20230622

 もうすぐ葬式のある坪内祐三さんもそうだし、生悦住さんを含め、昔のよくわからない人たちのよくわからない趣味嗜好が忘れられつつあるように、最近特に思う。わかりやすい趣味の人ばかりで、そういう人の意見がありがたがられる。あんまり好ましい風潮ではないが、仕方ない。本当に寂しいけれど。
中原昌也『二〇二〇年フェイスブック生存記録』)



 こんな夢を見た。若い男女カップルとそのツレらしいちょっとヤンキーっぽい男と石畳の道ですれちがう。夜である。ヤンキーがすれちがいざまにこちらの肩を指先でつねっていく。痛みよりも驚きから足をとめてふりかえると、ヤンキーはにやにやした笑みを浮かべながら、カップルとともに向こうへ去っていく。擬態だと判断する。カップルの友人であるふりをしているが実際は単独犯だ、すれちがう通行人を攻撃しつつも逆襲されないようにカップルのそばを離れずにいる、カップルの手前—-特にその女性の手前—-相手が手荒な復讐に出ることができないことを見越しているのだ。去っていく三人と逆方向に歩く。石畳の道は螺旋状の上り坂になっている。その頂点に立ったところで、建物でいえば一階分くらいの差がある眼下を先のヤンキーがひとり歩いているのが見えたので、上から放尿してやる。ヤンキーはすぐに頭上のこちらに気づく。ブチギレた様相でひとり螺旋状の石畳を駆けあがってくるヤンキーを、大笑いしながら右横蹴りで思いきり迎え撃つ。
 布団を蹴りあげる足の動きで目が覚めた。11時過ぎだった。歯磨きをしている最中、おもてで激しい雨が降り出したので、キッチンと阳台の窓をあけて冷気を通した。今日の最高気温は23度。信じられないほどすずしい。きのう(…)から受けとった粽子四つをタジン鍋にならべて少量の水を垂らし、そのまま電子レンジにつっこんで四分ほど温めた。嗅覚は死んでいるが、それでもいちおうにおいを確かめ、たぶん問題ないだろうということで食った。母からLINEが届く。細胞検査の結果、(…)の腫瘍は良性であったことが判明。(…)は腺癌。これから転移していくだろうとのこと。
 粽子食し、コーヒー飲み、きのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、2022年6月22日づけの記事を読み返す。2013年6月22日づけの記事は同年同月23日づけの記事とまとめて投稿されているようなので、読み返しは明日まとめて行うことに。作業中は『The Beat My Head Hit』(Ben Vida, Yarn/Wire & Nina Dante)を流した。丁寧で繊細で上質なミニマル。
 卒業生の(…)くんから微信。今日から連休ですね、と。いま(…)にいるとメッセージが続く。用事があってこっちまで出てきたらしい。いっしょにコーヒーでもどうですかというので了承。15時ごろに落ち合うことに。「究極中国語」で待ち合わせまでの時間を潰す。
 15時をいくらかまわったところであらためて微信が届く。新規開設された西門のほうからキャンパスに入ろうと考えていたが、門が閉まっているというので、后街の入り口あたりにいてくれ、そっちまで自転車で移動するからと返信する。それで小雨の降るなかをケッタで南門付近にまで移動する。中国では片手で傘を差しながら自転車を運転している人間を見ることがほとんどないので、キャンパス内だけのことであるとはいえ、けっこう目立っていたんではないかと思う。いつもの駐輪場に自転車を停めたあと、徒歩で后街の入り口まで移動。傘を差した(…)くんが立っていたので、ひさしぶりー! とやや遠目から声をかける。
 そのまま(…)まで移動する。店は(…)くんが学生だったころと様変わりしている、リフォームしてずっとこぎれいになっているわけだが、コーヒーはあいかわらずうまくない。おいしくないのだったら外卖で瑞幸咖啡のコーヒーを注文しましょうというので、さすがに席だけ借りるわけにはいかないでしょうと受けながらひと気の少ない通りを歩く。ひと気が少ないのは雨降りだからか、連休中だからか、あるいは期末試験直前だからか、ちょっとよくわからない。店に入る。カウンターには緑色の旗袍を着たおばちゃんがひとりきり。美式咖啡はあるかとたずねると、じぶんは作り方がわからないというまさかの返事。作り方のわかるスタッフを電話で呼ぼうとしたが、(…)くんがここで機転を利かせた、コーヒーはほかの店から取り寄せる、ここでは小吃だけを注文するといったのだ。おばちゃんは(…)くんの提案に感謝した。きみ賢いなと日本語で(…)くんに伝えると、(…)くんはにこっと笑った。
