとり女子学生がやってきたが、見覚えのない顔だった。学習委員の(…)さんが、彼女がほかの学部から移ってきた学生ですみたいなことをいうので——書き忘れていたが、きのう(…)さんはグループチャット上でひとりほかの学部から移ってくる学生がいると報告してくれたのだ——、まずは黒板に名前を書いてもらった。(…)さん。最後の一文字だけ漢音がわからないので来週の授業までに調べてきますと伝える。で、先に書いてしまうが、夜ネットで調べてみたところ、「彤」は「トウ」と「ズ」の二通りの読みがあるようなのだが、どちらが呉音でどちらが漢音なのかは出てこない。前者であるとすれば「(…)」という読みになり、後者であるとすれば「(…)」になるわけで、ここでは響きを優先して前者「(…)」としたほうがいいと判断。けっこうおとなしそうな女の子。まだ見知ったクラスメイトもそれほどいないだろうし、ちょっと浮いているようにみえたので、その後、ゲームをしているあいだ、彼女の近くに座っていた(…)さん(優秀!)を通訳に指名した。とはいえ、(…)さん、日本語の学習歴があるのか、ゲームのルールなどはほぼ問題なく理解できているようだったし、後半のパーセンテージクイズでは同じチームになった学生たちと積極的に意見を交わしているようだったので、あ、これはだいじょうぶだ、すぐ馴染むわ、と安心した。

 簡単な雑談をまずする。お年玉をいくらもらったかとか、冬休みはどう過ごしていたかとか、故郷で雪は降ったかとか。こちらは部屋と快递と(…)だけの生活だったと続けたのち、コロナに感染したかどうかとたずねると、クラス全員が感染済みとのこと。マジか。先生はまだ感染していませんというと、みんななぜか拍手した。(…)一年生は罹患率100%ということになる。えげつないな。
 それから出席をとる。その過程で他学部に移動した学生をチェック。(…)くんが生物に専攻変更(彼は高校二年生から日本語を勉強していた学生)。(…)さんが法学に専攻変更(彼女からは以前直接専攻を変更するとの連絡があった)。(…)さんがマルクス思想に専攻変更。これは意外なチョイス。毛沢東マルクスに関する政治系の講義、学生たちの大半は嫌っており、授業中はだいたい居眠りをするかスマホをいじるかするだけなので。ちなみに(…)さんはもともとなにを勉強していたのかとたずねると、「酒店管理」——聞き取れたピンインをそのまま漢字変換して板書したら学生たちがまた拍手してくれた——とのこと。そんな専門があるのか。ホテルの管理にたずさわるアレということは、観光や旅行に関する学院がたしかあったはずであるし、その中にある学科のひとつなのかもしれない。
 初回授業なので今日はゲームをすると宣言。まず名詞ビンゴを二回。一回目は「教室にあるもの」で、これはわりとすぐにビンゴが出る。二回目はもうすこし難易度をあげて、こちらの名字である「(…)・(…)・(…)」のいずれかからはじまる名詞。まだ一年生であるし、準備に多少時間を要するが、これも思っていたよりもずっとはやくビンゴが出た。
 それからグループ分けしてパーセンテージクイズ。AからGまで適当にふりわけて座席移動してもらう。クイズは二度やる(一度につき五問)。優勝チームとピタリ賞を出したチームに景品をあげると事前に説明(こうすることで優勝不可能となったチームも最後までモチベーションを担保可能)。案の定、めちゃくちゃ盛りあがる。とはいえ、ランダムなグループ分けとなると、やっぱりどうしてもちょっと浮いてしまう学生が出てくる。そういうわけで二度目の前にふたたびグループ分けをおこなったのだが、こちらの観測するかぎり、(…)さんと(…)さんのふたりは二回ともグループ内でやや気まずそうにしていた。ふたりともおとなしいタイプの学生では全然ないし、(…)さんにいたってはむしろクラスでもっとも派手な女子のひとりであるのだが、ルームメイト以外とはほぼ交流がないのか、あるいはひょっとしたらすでに揉めたことのあるクラスメイトがおり、その相手とたまたまおなじグループになってしまったのか——いや、もう知らんわ! なんでそんなことまで毎度毎度気ィ遣わなあかんねん! 小学校や中学校ちゃうねんぞ! 大学やぞ! 田舎だからというのもあるのかもしれんが、こっちの大学生は外見も精神面も日本の大学生にくらべてずっと幼くみえる。(…)さんも大連に移ったばかりのころ、そっちの学生が(…)の学生にくらべてみんな異様におとなっぽくて驚いたと言っていた。パーセンテージクイズの二度目の最終問題は例によってこちらのセンター試験の合計点数を0点から500点のあいだで予想させるというもの。これが毎回もっとも盛りあがる。こちらの外見やキャラ的にだいたいみんな400点前後と予想するので、答えを明かした瞬間、教室がどっと沸く。学生たちはおそらく高考基準で点数を予想している。日本のセンター試験——というのはすでに存在しないんだっけ?——は実際かなり簡単であることを知らない、だからこちらのことをもしかしたら天才かなにかだと勘違いする学生もいるかもしれないので、そこはフォローしておく。ただ、あまりチャラチャラしてばかりいると、そのチャラチャラ面でしか判断されないというアレが(言語と文化の壁によって相乗的に)生じるおそれがかなりあるので(実際、国際交流処の面々など、二年以上の長きにわたってこちらが不真面目な教員であると一方的に判断していたのだったし、そのことをのちほど謝罪されたのだった)、こういうところで一発かましておいたほうがいいというのはある(ずっと以前、(…)さんからも、クラスメイトは先生が(…)先生より良い大学を出ているとは絶対に思っていませんと言われたことがある)。見栄を張るべきところは張って、慎むべきところは慎む、たぶんそういう使い分けがこの国のこの仕事ではある程度必要。あとはバランス感覚の問題!
