20231010

 分離において不完全な姿を表す他(/A)は、言語に同一化した身体の穴を通して自らの欠如を構成するようになり、主体はそこに自らの場を見出し、欲動を構成するのである。分離は主体の存在形式として、われわれが日常に経験することのなかに認められる。その一例に芸術がある。芸術作品は一つの固有なものである性格をもって初めて意味をもつもので、他のものの真似では芸術的価値はなくなってしまう。芸術は常に、ユニークなスタイルを必要としているのだ。それは世界にいまだ存在しないものを創造することにより、他(/A)の欠如(a)の場を表すものとなる。芸術家は自らの作品によって他者(A)の世界に埋没することから逃れ、そこに自らの固有の場を見出すことによって、分離を行なう。
(向井雅明『ラカン入門』より「第Ⅱ部第六章 精神分析の四基本概念」 p.365-366)



 8時45分起床。朝方に何度も目が覚めたし、それほど荒唐無稽ではない、現実と地続きの夢もたくさん見た。しかしすべて忘れてしまった。朝食はトースト一枚半。寮のそばにある売店でミネラルウォーターを買うと、あんた今日も授業なの! と驚かれた。午前中だけか? というので、午後もあると応じると、毎日仕事なのかというので、金曜日だけ休みだと重ねて応じたところ、J(…)もおなじだみたいなことをおばちゃんは言った。おばちゃんと便宜的に記しているが、あれでこちらより年下の可能性もある。実年齢は不明。
 10時から二年生の日語基礎写作(一)。今日もシャツとサスペンダーとスラックスだったのだが、女子学生たちからやたらとかっこいいかっこいいとお褒めの言葉をいただいた。しかしこれはファッションとしてというよりやっぱりコスプレとしてみたいな見方なんだろうなと思う。(…)さんが、休憩中だったか授業前だったか忘れたが、めずらしく教卓までやってきてスマホでこちらに動画をみせた。ほかでもないちょうど一年前、(…)がこちらに見せてくれた、当時バズっていたクソコラ動画だった。男性アイドルがひとり映っている。ジャケットを脱ぐ。サスペンダーにシャツの姿になる。そしてダンスをはじめるのだが、そのダンスが奇妙だということで、バズったのだ。こちらが一年前に見たクソコラ動画は、画面外からバスケボールだかサッカーボールだかが次々と飛んでくる、それを男性アイドルがくねくねと動かしてみせる肩の動きで次々とはねかえすという趣向のものだった。中国の若者のあいだではシャツにサスペンダーというとほぼ自動的にこの男性アイドルのことを連想するらしい。のちほど(…)さんからも同様の指摘があった。先生の服は小黑子ですというので、どういう意味なのかとたずねると、くだんの男性アイドルのファンのことを小黑子というのだという返事。
 授業前半では添削済みの「(…)」を返却。それから面白回答をピックアップしたやつをスクリーンに映して、ひとつずつツッコミを入れていく。毎回書いている気がするが、このコーナーは完全にピン芸人の仕事という感じ。教壇でひとりおおげさなジェスチャーを用いながら、面白回答をひとつずつ紹介し、なるべく簡単な言葉でツッコミを入れていく。で、学生らはゲラゲラ笑う。今日は面白回答の数が多かったので、前半をまるごとこのステージに費やすはめになってしまい、どっと疲れた。以下、上が問題文。下が今日授業でスクリーンに映したもの。

(…)

(…)

