20231018

私は永年小説を書いて来た、いまもテキストの書き直しを重ねる人間だが、その習慣による知恵のひとつが、書き直しに確信を持てなければ当該箇所をまるごと取り去れ、というものだ。
大江健三郎『水死』)



 7時半起床。朝食はトーストのみ。最寄りの小卖部でミネラルウォーターを買って外国語学院へ。午前中の気温はまだそれほど高くなく、キャンパスを歩いている学生らも薄手のパーカーを着用していたが、午後には最高気温が32度に達するという予報だったので、こちらは朝っぱらからTシャツ一枚で外に出た。外国語学院では昨日おとついと見かけた警備員の姿を今日は見かけなかった。しかるがゆえにケッタも空き地に停める必要がない。それでいえば管理人の(…)もここ数日、まるで警察官か軍人のような黒い制服を着用していたことであるし、もしかしたらまた市政府のinspectionがあったのかもしれない、それでそのinspectionのあいだだけもろもろ取り繕っていたのかもしれない。形式主义やね。
 外国語学院の廊下では(…)とひさしぶりにばったり遭遇した。授業かというので、Japanese speech contestのlessonだと応じる。教室の鍵は開いていたのだが、なかにはだれの姿もない。それで学生らがやってくるまでのあいだ廊下で日向ぼっこしていたところ、(…)先生から声をかけられた。それで少々立ち話。(…)先生が担任をしている2班のほうはやっぱり空気がずいぶんいいと伝える。それでも他学科に移ることを考えている学生がたくさんいると(…)先生は言った。処理水問題でいろいろわきたっているタイミングで、「調済」の結果本来は志望していなかった日本語学科にわりふられた学生らがそういう反応になるのは、まあ仕方ないよな。
 教室からねぼけまなこの(…)くんが出てくる。ソファでずっと居眠りしていたらしい。全然気づかなかった。のちほど聞いたのだが、きのう夜中の3時にふと目が覚めてトイレに行った、トイレにある鏡を絶対に見ないようにと意識していたのだが、なんとなく顔をあげてしまったところ、鏡像のじぶんが生身のじぶんにやや遅れて顔をあげるのが見えてしまった、それですっかりこわくなってしまってその後朝方まで全然寝つけなかったのだというので、小学生みたいやなとちょっとかわいらしく思った。くだんの怪奇現象については寝ぼけていたために陥った錯覚だろうとのちほど結論づけたとのこと。中国に来てからというもの、ホラー映画やホラーゲーム、怪談や怪奇現象などの話題にやたらと弱い子たちと知り合うわけだが、これまでにたぶん何度も書いていることであるけれども、これってとどのつまり免疫がないからだよなと思う。ホラーというジャンルが公式に禁止されている社会であるために、ホラーに対する耐性がほぼゼロになってしまっている。もちろん、海外産のそうしたコンテンツに触れる方法はいくらでもあるわけだが、それでもたとえば日本にくらべると、その手のものに触れる頻度、というかその手のものにさらされる頻度はおそらく圧倒的に少ない、そのせいでたとえば卒業生の(…)くんのように、大学生でありながら『名探偵コナン』のアニメすらひとりで観ることができないという子が出てくる(そのことを茶化すこちらにたいして、(…)くんの気持ちも理解できるという擁護派がおもいのほかたくさんいたのもおぼえている)。
 (…)さんと(…)くんも合流。9時から12時前まで練習。まずはテーマスピーチを通す。(…)くんはほぼ完璧。(…)くんは声量と感情表現にやや難があるが、発音はまあ問題ないかなという感じ(少なくとも彼は(…)さんとちがって、じぶんの発音のあやまりにすぐ気づくことができる)。(…)さんはとにかく発音が悪い。練習開始初期にくらべたらずっとマシになったとは思うが、それでも正直コンテストに学校代表として出場するレベルでは全然ない。即興スピーチは「自律」「読書」「時間」の三本。(…)くん、先日の指摘がよほどこたえたのか、今日はかなりよくなっていた(それでも構成面に不安はあるが)。(…)さんは事前に暗記した文章を応用するかたちでうまくやっていると思うが、やっぱり発音が絶望的。(…)くんはけっこうまずい。彼も地力を考えると、(…)くんのように本当に即興でやるスタイルではなく、(…)さんのように事前に原稿をある程度暗記したうえでそいつを臨機応変に応用するスタイルのほうがいいと思う。