 しかし中国ではカフェやメシ屋にて別の店で買った飲み物や食べ物を飲み食いするのはごくごく一般的な行為なのだった。店側もそれをうるさくいうことはない(さすがに一品も注文しないのはルール違反だと思うが)。店内は蒸し暑かった。エアコンが切ってあるのだ。われわれのほかには学生らしい女性ふたり組がいるのみ。店内の中央に配置された屋根まで届く——あるいは屋根を突き破ってその上にまでのびていたかもしれない——大木のそばに設置された円卓に向かい合って腰かける。(…)くんはさっそく外卖のアプリで瑞幸咖啡を注文するといった。こちらはココナッツミルク入りのものを砂糖なしでお願いした。(…)くんはおなじものを砂糖アリでオーダー。きみ学生のときはコーヒー飲まなかったよねとたずねると、瑞幸咖啡ができてからちょくちょく飲むようになったという返事。
 おばちゃんが小酥肉(xiao3su1rou4)を持ってくる。そいつをかじりながらいろいろ話す。外卖が届くまでにはずいぶん時間がかかった。配達人のほうでなにかしらトラブルがあったらしい。痺れを切らした(…)くんが途中で電話した。オーダーしてから到着するまで結局小一時間を要したのではないか。
 (…)くんは変わらず(…)の私立高校で日本語教師をしている。卒業後日本語教師の仕事をしている学生は複数いるが、忙しい忙しいと言いながらもだいたいみんな仕事をやめずに続けているねというと、安定しているからだという予想通りの返事。(…)くんも、彼のクラスメイトだった(…)さんも、それから先輩の(…)さんも(…)くんも、みんな日本語教師の仕事を継続している。新卒の失業率が相当まずい水準に達しているという話をする。仮に就職できたとしても996だから大変だと漏らすと、ぼくの仕事は6・11・6ですと李くんはいう。毎朝6時半に起床して10時半まで仕事、その生活を週6日のペースで送っているということだ。それでも教師は休みが多いからいい、夏休みや冬休みがこれほどしっかりとれる仕事はほかにないという。ちなみに長期休暇中の給料は基本給のみ出る格好らしい。
 日本語学科が潰れるかもしれないという話をする。また(…)先生が適当なことを言っているだけではないのかというようなことをいうので、今回はちょっとマジっぽい、(…)先生も少し深刻なふうになっていると受けると、先生はその場合どうしますかという。もともと十年くらいは中国で生活するつもりだったし、そうなったらほかの大学に移るかもしれないなと応じると、だったら(…)の大学に来てくださいというのだが、クソ重い腰をあげるせっかくの転機を省内での移動に費やしてしまうのはちょっとなァと思うところもなくはない。
 元クラスメイトらの話もする。(…)くんはおなじ(…)在住の(…)さんと卒業後も親しく付き合っていたはずなのでその点について言及すると、どうもいまは関係が途絶えてしまったようす。おおきなケンカがあったわけではない。ただ小さなことが積もり重なった結果だという。たとえば、(…)くんは(…)さんの誕生日をおぼえているし、毎年バースデーメッセージを送ったりプレゼントを渡したりしているのだが、相手のほうでは全然そんなようすがない。また、(…)くんは毎週月曜日と水曜日は学生の夜の自習の当番にあたっているため、外に遊びに出かけることはできないのだが(そしてそのことを何度も彼女に説明しているのだが)、相手のほうではそれにかまわず、月曜日と水曜日にしょっちゅうショッピングの誘いをよこしてくるのだという。というようなことはしかし些細な例に過ぎず、語学力の問題でうまく説明することのできない多くの問題がほかにも色々あるようす。