 休憩時間中、(…)さんがお米のせんべいをくれた。で、そのせんべいをもらうついでに、彼女と相棒の(…)さんが並んで腰かけているそばに行き、(…)さんが参加していたコスプレイベントについてあらためてたずねた。会場は長沙。とんでもない人出だったらしい。ものすごく有名なcoser(中国ではコスプレイヤーのことをこう表現するらしい)もいたという。遠目に撮ったという写真を見せてもらう。男装している白人女性。ウクライナ人らしい。中国で活動するウクライナ人か、とやや複雑な気持ちになる。(…)さんは『カードキャプターさくら』の「知世ちゃん」のコスプレで参加した。中国における『カードキャプターさくら』の支持率、マジですごいよなといつも思う。(…)さんもやっぱり子どものときにテレビ放送していたのを見て育ったらしい。せっかくなので万达で声をかけられた(…)さんのことも話す。モーメンツに彼女が投稿しているコスプレの写真も見せてあげる。先生幸せだね、朋友圈にきれいな女の子、いっぱい! と言うので、笑う。長沙のイベントには(…)さんも同行していたが、彼女は私服だったはず(頭にちょっと変わった髪飾りをつけていた気はするが)。しかし自身もコスプレにちょっと興味があるらしい。
 授業後半は「(…)」作文。例によってこちらは教卓でひとり窓の外の景色をながめたり、KindleMansfieldを拾い読みしたりして過ごす。授業終了まで残り5分を切ったところで、作文を提出済みの学生は帰っていいと告げると、食堂が大混雑する前に食事をすませたい一部の学生が全力疾走で教室外に飛び出していったので、クソ笑った。午前の授業が終わる11時40分以降の食堂はマジで戦場なのだ。(…)さん、(…)さん、(…)さんの三人だけが教室に残る。40分をまわってちょっと経ったところでようやくそろって提出。しかしこれは作戦だなと察する。こちらといっしょに食事をとりたいので、わざと提出を遅らせたのだ。実際、昼食の誘いがすぐにあった。
 そろって教室をあとにする。小便をしたかったので便所にいく。もどって(…)さんと(…)さんと立ち話((…)さんもトイレに行っていたのだ)。ちょうど一階を見下ろす柵の前に立っていたので、ぼくはちょっと高いところが苦手なんだよねという話をする。観覧車はどうかと日本語と中国語のちゃんぽんで(…)さんがいうので、子どものころは好きだったけどいまは嫌いだ、ジェットコースターのほうがずっといい、遊園地では観覧車が一番こわいかもしれないと答える。(…)さんは観覧車が大好きだという。絶叫系のマシーンも好きだが、以前遊園地で二度乗って二度とも泣いたというので、だったら乗るなよと笑った。長いトイレからもどってきた(…)さんにおなじ質問をすると、この子は絶対そうだろうと思っていたが、高いところも絶叫系マシーンも大好きだというので(バンジージャンプにも興味があるらしい)、やっぱりバカはああいうのが好きなんだなと茶化すと、先生! 殺す! 死ね! と言われた。
 第四食堂へ。席はすべて埋まっている。しかたなく打包することに。三人おすすめの麺の店にならぶ。順番がまわってきたので、オーダーを告げようとしたところ、学生たちが、わたしがやります! とばかりに全部やってくれる。オーダーしたものが出てくるのを待っていると、厨房の奥から白衣にマスクの女子が近づいてきて、日本語で「先生!」という。え? だれ? というと、(…)ですという。たしかにキャップとマスクのあいだからのぞく目が三年生の(…)さんだ! 全然わからなかったよと笑う。それから、四級試験合格おめでとうございますと告げる。(…)さんは毎日ここで13時までアルバイトしているらしい。
 打包したものを手にさげて外に出る。二年生らは午後授業がないという。(…)さんは蚊に悩まされて4時まで寝ることができなかった。それでいて朝は自習のために6時起きで、眠くてたまらないわけだが、午後はたっぷり昼寝をすることができる。(…)さんは2時ごろまでずっとBL小説を読んでいたせいで寝不足。(…)さんは0時には寝たのだが朝起きることができず、基礎日本語の授業を「逃げた」とのこと。
 食堂の前で女子らと別れる。寮に向けて歩きだしてほどなく、おなじ二年生の(…)さんと(…)さんから声をかけられる(このときは後者を(…)さんと勘違いしていた、ふたりは雰囲気が似ているのだ)。第五食堂で打包した帰りだという。(…)さんといえば、これは昨日(…)さんたちから聞いた話であるが、総合成績が一等賞ということで高額の奨学金をゲットしたらしい。ちなみに(…)さんが三等賞、(…)さんが五等賞の奨学金をそれぞれゲットしていたはず。
 さらにその先で一年生の(…)さんからまたこんにちはと声をかけられた。昨日と同様、彼女は今日もひとりで行動しているふうだった。もしかしたらクラスで浮いているのだろうか? 外国人寮の入り口付近では若い白人女性を見かけた。たぶんロシア人留学生だろう。

