20231104

 作者歓びなき労働に忙殺のため、本日の「デイトレーダー(…)の『俺の人生も乱高下!』」はお休みさせていただきます。ご了承ください。


  • 6時起床。トーストとコーヒーの食事。天気予報によれば最高気温は20度を切るようであるが、部屋の中はやたらと暑い。エアリズムにクリーム色のシャツ、スラックスとサスペンダーとブーツというスタイルで出発することにする。荷物は増やしたくないので、着替えはエアリズムと下着と靴下の替えと寝巻きのTシャツとハーフパンツのみ。iPadも結局不要と見なした。そのかわりにアイロンをもっていく。バッグはクラッチバッグとリュックサックの二刀流。
  • 外に出るとおもいのほか寒い。室内とこんなにも気温差があるのかと驚く。最寄りの売店でいつものようにミネラルウォーターを買う。今日がスピーチコンテストの本番かというので、そうだ、(…)までいまから車で向かうと応じる。いつもどってくるのかというので、明日の夜には到着すると応じると、向こうで遊ぶ時間はないのかというので、ないと答える。これは仕事だから、旅行じゃないから、と。
  • ケッタで外国語学院の入り口へ。だれの姿もない。と思ったら、別の一画にいた(…)先生から声がかかる。めずらしく茶色いニット帽をかぶっている。髪の毛を短くカットされすぎて恥ずかしいのだという。カーキのパンツに青色のシャツといういでたちで、ちょっと日本の大学生みたいだ。(…)院长は結局来なくなったという。ほどなくして学生三人が姿をみせる。後部座席が三列ある大型車のトランクに荷物をあずけて乗りこむ。助手席は空き。最後尾の三人席にこちらと(…)さん(あいだの一席を荷物置き場にする)。その前の列に通路をはさんで(…)くんと(…)くん。さらにその前の列に(…)先生と途中乗車の(…)老师。(…)老师は副院长という肩書きらしいが、(…)院长とは違って、呼びかけは普通に老师で問題ないようす。
  • 車内はかなり寒かった。(…)くんと(…)さんは車酔いするタイプらしく、事前に(…)先生さんから薬を受けとっていた。車酔いするタイプであるにもかかわらず、(…)くんは車内で朝飯を食した。それで気持ち悪くなってしまったらしく、高速道路に入るまえのガソリンスタンドの便所で吐いた。その後は気分がちょっと楽になったようすだったが、酔いにくいという助手席にいちおう移動した。(…)さんも酔い防止のために(…)くんと席を交換。後部座席はこちらと彼のふたりで陣取る格好になった。(…)くんはまったく酔わない体質らしく、iPadでよくわからん格ゲーをしていた。こちらも乗り物酔いはまったくしない。チェンマーイからパーイまでのヘアピンカーブだらけの山道を移動するバンの車内でもおなじく乗り物酔いしない(…)とそろって平気で読書していたほどだ(同乗中の西洋人らからは信じられないと驚かれた)。そんな(…)も台風の翌朝に沖縄本島から久米島に移動するフェリーでは便所に閉じこもったし、こちらもあのときはさすがに書見する余力はなかった(気分もほんの少しだけ悪くなった)。今回の移動中はむしろ腹が冷えるんではないかという心配のほうが大きかった。下痢ラ豪雨に見舞われることなどあればおしまいだ。(…)くんのためだと思うのだが、車内に新鮮な空気をいれるために、運転席と助手席の窓はいくらか開放されたままになっており、そこから冷たい風がびゅうびゅう後部座席にまで吹きこんでくる。それで寝巻きとして持ってきていたユニクロのTシャツを一枚追加のインナーとして着た。それでもまだ寒かったので、腹を冷やさないようにバッグをへその前で構えた。
  • しかしそれより先にパスポートのトラブルがあったのだった。じぶんでも本当に信じられないというか、マジでバカなんじゃないかと思ったし、これ場合によってはうっかりじゃすまないミスだぞという感じであるのだが、パスポートを寮に置き忘れてきたのだ。正確にいえば、事前にちゃんと準備はしてあったのだが、iPadを収納するケースのなかにiPadといっしょに収納しておいた、しかしそのiPadを土壇場で必要なしと判断した、その結果パスポートまで置き忘れてくるはめになったのだった。(…)先生が学生らの身分証明書か学生証を集めはじめたところで、じぶんの失態に気づいた。出発してまだ15分ほどだったと思うし、最悪引き返すことのできる距離ではあったが、たぶんなくてもだいじょうぶだろうと(…)先生も(…)老师もいうので、いや最近外国人に対するアレはそんなにいい加減なもんじゃないんだよなと思いつつ、まあ最悪野宿しますよとちょけた。