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 真理はパロールによって構成されるが、パロールは言表行為にのみ自らの保証をもっている。すなわちパロールは自らを真理として表明するのみであって、その言表は他に何の保証ももってはいない。つまり真理とは語られるものであるが、自らの保証——真理の真理——をもっていない。すでに述べたことであるが、これはディススクールの世界、意味の世界が常々他に転送する換喩的構造をもつことに由来している。真理の定義はそれ自体を拠り所にする以外にないとは、真理は象徴界である〈他〉の世界によっては捉えることができないということである。象徴会においては不可能な保証を、ディスクールの形、物語の形をとって表そうとするのが神話である。ゆえに神話はそれ自体で意味をもち、他の支えを必要としない。それは数学における公理に相当するもので、一つの絶対的意味をもち、そこから他のものが構築されるのである。
 神話の定義は次のものである。
 一つの時代における人間の、ある種の存在様式を特徴づける動作、またはepos(パロール、神託、叙事詩)を対象化した一種の表現である(「神経症における個人的神話」同二九三ページ)。
(向井雅明『ラカン入門』より「第Ⅱ部第五章 同一化と対象a」 p.309-310)



 9時半起床。体育学院の(…)くんからお祝いのメッセージが届いていたので返信。歯磨きしてキウイを食し、部屋を片付ける。11時ごろに(…)さんと(…)さんのふたりが到着。下まで迎えにいく。学生を部屋に招き入れるときには管理人のもとでサインする必要があるのだが、その管理人の姿が見当たらなかったので、そのまま上がってもらった。ふたりとも大荷物だったのでいくつか預かる。
 部屋へ。(…)さんがさっそく母君から空輸してもらったという河蟹を箱の中から取り出す。びっくりしたことに、まだ生きていた。川辺の生き物のあの泥くさくてコケくさいにおいがシンクの中でむっとたちあがるり、おもわず川で泳ぎたくなった。食材と食器の位置を教える。(…)さんはさっそく調理にとりかかる。これは初耳だったが、(…)さんは料理が得意らしい。(…)さんも得意であるが、好きではないとのこと。(…)さんはときおり母君と電話しながら(たぶん調理方法を確認していたのだと思う)、鍋に生きている河蟹とぶっとく切ったネギと生姜と八角をぶちこみ、水を注いで蓋をした。
 (…)さんからはケーキのプレゼント。ホールケーキであるのだが、ドル札で全身封じられている(まるで包帯でぐるぐる巻きになったミイラのようだ)。ドル札の紙も食べることができるらしい(こちらは食べなかったが)。授業中の冗談でよく拝金主義という言葉を使うこちらにぴったりのケーキ。
 河蟹はおもいのほかすぐに仕上がった。先にそいつらを食いはじめる。調理者である(…)さんは食べない。甲殻類に対するアレルギーがあるらしく、食べると耳がかゆくなるのだという。食べ方がわからないので(…)さんにレクチャーしてもらう。河蟹はとても小ぶり。だからハサミや足は別に食べなくてもいいようだ(歯に自信があれば食べてもいいですとのこと)。足を全部ちぎって甲羅だけになったやつを剥く。するとウニのような色をしたカニ味噌が姿をみせる。そいつをすするようにして食うわけだが、これがまあ、当然うまい。東北ではそのカニ味噌をごはんにのせてぐちゃぐちゃにかき混ぜて食うこともあるらしい。
 河蟹とケーキを少しずつ食べる。そのまま火鍋の準備にとりかかる。昨日買った食材だけでは足りないようだったので、(…)さんがアプリで追加食材を注文する。到着したところで、足を怪我している彼女に代わって、(…)さんが回収に出向く(ついでに調理を終えた蟹をいくつかルームメイトたちのところに持っていくという)。彼女がもどってくるまでのあいだ、(…)さんと雑談して過ごす。
 (…)さんがもどってきたところで火鍋の準備にとりかかる。ふたりはわざわざ加熱機能のついた小ぶりの鍋をふたつ持ってきてくれたようだが、同時に使用するとなると停電するかもしれないというこちらの懸念を受けて、もともとこちらの部屋にあった鍋とクッキングヒーターで調理をすることに思い直したようだった。本当は火鍋の底料も辛いやつと辛くないやつの二種類を用意していたというのだが、鍋がひとつしか使えないとなったため、辛いほうはあきらめてトマトスープのものだけで食べることになった。こちらが昨日のうちに用意しておいた牛肉と羊肉と白菜のほか、何種類か追加で注文した食材もどんどんぶちこむわけであるが、(…)くんがやってきたのはちょうどそのタイミングだったろうか? どうやら(…)さんが誘ったらしい。スピーチメンバーのよしみということなのだろうが、(…)くんはやってこない、というか誘ったようすがない。これについてはのちほど、スピーチの練習中に(…)先生から「期待はずれだ」というような言葉を言われた(…)さんを(…)くんが笑ったという一幕があったことを打ち明けられたので((…)さんは隠れて泣いたという)、たぶん、それで根に持っているのだろうと推し量った。