 授業は5分はやく切りあげる。(…)くんと(…)くんと(…)くんの三人が教壇にやってくる。来月の24日に新海誠の『すずめの戸締り』が公開されるのでいっしょに観に行きましょう、と。絶対この手の誘いは複数あるだろうと覚悟していた。了承。(…)くんは新海誠のアニメが大好きで、一部の作品のセリフも暗記しているらしかった(そしてその一部を暗唱してみせる彼に対して、(…)くんが「オタク! オタク!」と言った)。
 教室をあとにする。外国語学院の出口に立つ。(…)さんと(…)さんのふたりが腕を組んでやってくるのであいさつ。よく見たら、かたわらに(…)さんもいる。えー! めずらしい組み合わせ! と思う。(…)さん、髪の毛が短くなっていたので指摘すると、切りましたという。かわいいねというと、ニコっと笑ってありがとうという。女の子はやっぱりショートカットのほうがいい。中国の女子は日本の女子にくらべると、圧倒的にロングヘア率が高いのだが、やっぱり肩まで届かないくらいが一番かわいいよなと思う。(…)さんはわれわれと食事をともにするわけではなかった(そもそも彼女らは仲がそれほど良くないはず)、外国語学院のほうに去っていった。のちほど彼女から微信が届いたのだが、(…)大学の教授による特別講義のようなものがあったらしく(たしかに外国語学院の入り口にそれらしい立て看板が設置されていた)、それに参加するべく急いでいたので、先生とゆっくり立ち話できませんでしたとのこと。
 (…)さんと(…)さんのふたりとそろって歩き出す。おもては晴れている。ぽかぽかして暖かい。100分ものあいだ、声を張りあげっぱなしだったので、のどがひどく疲れている。冬休みはほとんど口をひらかず過ごしていたわけであるし、のども肺も弱っている感じがするが、学期はじめは毎回こうだ、じきに慣れるはず。こちらが以前まで担当していた文学系の授業のうち、(…)は(…)先生が引き継いだという話であったが、(…)のほうはどうなったのかとたずねると、(…)先生が引き継いだという。しかし授業中は日本語なんて使わない、ずっと中国語で話しているだけ、「とても変です」と(…)さん。それからあたらしい先生の授業があるというので、なんていう先生なのとたずねると、(…)先生だという。もしかして(…)の先生ではない? とたずねると、たぶんそうとの返事。担当科目は(…)。彼女の日本語は相当まずい。コロナ以前、こちらに微信でメッセージが送られてきたことがある。たぶん彼女が赴任した初年度だったと思うのだが、こちらが担当する予定の授業の中からひとつじぶんに譲ってほしいみたいなアレで、その文面というのがあまりにひどかったので当時の日記に記録したはず——と思って過去ログを検索してみたところ、2020年12月5日づけの記事がヒットした。コロナ以前ではなかった、すでに日本でオンライン授業をやっている時期だった。「家を出る直前に微信の友達申請があった。またよくわからない人間かと思ったが、「先生こんにちは」「私は(…)先生」「あなたに相談して、あなたは余分な授業があっていいですか、私はまだ授業がなくて、あなたは1つの授業を私にあげることができるかどうか、来学期。ありがとうございます」とすぐにメッセージが届いた。「(…)先生」というのは「(…)先生((…)老师)」ということなのだろう。しかし日本語教師にしては、あまりにつたない文面ではないか?」とのこと。
 老校区の南門を出る。横断歩道のない道路を力ずくで横断して東進する。右手に大きな建物がある。プールだというので、以前だれかからこのあたりにプールがあると聞いたことがあるなと応じると、以前(…)さんが言いましたと(…)さんが言う。バス停に向けて歩く。道中、三年生の(…)くんから微信が届く。おすすめのカフェがあるとのこと。(…)くんがバイトしているカフェで、コーヒーがおいしい。いま(…)くんと一緒にお店にいる。火曜日か金曜日の午後にいっしょに行きませんかというので、これも了承。新学期だなァという感じだ。こうしてガンガンスケジュールが埋まっていくのだ。
 交差点を南進する。バスが後ろからせまってきているとふたりがいうので、バス停まで走る(ブーツなのに!)。乗る。学生ふたりがそろって腰かけたその後ろの座席に着席し、移動中はKindleでEverything That Rises Must Converge(Flannery O’Connor)の続きを読み進める。途中で乗車した小学生か中学生かわからない女子がこちらのかたわらに腰かけるが、ひげをはやしている外国人の男のとなりに座るなんて、こんな田舎で育ったこんな年頃の女の子だったらきっといやだろうな、緊張するだろうなと思う。