写真とかでもだいじょうぶですかねとたずねると、たぶんだいじょうぶだろうというので、だったらスマホに入っているはずだと思って確認したところ見つからず、それで結局(…)にお願いすることにした。国際交流処に提出したやつが絶対にあるはずだ。授業中かもしれないので電話はせずテキストでメッセージを送った。ほどなくして電話があったので事情を話した。officeのcomputerをチェックしにいくとあったので、いつも迷惑をかけて申し訳ないと平身低頭。仕事だから問題ないとあったが、通話を終えてすぐに今日が土曜日であることに気づいた。つまり、休日なのだ。officeに向かうというのは教室からの移動ではなく家からの移動なのだ。それでますます申し訳なくなったが、うちのcomputerにデータが残っていたと、じきにこちらのパスポートをスキャンしたPDFが届いたので、究極の個人情報たるパスポートの取り扱いすらずさんきわまりないこの国の文化にむしろ助けられたなと思った。(…)はついでとばかりに今回(…)の外に出るための申請書を提出する必要はなかったともいった。休日であれば提出する必要はないというので、ということはこの書類はあくまでも大学に提出するためのものでしかなく、外国人が市外に出るたびにいちいち警察署に提出する必要があるというコロナをきっかけに導入された例の書類はもしかしてなくなったのかなと思った。
  • それからしばらくKindleでBliss and Other Stories(Katherine Mansfield)の続きを読んだり居眠りをしたりして過ごした。小便がしたくなって目が覚めたので、次のパーキングエリアで停止してくれと運転手に伝えてほしいと(…)先生にお願い。10分もすれば到着するとのこと。その時点ですでに(…)に到着していたのだったか? あるいはまだ(…)だったかもしれない。休憩所ではとんでもない量の小便をぶっぱなした。そこではじめて(…)老师とまともに会話した。流暢な英語だったので、あ、英語学科の教員だから英語はいけるんだなと思った。彼女は彼女で、こちらが車内で(…)と英語で通話しているのをきいて、あ、英語通じるんだな、と判断したのだろう。その格好で寒くないかといわれたので、ちょっと寒い、部屋がすごく温かったからと応じると、天気予報を見なかったのかというので、見たけどだいじょうぶだろうと思っていたと返答。(…)に到着すればきっとマシになる、むこうはもっと暑いからというので、出身はどこなのかとたずねると、(…)だとあった。(…)なんとか先生と同じだというので、(…)老师! 对对对! と応じる。(…)先生と(…)くんは煙草休憩。その(…)くんがトランプの束を差し出し、学生とこちらに一枚ずつ引けという。いちばん大きな数が出たら勝ちだというので、これスピーチコンテストの結果の占いということにしようと提案、それで引いてみたところ、学生たちの数字はぱっとしないものだったが、こちらの引いたものがジョーカーだったので、団体一等賞はいただきだなと笑った。
  • 車に乗りこむ。運転手のおっちゃんがみかんを一個ずつくれる。(…)のみかんだという。食う。あまい。卒業生の(…)くんから突然電話がかかってくる。なにごとかと思ったが、日本語で「どういうかな」(というのが彼の口癖なのだ)と言ったあと、ちょっと先生がmissだというので、なつかしくなったんだねと受ける。いまもまだ(…)にいるのかというので、変わらず働いている、しかしいまはスピーチコンテストの会場に向かう車内であるのだと伝えると、ちょうど去年四年生代表としてコンテストに参加していた(…)くんはそこになにかしらのしるしを見たのか、いくらか興奮した口調で、ええー! すごい偶然じゃないか! と言った。いまは故郷の上海で働いているのかとたずねると、肯定の返事。日系企業で日本人の同僚らに囲まれて働いているという。給料は別にそれほど高くない、しかし日系企業であるので土日は休みであるし労働時間もさほど長くはない、少なくとも996ではない、だから満足しているとのこと。京剧の大学院に通っている彼女は来年卒業、そのあとおそらく同棲する流れになるという。(…)省に遊びにいくことも年内あるかもしれないというので、そのときはまたいっしょにメシを食おうと約束。仕事で東京や大阪に出張することも今後ある、それがすごく楽しみだというので、いい仕事が見つかってよかったなぁ、安心したよと応じる。実際、すごくうれしい報告だ。先生とまた会っていろいろおもしろい話をしたい、私は先生のことがときどきmissだというので、ぼくが上海に行くことも今後あるかもしれないし、そのときはかわいい彼女も誘って三人いっしょに食事をしようという。