 練習を終えて外国語学院を去る。(…)くんは今日は彼女と昼飯。なのでひとりでケッタに乗ってさっさと帰宅。白菜の残りものをごま油で炒めて出前一丁海鮮味にぶちこんで食す。その後、30分ほど昼寝。起き抜けのコーヒーを飲もうとしたところで、メシの量が少ないといつもそう思うのだが(そしてそれにくわえて今日は夏日だったからというのもあるのだろうが)甘いものがほしくなったので、瑞幸咖啡でココナッツミルク入りのアイスコーヒーを打包することに。寮を出る前に微信のミニプログラムでオーダーと支払いをすませておく。それから歩いて店舗にいき、すでにできあがっているブツを受けとったのだが、スタッフの女性がこちらのスマホに表示されている番号を見誤ったのか、別の番号のプリントされているレシートがひっついているやつをこちらに渡した。あれ? と思ったが、もしかしたら番号が違うだけでおなじ商品だから問題ないというむこうの判断が働いたのかなとひとり合点し、そのまま店を出たのだが、のちほどブツを飲んでみたところ、あ、これ、ココナッツミルクのやつじゃないわ、と気づいた。ときすでに遅し。まあええわ。帰路は文具店にたちよってコピー用紙を購入。
 帰宅。だれのものかわからんアイスコーヒーを飲みながら明日にそなえて授業準備。二年生の日語会話(三)の第28課。ちゃちゃちゃっとレジュメを改稿したりアクティビティのルールを変更したりする。改稿したレジュメを学習委員の(…)さんに送信。作業中、四年生の(…)くんから微信。今日の夕飯は彼と(…)くんと(…)くんと食いにいく約束になっているのだが、彼は図書館で勉強をしているらしい。で、こちらの国際交流処の面談が終わったら、そのまま図書館に来てくれとの由。了解。
 面談は16時から。時間になったところで出発。契約についての話とのことだったので、いつものように契約書の内容に目を通してサインするのだろうと思っていたが、そうではなかった、再契約の意思があるかどうかを確認するだけだった。officeには(…)のほかに三人スタッフがいたが、交渉はもちろん(…)の仕事。ソファに横並びになり、契約の意思があるかどうかを問うてみせる。ここでゴネたらいろいろ有利になるのだろうが、もうめんどうくさい。給料は8500元にアップするようだった(しかしいまはいくらだったか?)。(…)先生、われわれの給料が10000元になるという話を夏休み前こちらにしてみせたわけだが、あれは結局なんだったのか。今学期こちらの担当している授業はスピーチコンテストの練習抜きだと8 periodsである、しかし本来は最低でも10 periodsの授業を担当してもらう契約になっている、そうであるから来学期以降はそのつもりでいてほしいという話もあった。今年のfreshmanから2クラスになったしもとよりそのつもりだったと応じる。
 面談はほんの5分ほどで終わった。サインは来週の同じ時間に同じこの部屋ですることに。正直、現状の世界情勢を踏まえると、ぼちぼち帰国するべきタイミングじゃないかと思うのだが(そしてそのことをこちらが切り出すかもしれないというあたまがあったために、(…)はやや緊張した面持ちだったのではないかとも思うわけだが)、まあいざとなったら契約もクソも関係ない、バックレたらいいだけだというあたまもあることにはある(しかしこの地に滞在中にことが発生した場合、そもそものそのバックレが不可能なわけだが!)。