 (…)くんは連休中、姉と一緒に広州を旅行した。どうして彼女と一緒でなかったのかとたずねると、彼女は彼女で(…)まで遊びにきたという。でも(…)なんて遊ぶ場所ないでしょ? (…)と(…)くらいじゃない? とたずねると、万达に行ったという返事があったので、ほとんど散歩だなと笑った。
 (…)さんの足の怪我は思っていたよりもひどかった。今日も普通に女子寮からうちの寮まで歩いてきたのだが、靭帯を傷めているという。怪我をした翌日、広州の病院をおとずれたのだが、そこで数日入院するように言われたらしい。当然入院はせず、そのさらに翌日には高铁で(…)までもどってきたわけであるが、仮にそんなふうに長距離移動するのであれば車椅子を使うようにという指示まであったという(彼女はそれもやっぱり拒否したわけだが)。で、(…)の病院であらためて診察を受けたのだが、足首に石膏を巻くのであれば二週間だったか三週間だったか、足首を固定するための専用のシューズを履くのであれば八週間だったか、それぞれ使用し続けなければならないと言われたという話で、彼女は後者を選んだようすであったが、しかしこのときはそのシューズを履いていなかった。だからあれはひょっとしたらベッドで寝るときに履きっぱなしにするタイプのものなのかもしれない。(…)さんは事務室に連絡し、二週間ほど授業を休ませてもらおうとも考えているらしかった(なんせ女子寮から外国語学院まで移動するには地下道の階段を上り下りしなければならないし、外国語学院に到着後も教室のある五階までやはり階段を上らなければならない)。
 外国語学院主催の暗唱コンテストの話にもなった。以前(…)先生から金子みすずの詩について質問があったとき、今年から外国語学院主催の暗唱コンテストが開催されるそのためのテキストにこれらの詩が選ばれたのだという話があったが、参加者は一年生だけではない、二年生も三年生も同様で、かつ、全学生が参加必須らしい。開催はおそらく来月中旬。一年生は金子みすずの詩に代表される短いテキストなんだろうが、二年生と三年生は芥川龍之介夏目漱石のテキストなど全部で16篇を暗記、本番ではそのうちのひとつがランダムで選出されるという格好らしい。外国語学院主催ということは英語学科の学生らもいるわけで、となるとおそらくキャンパスにあるホールを貸し切っておこなう大規模なイベントになるのだろうし、審査員として当然こちらや(…)もよびだされることになるのだろう。コロナ以前は毎年、11月だったか12月だったか忘れたが、校内アフレココンテストみたいなやつをホールで開催していた記憶があるし、もしかしたらあれに替わる新イベントという趣向なのかもしれない、どうせやるのであればもっと勉学の役に立つイベントをという改革の一環なのかもしれない。しかし学生らからすれば、たまったもんじゃないだろう。全員強制参加というのがまず地獄だ。日本語学科所属であるが、日本語にまったく興味のない学生だって、少なからずいるのだ。それが文学関係のテキストを大量に暗記するなんて(ざっと見た感じ、一篇につき400字から600字だと思うが、それを15篇暗記するとなるとなかなか大変であるというか、普通にスピーチコンテストの即興スピーチ対策並にしんどいだろう)、地獄というほかない。これも内卷だろうか。外国語学院としてはこのままいくと取り潰しの憂き目に遭ってしまうかもしれないというアレから、改革可能なものはとにかくなんでも改革して、ひとりでも多くの優秀者を輩出したいというあたまがもしかしたらあるのかもしれない。
 内卷でいえば、二年生はクラス内で内卷が生じているという話があった。現四年生より現三年生、現三年生より現二年生のほうが全体的にレベルが高いという話になったその流れだったと思う——ではなかったかもしれない、(…)さんの話がきっかけだったかもしれない。(…)さんは一個年下であるが(…)さんのルームメイトで(たぶんおなじ東北出身ということで同室に割り振られたのだろう)、(…)さんは実は彼女のことがあまり好きではないらしいのだが、二年生が内卷であるらしいという話は(…)さん経由であきらかになったアレであり、(…)さんと二年生との接点といえばやはり(…)さんしかないので、ということはこの印象は(…)さんの口から漏れた言葉がソースであるということになるのだろうし、(…)さんはまったく日本語を勉強していないのでそんな彼女の口からクラスメイトのあいだで熾烈な競争がくりひろげられていると聞かされてもいまいち説得力に欠けるわけであるが、しかし全体的にレベルの高いクラスであることは間違いない、それは事実だ。ちなみに(…)さんの彼氏については、もともと(…)さんも含むいつもいっしょに遊ぶ面々のひとりであったらしく、ふたりが恋愛関係にあることなど本人らが打ち明ける瞬間まで面々のだれひとり気づかなかったという。