 移動時間はさほど長くない。バス停でおりる。(…)さんの地図アプリを頼りに歩く。大きなホテルがある。看板に「会所」と記されているので、あの文字があるホテルはエロいところなんでしょと以前(…)さんから教えてもらった情報を確認する。然り。われわれがトイレを借りるために先学期迷いこんだあのホテルもやはり「会所」だったのだ。(…)さんがトイレに行きたいという。ここで借りるというので、またエレベーターの扉がひらいた瞬間にきれいな女性が横一列に二十人並んだ状態で出迎えてくれるかもしれないよと爆笑するが、あの体験はまちがいなく先学期いちばんのおもしろエピソードだった、今回も似たような体験ができるかもしれないというわけでこちらもついていく。しかしそうはならなかった。トイレは一階のロビーに普通にあったし、水商売らしい女性の姿も男性の姿も全然見当たらなかった。
 目的のタイ料理屋はそのホテルのすぐそば。遠目に見てもこじんまりとしている店舗で、レストランというよりはカフェのようだ。入店する。店はやはりかなりせまい。一階にレジとテーブル席がひとつきり。吹き抜けの二階にもおそらくテーブル席があるようだったが、あってもひとつかふたつだろう。客の姿はない。一階のテーブル席に設置されたソファで女性が居眠りしている。われわれの姿に気づいて身を起こし、カウンターのほうにまわる。店員らしい。カウンターのメニュー表を見て、(…)さんがおどろいた声をあげる。そして店員とやりとりをはじめるが、その店員の中国語というのがなぜか非常にききとりやすかった、曰く、今年はフードメニューの提供をすべて中止している、いまは飲み物しか提供していないとのこと。
 だったら仕方ないとのことで店を出る。道中、「和牛粉」という看板を出していたレストランがあったので、店構えから察するに学生らにはちょっと価格帯の高い店かもしれないが、それでも麺類であれば知れているだろうということで、そこに入ることに。まだまだはやい時間帯だったこともあり、店はけっこうスカスカ。客より店員のほうが多いくらい。レジで辛くない麺はないかとたずねると、羊肉の麺は辛くないとの返事。こちらはそいつをオーダー。一杯18元。女子ふたりは鍋に粉(フェン)を入れて食うやつをオーダー。ちなみにこの店の売りは和牛らしいのだが、和牛の面(ミエン)/粉(フェン)はなんと一杯で100元! アホかという感じ。しかも店内には和牛をオーダーした客のみ入室および着席することのできる特別な一室がある模様。われわれの着席したテーブル席のわきにある柱にも看板メニューである和牛を宣伝するポスターがはられていたのだが、和牛(wagyu)は世界で一番の牛肉といわれておりうんぬんみたいな説明書きがあったので、中国ではそういう認識なの? とたずねると、そうですという返事。
 食事はすぐに出てきた。羊肉面のスープ、においがけっこうきつかった。日本でも豚骨系のラーメンのあの足の裏みたいなにおいがこちらはマジでダメで吐き気をもよおすのだが、羊に関してはこれまでいちどもにおいがダメだと思ったことはない、ただ今日運ばれてきたこいつはちょっとにおいがきつくて、あれ? だいじょうぶかな? と思ったが、ひとまずスープの上に浮かんでいるその羊肉を食ってみたところ、これがマジでクソうまかった。さらにスープもうまくて、麺もうまくて、こちらの大好きなパクチーまでのっかっていてという感じで、おおげさに書くわけじゃない、マジで5分で食い終わってしまった。女子ふたりはいまようやく鍋にぶちこんで茹でた粉を食べはじめたというところ。あまりにうまかったし、こんなもん一杯だけでは足りるわけもないので、すぐにレジに移動して、もういっぱい同じものを注文したのだが、店員のおばちゃんたちから絶対にあたまのおかしい外人やと思われたやろな。しかしうまかった。二杯目もすぐにたいらげてしまった。二杯で36元。女子ふたりの注文したやつは一般般とのこと。
 店を出る。店の入り口では、店とは関係のない物売りの女性が入り口の両隣を陣取るようにして、野菜だか果物だかナッツだかを販売している。(…)さん、しばらく道ゆくひとたちを観察したのち、物売りの女性のひとりに写真撮影を依頼。これで3枚目。卒業までにあと97枚という。無理やろ!