 いったん帰宅。17時前になったところで図書館へ。入り口で(…)くんと合流。そばには自前の電動自転車に乗った(…)さんの姿もあった。同行するらしい。意外なことに彼女も院試組だった。専攻を法学に変更して臨むとのことだったが、正直彼女には難しいだろう。法学であれば重要なのはひたすら暗記することなわけだが、そういう地道な作業を続けることのできる根気というものが(…)さんには一切ない。四級試験の結果もクラスで下から二番目か三番目だったと思うし、ルームメイトらもみんな彼女の怠惰な生活にうんざりしている。院試に挑戦するというのも一種の建前みたいなもので、実際は勉強もそれほどせず、ひとり暮らししているというアパートでゲームをしたりアニメを見たりしている時間が大半なのではないか(彼女の実家はかなり太いようにみえる)。一年生のときもぽっちゃりしていたが、いまは当時よりもずっとぶくぶくになっているし、ある意味クラシカルといっていい自堕落なオタクだよなと思う。
 老校区の男子寮まで移動。(…)くんと(…)くんと合流する。老校区のさらに南側にある東北料理の店にいくというので、あそこは全然おいしくない、むかしはおいしかったがいまはひどいものだと応じる。それで散歩も兼ねて万达まで歩いていくことに。(…)くんに語学学校での研修はどうかとたずねる。まあまあとのこと。(…)くんも(…)くんはこちらの予想通りそこそこうまくやっている((…)くんは向こうの教師から二度目の授業が終わったあとかなり褒められたらしい)。(…)くんもちゃんとやれているらしいが、(…)くんはやっぱり壊滅的だという。(…)くんは故郷に帰ったのだが、仕事が見つからないのでちかぢか(…)にもどってくるのだったか、あるいはすでにもどってきたのだったか、いずれにせよ(…)くんらは彼をおなじ研修先にひきずりこむ魂胆でいるらしい。研修ということで彼らはみんな給料なしで授業をしているらしいのだが、(…)くんには3000元ほどもらえると嘘をつくつもりでいるという。ちょっと笑った。(…)くんがちかぢかインターンシップで日本に渡るという話もあった。夏休み前から手続きをしているのにいまだ渡航できていない。あと、(…)くんが働いている車の店が万达の中にあるというので(給料は5000元だというのだが、この田舎では上等の部類だろう)、それでメシを食うついでに彼の職場にも立ち寄ってみようということになった。
 それで万达へ。(…)くんのいる自動車販売店をおとずれる。広々としたスペースにぴかぴかの新車が三台か四台設置されている。そのなかに(…)くんを含む男性店員が二人か三人、客がいないのでひまそうにスマホをいじりながら壁際に突っ立っている。你好! 我要买车! と店に入るなり告げる。(…)くん、爆笑。日本語はもうまったくできないと中国語で言いながら近づいてくる。店にある一番高い車のなかに乗せてくれる。50万元。二列目のシートに座ったのだが、マッサージチェアみたいだった。試乗の名目でみんなを乗せて近所をドライブすることもできるというので、メシを食ったらもどってこようと決める。
 メシは四階にある杭州料理。去年の誕生日にほぼ同じメンツでおとずれた店。豚肉とじゃがいもを鍋で煮込んだやつと鶏肉と年糕を鍋で煮込んだやつを食う。めちゃくちゃうまいし、腹もたいそう減っていたので、バクバク食った。無料の飲み物が桃の風味のする烏龍茶だったのだが、これがまたうまかった。去年おなじ店で蟹の鍋を食べたときは(…)くんとのやりとりがメインだったのだが、今回はスピーチ練習で日本語の会話能力が上昇している(…)くんが彼以上にがんばって(…)くんと(…)さんのやりとりなどいろいろ通訳してくれた。
 (…)くんは夏休み中友人らと日本に旅行した。恋愛漫画をたくさん買ったというのだが、タイトルをきいても忘れたというので、もしかしたら秘密の趣味なのかもしれない。日本ではいろいろな食事を食べたが、ラーメンがしょっぱすぎたというので、これはたしかに学生らからときどき聞く話だなと思った。中国人、しょっぱさに対する耐性があんまりないと思う。それからエスカレーターで一列になるという慣習がとてもいいというので、あれは現在ではむしろなくしたほうがいいという意見が出ているんだよと伝えた。