 三人が去ったのは16時ごろだったろうか? (…)さんが友人との約束があるとのことで、それを契機におひらきとしたのだった。思っていたよりもはやくすんだ、これだったら今日中に日記を片付けることができるかもしれないというわけで、コーヒーだけさっさと用意してデスクに移動。ちなみに、三人がいるあいだに、四年生の(…)くん、(…)くん、体育学院の(…)くんなどからもバースデーメッセージが届いた。(…)さんが撮ってくれた写真をモーメンツに投稿すると、二年生の(…)さん、(…)さん、長野の(…)さんからも、モーメンツへのコメントとは別にメッセージが届いた。(…)さんからはInstagramをやっていますかという質問が届いた。こちらはmixiFacebookInstagramもすべてノータッチでこの年まで来てしまった男だ、ただただひたすらブログだけ書いてきた男だ。しかしInstagramに言及するとは、(…)さん、やっぱり壁の向こうの文化や情報に触れつつあるのだろうか。
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿する。ウェブ各所を巡回し、2022年10月5日づけの記事を読み返す。当時の三年生ら10人ほどが誕生日会を開催してくれた日。以下のくだり、たいそうおもしろかったので、のちほどこちらと(…)さんと(…)さんの三人からなるグループに、一年前の日記であるよと送っておいた。

 あと、(…)さんからはお祝いメッセージに対する返信が冷たいと抗議を受けた。(…)さんと(…)さんからメッセージが届いたのはちょうど快递にシャツを取りにいっているときだった。なので外にいたわけであり、ゆっくりと返信することもできなかったので、ありがとうの返事に続けて、今日寒いね! と送ったわけだったが、それがあんまりだと、こっちはおめでとうございますと心を込めてメッセージを送っているのになぜその返信が今日寒いねなのかと訴えてみせるので爆笑し、いや、あれはちょうど外にいたタイミングだったからと弁明すると、でも(…)さんに対する返信はもっと長い文章だった! というので、出た〜! 女子〜! と思った。笑い話でいちおう済んだのでよしとする。

 以下は(…)さんのふるまいについて。内なる(…)の声でちょっと笑ってしまう。

 ケーキの切り分けをするようにといわれたが、不器用であるし料理に慣れている人間すればいいと断る。すると料理の腕前に自信のある(…)さんがみずからその役割を買って出たのだが、プラスチックのナイフをケーキに差し込んで下までぐっと押し込む、その動作がいかにも手慣れていますよという無造作感をアピールするためだったのかもしれないが、アホみたいに乱暴で、普通にケーキが崩れまくった。そもそも最初の四等分からして大きく寸法が狂っていた。さらにその後の取り分けにしても、せめて最初だけでもケーキをきれいにたてるようにすればいいのに、ハナから横倒しにして皿にのせるし、なんだったら分割したケーキをしゃもじで米をよそって茶碗におしこむようにして何層にも重ねる始末で、そういうふるまいを目の当たりにしているあいだ、こちらの脳裏をよぎったのは(…)だった。もしあいつがこの場にいたら、じぶんがやるとしゃしゃりでておきながら肝心のケーキをぐちゃぐちゃにしてしまう(…)さんのふるまいを見て、ものすごい嫌悪感をきっとあらわにするだろうなと思ったのだ。なんなんこいつ、と耳元で低くささやくやつの声が聞こえた。

 (…)さんのこういうところ、ルームメイトたちからも微妙にうとましがられていたはず。たとえば、彼女は料理が得意であると自負しているし、実際上手であるのだが、調理の過程でちょっとしたミスや手違いがあったとして、それをルームメイトらがやんわり指摘しようとしても、意地になってを絶対に認めようとしない、みたいな。このときのケーキの切り分けも、だれがどう見てもあきらかに相当ひどいものだったのだが、それを指摘する声にあらかじめ釘をさしておこうとする強気を物腰全般が帯びていた。
 さらに、その日の帰路。キャンパス内でのできごと。こんなこともあったな。

 第四食堂の前を通りすぎたあたりから後ろをついてくる男の気配を感じる。案の定、声がかかる。見知らぬ小柄な男子学生。暗闇のなかでもゲイだとわかる。日本人か◯◯人かと中国語でたずねられたので、日本人だと応じる。これ絶対連絡先を交換してくれっていうパターンだよと日本語でふたりに伝える。案の定そうなる。いや、交換の前にまず服の話になったのかもしれない。こちらが着ている服はなんというものなのかというので、中国語の辞書アプリでカーディガンを表示してみせる。どこで買えるのかというので、淘宝で買えるだろうという。裾がそんなに長いのは見たことないというので、これはレディースだ、卒業生が日本で買ったやつをくれたのだと応じる。街灯の下に出たところで、男が目も唇もバッチリメイクしていることに気づく。今度はパンツについてもたずねられる。淘宝で買ったものだと応じる。通訳する(…)さんがちょっとうんざりした表情を浮かべている。質問がしつこいらしい。このひとちょっと失礼ですみたいなことを日本語でこちらにいう。