  • ホテルに到着。入り口のロビーには今回のコンテストのために駆り出されている開催校の(…)大学の学生らしい姿が長机の前に腰かけている。日本語学科の学生であるのかどうかはわからない。ボランティアという名の強制労働者であることは間違いない。パンフレットやノートやボールペンや首からさげるタイプの指導教師の名札などが入った紙袋を受け取る。チェックインの手続きは(…)先生にまかせる。ボランティアスタッフの女子学生らが(…)くんと(…)くんのふたりを意味深にながめていたと(…)さんが騒ぐ。(…)さんはその後も会場でじぶんたち三人より外見のいい学生はいなかったと言ったり、コンテスト当日にもおなじ三年生ではじぶんがいちばんきれいだと思うと言ったり、あるいはコンテスト終了後モーメンツに投稿したテキストのなかでもやっぱり颜值(いわゆる「顔面偏差値」と同義語であるこういう言葉がアイロニーもともなわずふつうに使われている日本社会も中国社会も終わっているなと思うし、おなじ絶望感は年収自慢がやはりアイロニーやひねりもなくベタにパフォーマンスされている——それがコンテンツになりえてしまう——現状にもやはり抱いてしまう、なにも清貧を良しとするわけではない、ただ心構えとして、そして社会的な建前=防波堤として、「外見」や「経済力」というなまなましさには蓋をするのが一種たしなみとしてあった時代の空気をたしかに知るものとして、それらを露骨かつ露悪的にアピールする文化が大衆化してしまっている——外見についていえば、「かわいいは正義」とか「ただし、イケメンにかぎる」とか、そういうミームが流行しはじめた時期が境目だったのではないかと思う——そういう社会の「貧しさ」に息が詰まりそうになる)はわれわれ三人がいちばん高かったと言ったりしており、それもやっぱりアイロニーもひねりもないマジでベタな発言にしか聞こえず、そこに寒々しいものを感じてしまう(それに輪にかけて頭が痛くなるのが、外見のいいほうがスピーチの点数も高くなりやすいという考えが学生のみならず教員のほうにも共有されているという点だ)。ひととして根本的にまちがえているぞと、いま確実に一歩踏み違えているぞと、この手のどこまでも無邪気であるがゆえにこそぞっとする発言を耳にするたびに思う。でもきっと伝わらないだろう。中国ではいま上野千鶴子経由でフェミニズムの嵐が吹き荒れつつあるから(しかし大半は本当に粗雑な理解でしかないが)、いずれルッキズム批判も話題になるのだろうが、こちらが言いたいのはそういうことではない。部分的にはそういうことなのかもしれないが、でもこの違和感はルッキズム批判という現代の政治的な正しさに裏打ちされた価値観ではなく、もっと古い時代に由来する価値観なのだ(だから、否定しつつもそこに隣接するかもしれない概念として、「清貧」などという古い概念が先ほど登場した)。
  • 部屋は21階。あるいは24階だったかもしれない。(…)くんと(…)先生のふたりだけが同室で(喫煙者同士だからか、あるいは、少数民族同士だからか)、あとはひとり部屋。荷物だけ置いて下におりる。近所のレストランまで歩いて向かう。辛くないものもあるという店に入る。中華テーブルに六人そろって着席。大量のおかずをみんなで分け合う。こちらはピータンと緑の葉物がいっしょになったスープみたいなおかゆみたいなものをリクエストしたのだが、これがめちゃくちゃうまかった。この野菜はなに? と(…)くんにたずねると、ききおぼえのない単語。漢字もみせてくれたが、◯菜で、この◯に入る漢字がまったく目にしたことのないものだった。いまは緑ですが成長するとちょっと赤くなりますと続く説明に、あ、(…)のところで(…)がふるまってくれた手料理に使われていた野菜だ、めっちゃおいしいやつだと思い出した。空芯菜とモロヘイヤを足して二で割ったような——と、いま書いてしまったが、いやちがうな、実際はどっちにも似とらんわ。(…)くんはビールを飲みたいといったが、(…)老师から制されていた。
