20230704

 7時45分起床。トースト二枚とコーヒーの食事をとり、軽くシャワーを浴び、街着に着替えて出発。(…)楼近くの売店でミネラルウォーターを買って外国語学院へ。(…)さんが先着している。(…)くんから教室はどこですかという微信が届いていることに気づいたので、返信を送った。送ったそのタイミングでほかでもない彼が姿をみせたので、N1はどうだったかとたずねると、来年また受験しますと笑いながらいう。(…)さんと(…)くんのふたりに昨日渡したプリントを彼にも渡して、スピーチの型についてざっくり説明。そうこうするうちに(…)くんもやってきたのだが、あきらかに眠そうな顔をしていたので、きのう何時まで起きていたのかとたずねると、5時までという返事。ほぼ徹夜やんけ! ずっと抖音やYouTubeを見ていたらしい。
 昨日と同様、型を使った練習。午前は9時から11時半まで、午後は14時半から17時まで。「嫌いな食べ物」「ストレス解消法」「一番好きなひと」「子どもの宿題について賛成ですか反対ですか」など、型にそのまんま即して応じることのできるテーマで前半ウォーミングアップしたのち、後半は「友情と愛情」「ペットについて」「スマホゲーム」など、もうすこしテーマの抽象度をあげて練習。型を使って応じることも当然できるのだが、そのためのハブとなる文章をあいだに挿入する必要があるためにそこがちょっと難しく、学生らもぼちぼち手こずっていたようであるが、回数をこなしていけばそれでもなんとかなるかなという印象。ところで、スピーチの練習を担当している各教員は学生らに夏休みの宿題を出す必要があるらしい。(…)くんが(…)先生からそう聞かされたとのこと。夏休み中にテーマスピーチの原稿を仕上げたほうがいいので(来学期に持ち越すとなるとこちらがしんどい)、それを宿題代わりにすればいいんではないかと思ったが、去年とは異なり、テーマスピーチのお題はいまだに発表されていないらしい。それに、新三年生の代表が(…)さんになるのか(…)さんになるのかもまだわからない。例年であれば、夏休みに入る前に決まったと思うのだが(といったら(…)くんが、彼らが一年生のときは、代表候補であった(…)くんと(…)さんのふたりもやはりそろって夏休みの練習に参加したといった)。
 昼休みはまた(…)くんとふたりで教室に残った(あとのふたりはいったん寮に帰った)。きのう食いそびれた猪脚饭を今日こそ外卖したわけであるが、(…)医院の入り口にまでメシを回収しにいくさい、あやまって教室の扉を閉めてしまった。この教室の扉は閉めきってしまうと自動的に内側からロックのかかる仕組みになっており、といってもホテルのオートロックみたいな上等な仕組みではなく、きわめてアナログな方法でそういう造りになっているだけであるのだが、鍵をもっているのは(…)さんだけであるので、彼女には大変申し訳ないのだが、地下道のあたりまで出てきてもらってそこで鍵を受けとった。
 それで(…)医院の入り口でメシを回収。(…)くんが別の店で注文した外卖のブツがとどくまでのあいだ、(…)のとなりのとなりに店をかまえているCoCo都可でアイスコーヒーを買った。この店もこちらが中国にやってきたばかりのころは、アイスコーヒーといっても中になぜか輪切りにしたレモンだったかオレンジだったかが沈めてあるクソまずいものしかなく、半分以上残して捨てたのをおぼえているのだが、最近店の前を通りがかるたびに耳にする販促用の音声でしきりに美式咖啡がどうのこうのいうのをきいていたので、どうせ日本円にして100円ちょっとの買い物であるし試してみるかと買ってみたところ、飲めないことはないできだったものだから、変わったもんだなと思った(もっとも味覚および嗅覚がバグっているので当てにならないが!)。瑞幸咖啡の大躍進をきっかけに、これから中国の田舎でもコーヒーがガシガシ普及していくのかもしれないなと思ったりした。
 教室にもどる。メシ食う。(…)さんおすすめの猪脚饭、クソうまかった。

 食後、ソファに移動して書見しようと思っていると、(…)くんが話をしたそうに近くまでやってきた。台湾とのあいだで戦争が起こるかもしれませんと不意に言った。とうとう来たなと思った。(…)くんは前々から歴史に興味があると言っていたし、ときどき政治的な話題を口にすることもあるし、いつかそう遠くないうちに踏みこんだ発言があるだろうと常々思っていたのだ。VPNを普段使いしている人間であるし、ある程度国外からの視点も持ち合わせているのだろうが、それにしたところでどの程度であるのかはわからない。だから、まあいずれそういうことにもなるかもしれないねとひとまず当たり障りなく受けたところ、第三次世界大戦になるかもしれませんと心配そうにいうので、中国から外教がどんどんひきあげているのはそういう事情もあるよねといった。