 話のすんだところで、バイバイといって、強制的に別れることにする。それで三人そろって歩き出したのだが、男はずっとあとをついてくる。しかもなにか話しかけてくるふうでもない。ずっとにやにやしながらそばにいるだけ。ゲイと発音するとバレると思うので、この子は男が好きだよねというと、ふたりともうんとうなずく。ちょっと変ですとふたりがいう。ゲイだからというアレではなく(ふたりは同性愛者を差別するようなタイプではない)、初対面のわれわれを質問責めしたあげく、バイバイといって別れたあとも無言のままにやにや笑いを浮かべてずっとあとをついてくる、そのふるまいにちょっと普通でないものを感じたらしい。こちらはこちらで、こいつクサでも食っているんじゃないか? というようなある種の違和感、クスリであたまがゆるくなっている人間特有のふわふわした口調と表情をなかば認めていたので、ちょっとめんどうくさいことになるかもしれないなと警戒した。というかこちらひとりであれば問題ないのだが、中国語でのやりとりを経て、たぶんこちら以上に相手に対する不信感というか違和感を強烈に感じているらしい女子ふたりが完全におびえているようすだったのだ。バスケコートの脇も通り過ぎる。その先にはこちらの寮がある。こちらの居所を教えないほうがいいと判断したのだろうか、(…)さんが第五食堂のほうに行きましょうという。ひとまずその案にのることにする。(…)くんたちと一緒にもうすこし散歩すればよかったと(…)さんが嘆く。そのあいだも男は自転車をはさんでこちらの右脇を歩いている。にやにやとした笑みをずっと浮かべており、目を離そうとしない。ふつうにちょっと気が触れているタイプかもしれないと思う。刃物を出されたりすればまずいなと警戒もする。このままこちらの寮までついてきたらどうしようかと思う。寮がバレるのは別にいい、それよりも女子寮までの帰路をふたりだけにするのはよくない。もしこのひとが寮までついてくるようだったら、荷物だけいったん寮に置いて、そのあともう一度女子寮まできみたちを送っていくよ、とふたりに告げる。
 第五食堂の前に到着する。ひとごみの中、前から車がやってくる。うまくすれちがうことができるように歩みをとめる。しかしくだんの男だけはとぼとぼとそのまま前に歩き続ける。そしてその先にある商店の中に入っていく。逃げよう! とふたりが言う。そこまでしなくてもいいんじゃないのというこちらのアレをよそに、はやく! はやく! と第五食堂とこちらの寮を最短距離で結ぶ中道に入るようにうながす。
 で、寮に到着する。先生、あのひとはちょっと変だ、頭がおかしいかもしれない、気をつけて、ここに住んでいることは秘密、モーメンツも相手から見れないように設定、と興奮した様子でふたりがいう。了解。

 去年の誕生日はこんな具合だったわけだが、そのさらに一年前の誕生日はゼロコロナ政策まっただなかの中国に向けて日本を発った日だった。「この日の記事は一種歴史的な資料になるだろう」と、読み返しを終えての感想が一年前の記事には記されている。ゼロコロナ政策まっただなかの中国に渡った外国人はなんだかんだで星の数ほどいるだろうが、それを日本語の日記として事細かに記録している人間はたしかにそれほどいないはず。
 さらに10年前の日記も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に掲載。あたりまえだが、やっぱりこの日も誕生日。

労働。誕生日ということで(…)さんから昼飯の出前をおごってもらった。一件目は注文がいっぱいだから無理だと断られ、二件目は注文がこみあっているので配達が遅くなるというのでこちらから断り、三件目はおかけになった電話番号は現在使われておりません、そうこうしているうちにけっこうな時間になってしまい、これはよほどヒマな店でないかぎりお昼の休憩時間内に配達などしてくれないぞと焦りながら当たってみた四件目がこちらのお願いした時間よりも十分以上早く配達にやってきたのでどんだけ流行ってないねんこの店は、そりゃ不味いわとみんなで大笑いした。(…)さんはコンビニでパンケーキを買ってきてくれた。(…)さんは日をあらためて乱痴気騒ぎを計画してくれているようである。(…)さんは手元に131円しかないので祝ってくれなんてとても言えやしない。

 (…)さん、月はじめであるにもかかわらず手持ちの金がすでに131円であるという事実がまずおもしろい。なつかしいな。あの職場、みんなそんな感じだった。
 さらに、客とのやりとりも記録されているのだが、あいかわらず他人をクソミソに言うときの筆致が生き生きしていて、10年前からこんな感じかよとちょっと唖然とする。こういうのを読み返していると、もしかしたらじぶんは死後天国に行けないのではないかと不安になる。