 またバスに乗る。コンビニで買い物をしたいというので、ピンときて、もしかしてローソン? とたずねると、肯定の返事。去年(…)先生から市内にはじめてローソンがオープンしたという情報は聞いていた。こちらもちょっとのぞいてみたいと思っていたので、これは良い機会になった。(…)先生によれば、大学の近くにもそのうち二店舗目ができるという話だったが、もしかしたら大学西側のあの開発エリアに出店するのかもしれない。そうだとすれば、ちょっと楽しみだな。
 バスはそこそこ混雑していた。高齢者用の座席しか空いていなかったので、こちらはひとり通路に突っ立ち、KindleでEverything That Rises Must Converge(Flannery O’Connor)の続きを読んだ。席が空いたところで着席。通路をはさんだ左側に女子ふたりがいる位置。先生、目が悪くなりますよ、とうすぐらい車内で書見するこちらにいうので、高校のころは視力にまったく問題なかった、大学に入って本を読むようになりパソコンに使うようになってから一気に悪化したと答える。それから三人で窓の外をながめながら、裸眼であの看板の文字が読めるかどうかなどと話す。そうしたわれわれの外国語によるやりとりを、われわれの後ろの座席についている老人らが怪訝そうな顔つきでながめている。窓の外の景色にちょっと見覚えがある。先学期、(…)先生の電動スクーターにのせてもらって歯医者に向かった、そのときに通った道かもしれない。
 目的のバス停でおりる。道路の向こう側にはたしかにローソンの青い看板がみえる。道路では電動スクーターに2ケツした若い女子がいる。手にしている赤い風船と黄色い風船が頭上に浮かび、風を受けて揺れているそのようすを見たとき、あ、じぶんが写真を趣味にしている人間だったらぜったい撮っているなと思う。
 横断歩道を渡る。ローソンの店内はめちゃくちゃせまい。駅のプラットフォームにある売店くらいの敷地しかない。(…)先生の言っていたとおり、商品の大半はローカライズされているが、それでもいちおうサラダやおにぎりなど、中国の一般的なスーパーやコンビニなどではまず見かけることのないものが陳列されている。レジにはおでんもあるが、具材はやはり中国仕様(というか(…)省仕様だと思う)。せまい店内であるが、ふたりがけのイートインもいちおう設置されているし、客もひっきりなしに入ってくる。せっかくなのでこちらはココナッツ味の大福を買うことにする。(…)さんはおなじ大福のガトーショコラ味。(…)さんは(…)先生おすすめの小魚とナッツのおつまみみたいなお菓子を購入(柿の種なんかと同様、ビールのアテにして食うようなやつ)。レジで会計をすませていると、先の風船女子たちが店に入ってきた。
 店の外に出る。袋代をケチった(…)さん、購入した商品ふたつみっつで手がふさがっているのが不便なので、路上の物売りから袋だけ分けてもらおうかなときょろきょろする。こちらのリュックに入れろというが、最初はやはり遠慮する(これほど親しくなってなお、教師に荷物を持たせるわけにはいかないという意識がはたらく、これが中国における教師の権威性のわかりやすい一例だと思う)。しかし都合よく袋だけ手に入るわけがない。無理やり入れさせる。
 中学校のそばを歩く。青いウインドブレーカーを着た男女の姿が目立つ。校門には迎えの親や祖父母の姿もある。途中ですれちがった中学生男子について、あの子はきっと将来かっこよくなるというので、あの子が大学生になるころにはきみはもう阿姨だよとからかう。
 道路の対岸に书店の看板を見つける。それもかなり規模の大きなものらしかったので、横断歩道のない車道を無理やり渡ってそちらに行く。店は無骨なビルの二階に入っている。階段をあがる。踊り場を二つではなく四つ経てその二階へ(これは三階じゃないのかと(…)さんがいう)。中に入る。入ってすぐのところに習近平の本が山積みされており、あれ? これはちょっと違うかも? と思う。女性店員がバッグをロッカーにしまうようにというので従う。別の女性店員がなにを探しているのかというのに、(…)さんがこちらのために残雪の名前を口にする。女性店員は残雪? だれだそれ? みたいな反応をする。その反応がすこし小馬鹿にしたふうだったので、あ、この店は(…)にあるあの書店なんかとは違うタイプの店だな、ひそかなレジスタンスの集う店ではないな、大手資本がそういう文化系を気取っているだけだなと察する。