コロナ流行中の政策に嫌気が差して出ていったひとも多い、それにくわえてロシアとウクライナの戦争が続いた、さらに台湾との問題もある、そういう情勢を踏まえてこれ以上中国にいるのは怖いという理由で仕事をやめて日本にもどった人間が実際けっこういるんだよと続けると、ロシアとウクライナの戦争についてであったか、あるいは中国と台湾の戦争についてであったか忘れたが、でもアメリカが主導しますよねというので、あれ? そこはがっつりそういう認識なの? と思いつつ、戦争というものはたった一国が起こすものでもないしたったひとりの権力者が起こすものでもない、物語としてはそういう理解をされるのだろうけれども、実際はたくさんの原因が入り混じった複雑なものだよと噛み砕いていった。(…)くんはヒトラーの名前をもちだした。第二次世界大戦は彼ひとりが発端となったものではないかというので、それも単純な見方でしょう、仮にそうだったとしてもそのヒトラーが生まれた背景には複雑な要素があるでしょうと受けた。日本が第二次世界大戦で戦争はした理由はなんですかというので、なにとひとことで断言できるものではないでしょう、物事にはいろいろな原因がある、そのうちの原因ひとつだけをとりあげるのは正しくないからといったが、言葉の壁が存在するのにくわえてやや抽象度の高い話だったので、ちょっと理解しづらそうにしていた。でもぼくは日本が完全に間違っていたと思っているよ、アジアを侵略したことは絶対に間違っていたし悪いことだったと思っている、中国でも韓国でもたくさんの戦争犯罪を犯しているでしょうと続けると、日本はどうしてそんなことをしたんですかと(…)くんはいった。教育と情報統制のせいだよと答えた。当時の日本では新聞も雑誌もラジオもすべて政府によって検閲されていた、外国の情報も遮断されていたしそれを広めようとするものがいれば警察に捕まった、学校の授業でも新聞でもただただアメリカは悪くて日本は正しいと教えていた、正義は日本にありアメリカは悪の帝国だという認識をひろめていた、小学校ではひたすら愛国教育をしていた、そういう洗脳状態にあったからこそ、あそこまで外国人に対して残忍になれたんだよというと、(…)くんは全然知らなかったといった。やっぱりそうなんだなと思った。中国では日本軍による侵略や蛮行はしょっちゅう語られるが、ではなぜそういう事態が生じたかについて語られていることは全然ないんじゃないか、つまり、当時の日本社会がどんなふうであったかを説明する言説は一般に流通していないのではないか、なぜならある程度あたまのよい人間であればそれを聞いた瞬間いまの中国とおなじじゃないかと気づくはずだから、そうであるからこそ旧日本軍による蛮行も日本人はもともと冷酷であり残酷であるという本質主義みたいな認識でとどまっておりそのような冷酷さや残酷さを生み出した教育制度や情報統制による構築主義的な理解はほぼタブー扱いされているんではないかという疑念がこちらには前々からあったのだが、(…)くんの反応によってこれがある程度裏付けられた気がする。ここまで説明したにもかかわらず、(…)くんはいまだにピンときていないふうだった。そういう社会だったんですねという驚きのなかにとどまっているふうだったので、こちらからももう一歩踏み込んでみるかというわけで、だからちょっといまの中国に似ているよねといった。世界でほぼ唯一インターネットが遮断されているし、愛国教育はめちゃくちゃ盛んであるしと続けると、(…)くんは「ああ!」とめちゃくちゃ驚いたリアクションをとった。その共通点に本当にはじめて気づいたというようすだったので、VPNを使い倒している彼ですらやっぱりこの程度の認識なんだなと驚いた。そこが結びつかないんだ、と。
 しかしこれをきっかけに堰を切ったように(…)くんは話しはじめた。たぶんこちらがどちら側の人間であるかを探っていたのだろう、そしてすべて打ち明けてもだいじょうぶであると判断するにいたり、腹をガンガン割りはじめたということだと思うのだが、(…)くんは日頃王志安のYouTubeを視聴しているといった。びっくりした。さらには天安門事件についても語った。国家主席の任期撤廃についても当然認識していたし、「皇帝」という悪口も知っていた。白紙運動については、知っています! という返事があったものの、なんとなく聞いたことがあるくらいのニュアンスだったし、実際、どういう経緯で生じた運動であるのかとたずねられたので、本当に、本当に壁の内側と外側ではまったく流通している情報が異なるんだなとしみじみ思った。日常的に翻墙している数少ない中国人である彼であっても、中国関連の情報をぼんやりネットで収集している程度のこちらよりもものを知らずにいるのだ。