スパークリングワインはあるかとたずねる客があったので少々おまちくださいと保留ボタンを押してそんなものはあっただろうかと(…)さんにたずねてみるとたぶんないと思うという返事があったので通話相手にそう伝えるとこれだけ待たせておいてないっていうのはどういうことだとほんの15秒の保留にたいする意味のわからないイチャモンをつけられて、話し声から察するにずいぶんいい年をしたおっさんだろうにまったくもって生きる価値もないゴミ虫もいたもんだと思いながら申し訳ございませんなどと応じているともういちど探してみろそれで三秒以内に見つからなかったらビールを持ってこいみたいなまたしても意味のわからない命令をくだされて怒りや不快を通り越してこいつすごいゴミ虫だと感心した。客室にビールを持っていって手渡すさいにドアの陰に身をひそませることなく堂々と相手の顔をのぞいてやったところものすごく貧弱な身体をした白髪頭のおっさんがブカブカでヨレヨレのトランクス一丁で出てきてこちらと目が合うなりひるむような顔つきになって、客と従業員の力関係にあぐらをかききることもできず電話対応という顔の見えないやりとりの安全性あってはじめて虚勢をはることのできるこんなゴミ虫になったらもうおしまいだなと心底思った。こういう職場につとめている人間が曲者だらけだってことくらいちょっと想像力があればわかることだろうし、そういう連中相手にあんまり横着かますとそりゃあときにはもめ事にもなるだろうしもめ事になれば警察沙汰になるだろうし警察沙汰になればそりゃああんたの不倫なんて一発で明るみに出ちゃうぞと、そういうリスクの計算にまでぜんぜん行き届くことのない頭で必死に張った虚勢がいまどき小学生でも口にしない程度の中折れした恫喝で、ものすごく醜悪で救いのないものを目の当たりにした気がしてこういう年のとりかたをしてしまう人間が存在するという事実にドン引きする。正真正銘のしょうもなさ、純然たる無価値、結晶化した凡庸、言葉にならない面白みのなさ。ここまでくるとほとんど奇蹟だ。奇蹟のゴミ虫。

 ほかにも、いろいろ。

帰路、裁判所付近のバス停前で、どことなく80年代のアイドルヒーローみたいなクソださい全身まっさおの衣裳に身をつつんだ若い白人男性(額に青いバンダナをねじり鉢巻のようにして巻いている)が勘違いした中国拳法家みたいなポーズをとってむずかしい顔をしているのを見かけた。最悪の誕生日だと思った。

帰宅してから飯を喰ってシャワーを浴びてYouTubeでどうでもよいゲーム動画など視聴してしまってマジ時間の無駄なのだけれどしかし『ゼノギアス』は少しやってみたいと思う。『クロノ・クロス』にちかい空気を感じるとおもったら開発スタッフがけっこうかぶっているらしかった。大風呂敷をひろげまくってたためずに終わってしまっている作品が好きだ。たたまずに終わるのではなくたためずに終わる作品。どうにかたたみきろうとして悪戦苦闘した結果ますますいびつに奇形化してわけのわからない情報密度と分布図を描いて息絶えてしまっているような、そういう力ずくで挫折だらけの説得力の軌跡にこそ本物の創造を見てしまう趣味がじぶんにはある。

 記事の読み返しがすみ、今日づけの記事にとりかかってほどなく、(…)さんと(…)さんのふたりからビデオ通話の誘い。了承。(…)さんは仕事休みで一服中。(…)さんは夕飯を美团で注文している最中。(…)さんはあいかわらず仕事をやめてはやく帰国したいという。ネパール人の同僚との関係はうーんという感じらしい。現三年生のうち、院試に挑戦する予定のない学生の大半が来年日本でのインターンシップに参加する予定であるらしいというと、(…)さんは絶対に行くべきじゃないと行った。しかし現三年生のクラスメイトであり、現在長野でインターンシップに参加している(…)さんと(…)さんのふたりは死ぬほどエンジョイしているわけで、クラスメイトらの反応は彼女らのそんなようすをモーメンツ経由で見てのものなのだろう。通話はけっこうはやい段階からふたりの学生の中国語でのやりとりに転じた。あ、これはちょっとつまらくなるパターンだなと思った。今日はもうはやめに切りあげようとかなと思っていたところ、二年生の(…)さんから微信が届いた。いま寮にいますか? ほかに学生はいませんか? というもの。こりゃあ渡りに船やなと返信。(…)さんと(…)さんのふたりを連れて部屋に遊びに行っていいかというので、了承。
 それで通話を小一時間で切りあげることにしたのだが、そのタイミングでちょうど(…)さんが外に外卖を引き取りにいった。女子寮を出た先にはクラスメイトの(…)さんが電動スクーターにまたがっていた。髪を赤く染めている。カメラ越しに先生おめでとうという。しばらくやりとりしたところで、いまから二年生が遊びにやってくるのでまたねと通話を切ろうとしたところ、二年生の班导である(…)さんが自分も行くと言い出し、さらに(…)さんも同行するというので、いやいやちょっと待ってよとなった。じぶんたちが下級生だったころ、先輩らがじぶんと外教との約束にしゃしゃってくる場面にでくわすことでもあれば露骨な嫌な顔をしてみせただろうに、立場が変わればすぐにそうなっちまうのか、と。(…)さんは自分は班导で二年生との関係は良好であると言ったが、必ずしもそうではないことをこちらはひそかに知っている。それに、(…)さんはまだしも(…)さんと(…)さんのふたりなんてよく知らない先輩の同席する場ではきっと緊張してなにもしゃべれなくなってしまう(つまり「社死」してしまう)、だから多少強引になってしまったが、先輩らの同行は制止した。