  • いったん部屋にもどる。30分ほど休憩。(…)を出るまえに(…)先生からスタバのペットボトルのカフェラテをもらっていたので少しだけ口をつける。それから先ほどまで乗っていたのとおなじ車で(…)大学の図書館近くまで移動。どうやら車と運転手はこの二日間貸切らしい。到着後、リハーサルが終わったらまた連絡すると(…)先生が運転手に伝える。図書館前の広場には今回のコンテストのためのデカい看板がもうけられている。記念撮影。それから図書館に入る。コンテストの会場になっているホールはそれほど広くない。ちょうどほかの大学の練習が終わった直後だったようなので、学生ら三人を壇上に立たせてマイクチェックさせる。例年マイクの位置と声量を軽くチェックするだけであるのだが、われわれのあとにやってきた学生三人と指導教師(中国人女性)がふつうにスピーチの一部を読んでその発音のあやまりを指導教師が修正するという、リハーサールやチェックではない練習じみたものをたっぷり時間をかけてやりはじめたので、じゃあわれわれも彼女らの順番が終わったらもう一度しっかりやりましょうかという流れになった。しかしこのとき練習していた学生らは発音がとてもきれいだったし、なにより指導教師——太っていて、洒落っ気のないめがねで、長い髪の毛を後ろで適当にたばねていて、どしどし床を踏み鳴らすようにして歩くのだが、そのためにむしろ若くみえるというか、最初こちらは学生かなと思ったほどだ——がめちゃくちゃ熱心に指導していた。そりゃあうちでは太刀打ちできんわなと思った。学生らもしょっちゅう口にしていることだが、一週間毎日スピーチ練習をしているとはいえ、実際に練習になっているのはこちらの担当する二日間だけで、あとはまったく意味がない、担当教員はだれも指導らしい指導などできないのだ(はっきりいって、(…)先生も(…)先生も、それにおそらくは(…)先生も、発音・会話能力・リスニング能力のすべてが(…)くんを下回っている)。
  • あらためてマイクの位置と声量を確認しおえたところで外へ。(…)くんがそれまでもほかの大学の外教がいないかどうかきょろきょろしていてうっとうしかったのだが、外に出てほどなくすれちがったグループのひとりが日本人だと、わざわざこちらにも相手のグループにもきこえるように口にするので、それで先方とあいさつを交わすことになった。若い男性だった。三十代前半くらいだろう。(…)大学で働いているという。(…)ですというので、(…)ですと応じる。(…)先生は学生らを先に図書館内にいかせた。こちらの学生(および(…)先生と(…)老师)も空気を読んでか先に去った。それでふたり10分少々立ち話をしただろうか。いつからいるのかというので、もう五年か六年くらいと応じる。(…)先生はたしか三年ほどといっていたろうか。ゼロコロナ政策まっただなかにこの仕事をはじめた模様。日本人会に所属していないのではないかというので、そういうのがあるとは聞いたことがあるが所属はしていないと応じる。(…)はアフレココンテストにも参加しますよねというので、いまのところそういう話は聞いていないというと、でもすでに受付はあったからといってスマホであれこれ資料を確認するので、もしかしたら運営にもたずさわっているのかもしれない。ほかの大学にも日本人はいるといったのち、何々先生、何々先生……と次々名前をあげてみせるのだが、ひとつも聞いたことがない。どうもコロナ前後で一新されたみたいですねというと、学部卒はダメになったのもちょうどそのころだからといったのち、以前はおじさんとかおばさんばかりだったでしょうと続けるその口ぶりが、学部卒に対しても年長者に対してもやや反感を抱いているようなニュアンスだったので(特に(…)大学の(…)さんが家族のように親しく付き合っていたという前任の女性教諭について言及すると、「六十前のおばさん」「あのひとも学部卒だったでしょ」と、素性の知らない初対面の人間を相手にするにはかなり不用意な言葉を口にするものだから、ややめんくらった)、あ、これはやいとこ言っておかないと相手に地雷踏ませることになるわと思い、まあぼくも学部卒なんでいつクビになるかわかんないですねワハハと適当に受けた。(…)先生が口にした外教のなかで唯一知っていたのは(…)先生だったが、しかし彼もやはりコロナをきっかけに離職したらしい。こちらが(…)に渡った当時はまだ日本でオンライン授業をしているという話だったと記憶しているが。