 (…)くんは卒業後、両親とおなじく料理人になりたいという気持ちがある。しかし両親はその道に反対、日本語教師になるようにといっているとのこと。(…)くんによれば、中国ではやはり大卒者がそういう職業に就くべきではないという考えがかなり強いらしい。実際、中国で若者の失業率が高いのは事実であるが、あれは別に仕事がないわけではない、ホワイトカラーの仕事がないだけであって選り好みしないのであれば仕事はいくらでもある。しかし大卒者ないしは院卒者がそのような仕事に就くのはおかしいという考えが、当事者のみならずその家族にもあるために、そういう仕事に就くくらいであれば失業者として別の就職の機会を狙ったほうがいいというふうになる。その結果、失業率が高くなっている。そういう印象をこちらは持っているし、これは全然的外れではないと思う。
 腹いっぱいになる。会計を多めに出そうとしたが、学生らの反対にあう。結局割り勘。70元ちょっと。店を出る。途中、スクラッチの宝くじ売り場を見つけたので、20元のやつを一枚買ってみる。台があり、その台の上にくじを削るための使用済みプリペイドカードみたいなのが数枚置かれている。そのうちの一枚を手にとって削る。いろいろな模様にまじって数字が出てくることがある。数字が出てきたらあたりで、その数字の額をそのまま受けとることができる。30元あたる。マジか。くじの下部をけずるとバーコードだったかQRコードだったかがあらわれる。それを専用の機械に読み取らせ、支付宝で当選金を受けとる。こちらは支付宝をふだんほとんど使わないので、(…)くんに受けとってもらってから、それを微信で送金してもらった。10元の儲け。一階にもまた似たような売り場があったので、もう一度挑戦しようとしたが、(…)くんに止められた。
 (…)くんの店にもどる。肝心の本人の姿がない。代わりにさっきは見かけなかった別の同僚がいる。トイレ休憩? 食事休憩? あるいは顧客対応? わからない。しかしほかに同僚が複数いるのであれば、その手前、あきらかに顧客ではないわれわれを試乗に連れていくのは体裁が悪いかもしれないというようなことを(…)くんがいうので、たしかにそうだということで今日はこのまま帰ることに。
 広場に出る。テントが設営されており、その下で大量の本が販売されている。ちらっとのぞく。仮設ステージでは子どもが飛んだり跳ねたりして遊んでいる。そのステージに向き合うかたちで、例によって広場ダンスをしているおばちゃんたちがいる。(…)くんが瑞幸咖啡で飲み物を買うという。店に入ってすぐのところに三年生の(…)さんがいる。なにしているの? とたずねると、彼氏! 彼氏! といいながらカウンターのほうを指さす。コーヒーを二杯もったさえない男がほどなくしてやってくる。日本語学科の外教だと(…)さんが彼氏に説明する。彼氏は英語学科の元学生(ビジネス英語専攻)。この夏に卒業したばかりらしい。你的女朋友很好看! と伝える。(…)さん、爆笑。
 外に出る。広場ダンスをしろと(…)さんにけしかける。嫌だ嫌だというので、見ていなさい! と告げてから、おばちゃんらの輪のなかに加わり、見様見真似でダンスしまくる。(…)さんと(…)くんがゲラゲラ笑いながら動画を撮影しはじめる。(…)さんはその後すぐに動画をモーメンツに投稿していた。(…)くんと(…)さんがすぐに食いついていた。(…)さんはこのあと彼氏といっしょに(…)くんの店にいくという。ふたりとも外国語学院のバスケチームのメンバーである、その関係で見知った間柄なのだ。
 (…)公园を通りぬけて大学のほうにもどる。新校区の入り口で(…)さんと、老校区入り口の売店で男子学生三人と別れ、ひとりで(…)に向かう。いつもの食パン最後の三袋を購入する。今日はいつもより遅くに来たんだねとおばちゃんが言う。
 帰宅。(…)くんに送ってもらった広場ダンスの動画をモーメンツに投稿しておく(こういうふざけた動画を投稿しておくことで、新入生のこちらに対する警戒心を解除することができる! 敷居を低くすることができる!)。シャワーを浴び、ストレッチをし、コーヒーを飲みながら、きのうづけの記事の続きを書いて投稿する。いいねが100件以上ついてびっくりする。誕生日当日の投稿より多いやんけ!