 通話を終えてしばらく今日づけの記事をカタカタやった。(…)さんらは連絡のあったおよそ40分後に到着した。一階までおりていくと、すでに敷地内に入った三人が管理人の(…)のところでサインしている最中だった。(…)に今天我生日と告げると、(…)は笑顔になってこちらを祝ってくれた。
 三人を引き連れて五階の部屋まで上がる。三人はプレゼントとしてこちらの大好きな火龙果のほか、細々としたお菓子の詰め合わせを持ってきてくれた。蟹と火鍋とケーキを食うために出してあったテーブルがそのままになっていたので、学生らとそこに着席する。水を出す。ケーキがまだ少しあまっていたので、それもきりわけて出した。(…)さんはケーキは少しでいいといった。二の腕をさすりながら、肉! 肉! というので、いや全然太ってないじゃんと笑った(三人とも実際に全然太ってなどいない)。(…)さんからは自作のイラストをもらった。こちらがメイド服を着ているものだった。笑った。しかしこれはだれにも見せてはいけないという。(…)さんはこのイラストを描くために夕飯をとっていないとのことだった(が、PizzaHutで外卖したものを手にしており、それをケーキと一緒に食べた)。
 23時の門限ぎりぎりまで話しこんだ。まあこの三人が来ると話が尽きない、というか(…)さんがマジですさまじいいきおいで話す。そして途中で中国語に逃げない。こういう学生が場にひとりでもいてくれるとずいぶん助かるものだ。三人の中では(…)さんがいちばんおとなしい。口数も少ないのだが、日本語が全然できないというわけではなく、むしろこちらの発言の大半を聞き取りできている。ただ彼女は「社交恐怖症」を自認する三人のなかでもっともその気が強いだけだ。(…)さんはものすごく小柄だし、声も細いし、ジェスチャーのひとつひとつが子どもっぽくてかわいらしい、ちょっと小動物感がある。だからおもわず、(…)さんってなんかときどき小学生みたいだよねと漏らしたところ、(…)さんが私はいつも(…)のことを小学生といいます! と我が意を得たりとばかりに言った。やっぱりみんなそう思うわけだ。ちなみに(…)さんはBL小説が大好きである。彼女はじぶんでBLを書いています、クラスメイトのBL小説を書いています! と(…)さんが言ったときには、さすがに笑った。これは当然内密にとのこと。
 (…)さんは以前専攻を哲学に変更したうえで大学院試験を受けるかもしれないと言っていた。そしてその哲学をこちらは中国式にマルクス経済学のことと解釈していたわけだが、そうではなかった、日本語でいうところの哲学だった。先生は◯◯を知っていますかといった。その◯◯がどうやらニーチェの名前を中国語読みしたものであるように聞こえたので、手元にある『ツァラトゥストラ』の文庫本を渡してやると、これはなんと読みますかというので、ツァラトゥストラとゆっくり発音したところ、ああ! という反応とともに、ツァラトゥストラの中国語読みが披露された。つまり、彼女はマジで哲学ガールだったわけだ。ニーチェプラトンが特に好きだという。学生のほうからニーチェの話をふられるなんて(…)さん以来だなと思った。(…)さんも、あれは当時一年生だったか二年生だったかわからないが、日本語コーナーの帰り道に、先生、これは私の本ですと言いながらスマホの写真を見せてくれたのだが、そのなかにニーチェの『悲劇の誕生』があり、え? これニーチェじゃん? マジ? きみこんなの読むの? と驚いたのだったし、そのあたりから交流が密になっていったのだった。
 それから、3日のことといっていたか4日のことといっていたか忘れたが、一日に三度も吐いたという話もあった。以前風邪をひいたといっていたでしょうというと、風邪が原因ではないという。なにやら聞き慣れない中国語を口にしてみせるので、あ、自律神経かな、と推し量った。(…)さんもなんとなくだが、ちょっと鬱っ気のあるタイプに以前から見えており、こちらはそのことをひそかに心配していたのだが、そうではなかった、翻訳アプリに表示されていた言葉は「胃腸炎」だった。これのせいで子どものときから吐きやすいとのこと。ピロリ菌じゃないのか、放っておけば漱石とおなじ目に遭ってしまうかもしれないし、とっとと病院で除去してもらったほうがいいんじゃないか、がん予防にもなるしと思ったが、はたして中国内陸の田舎にある病院でそのような措置が可能であるのかどうかは不明、と思ったが、彼女の故郷は杭州であるわけだし、それくらい余裕だろう。