  • (…)大学、(…)さんという化け物と知り合ったという経緯もあってか、クソ名門校であるという印象だったのだが、名門は名門であるとはいえメインは理系学部らしく、日本語学科のレベルは実にそれほど高くないという。一学年につき一クラスで、学生の数も17人といっていただろうか、そんな状況だからぼちぼち日本語学科が取り潰しにあうんじゃないかという噂も流れているとのことで、うちとおんなじやんけとなった。教員の待遇もよくないという。一年に一度の帰国費用は出ない。うちは給料あがってあがってあがっていまようやく8500元ですよというと、こっちもそんなに変わらないですよという返事。それでいえばこのあいだ(…)と話したとき、(…)先生が大連に移ることになったときにびっくりした、むこうの基本給はうちよりも低かった、名門校なのにどうしてなんだろうと口にしていて、大連は日本人にとって住みやすい街であるし大学も名門としてネームバリューがあるから多少条件が悪くても働きたいという外教がたくさんいるのだろうと適当なことを口にしたわけだが、(…)先生もまったくおなじことを言った。つまり、(…)大学は名門であるので、大学が外教に対してうちで働かせてやるぞという構えでいるらしいのだ。そういう意味では(…)はやっぱり(教員と学生の質は別として)けっこういい環境なのかもしれない。就職率もやはりよくないという。日本人会を通して卒業生らに仕事を紹介しようとがんばってみるのだが、どこもかしこもいらないの一点張り。名門大卒でそれだったらそりゃうちの日本語学科もほぼ全滅するわなという感じ。それから(…)は初任給が15000元だという話もあった。たしか(…)さんが誘われていた大学だ。金はめちゃくちゃいいが、学生のレベルは相当低いと聞いたことがある。いや、あれは違う大学だったかもしれない。
  • 同行者を待たせているので連絡先だけ交換して別れる。先の看板の前でまた記念撮影をする(先ほど撮ったやつはどうも写りがよくなかったらしい)。(…)老师がスマホを落として付属パーツがぶっ壊れる。ホテルまでは散歩を兼ねて歩くことに。(…)大学の后街を通り抜ける(入り口には駅の改札みたいな機械が設置されていたので、現地の学生がカードを通して出入りするその後ろに無理やり続くかたちで突破)。うちの后街とどっちがいいか勝負だと学生らと話す。(…)さんはこっちの后街がいいという。清潔だからだというのだが、こちらから見れば正直目くそ鼻くそというか、どっちもゴミだらけやんけという感じ。(…)先生と(…)老师は車内でもずっとふたりおしゃべりしていたし、この道中もふたりならんでなかむつまじげに歩いていた。そんなふたりの後ろ姿をながめながら、なんかあのふたり夫婦みたいだなと漏らすと、学生三人はこちらがなにかものすごく不謹慎なことを口にしたとでもいうようにびっくりした(そしてその後、爆笑した)。
  • 瑞幸咖啡でカフェイン補給。(…)さんが店でみんなの分を買ってくれているあいだに男子学生ふたりとこちらの三人で屋台の宝くじ売りをのぞく。(…)くんがスクラッチを一枚買う。20元のくじ。20元当たる。中途半端に運を使ってしまったなと笑う。
  • タクシーでホテルにもどる。先着した一台に教師ふたりと(…)くん。もう一台にこちらと(…)さんと(…)くん。ホテルにもどったところで夕飯まで小一時間休憩。足をまっすぐ前にのばすことのできるタイプのソファに腰かけ、VPNを噛ませたスマホでウェブ各所を巡回する。
  • 夕飯の時間になったところで廊下に出る。(…)くんが部屋から出てこない。ノックしても電話しても反応なし。車酔いがまだ完全に治りきっておらず、基本的にずっと不調が続いているふうだったので、たぶん寝ているのだろうとなる。(…)老师は各学校の代表がつどう会議に出席。残った面々で二階の食堂に移動する。移動したところで(…)さんが夕飯のチケットを忘れてしまったことに気づく。それでひとり部屋にもどる。残った三人でビュッフェ形式のメシを食うが、正直全然うまくない、食欲もない。先に(…)先生が席を立つ。しばらくして(…)さんと(…)くんのふたりがやってくる。(…)さんがめちゃくちゃへこんで泣きそうになっている。夕飯のチケットが(…)くんのバッグのなかにまぎれこんでいるかもしれないということで、(…)先生とそろってあらためて(…)くんを起こしにいったというのだが、男性の部屋に入るのはちょっというわけで部屋の入り口で遠慮していると、先に彼の部屋に入った(…)先生から、そんなところでなにをぐずぐずしているのか! と叱られたのだという。これまで一度も(…)先生には叱られたことがなかったというので、もうそんなことは気にしなくてもいいと応じた。(…)さんは(…)先生も結局責任感がないしうんぬんと言ったが、それについてはむしろ(…)くんが釘を刺した、(…)先生は別にふつうだと、よくもわるくも一般的だと、ことさら悪いわけではないと、だいたいにしてそのようなことを言った。
