20230612

 自分はその日快よく三沢に別れて宿へ帰った。しかし帰り路に、その快よく別れる前の不愉快さも考えた。自分は彼に病院を出ろと勧めた、彼は自分にいつまで大阪にいるのだと尋ねた。上部(うわべ)にあらわれた言葉のやりとりはただこれだけに過ぎなかった。しかし三沢も自分もそこに変な苦い意味を味わった。
 自分の「あの女」に対する興味は衰えたけれども自分はどうしても三沢と「あの女」とをそう懇意にしたくなかった。三沢もまた、あの美しい看護婦をどうする了簡もない癖に、自分だけがだんだん彼女に近づいて行くのを見て、平気でいる訳には行かなかった。そこに自分達の心づかない暗闘があった。そこに持って生れた人間のわがままと嫉妬があった。そこに調和にも衝突にも発展し得ない、中心を欠いた興味があった。要するにそこには性の争いがあったのである。そうして両方共それを露骨に云う事ができなかったのである。
夏目漱石「行人」)



 熱気のせいでアラームより一時間以上はやく目が覚めた。夕飯後の仮眠を多めにとればいいかというわけでそのまま活動開始することに。メシは第五食堂の二階で打包。味覚、ほんのわずかだが、やっぱり回復しつつある気がする。コロナ後遺症の定義のひとつに感染後二ヶ月が経過してもなんらかの症状が残っているというものがあるようなのだが、そして後遺症はだいたい四人に一人が悩まされるというデータがあるらしいのだが(これは日本やアメリカやほかの国でもだいたい同じ割合らしい)、それでいうとちょっと気になるのが、去年の12月、こちらの観測する範囲内にかぎっていえば、学生らの九割以上がコロナに感染しているのだが、後遺症の話が全然出ないことだ。単純にこちらの耳に入っていないだけのアレかもしれないが、後遺症で具合が悪いので授業を休むとか、ブレインフォグとか慢性的な倦怠感とかいつまでたっても回復しない嗅覚および味覚障害とか、そういうあれこれに悩んでいるようすの学生はいまのところいない。これはどういうことなんだろう? 後遺症に関しては、「後遺症」という言葉のイメージがひとり歩きし、もともと抑うつ傾向や不安障害の傾向がある人間がその傾向を悪化させてしまうというパターンもあるらしいので、もしかしたら後遺症なんて存在しないというくらいのいきおいで、ゼロコロナ政策から一転、コロナは終わりましたキャンペーンを打っているようにみえる政府のその目論見が、ある意味プラスのプラシーボとして人民のあいだで働いているということなのかもしれない。
 シーツを洗って干す。コーヒーを飲みながらきのうづけの記事の続きを書く。投稿し、ウェブ各所を巡回し、2022年6月12日づけの記事を読み返す。2013年6月12日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲する。

 きのうに引き続き、「(…)」の文集をこしらえる。(…)先生から翻訳記事の校閲代未払い分の振り込みが無事すんだと微信が届く。四年生の(…)さん、三年生の(…)さん、二年生の(…)さんと(…)さんの口座にそれぞれ約1000元ずつ振り込まれているので、微信で受け取るか、支付宝で受け取るか、口座に振り込んでもらうか選んでくれとのこと。支付宝はふだん使いしていない。微信での送金は何年か前から、たしか外国人アカウントに限った場合だったと思うが、金額に制限が設けられたはずなので、銀行口座に振り込んでもらうことに。仮に銀行まで出向く必要があるのだったら、むしろ現金をおろしてもらってそれを受け取ってもいいかなと思っていたのだが(そしてその現金を日本にもっていって日本円に換金しておく)、口座への振り込みもスマホでできるとのことだったので、さっそく四人に連絡をとる。(…)さんと(…)さんと(…)さんからはすぐに返信があり、無事1000元ずつ振り込まれた。ひとりだけ額の多い(…)さんからはのちほど、いままでずっと寝ていましたという返信が届いた。ほかの三人は振り込み直前に、この口座で本当に合っていますかというメッセージとともにスクショが送られてきたが、(…)さんからは特にそういうのなし。性格が出る。しかし無事1480元振り込まれていた。これで未払い分の4480元がすべて支払われたことになるのだが、日本円にしておよそ9万円で、これ、ふつうになかなかの金額ではないか? なぜこちらはもうやりとりするのがめんどうなので未払いのままでいいやと、いまのいままで放置していたのだろう? 金に執着がなさすぎる!
 第五食堂で打包。狂戦士の食事をとってから仮眠。(…)先生から夏休み中のスピーチ練習予定表が送られてくる。さらに卒業生の(…)さんからもテキストなしの表情包だけ送られてきたので、どうしたの? と返信したところ、深夜になってエクセルがとどいた。日本語の商品説明文(写真付き)。どうやらあたらしい仕事にありつけたらしい。どうしたら日本人らしい説明文を書くことができるのかというので、VPNをもっているのであればGoogleのアカウントを作成してBardに頼めばいい、きみが書いた文章といっしょに「以下の文章を誤りを修正してください。文章は商品の説明書きのようにしてください。」と送りなさいと応じる。さすがに卒業生の、それも賃金労働にかかわる作業まで、こちらがひとつひとつ助太刀するわけにはいかない。それはいくらなんでもばかばかしすぎる。
 シャワーを浴びる。ストレッチをする。コーヒーを淹れて、21時半前から0時半まで「実弾(仮)」第四稿。プラス8枚で計568/1016枚。きのうに引き続き、シーン29。いちおうケツまで通したが、まだちょっと弱い感じがするので、もう一度見直す必要がある。

 作文中、ふと気になって調べてみたのだが、日本国内のコロナ感染率はいまだに四割ほどらしい。忽那賢志による今年3月19日づけの記事「日本でも4割の人がすでにコロナに感染 抗体調査から分かることは?国内でもコロナは広がりにくくなる?」(https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20230319-00341710)で、「先日開催された厚生科学審議会において、日本における抗体陽性率の最新の調査結果が報告されました。/この結果からは、日本に住む約4割の人がすでに新型コロナに感染しているということが分かりました。」とある。この結果だけ見ると、問題点はいろいろ大アリだったわけだが、それでも一度もロックダウンしないまま、現時点でいまだに感染率が五割を切っているというのは、なかなかけっこうな数値なんではないか。アメリカやヨーロッパの国々はもっと感染率が高かったはずであるし、中国なんてお上の意向にふりまわされっぱなしであったし。

 夜食はトースト二枚。プロテインを飲み、ジャンプ+の更新をチェックし、歯磨きをする。母からLINEが届いている。(…)の健康診断の結果について、中性脂肪コレステロールの数値は前々から高かったが、今回肝臓の数値も悪くなっているとのこと。それもあってなのかもしれないが、肛門付近にできた腫瘍も癌の可能性がなきにしもあらずなので、液体の窒素での処理ではなく外科手術して摘出、細胞検査に送ることに急遽予定変更することになったという。
 寝床に移動後、『ラオス現代文学選集』(二元裕子・訳)の続き。「森の魔力」(ドークケート)の続きを読む。この選集全体の半分を占める、収録作唯一の中編。