 ウェブ各所を巡回し、2022年10月18日づけの記事を読み返す。

(…)もちろん、このような問いに対しては、次のような反論が予想される——〈もの〉は、跡形もなく消え去りはしない。象徴界への移行にあたっても、シニフィアンによる「殺戮」にあっても、常に〈もの〉の一部、その残滓は残るはずである。このような残滓の議論は誤解のもとだ。それは「進化論的」思考の落とし穴、つまり、まず〈もの〉があり、次いでシニフィアンがやってきて、最後に〈もの〉の残滓が現れる、という議論に陥りかねない。ラカンの立場は、これよりはるかに深いものである。彼が対象aと呼ぶ「残滓」は、単なる〈もの〉の残滓ではなく、シニフィアンそのものの残滓、遡及的に〈もの〉の次元を切り拓くシニフィアンの残滓である。それは、シニフィアン象徴界にもち込めない何か「実体」の残滓ではなく、シニフィアンの自己言及作用それ自体の残り滓、そこから棄てられたもの、その「唾」である。象徴界の機能、その記号化作用はけっしてうまくいかない。それは常に残滓を残す、という命題は、このような意味で理解されねばならない。ひと通り記号化がなされた後に、「記号化できない」何か、記号化の網を「すり抜ける」何かが残るのではない。完全に、完璧に行われるこの記号化作用それ自体が、その行き止まり、それを内側から「蝕む」剰余を生み出すのである。ヘーゲルの言葉を借りよう。この残滓とはまさに精神の骨であり、精神が完全に食い尽くすことのできないような、外部にある何かではない。
(『リアルの倫理——カントとラカン』アレンカ・ジュパンチッチ・著/冨樫剛・訳 p.216-217)

(…)さんからも届く。福建師範大学でコンピューターを専攻しているひとつ年上の彼氏は日本語を独学中らしく、将来的には日本留学を考えているらしい。で、こちらが先ほどの自習時間に恋人のいる学生は全員不合格にすると宣言した話を彼氏に送ったところ、「うるさい!バカ!」と言っていたと報告してみせるので、じゃ(…)さんはやっぱり不合格ねとやりとりしたのだったが、その過程で、その彼氏がじぶんで書いたという日本語の短いメッセージも送られてきて、それが独学にしてはまずまずの出来栄えだったので、このまましっかり勉強を続ければN1も問題なく合格できるでしょうとはげました。

 (…)さんのこのエピソード、すっかり忘れていた。というか、なんなら彼女に恋人がいたことすら忘れていた。学生らと授業外で交わしたやりとりについては、なるべく忘れないようにしないといけない。名簿のほうに軽くメモするようにしておいたほうがいいかもしれない。
 2013年10月18日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲。酔った(…)さんから電話がかかってきているが、再現度がけっこう高い。声色や語りの調子がよみがえってくる。しかし、「嫌々ながら書いてほしい、いやよろこんで書いとったらアホやでそんなもん」か……。「実弾(仮)」はよろこんで書いているなァ。

酩酊して寝た。と予言的に書いたところで不意に(…)さんから電話があり、出るといくらか深刻な声で、あいさつもそこそこに、客の忘れ物のうちある程度高価なものが紛失するという事案がこのところ三軒続いて発生している、これについてどう思うかと問われた。どう思うかといわれたって頭のなかにでかでかと思い浮かぶのは(…)さんの顔で、次点で(…)さんなのだけれど(…)さんの顔に圧迫されて影が薄くなっているみたいな、そういう考えを告げるとやっぱりおまえもそう思うよな、そうやよなとあって、(…)くんもあやしいっちゃああやしいけどなんかそういうせこいことするタイプではないよなとあり、おれ前々からおかしいと思うとったんやけど(…)くんときどきカード入っとるからっていうと財布を(…)さんとこに預けとることあんのやけどな、あれってひょっとして(…)くんそういうとこすごい気遣いするからいわへんけども(…)くんに中身ぬかれるって警戒しとるんちゃうかな思うてな、とあって、たしかにいわれてみればこちらも(…)さんから何度か財布をあずかってくれと頼まれたことがあって妙なことをいうなと思っていたというかむしろこれ後になってから中身がなくなってるとか騒いでうんぬんという魂胆とかあるんじゃないかと警戒していたくらいなのだけれど((…)さんも当初はじぶんとまったく同じ懸念を抱いていたらしい)、(…)さんの手癖を警戒しているという仮説と照らし合わせてみると一気に合点がいくみたいなところがあって、もうなんなん、なんでこんなしょうもないことばっか起こんのとべろんべろんになりながら(…)さんは嘆いてみせて、もうな、前もいうたけどな、おまえがいちばん信用できるっていうんはほんまあんねん、おまえ金とかぜんぜん執着ないやん(「んなことないっすよ!」)