 こうした話を共有できるひとはほとんどいないでしょうといった。たとえば、クラスメイトで白紙運動について知っているひとなんて君以外にはひとりかふたりくらいしかいないんじゃないかというと、たぶんほとんどのひとは知らないですという返事があった。天安門事件なんて絶対にクラスメイトは知らないというので、きみはいつなにをきっかけにこういう話を知ったのとたずねると、大学に入学してVPNを使うようになってからだという。小学生のころからずっと愛国教育ばかり受けていたので、((…)くんいうところの「共産党黒歴史」を知った)当時は本当に驚いたといった。ルームメイトではほかに(…)くんもVPNを使っているらしいが、政治的な話題についてどこまでリーチしているのかは定かでない。まるで『進撃の巨人』みたいですと(…)くんは言った。それから共産党に対してかなり批判的なあれこれを口にしたが、でもこういうことを普段言ってはいけません、逮捕されるかもしれません、消されるかもしれませんとみずから続けた。先生はどうしていろいろ知っているんですかというので、中国で社会的に大きな事件が発生した場合、その情報は中国国内ではすぐに封殺されてしまうが、封殺されきってしまう前にきみのように翻墙した人間が国外に住んでいる中国人に情報を流す、そしてその情報は壁の外側の中国語圏コミュニティに流通したり蓄積されたりする、ぼくは中国語がほとんどできないし中国社会にも詳しくないからそのうちの一部にしか触れていないけれど、それでも政治的な話題や社会問題などについては壁の内側にいる中国人よりも多くの情報を得ることができているよと答えた。(…)くんは王志安のYouTubeはチェックしているようだが、李老师不是你老师のTwitterアカウントなどはチェックしていないふうだった。
 そういうわけで昼休みのあいだはふたりでひたすら歴史や政治や社会問題について話した。
 午後の練習は先に記したとおり、つつがなく進んだ。(…)さんはなぜか昼休憩のタイミングで服を着替える。いや、連日35度オーバーであるし、昼メシを食ったついでにシャワーを浴びて服を着替えたくなる気持ちは理解できるのだが、その割に午前中は前日の午後に着ていたものとおなじ服を着てくる、それがちょっと妙だ。
 午後の練習がすんだところで(…)くんからまたメシに誘われた。ほかのふたりはそれぞれ去った。なにを食べたいのとたずねると、マクドナルドかケンタッキーというので、いつもそれじゃねーか! となった。もうちょっと中国っぽい食事で好きなものはないのかというと、后街に鶏肉のおいしい店があるというので、じゃあそこに行こうとなった。ケッタをひきながら(…)医院の中を突っ切る。(…)の近くにあるよくわからん店で打包待ちの(…)さんの姿を見かけた。
 (…)くんおすすめの店は去年のスピーチ練習時に当時代表だった(…)くんと一緒に二回ほど通ったことのある店だった。熱々に熱した鍋のなかに鶏肉としいたけと生姜がぶちこまれているもの。別にうまくもなんともない。じぶんでタジン鍋にあれこれつっこんで食ったほうがうまい。テーブル席のソファに腰かけたのだが、(…)くんはこちらの対面に座らず、わざわざ隣にやってきた。それカップルの座り方やんけ! 食事中、(…)くんはスマホでずっと日本の歴史に関する動画を視聴していたが、触れれば長くなることは明白だったので、こちらは気にかけず淡々とメシを食った。
 店を出る。近くにある零食の店に行きたいというので付き合う。スタバのコーヒーが売っていたので一本買う。(…)くんはカフェラテと明治のチョコレートを買っていた。后街の入り口付近であたらしい彼女とスクーターに2ケツしている(…)くんから声をかけられた。彼は(…)さんの元彼だよというと、(…)くんはびっくりしていた。
 南門経由で新校区にもどる。(…)くんは来年インターンシップに参加するつもりだという。きみだったらいますぐ参加しても通用するでしょうというと、でも今年はスピーチとN1があるから来年がいいですという返事。それからいま気になっている女子がいるといった。商務英語学科に所属するひとつ上の女子学生だというので、元カノといっしょじゃんと思ったが、そうではない、元カノはたしかふたつ上だったはずだ。しかし知り合ったきっかけは学生会の活動とのことで、これはやっぱり元カノとおなじである。気になっている女子とはもともと親友みたいな間柄だったのだが、最近じぶんのほうがそれ以上の感情を抱きはじめたとのこと。くだんの女子は夏休み中大学に残って(…)楼でアルバイトしているらしい。だったらこちらとも顔を合わせたことがあるかもしれない。
 そういう話をしながら(…)くんはこちらの寮までついてきた。(…)楼で仕事を終えた彼女とその道中ばったり出くわすことになるのを期待しているふうだった。
 帰宅。ひとときだらけた。シャワーを浴び、ストレッチをし、コーヒーを飲みながらきのうづけの記事の続きを書いて投稿した。それからウェブ各所を巡回し、2022年7月5日づけの記事を読み返し、2013年7月5日づけの記事を「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲した。10年前の日記、前日づけの記事からなぜか(…)のことを「(…)さん」と表記している。そのまま今日づけの記事にもとりかかったが、23時半になったところで中断してベッドに移動。日付のまわったころに(…)くんから微信が届いた。学校から離れた場所でホテル暮らしをはじめることになったので明日の午前中は練習に参加できないかもしれないという。詳細はよくわからなかったが、とりあえず了承。詳しいことはまた明日聞けばいい。