自分は(…)さんのことをとても理解しているつもりだ、でも彼女は自分のことを全然理解していない、こういう話を(…)さんにしたことがある、(…)さんもまったくおなじような評価を(…)さんに対して下していたと、だいたいにしてそのようなことをいうので、そもそも(…)くんと(…)さんが現在もなお親しくやりとりしているというそちらの事実のほうにおどろいた。(…)さんは変わらず上海で働いているらしいのだが、給料が6000元ほどしかないらしい、上海で月6000元は無理だろという話なのだが、実際やはりかなりきついようで、現在(…)くんに1000元の借金があるとのこと。しかしこの話については以前も聞いたおぼえがある。(…)さんとは三观が合わないと(…)くんはいった。(…)さんとは合うという。ちょっと意外に思った。別の文脈であるが、のちほど(…)くんは、じぶんはヨーロッパやアメリカのような価値観のほうが合うと口にした。それはゲイであるという彼の性的アイデンティティに関する話の流れで出た言葉であったように思うのだが、たぶんそれだけではないのだろう、のちほどゼロコロナ政策の話になったときに(…)くんは上海の長期間にわたるロックダウンや白紙運動の直接的なきっかけになった新疆の火事について批判的な口調で言及していて、たぶんこういう話をシェアできるという意味で(…)さんとは考え方が合うと口にしたのだと思う。それでいえば(…)くんはまだ学生だったころ、香港で発生したデモが検閲解除されて大陸の人民らにも(都合のよい文脈をしっかり組み立てられた上で、プロパガンダ色バリバリで)知られるようになった時期、ほかの学生らとともにモーメンツに大陸の警察を支持します的な文言を投稿し、アイコンの端っこに中国国旗を載せるという愛国仕草をがっつり見せていたわけだが、やっぱり月日が経てばいろいろと考えも変わるのだろう、(…)くんにしたって(…)さんにしたってそうだが、学生時代は共産党の言い分をそっくりそのままインストールして疑うことのなかった優等生らも、その後大学院でより知的な交流を深めるようになったり、社会に出てより多様な背景を有する人物と知り合うようになったり、あるいはその社会で頻発する理不尽な出来事にたびたび遭遇するようになったりするうちに、党の言い分に違和感を有するようになる。(…)さんからは未成年の彼氏ができたという連絡をけっこう前にもらったよというと、(…)くんは二年前から知っているといった。以前勤めていた猫カフェの同僚らしい。(…)くんはこの話題にあまりにいい顔をしなかった。
 以前マンションを買ったという話を聞いたおぼえがあったのでその点についてたずねると、父親が頭金40万元を出してくれたらしい。これから35年間毎月3000元だか4000元だか支払う必要があるというのだが、その金も父親が出してくれるのであるかどうかはわからない。マンションは職場である高校のわりと近く。部屋は三つ。内装工事が終わるのが今年の12月なので、いつでも泊まりに来てくれという。(…)くんはゲイであることを両親にカミングアウトしていない(できるはずがない)。彼は今年で25歳になる(この事実にこっちは死ぬほど驚いた、あの(…)くんがもう25歳なのだ!)。両親からは結婚しろとたびたび言われるので、年末にはじぶんの部屋も手に入るわけであるし、そうなったら彼女を探すと適当にあしらっているらしい。いまは彼氏がいない。去年いたのだが、相手の浮気が原因で別れた。相手のスマホに知らない男といっしょにベッドに入っている写真が何枚もあったのだという。じぶんは中国人のゲイが嫌いだとも(…)くんはいった。だからやっぱりアメリカやヨーロッパに行きたいのだ、と。目標として三十歳までに移住することを考えている。代理母制度を使うためにお金を貯める必要があると続けるので、子どもがほしいのかとたずねると、じぶんが欲しいというよりは両親が欲しがっているからという返事があり、ちょっとうーんと思った。代理母制度そのものにも色々問題点はあるわけであるし、それを使っていわばカモフラージュのためだけにじぶんの子どもを作るという発想もどうかと思う。とはいえ、言葉の壁もあることであるしナイーヴな話題であるから、詳細についてはたずねなかったわけで、実際はもっと複雑な思考のプロセスを経ての話だったりするのかもしれないが、それでもやはりちょっとぎょっとする。