 帰宅して麺食す。二年生の(…)さんから微信。こちらの誕生日プレゼントにまた手作りのギフトをくれるというのだが、スティッチやスポンジボブの小さなフィギュアをそのほか細々とした飾りといっしょに台座にのせたスマホ立てで、少なくとも写真で見るかぎり、え? これふつうに売り物になるんちゃう? というレベルだったのでかなり驚いた。将来カフェで販売しろ! 絶対に人気が出る! とプッシュする。ブツはいま接着剤の乾燥待ち。明後日の授業に持ってきてくれるとのこと。
 (…)さんのテーマスピーチを録音しなおして送信。それからきのうづけの記事の続きを書く時間があったのだったかなかったのだったか、いまとなってはもはやよくおぼえていないわけだが、いずれにせよ、14時半から一年生の日語会話(一)。今日は2班のほう。寮を出るころにはやや小ぶりになっていたが、傘差し運転で外国語学院まで向かった。教室に到着したのは開始5分前だった。
 段取りは昨日の1班と同様。しかし昨日はちょっと失敗してしまったなというアレがあったので、そのあたりだけ修正する。つまり、昨日よりテンション二、三割増しでのぞむ、五十音の基礎練習はちゃんと最後までやる、既習組が放っておいてもある程度通訳してくれるので遠慮せずガンガン冗談を言う、この三点を意識した。結果、大成功だった、ものすごく手応えを感じた。しかしこれは(…)先生が担任のクラスであるからかもしれないよなと思う。(…)先生は一年生らがまだ軍事訓練をしている最中から宿題として五十音を学ばせていた。それにくわえてこのクラスの基礎日本語を一年生から担当している(1班のほうの基礎日本語はたしか(…)? (…)? 先生が担当しているが、彼女は授業の進行速度が非常に遅いことで悪名高い)。だから似たような冗談を口にしても、すでにある程度学習の進んでいる2班のほうが通じるというのはあるかもしれない。さらにいえば、こちらは(…)先生にさんざん世話になっているし、日頃交流もしているわけだが、(…)? (…)? 先生とはほとんど話したこともないし、というか顔を合わせたことも数えるほどしかない、(…)先生はたぶん学生たちに事前にこちらのことをある程度伝えているだろうが、(…)? (…)? 先生はこちらのことをおそらくほとんどなにも知らない。あと、これはのちほどこのクラスの学生のモーメンツを見て知ったのだが、(…)先生はすでに一度、受け持ちの学生らを招待するかたちで食事会のようなものも開催したらしい。そういうもろもろの地固めのおかげでか、このクラスの学生のほうが全体的にやる気があるというか、ポジティヴな空気ができあがっているという事情もまずまちがいなくあると思う。班导も1班のほうはどちらかといえば劣等生である(…)さんに対して、2班のほうは優秀な(…)さんだ。
 クラスの人数は1班とおなじく30人。そのうち、男子学生は(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くん、(…)くんの11人。1班の男子学生は(…)くん以外全員が後部を陣取ってだらけるという男子学生クソあるある状態だったが、2班の男子学生は窓側の席を前から後ろまでずらりと独占するというかたちで、おー! 男子学生が増えるとこういうフォーメーションもありうるのか! と思った。
 既習組。(…)くん(高二)、(…)くん(高一)、(…)くん(高二)、(…)くん(高二)、(…)くん(高一)、(…)くん(高二)、(…)くん(高一)、(…)さん(高二)、(…)さん(高二)、(…)さん(高二)、(…)さん(高二)の11人。
 (…)省以外の出身者。(…)くん(江西省)、(…)くん(安徽省! はじめてだ!)、 (…)くん(重慶! やっぱり初めてだ!)、(…)くん(江蘇省)、(…)くん(河北省)、(…)くん(黒竜江省)、(…)さん(遼寧省)の7人。女子で省外の学生は(…)さんのみ。今年の新入生は上の学年にくらべると、男子学生が多く、省外の学生がちょっと少ないという印象。しかしこちらが赴任した当時は、クラスに男子学生は1人のみで、省外の学生も数えるほどしかいないというクラスだったりしたわけだから、ここ五年でいろいろと様相が変わったもんだなと思う。
 教師の自己紹介→発音練習の重要性について書かれた文章の提示→五十音の練習→名簿を配布して既習者と出身の確認→全員の名前の日本語読みの復唱→「はじめまして。わたしは(名前)です。よろしくおねがいします」をひとりずつチェック。休憩時間中はクラスのグループチャットを作成したが、これは1班でやるのを忘れていた。あと、書き忘れていたが、このクラスの学習委員は(…)さん。既習組なのでコミュニケーションはある程度とれるはず。顔がちょっと四年生の(…)さんに似ている。(…)くんのようにずば抜けてできる子はいないようにみえたが、全体のレベル、そしてなによりも空気が、1班にくらべるとはるかにいい。
 帰宅後は昨日と同様、全員に微信で簡単なメッセージを送ったのだが、(…)さんから「今日の授業はとても楽しかったし、疲れも感じなかった」という返信があったり、(…)くんがモーメンツにさっそく「(…)兄さん」はわたしたちを「外人」扱いしない、没有边界感的老师だみたいなことを投稿していたりしたので、学生らの印象も上々だったのだろう。