店員は置いておいて、書棚を(…)さんとそろって検分する。残雪の小説はあったが、種類は少なかった、二種類か三種類しかなかった。けっこう分厚い長編があった。『激情世界』というタイトル。最新小説で、未邦訳。帯には、もし残雪の小説を読んだことがないのであれば最初はこれを読めみたいなことが記されている。こちらの影響で(…)さんはすでにこいつを淘宝で購入したらしい。むずかしかったので途中で読むのをやめてしまったようだが、それでも過去の作品にくらべるとずっと読みやすいという評価らしいので、もしかしたら割合筋のある小説なのかもしれない。近藤直子のいないいま、だれが邦訳する?
 海外文学のコーナーもチェックする。日本文学は例によって川端康成太宰治三島由紀夫村上春樹東野圭吾伊坂幸太郎あたりが多い。変わり種としては寺山修司中勘助の『銀の匙』、野坂昭如火垂るの墓』など。海外文学コーナーで目立つのは、サマセット・モームマルケスカフカミラン・クンデラあたりか。あとはレイモンド・チャンドラーレイモンド・カーヴァースタンダールの『赤と黒』もあったが、全体的にまあわかりやすいラインナップだなという感じで、やはり(…)の書店とくらべると全然弱い。いちおうムージルやオコナーを探してみたが、見つからない。変わり種はシンボルスカとペソアくらいか。(…)さんはペソアが好きなので、『不安の書』があったよと教える。(…)さんは三島由紀夫の短編集を手にしていた。緑色の夜とかなんとかそんなタイトルのもので、こんなものははじめて見たという。こちらもはじめて見るタイトルだし、いまざっとググってみたが、やはりヒットしない。
 ひととおり書棚をチェックしたところでソファに座る。女子ふたりはそれぞれどこからか持ってきた本を座り読みしている。スマホを見ると、北京の(…)くんから微信が届いている。修士論文を書き終わったので添削してほしい、と。これで週末がつぶれたなと思う。明日は今日の分の日記でほぼつぶれるだろうし、明後日は論文の添削でつぶれるだろう。麺を二杯も食って腹いっぱいだったこともあり、ソファに座った途端、強烈な眠気に見舞われる。そのまま寝る。
 ふと目が覚める。(…)さんは変わらず本を読んでいる。(…)さんの姿はない。(…)さんから、さっきはちゃんとあいさつできなくてごめんなさい、という微信が届いたのはこのときだったはず。席を立つ。吹き抜けになっている二階に移動する。哲学のコーナーをのぞいてみたが、ヘーゲルニーチェやショウペンハウアーやフロイトはあるのだが、ドゥルーズフーコーデリダラカンもない。一階におりる。店の入り口にいる女性スタッフが、残雪の小説を探していたのは彼だ、みたいなことをほかの女性スタッフにささやいているのが聞き取れる。
 その残雪の新刊を買うことにする。78元。(…)さんは淘宝で50元ちょっとで買ったという話だったが、めんどうくさいのでここで購入。閉店のBGMが流れはじめる。われわれ以外の客もぞろぞろと店の外に向かいはじめる。店にはいちおうカフェスペースもあり、そこでくつろいで書見している姿もちらほらあったのだが、だからといって図書館のように静かであるのかといえばそうでもなく、でかい声で通話しているひともいたし、遠くにいるじぶんの子どもにめちゃくちゃでかい声で呼びかけるおばちゃんもいた。
 外に出る。大学まで残る帰路を歩く。今日はひさしぶりにたくさん歩いたなと微信の万歩計アプリをチェックすると7000歩オーバー。しかし一位の(…)さんはほぼ20000歩で、どうしてこんなにたくさん歩いているのかとたずねると、昼間(…)楼でアルバイトしていたとのこと。国際交流処? とたずねると、そうではないという返事。
 夜道を歩いているうちに、いつのまにか、最初のバス停にもどっている。その先の交差点で長身のモデルみたいな美女とすれちがう。背の高さだけではなく、化粧もヘアスタイルも、それから腰のところをきゅっと絞ったロングコートも、なにからなにまでこの片田舎にふさわしくないたたずまいだったので、なんか上海のモデルさんみたいなひとだったねと口にすると、(…)さんも同様の印象を抱いていたようす。どことなく卒業生の(…)さんに雰囲気が似ていた。(…)さんはこれまでこちらが出会ったことのある人類でもっとも顔が小さい。顔立ちも整っていたし、くわえてどこかエキゾチックな雰囲気をともなっていたので、身長がもう少し高ければ、モデルとして普通にメシを食っていける子だったと思う。本人もオシャレが大好きだったし。