 自律神経の問題かと思ったよという話から、こちらが過去にわずらっていた不安障害やうつ病の話もする。学生らのなかにも当然うつ病の子はたくさんいる。しかしセクシュアリティの問題と同様、家族の理解を得られずに難儀している子が大半だ、友人の理解すら得られない子も多い、そういう子たちからときどき微信が届く、言葉の壁を超えてまでこちらにわざわざ打ち明け話をしようとする、そんな子らのようすを見ているといかに周囲に理解者がいないのかと想像されて、それがけっこうつらいし悲しいのだと、いつもの話をすると、やっぱり学生らも同意した。つまり、彼女らの両親世代はうつ病に対する理解がまったくない。親だけではない、学校の先生ですらそうだというので、たしかに(…)先生たちもそうだと応じる。若いひとたちですらあやしいと(…)さんは言った。ルームメイトにひとりうつ病の子がいる、彼女はじぶんがうつ病であることを(…)さんにのみ伝えているのだが、別のルームメイトがある日なにかの拍子でうつ病の話題になったとき、じぶんはそういう人間が大嫌いだと口にした、それを耳にしたうつ病の彼女はたいそうショックを受けてしまったというので、大学生世代でそれかとげんなりした。
 いま、中国の多くの学生がうつ病に悩まされていると話は続いた。高校生も多いというので、そりゃああんな生活させられていたらそうなるわなと思う。朝から晩までひたすら勉強で、睡眠時間すらまともにとれない、思春期にそんな生活を強いられてうつ病にならないわけがないし、こちらがはじめて中国に来たときからずっと気になっている若い女の子たちの薄毛っぷりの原因もたぶんそこにある(本当にボリュームがないし、分け目の地肌などけっこうやばいのだ)。高考をひかえた高校三年生の時間割なんて、これ刑務所よりひどくないか? みたいなレベルだ(そしてそれに付き合わされる教員も地獄だ)。
 体罰の話にもなる。まだまだあるという。この問題については、四年か五年前、(…)さんからも聞いたことがある。中国の家庭環境や教育環境は最悪だ、いまは21世紀だ、なのにいまだに子どもに対する体罰がまかり通っている、こんなことは絶対におかしいと、彼女はかなり興奮した口調でこちらに語ってみせたことがあった(第五食堂でいっしょに買い物しているときだった)。日本はどうですかというので、そういう家庭もあるだろうが少数になっているし、それが外に出たら問題になって警察が介入することもあると受ける。ただ、うちの両親の世代などは親から当たり前のように殴られて育っていたし、じぶんの世代でもそういうものがいまの時代よりは残っていたと受ける。(…)さんは以前より母親が怖いと言っているわけだが、どうもそこには体罰の記憶も関係しているらしかった。
 中国では教師による体罰もいまだに頻発しているという。教師から体罰を受けたことはあるかといわれたので、高校生のときむしろ教師に軽く暴力をふるってしまって停学になったと話す。不良だったのですか! と驚いていうので、不良が普通であるという環境で育っただけだ、中国でもそういう地域はあるでしょうとたずねると、うんうんとみんなうなずく。でも先生は大学生になりましたというので、高校三年生のころに一念発起したのだと話す。それから地元と比べたら大都会というかもはやほとんど異国であった京都に出て、それまでいっさい交流を有したことのない階層の同世代と知り合い、さらに同時期に読書に出会った、そういう経験を通して一度じぶんの脳がぶっ壊された、あたまがおかしくなるようなショックを受けた、それまでの価値観が全部否定された、結果として人格をゼロから組み立て直す必要にせまられたと、だいたいにしてそのような旨をもうすこし簡単に説明した。みんなだいたい理解しているようだった。特に哲学を愛好する(…)さんはこのあたり自身の経験に照らし合わせて身体的に理解できたんではないかと思う。むかしの写真を見せてほしいと頼まれたので、スマホに保存されている高校卒業前のヤンキー(半分が退学者だが)が一同に会している写真を見せてあげると、(…)さんが、先生! この人! あなた! この人! あなた! 私! 信じません! この人! あなた! この人! あなた! とバグったような反応をみせた。みんな笑った。
 そんな(…)さんは意外なことにヒップホップに興味があるようだった。ガチガチのオタクであるし、アニソンばかりきいているタイプなのかと思っていたのだが、部屋の壁につりさげておいたスピーカーからKOHHや5lackが流れるたびに、先生! これだれですか? わたし、この音楽好きです! と言うのだった。
 先生の小説はありますかとも問われた。先輩たちからこちらが小説家であると聞いたのだなと思った。これもなかなか根が深いというか、こちらは当初学生らに小説のことは言うつもりなどなかったのだが、当時ごくごく少数にしか出版の事実を伝えていなかったうちのひとりである(…)さんがまず(…)さんに伝えた、そしてこちらより半年はやく(…)に赴任した(…)さんが学生や同僚の先生方らにその事実を伝えた、結果としてこちらが赴任するころにはほぼすべての学生がこちらが小説を書いているという事実を知っていた、そしてその情報が先輩から後輩へと脈々と受け継がれているというのが現状であるのだが(幸いなことに筆名や作品そのものを知られるにはいたっていないし、そこは最後の牙城だと思っている)、そういうアレで、今日の三人も先輩から聞き知った情報でこちらの著作を読もうと考えているのだなと察したが、これは途中から誤解であることがわかった、彼女らはただこれだけたくさん本を読んでいる人間であればきっと小説も書いているのだろうと推測して質問したにすぎなかった、しかしその質問に対してこちらは彼女らが出版の事実を知っているものと決めつけてそのように受け答えしてしまった、その結果出版の事実が知られるにいたるというクソまぬけな失態を犯してしまった。