 夕飯は第五食堂で打包。(…)さんから野良猫の写真が送られてくる。女子寮に出入りしている黒猫が顔を洗っているところ。食後のコーヒーを飲み、きのうづけの記事の続きを書く。シャワーを浴び、記事を投稿し、ウェブ各所を巡回し、2022年10月10日づけの記事の読み返し。2013年10月10日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲。
 作業の途中、二年生の(…)さんから微信。『ハイキュー!!』のオープニングテーマ曲の歌詞が一部聞き取れない、と。音楽アプリの歌詞には「踏切・加速・跳躍で」「一速・二速・三速で」と表記されているのだが、どうしてもそのように歌っているように思えないという。“FLY HIGH!!”という楽曲だというので、すぐにググってみたところ、「踏切・加速・跳躍で」には「ホップ・ステップ・ジャンプ」、「一速・二速・三速で」には「アン・ドゥ・トロワ」とそれぞれルビがふられていたので、あー表記とルビが異なるパターンねと納得。それで事情を説明した。ずっと以前にも似たような質問に答えたおぼえがある。アニソンの歌詞にはもしかしたらこういう表記とルビの異なるパターンのものが多いのかもしれない。
 (…)さんからも微信が届く。どうでもよろしい内容。前回先生の寮をおとずれたときトイレがどこにもなかったというので、阳台のとなりに浴室といっしょになった個室があるよと応じたところ、先生はそこで毎日うんこを食べているんですかというので、アホと返信。そこから小二か小三レベルのうんこトークをただひたすらラリーするという、スカトロ野郎からすればご褒美なのかもしれないがそういう趣味のないこちらとしてはただただじぶんの実存を疑うだけの時間が経過。さらにその不毛なやりとりに途中から(…)さんも参加する。末法やな。弥勒菩薩はよ来てくれ。
 今日づけの記事にもそのまま着手する。0時半になったところで中断。ベッドに移動して就寝。