 魔窟の快递にいたる路地の前を通りがかる。そういえばこの先になんかおしゃれなバーができたんだよ、最初カフェかなと思ったんだけどバーみたいなんだよねというと、(…)さんが興味津々のようすだったので、店の前まで行ってみることにする。外観を見たふたりが、バーではない、日本料理の店かもしれないという。店の名前に「竹」の漢字が入っているし、外観からなんとなくそういう印象を受けるという。店の窓際には酒瓶が並べられているのだが、それも日本酒のようにみえるというので、え? そうなの? と思って近づいてみると、なるほどたしかに日本酒の瓶だった。窓から中をのぞいてみると、客はひとりもいなかったが、カウンター席があり、その雰囲気がやっぱりバーやカフェではなく料理店っぽい。本当に日本料理店なのか? しかしなぜこんな場所に? 中国の日本料理店というのは基本的にどれもこれも高級店であるはず。こんなローカル中のローカルな場所に出店したところで、客なんて絶対入ってこないだろうと思うのだが(そもそも対面に位置しているのが、地元の老人らでにぎわう雀荘なのだ!)。
 老校区に入る。(…)先生がこのあたりに住んでいるはずだとふたりがいうので、あ、(…)先生は老校区の職員寮で暮らしているのかと思った。口語実践だか口語演習だかいう名義の旅行について、仮に実施されるとすれば、やはり引率は(…)先生になるのかとたずねると、(…)先生は忙しいのでほかの先生になるかもしれないとのこと。(…)先生になるかもしれないといって(…)さんが嫌な顔をすると、(…)さんがふざけてその(…)先生の真似をした。曰く、「(…)! (…)!」と。(…)先生は(…)さんのことをファーストネームで呼ぶらしい、そしてそのことを(…)さんはたいそう嫌がっている。しかし、(…)先生ほど学生から嫌われている教師、マジでなかなかいないと思う。
 (…)さんがときどきバドミントンをする建物が正面にある。(…)の事務室が二階か三階に入っている建物であるのだが、一階はバドミントンのコートになっている。しかしだいたいいつも先客のおじさんにコートをとられているとのこと。おじさんというのは大学教員や事務室のスタッフなどで、コートを使用するにあたっての優先権は彼らにあるらしい。ちょっとのぞいてみようかという。せまいロビーとコートはカーテンのようなものでふさがれている。そこをちょっとひらいて中をのぞいてみると、たしかに四十代から五十代のおじさんたちが七人か八人ほど集まってバドミントンをしていたので、これは日本ではなかなか見られん光景だなと思う。
 トイレに行っていた(…)さんがもどってきたところでふたたび歩き出す。月がきれいだとふたりが言い出す。円の下のほうのふちだけがくっきり浮かびあがっている。星もひとつふたつ見える。その空を街路樹の葉が部分的に覆っているのだが、われわれがいままさにあとにしようとしている建物の看板に設置されている赤いネオンの照明がその葉を一部うっすらと赤く染めている——そのようすをきれいだきれいだといって、写真の好きな(…)さんが撮影をする。
 外国語学院の前を通り、地下道を抜け、そのまま女子寮まで歩く。女子寮の門前に背の低い女の子がひとりで突っ立っている。ピンクと白のもこもこした小学生みたいな服を着ているので、子どもみたいだなと漏らす。子どもではなかった、一年生の(…)さんだった。なにしてるの? とたずねると、彼氏を待っていますとの返事。その彼氏がほどなくしてあらわれる。他学部の男子学生。「不合格!」と告げて去る。
 ふたりとも例によってこちらの寮まで送ってくれるという。一年生の話題になったのをきっかけに、きのう(…)ではじめて授業があったのだが、めずらしい名前の学生が三人もいたと告げて、(…)さんと、(…)さんと、(…)さんの名前を見せる。ふたりともびっくりする。(…)さんと(…)さんについて、中国語でもなんと読めばいいかわからないという。さらに(…)さんについては、こんな苗字が存在することなんてまったく知らなかったという。きみたちがこれまでに知り合ったなかでいちばんめずらしかった苗字はなにとたずねると、ルームメイトの(…)さんはかなりめずらしいという返事。