  • 食後は(…)くんの部屋に移動。学生三人のスーツとシャツにアイロンをかける。アイロンをかけるこちらのわきで三人はトランプをはじめたが、こちらがせっせとたちはたらいているわきでじぶんたちだけゲームをすることにやはり気がとがめたのか(こういうときにまっさきに配慮するのは(…)くんだ)、ゲームはすぐに中断された。こちらとしては、コンテスト前夜に一度も練習をしないまま、ようやく手に入れた余暇も遊びに費やしてしまうしょせんはその程度のアレであるから、うちは毎回受賞を逃すわけなんだよなと思うのだが、とはいえ、学生らは別に受賞を強く望んでいるわけでもないのだからあえて急かす必要もあるまいというスタンス(しかし翌日、学生らが実は受賞を望んでおり、かつ、最低でも三等賞にすべりこむことはできるだろうと余裕に思っていたことが発覚し、こちらとしてはけっこう「え?」となったのだった、それだったらもうちょっと日頃からちゃんとやればよかったじゃないか、と)。
  • 代表の会議を終えた(…)老师も部屋にやってきた。(…)先生もくわえて、一回ずつテーマスピーチを通す。それから部屋にもどる。風呂場にはめずらしく浴槽がついていたので湯をためて浸かる。翌日もまた朝がはやいので22時ごろには寝床に移動。(…)先生から連絡がある。(…)、やはりアフレココンテストに申し込みをしているとのこと。日本語学科以外の学生だろう。それから、(…)先生のほうが年上ですから敬語は使わなくてもいいですよとあったが、この感覚がちょっとわからん、大学生くらいの年齢ならまだしも二十代も半ばをまわれば年上も年下も関係なく初対面であれば敬語で話すのがふつうだろうし、その距離感でしばらくやりとりするもんじゃないのかと思う。こういう場面で年上だから敬語を使わなくてもいいというひとは、裏を返せば、じぶんが年長者という場面であればたとえ(ほぼ)初対面であってもぐいぐいタメ口を利いていくタイプなのだという印象を受けるし、そういうタイプには正直あまり好ましい印象をもたない。金沢の少年院上がりの(…)さんにしても殺人犯の(…)さんにしても、初対面の相手に最初からフランクに接することは絶対なかった。彼らにならっているわけではないが、こちらも自然いつからかそうなっている。しかもそういう下手の申し出があったわりには、その後返事として「ういっす」というやたらフランクなアレが返ってくるし、なんかこのちぐはぐな感じ、だれかに似ているなーと思った、外見の雰囲気も含めてちょっと(…)さんっぽいよなーとも当日思ったりもしたのだが(相手の発言にかぶせるようにしゃべるところもそうだし、相手の立場や考えを探る前にみずからが敵意を抱いているらしい対象を不用意にあらわにしてしまうところもそうだ)、これを書いているいまわかった、シェムリアップで知り合った世界一周旅行中の若い日本人の男の子だ、こちらと(…)に同行するかたちで半日だけいっしょに行動した(…)とかなんとかそういう名前の彼だ、休憩のために立ち寄ったゲストハウスの本棚に勝手に本を持ち出したり置いていったりするのは禁止であると日本語と英語で書いてあるのを見て、こういうルールを勝手に作っている沈没組がバックパッカーの旅の醍醐味を壊しているんですよとひとりで勝手に憤慨したあげく、そのゲストハウスにまさに沈没しているらしい別の日本人旅客をとっつかまえて、その相手が実際そのルールをこしらえたかどうかもわからないしそのルールに従っているかもわからないのにものすごい喧嘩腰で相手を難詰しはじめた、その彼のふるまいをなんとなく思いだすのだ。大切な段取りをいくつも抜かしてアレしすぎちゃうけ? という違和感。
  • Bliss and Other Stories(Katherine Mansfield)の続き。Mr Reginald Peacock's DayとSun and MoonとFeuille d’Albumを読む。三作とも和訳ではおそらく読んだことがない(Mr Reginald Peacock's Dayはもしかしたら読んだことがあるかもしれない)。Mr Reginald Peacock's DayはMr and Mrs Doveをちょっと思わせる。シチュエーションおよび関係性こそ異なるものの、弱い男と強い女の組み合わせがまずあり、クライマックスでは前者の弱々しさが破局カタルシスを脱臼させうるほどに花開く。Sun and Moonは小さな子どもが出てくるのがまずいいし(Mansfieldの小説で小さな子どもが出てくるやつはだいたい当たりだ)、酔っ払った両親の常には認められない姿やふるまいを、子ども目線(無垢な下の子=Moonの目線ではなく、分別のある程度つく年頃である上の子=Sunの目線)を通して、なにかしらぶきみでなまなましくおそろしいものとして描くその描き方がやっぱりうまい(しかしふたりの子どもにこんなシンボリックな名前はつけるべきではなかったと思う)。この作品はいかにもマンスフィールドっぽい感じがあるし、翻訳の短編集に収録されていてもおかしくはないと思うのだけど、こちらの記憶によれば、新潮のやつにも岩波のやつにも収録されていなかったはず。Feuille d’Albumは狂っとる。WikipediaにはPlot summaryとして以下のように紹介されている。