ぎょっとするといえば、部屋が三つもあるのに一人暮らしだとさびしいねというこちらに言葉に対して、八月から犬を飼いはじめるつもりだという返事があったのだが、どんな犬? とたずねると、边牧! といって、ここでもまたボーダーコリーかよ! という話なのだが、しかし一人暮らしで世話できるような犬ではまったくない。そもそも早朝から夜遅くまで仕事があって部屋を留守にするわけであるのに、そのあいだの世話はどうするつもりなんだという話だ。運動量だって一般的な犬にくらべて相当多いし、しつけも厳しくする必要がある。そういうあれこれをろくに調べず、ただ犬のなかでいちばん賢いからという理由だけで边牧を選ぶ、その浅はかさにやっぱりこちらはぎょっとしたのだ。もし本当に飼うつもりなのであれば、せめて子犬の時期だけはだれかのところにあずけて面倒を見てもらいなさいと伝える。
 (…)くんは来月、日本旅行に行くという。(…)→廈門→大阪というこちらとおなじルートで入国したあと、大阪のホテルで五泊して大阪、京都、奈良、神戸をまわる。その後は東京に移動し、東京、横浜、鎌倉をまわるという計画。鎌倉ってあそこでしょ、電車が海のそばを走っているところを写真に撮りたいんでしょう、『スラムダンク』の聖地でしょうというと、中国人はあそこが大好きですと(…)くんは笑いながらいった。日本に滞在するのは九日間。その後飛行機で香港→広州と移動したのち、日本旅行にいく友人らとは別グループでそのままマレーシアに行って数日過ごすというので、どんだけ豪華な夏休みやねんとたまげた。私立高校の教員はたしかに給料がいいと聞いているが、それにしてもなかなかのアレではないかと思っていると、じぶんは車に興味がない、一般的な中国人が車に費やすお金をじぶんは旅行に費やしたいみたいなことをいうので、その気持ちはめちゃくちゃわかると同意。(…)くんが日本に滞在するのは来月の上旬。こちらはまだ(…)にいるあいだだった。これはのちほどメシを食っているときに出た話だったが、日本の花火大会に行きたい、でも百度では全然情報がないというので、こちらのスマホVPNを噛ませたうえで七月に開催予定の花火大会を関東・関西に限定して調べてみたのだが、だいたいのものが七月下旬だった。(…)くんは残念そうだった。大阪にはなにがありますかというので、メシ食って買い物するんだったらどれだけでも楽しめるんじゃないのと応じたが、買い物は東京でするつもりだという。よくよく考えたらこちらは大阪なんて数えるほどしかおとずれたことがないんだよなと思っていると、(…)くんはUSJに行きたいといった。京都では清水寺に行く予定だという。ほかに有名な寺はありますかというので、金閣寺とか天龍寺とかあるけど清水とはまったく反対の方角にあるし、大阪から日帰りで京都観光するだけだったら清水周辺だけで十分だと思うよと応じると、奈良はどうですかというので、鹿しかいないねと笑いながら返事すると、ほかでもない奈良出身の(…)さんからも奈良はつまらないよと言われたと(…)くんは言った。しかし奈良公園には行きたいらしい。奈良公園もまた中国人観光客にとってはかなりの人気スポットだという。神戸は? というので、夜景しか知らないと返事。(…)くんは学生時代にインターンでおとずれた北海道のホテルで知り合った中国の東北地方出身の女性から、そのひとは大学卒業後ずっと東京や大阪で働き続けており今年ようやく中国に帰国することに決まったという人物らしいのだが、日本でいちばん素敵な場所は神戸だと聞かされたという。横浜はどうですかというので、関東のことは全然わからないと応じる。新宿二丁目に行けば? というと、なんですかそれは? というので、あ、知らないのか、とちょっと驚きつつ、ゲイがたくさん集まる街だよというと、ゲイバーにはあまり興味がないという返事。(…)のゲイバーにも何度か行ったが、あまり楽しめなかったというので、(…)くんはけっこう楽しんでいたようだけどねというと、(…)先輩はゲイバーが大好きですと(…)くんは笑いながら言った。その(…)くんの元クラスメイトである(…)くんのことをおぼえていますかというので、もちろんと応じると、(…)くんは大学を卒業してから一度も働いていませんという。はあ? マジで!? とびっくりすると、厳密にいえば卒業後一ヶ月か二ヶ月か日本語教師の仕事についていたのだがすぐにやめ、その後はまったく働いていない、いまは彼氏と広州で同棲しているけれどもその彼氏のすねをかじっている状態らしい。それでいえば(…)くんの実家はけっこう裕福だという話を聞いたおぼえもあったのでその点についてたずねてみると、母親がビジネスをしているという返事。 