 第四食堂の前を通過し、グラウンドとバスケコートに沿って歩く。ふたりはルームメイトの(…)さんに恋人ができることを期待しているという。(…)さんは同性愛者であることを少なくともルームメイトにはオープンにしているわけだが、(…)さんはもしかしたらまだ打ち明けていない可能性があるので、下手なことはいえない。なので、他人に期待したり心配したりしているひまがあれば、きみたちががんばれよと茶化す。わたしたちはだいじょうぶです! というので、卒業生の(…)さんが先日モーメンツで婚約報告していた件を持ち出す。(…)さんと同様、故郷が(…)なので、小学校、中学校、高校、大学とずっと(…)にいて、就職も(…)、そして25歳で結婚! とその履歴を説明し、(…)さん、きみもうあと三年か四年しかないけどだいじょうぶ? というと、25歳で結婚ははやすぎる! という反応。ふたりともこれまで一度も彼氏がいたことがない。マッチングアプリ的なものを使ったことはないのかとたずねると、ないという返事。そういう「不自然」なものは使いたくないとのこと。
 寮に到着する。リュックサックの中から(…)さんがローソンで買ったお菓子を取り出して返却する。おやすみ、またね、とあいさつして部屋にもどる。(…)くんからくだんの修士論文が届いていたので締め切りを確認。いつでもいいとのことだが、はやいに越したことはないだろう。(…)さんにも返信をする。さらに二年生のグループチャット上で、(…)くんから閉店した(…)の写真が送られてきていたので、それにも返信しておいてから浴室に移動してシャワーを浴びる。あがってストレッチをし、ローソンで買った大福と前回いっしょにメシを食ったときに(…)さんからもらった手作りクッキーを食う(もらったことを日記に書き忘れていた)。そうしてコーヒーを飲みながらきのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、2022年2月24づけの記事を読み返す。そのまま2013年2月24日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に転載。以下のくだり、ちょっと笑った。大家さん、こちらのバイト先が連れ込み宿だと知ったら、きっとびっくり仰天しただろうな。

まだ空の暗い時間帯から軒先で洗濯物を干していると大家さんが乳母車を押しながらやって来て、こんなにも早い時間からあんたお出かけですか、というので、仕事です、と応じた。作文がじぶんにとって仕事であるのは確かなのだから嘘ではない。ただいまのところは一円にもなっていないというだけのことだ。そしてそんな事実は馬にでも食わせておけばいい。大家さんはじぶんのことをおそらくは帝国ホテルとかなんかそういう豪華なところで勤務している人間だと思っている(そんな人間が家賃18000円の過激派のアジトみたいな掘建て小屋に住まうかという話なのだが)。実際はといえばこれ以上ないほどいかがわしいホテルの一従業員だ。時給800円だ。ひとのセックスを笑ってばかりの職場だ。同僚はほぼ全員筋金入りのろくでなしである。そしてそんなろくでなし集団の中に違和感なく溶け込んでいるじぶんがいるのもまた事実だ。こういうひとたちとの付き合いになんらの気後れも覚えないという意味において、高校時代のじぶん(の経験)もときには役立つものだと思う。

 それから(…)さんの蕩尽に関するエピソード。こんなもん笑うやろ。

(…)さんから入ったばかりの給料をさっそく全額祇園に落としてきたと月末恒例の報告があって、あと1800円で一ヶ月暮らさなきゃと嘆いていた。遊びっぷりに華があるために木屋町祇園界隈のひとたちは(…)さんのことを大金持ちだと勘違いしているらしい。ロシアンパブのロシア人に「オニイサン、アラブノ、セキユオー!」と言われたという話や、小便がしたくなったので交番に立ち寄っておれらの税金で作ったおまえんとこの便所を貸せと詰め寄ったところ以前便所を貸したさいに爆弾を仕掛けられたことがあったので無理ですと断られたという話がクソ面白かった。