、や、でもなんかおまえ金つかわんと生きるやん、ていうかふつうやん、ふつうなんおれらだけやん、あとみんなおかしいやろ、いやおれらもアレかもしれんけどひととしてはしっかりやってるやん、その、なんていうの、常識? 常識みたいなところではまあしっかり、常識っていうか人格、そういうの、なあ、わかるやろ、そういうのしっかりやってんのちゃうのって思うわけよ、おれらはな、ほやししょうもないことはしやんやろ、じっさい、しやへんやん、でもあのひとたち、あのひとたちはー……ちがいますよねーっていう話、そやろ、なんでかしらんけど、まあ(…)さんはええわ、でも(…)くんにしろ(…)くんにしろ、あとはまあ(…)さんもそうかもしれんけど、そのー、ちっこいちっこいことすんなっていう話やん、でっかいことすんのやったらはなし別やで、おれに刃物つきつけてやな、金庫の金取るとかやったらわかんねん、でもちっさいちっさいやん(「でも(…)さんふたり殺してますやん」)、いやもうそれはええねん、そこは触れたんなや、まあ(…)さんはええわ、あとふたりやわ、あのな、ものっそいせっこいことなわけよこれ、なっ、ほんでほんませっこいことしてな、そんなんで信用失うとか、あのーあれ、世界でいちばんしょうもないことやろ、じっさい世の中でなにがいちばん大切かっていうたらやな、そりゃおまえ、信用やん? もうこれは間違いないやん? それをな、そういうものを、どうでもいいせっこいこときっかけで失ってしまってな、おまえそれどうすんのって話やん、そういうことをな(…)くん、たとえばおれが明日朝礼で言うてみたところで……やよね、無駄やよね、いやそうやねん、そやしー……なんていうの、なんかこう、おまえからさ、こう、うまいことやな、そのー……(中略)……まあそういうことでやな、明日もひとつ頼んますわっていう、ねっ、まあ(…)くんも字ばっかり書いとらんと、ていうかほんとおれとしてはやな、ぜひもうここのことをやな、ものすごく嫌々やで、嫌々ながら書いてほしい、いやよろこんで書いとったらアホやでそんなもん、こいつらと一緒やんけってなるやろ、そやしやな、もうこんな底辺があるんやと、こんなもん書きたくないけどっていう、そういうふうにしておまえには本書いてほしい、もうこんなやつらがおるんですよと、これが日本の教育の成果ですよと、もーあれ、世の中に対してですね、きちんと訴えてほしい、ぜひとも、だからぜひとも書いて、でもものすごく嫌々やで、嫌々ながらきちんと書いてほしい、おまえそれやったら絶対売れるから、よろこんで書いたらあかんで、そんなもんおれぜったい読みたないから、これこいつ同じ人種やねえかってなるから、だから嫌々、ここ大事やで、嫌々書いて、そう、そんでいまもアレか、なんか書いとったんけ?(「ちょうど書き終わったところに着信あったんすよ」)、そのー、おまえかいとったって、それはあれか、自慰をカイとったんけ? (笑)ええ?(爆笑)(「お子さんの声ガンガン聞こえとるんすけどほんなしょうもないこというとってええんすか?」)、いやいや、まだ自慰とかわからんから、そんな歳ちゃうから(笑)、そんなんわかるん嫁くらいやから(笑)、嫁? いまとなりにおるよ、あのー、あれや、(…)もおる、(…)もおるで、かわろか? ヘーイ! (…)! イエー! イエー! イエース!……(中略)……(…)くんおれもう電話切ってええかな? 日付変わってしもた、あれや、もうーあれ、どのみち八時間後には会えますね(笑)、あのーもう、おまえ腰わるいんやろ、ロキソニンテープ持ってったるしな、ほやしあの(…)くん、おれもう電話切っていいかな?(「べろんべろんになって深夜に電話してきときながら長電話の責任転嫁するとことか(…)さんと瓜二つっすね」)やめてっ! それなにっ!? おれに死ねっていうとるようなもんやで、それだけはやめて、もうそれいわれたらおれ仕事できん、もーおれ明日ストライキする、もうそんなんいわれたらだれも立ち直れません! いやいやもうわかった、じゃあせめておれと(…)くんのなにが違うかだけちゃんと聞かせて、おれと(…)くんの違うところを教えて、それだけ聞いたら寝る(「名字くらいちゃいますか?」)、おまえっ(笑)、おまえなっ(笑)、おまえほんと(笑)、おまえなっ(笑)、あのー、おまえもう(笑)、もうわかった、わかった、もう切るで? ほいじゃっ、おやすみなさーい!
今度こそ酩酊して寝た。

 頭痛がひどかった。カフェインの離脱症状っぽい痛み。いちおう瑞幸咖啡で一杯、それから万达から帰ってきてから一杯、それぞれ飲んでいるわけだが、二杯というのはいつもにくらべるとかなり少ないし、それに前者はおそらく他人がオーダーしたものであるからもしかしたらデカフェだったのかもしれない、それで離脱症状が出てきたのかもしれない。追加でもう一杯飲もうかと思ったが、明日は朝イチで授業であるからとっとと寝るのが得策かもしれないと思い、それでベッドに移動したのだが、なかなかしんどく、ときどき頭痛のあまりちょっと吐き気をもよおす瞬間すらあった。