 (…)くんはもともと昨日の16時の高铁で(…)にやってくるつもりだったのだが、突然、教師を対象にした講座に出席するよう職場から求められ、泣く泣く高铁とホテルの予約をキャンセルしたらしい。で、今日の午前に出発して(…)にやってきて、なにかしらの用事をすませたのち、午後はこうしてこちらとだべることになったのだが、そのだべる時間がおもいのほか長くなってしまったらしく、帰りの高铁の時間を予定より遅らせることになってしまったみたいで、これはちょっと申し訳なかった、しかし彼はすでに夏休みに入っているので問題ないとのこと。本当は(…)先生も呼んでいたのだが、端午节の連休ということもあって断られてしまったという。祝日は家族といっしょに過ごすということだろう。
 店では二時間以上過ごした。その後、麻辣香锅の店に移動して夕飯。(…)での会計は(…)くんがもってくれたので、ここでの会計はこちらがもった。いつものように不辣不麻で注文するつもりだったのだが、店員のおっちゃんが子ども用の味付けとして微微辣があるというので、辛いもの好きの李くんにあわせてそれにしたのだが、こちらにとっては十分辛かった。味覚はだいぶもどってきた感があるが、嗅覚は一進一退というか、なかなか厳しいことになりそうだなというのが率直なところ。(…)くんは先月二度目の感染に見舞われたが、いまだにときどき咳が出るし、こちらほどひどくはないようだが、嗅覚や味覚も完全には回復していないという。
 店の前でタクシーを呼ぶという(…)くんと別れて大学にもどる。(…)くんからはデカいバケツの入った袋をもらった。バケツのなかには粽子だの咸蛋だのが大量に入っている。端午节の縁起物セットみたいなものだろう。これでしばらく朝食も夜食もまかなえる。バケツの入ったその袋をケッタのハンドルにぶらさげながら帰宅。

 ひとつ書き忘れていたこと。(…)くんはストレスで「白斑」になったといった。初めて聞く言葉だったのでなにそれとなると、手の指の第一関節あたりが白くなっているのを見せてくれた。あまりひとに言わないでほしいと(…)くんは続けた。原因のひとつとしてストレスがあげられている皮膚病であるという。ググってみると、以下のような記述に出くわした(「MSDマニュアル家庭版」より)。

白斑を発症する人の割合は最大2%です。
白斑の原因は分かっていませんが、皮膚の色素沈着の病気であり、皮膚のメラニン色素を作っている細胞(メラノサイト)に対する免疫系による攻撃が関わっていると考えられます。白斑は家系内で多発する傾向がありますが、自然に生じることもあります。他のある種の病気と一緒に生じることもあります。白斑には自己免疫疾患(体が自分の組織を攻撃する)が関わっており、甲状腺疾患が最もよくみられます。最も関連性が強いのは甲状腺の活動過剰(甲状腺機能亢進症、特にバセドウ病が原因の場合)と甲状腺の活動不足(甲状腺機能低下症、特に橋本甲状腺炎が原因の場合)です。 糖尿病、アジソン病、悪性貧血の患者でも白斑が発症しやすい傾向がみられます。しかし、これらの病気と白斑の関係は不明です。
白斑が皮膚に対する物理的損傷の後に、例えば化学熱傷や日焼けに対する反応として生じることもあります。精神的ストレスが引き金となって白斑が生じたことに気づく場合もあります。
白斑は、かなりの心理的苦痛の原因になることがあり、特に皮膚の色が濃い人ではその傾向があります。