Ian French is a young artist who lives alone in Paris. He is very reserved and rarely talks to anyone. He is particularly shy around women and rejects their advances. One day he sees a girl his own age on the balcony of the building opposite his and becomes infatuated with her. He begins to fantasise about her and one day decides to follow her while she is out shopping. He sees her buying an egg in a shop, goes inside briefly after she leaves, and then follows her home. As she looks for her key, he tells her, "Excuse me, Mademoiselle, you dropped this." And he hands her an egg.

 このsummaryに沿って説明すると、《Ian French is a young artist who lives alone in Paris. He is very reserved and rarely talks to anyone. He is particularly shy around women and rejects their advances.》のところは、若い芸術家であるIan Frenchに言いよるwomenの視線に寄り添って(部分的にはその口ぶりすら取り入れて)語られる。そして《One day he sees a girl his own age on the balcony of the building opposite his and becomes infatuated with her.》の箇所は、Ian Frenchの内面から外の世界を透かしみるような位置に語りが設定されなおす(のだが、その内面の変化よりもむしろ彼の部屋から雨降りの外の世界や路上の花売りなどを見下ろす風景描写がやたらと緻密でいいのだ)。で、a girl his own ageを窃視し、彼女との暮らしを幻想したあげく、ついには彼女に声をかけるべく行動にいたるくだりが続くのだが、買い物に出かけた彼女の後を追い、その彼女が帰宅するまぎわ、《As she looks for her key, he tells her, "Excuse me, Mademoiselle, you dropped this." And he hands her an egg.》というところで小説は突然終わる。この部分だけ読むとほとんどクソくだらんアメリカンジョークみたいなオチになっている。たまごは落とせば当然割れる、しかしシャイで不器用で若干テンパっている彼はそんなことすら考えることができず落としたたまごを拾ったというていで相手に声をかける、そしてそれがオチであることを強調するようにして小説はそこで断ち切られる(ラカンの短時間セッションにならっていえば、この区切りは「オチ」という意味を産出する区切りだ)。なんやこれはと思う。短編にもかかわらず語りのポジションやトーンがやたらと切り替わるし縮尺率も変転するし、すばらしい風景描写が重ねられていくかと思いきや、すさまじくくだらないジョークみたいなオチがオチとしてきわだつかたちで取り入れられているし、全体的にとにかくミスマッチでアンバランスでお世辞にも巧い小説とはいえないのだが、だからこそこの「失敗のかたち」に鉱脈を見たくなる。少なくとも普通の小説では全然ない。