ま、ええか。文学を経由して深い関係を築くことのできた学生、これまで少なからずいるのだ。ニーチェからすべてがはじまった(…)さん、フーコーフロイトを読んでいた(…)さん、シェイクスピアドストエフスキーに影響を受けて小説や戯曲を書いていた(…)くん、『夏目漱石全集』を全巻輸入して『失われた時を求めて』と併読して読む計画だと語ってみせた(…)くん。その(…)くんは去年もおなじことをしていたが、今年のノーベル文学賞の受賞者がノルウェーのヨン・ホッセなる人物に決まったという報道が出るやいなや、その情報をモーメンツでだれよりもはやく投稿していた(というか彼以外、ノーベル文学賞の受賞者になど興味がない)。
 22時半前になったところで、そろそろきみたち門限でしょうと帰宅をうながした。(…)さんが今日は泊まっていきますというので、(…)さんはやっぱり本物の変態だな、38歳のおっさんの部屋に泊まりたいらしいよというと、(…)はいちばん変態! いつもスマホでエロいのを見ています! と(…)さんが笑いながら言った。
 キャンパス内であるしたぶん問題ないんだろうが、時刻が時刻であるしいちおう女子寮まで送っていくことにする。一階までおりると、(…)と(…)が(…)のそばにいた。(…)もいる。あいさつして、今日はおれの誕生日なんだよと告げると、ふたりして中国語版のハッピバースーデートゥーユーを歌ってくれる。それで少しだけ立ち話。(…)にRussianを習わそうと考えているという。(…)のところでうんぬんというので、あ、やっぱりあの(…)はロシア人なのか? あるいは彼の妻がロシア人なのか? と思う。さらにこれはいまあくまで可能性として考えているだけだという前置きとともに、(…)自身の話なのか(…)の話なのかちょっとわからなかったが、ロシアに引っ越すみたいなプランもあるとかないとかいって、というのも中国ではいつになってもGreen Cardが取得できないからなのだがと続いたから、あれはやっぱり(…)自身の話なのだろう。(…)は典型的な、というかほぼ行き着くところまで行き着いた反米主義者かつ陰謀論者であるわけだが、たとえば彼が授業外で学生とやりとりする際、そうした主張を軽く口にすることがあったとして、この国の教育環境および情報環境に取り巻かれている大半の学生はもちろんそれに同調するのだろうが、それでも英語学科のなかにはやはりVPNを噛ませて翻墙し、西側の情報や価値観に触れている学生が一定数いるだろう(そしてその割合はひょっとしたら日本語学科の学生よりも多いのではないかとこちらは思うわけだが)、そういう学生らははたして(…)のそういう言説に触れたときどういうふうに考えるのだろうかとちょっと思った。
 ふたりと一匹とはそこで別れる。こちらが英語を話すところをもしかしたらはじめて見たのかもしれない学生らが、先生! 英語上手! すごい! というので、いや、たぶんきみたちの日本語のほうが上手だよ、ぼくの英語は全然レベルが高くないよと、これは謙遜でもなんでもない事実を告げる。涼しい夜道を女子寮に向けて歩く。とにかく(…)さんのテンションが高い。躁転しているときの(…)さんくらい常時高い。
 女子寮前で、じゃあまた明後日ねと別れる。寮にもどる。テーブルの上のゴミを片付ける。シンクに洗い物もまだたくさん残っているが(学生らが片付けるといったのだが、必要ないとつっぱねたのだ)、さすがに朝から晩までずっと学生の相手をし続けて疲れていたので、明日まとめてやることにする。腹が減っていたので、河蟹の残りを全部ぶっこんだ出前一丁をこしらえて食す。うまくないわけがない。こんなもん外で食ったらなんぼすんねんという話である。
 (…)さんからあらためて微信が届く。「先生、今日から38歳ですね、早くお見合いしましょう」というので「(…)狗もはやく彼氏を作りなさい。このままだと、一生恋愛をしない人生になってしまうぞ!」とカウンターをしかける。(…)さんからもお祝いのメッセージが届いたので、「おじさん」の件でいろいろ辛い時期だろうにわざわざありがとうと返信する。(…)からは一家でハッピーバースデーの中国語版を歌うボイスメールがあらためて届く。(…)さんからは、これまでは東野圭吾の小説ばかり読んでいたが、これからは江戸川乱歩横溝正史のものを読んでみたいという話が届く。どちらも少し古いので単語などむずかしいものもあるかもしれないが、きみのレベルであればおそらく問題ないでしょうと返信。まずは中国語訳でそれぞれの代表作を読んでみて、しっくりくるほうを今度は日本語で読んでみなさいと助言する。
 シャワーを浴びた。もうそれ以上なにをする気力も体力もない。日記など当然書けるはずもなし。ベッドに横たわる。信じられないはやさで眠りに落ちた。