 (…)さん、酔っぱらうと交番にいる警察にからむ癖があり、いちどこちらにまわらない寿司をおごってくれたその帰りにもやっぱり交番に立ち寄り、入り口から奥にいる警官にむけて怒声を浴びせまくるなどしていたのだが、その奥にいる警官というのが(…)さんの姿を見るなり、「なんや(…)さんか」と口にして、あ、完全に顔馴染みになっとるんやなとクソ笑った記憶がある。ちなみにこのとき(…)さんは、その顔馴染みの警官に向けて、こいつ(…)吸っとるんや、(…)もしとる、このあいだもパッキパキやった、とこちらを指差しながら言い出し、実際、そのときこちらはぼちぼち酩酊していたのだが、とはいえ(…)さんのこのキャラであるし警官もきっと真に受けないだろうと思い、もーなにいうとるんですかとかなんとかいって適当にごまかしたのだったが、しかしあの状況、コントロールの下手な人間であれば一瞬でバッドに入っていたんじゃないかと思うし、後日(…)にこの話をしたら、おれその状況無理かもしれんわという反応があった。
 作業のあいだ、(…)さんとやりとりを交わしていた。大学院で専攻を英語に変更するのかとたずねると、「未来の方向はまた知りません」「そして、どんなことでもやってみたい。」という。そういうアレから、好奇心のおもむくままに生きるのが一番だよ、周囲の目を気にしないタイプであればそうやってふらふらして生きるのが一番楽しい的なことを言ったところ、「私はときどきうらやましい」という反応があり、そう、彼女はわりとそういう自由をもとめるタイプなのだ。そうした生き方の問題について「これは先生とよく交流したいです。私はいろいろな疑問があります。」「たぶんは人生の信仰と欲望です。」「でも急ぎません。」という言葉が続いたので、じゃあきみの都合のよいときにまたゆっくり話しましょうと応じつつも、うん? と思った。ここで「信仰」という言葉が出てくるところにひっかかったのだ。さらにこちらがコロナにいまだ未感染であることを受けて、「たぶん神様がいます」と言ったり、「私の実家で神様がいます」「神様の加護を受けたはずです」と言ったりして、どういうニュアンスの発言であるのかがよくわからないのだが、しかしそれでいえば先学期、彼女と(…)くんと(…)さんと(…)さんの書道の先生と食事をした際、温州出身の(…)くんがキリスト教徒であることを知った彼女はちょっと特別な反応を示していた記憶がある。それにくわえて、彼女はいまどきの愛国心いっぱいの若者としてはめずらしく、このうえなく明確に、はっきりと、近平の旦那に対する批判的な意識を持ち合わせていた。それでふと思ったのだが、もしかして(…)さんもキリスト教徒なんではないか? それも(…)くんのように共産党支配下にあるほうのアレではなく、もっとガチの、弾圧される側の信仰を有しているのでは? あるいはキリスト教ではなく別の宗教——たとえば(…)先生の祖母がいれこんでいるという民間宗教だったりするかもしれないが、いずれにせよ、そういう意味でのマイノリティに属する人物なのではないか? そう考えてみると、クラスのなかで少し浮いているような雰囲気があり、かつ、政権に対して批判的であり文芸趣味も有している彼女のキャラが、けっこうしっくり理解されるのだ。うーん、物語の予感がする。
 しかし忙しい。忙しくなる。今日一日で夕飯の約束(済)、映画の約束、カフェの約束、修論添削の約束、人生相談(?)の約束の、五つの約束が入ったことになるわけだ。マジで冬休み中にがっつり授業準備しておいてよかった。こちらにとって外出するということは、その記録を日記に書くところまでふくめての行為になるわけで、だから、なにをするにしてもふつうのひとの二倍時間が奪われることになる。こちらが日本でオンライン授業をしているあいだにいつのまにか、それまで朝晩の自習が義務づけられているのは二年生の前期までだったはずが、外国語学院の学生にかぎっては後期も含まれるようになった、その変化に関してはマジでご愁傷様ですという感じであるわけだが、同時に、こちらとしては正直助かっている部分もあるかもしれない。自習がなければ、それこそコロナ以前そうであったように、もっと頻繁に、ほとんど連日誘いを受けるはめになっていたのでは?
 今日づけの記事も途中まで書いた。当然長くなるし、完成させることなどできるはずがない。これは明日の前半をまるっと使うことになるだろうなと思いながら、今日一日をふりかえりつつメモだけざっと残しておく。合間に腹筋を酷使する。懸念だった腰も問題なし。プロテインを飲み、トースト二枚を食し、ジャンプ+の更新をチェックする。それから(…)くんから送られてきた修士論文をダウンロードしてざっと目を通す。当たり前だが、長い。がんばれば、明日一日で日記ともども片付けることができるかもしれないが、うーん、どうなんだろ。
 歯磨きをすませる。2時になったところでベッドに移動。歩き疲れていたのか、わりとすんなり眠りに落ちた。