 いまは病院に通って薬を服用したり「レーザー」を当てたりしているらしいのだが、効果はいまひとつらしい。仕事のストレスのほか、コロナのワクチンが原因だったかもしれないというので、そんなことがあるのかとたずねると、中国では偽物のワクチンが大量に出まわった(真偽不明)、それにじぶんが当たった可能性があるのだと(…)くんはいった。それでちょっと思い出したのだが、ゼロコロナ政策真っ只中の時期、中国ではじぶんたちの政策の優位性を宣伝するようなプロパガンダを国内向けにガンガンに打ちまくっていたし、人民らも(少なくともオミクロンが流行しだす前は)ほぼ全員がイケイケムードで、過剰ともいえる感染防止策も積極的に支持していたのだが、その割には高齢者のワクチン接種率がたいそう低かった、しかもそれを責める論調もなかったし、というかこれほどの強権国家であるのにワクチン接種は義務にならないんだとふしぎに思った記憶があるのだが、これについて、中国ではかつての薬害の記憶であったり偽ワクチンによる健康被害による記憶であったりがまだなまなましく残っているからだという意見をどこかで耳目にしたことがあった、そのことを今日(…)くんの話でちょっと思いだした。
 帰宅後はすぐ仮眠。シャワーを浴び、ストレッチをし、今日づけの記事に着手。23時をまわったところで中断し、粽子をタジン鍋にならべてレンジでチンして食し、ジャンプ+の更新をチェックし、歯磨きをすませた。今日は語学の日であるのだがその気になれず、なんとなく書見したい気分だったし、書見するのであれば「実弾(仮)」のヒントになる小説を読みたいという気分だった。それで山内マリコの『あのこは貴族』をKindleでポチった。山内マリコの小説作品は出国前にまとめて読んだが、『あのこは貴族』だけは未読だった、そのことをふと思い出した格好。それで寝床に移動後、さっそく読みはじめたのだが、やっぱりおもしろい。とりあえず「第一章 東京(とりわけその中心の、とある階層)」を読んだのだが、東京生まれの大金持ちの暮らしなんてまったく想像もつかん世界であるのに、適度にちりばめられた固有名詞とともに描かれていくいっさいがっさいが奇妙なまでにリアリティをやどしていて、というのはつまり、細部が充実しているからなんだろうが、すごいな、無縁の背景を有するこちらにリアリティを感じさせるというのはやっぱりなまなかなことではないよなとほれぼれとした。「階層」を浮かびあがらせるディテールももちろんすばらしいのだが、人間の描写もやはり優れていて、『ここは退屈迎えに来て』のころから一貫してところどころのぞく作家の意地悪な観察眼が名人芸みたいになっているところもあり、とりわけお見合い候補者の「渡邉」の描写がすばらしかった。おるおる! こういうやつマジでおるよな! と死ぬほど笑った(ジョブス嫌いを口にした瞬間にはじめて表情らしい表情をみせるところとか、Appleによる搾取の話をするところとか——きわめてまっとうな批判であるが、そもそも初対面の場ではじめて自分から積極的に口にする話題としてはきわめて不適当であるのにくわえて、その人柄(第一印象)ゆえになんの説得力もともなわない(転移の余地がゼロにひとしい)——、読んでいて、共感性羞恥と嫌悪感の複雑にブレンドされたむずむずをおぼえる)。その後に続く関西人との大衆居酒屋デートもいい。マジでうまい。第二章はいよいよ「地方都市」(ファスト風土)が舞台であるようだし、ますます楽しみ。小説に対して共感というものはそれほどもとめていないが(しかしこうした「共感」に対する禁欲というのはまずまちがいなく表層批評を知って以降の小説の読み方としてインストールされたものであり、絶対視すべきようなものでは別にないのであるし、部分的にアンインストールしていく必要も今後はあるのかもしれないなとも思う)、山内マリコの描くファスト風土に対してはマジでめちゃくちゃ共感をおぼえる。ただ山内マリコの作品では、ファスト風土に対する批評的目線を出戻り組であったり、そのファスト風土になじめない人物であったり、つまり、その圏外を知る——あるいは圏外に半歩踏み出している——人物に託しているケースが大半であって、そこが「実弾(仮)」とはちょっと違う、「実弾(仮)」ではあくまでも内在的にそこを突きたい、というか「実弾(仮)」ではファスト風土そのものが描くべき特権的な対象として選出されているわけではなく、たとえば岩本ナオがごくごく自然に、「東京」や「大阪」をそれとして断りなく描くのとおなじテンションで、いわば、当然の背景として田舎を舞台としているその当然さでもって、こちらもまた地方を舞台としたい。