20231214

 ドゥルーズが批判するように、制度や中間集団、文化が消失し、さまざまな事態を瞬時のコミュニケーションによって処理する「コミュニケーション社会」では、人々の交通を妨げている物理的・社会的障壁が消失して人々がダイレクトにつながるのではなく、人と人とを現実につなげている文化や社会的システムが排除され、むしろ人々は、逆に不信と敵対の関係に陥ってしまう。
 人と人との関係は、あとで見るように、愛憎が背中合わせで張り付いている。幼児はこの矛盾的様態を克服して大人になっていく。この矛盾はその後も持続する。が、それを名指したり、鎮めたりする文化が、人々にこの困難な無意識的感情についての認識を与え、人々を支えていく。
 しかし今、この無意識的なものを表象する文化が排除されつつある。それゆえ、再帰的社会の中で排除された、無意識を表象する文化を再構成することが求められている。
樫村愛子ネオリベラリズム精神分析――なぜ伝統や文化が求められるのか』より「はじめに」 p.26-27)


  • 8時から授業だったので早起き。外国語学院の6階に移動し、となりの教室にいる(…)先生に(…)さんからもらったオレンジ10個ほどを渡す(スピーチコンテストの会場でもらった紙袋に入れて渡した)。授業は二年生の日語会話(三)。「(…)」第4回目。授業冒頭に今後のスケジュールについて確認。「期末テスト(テーマトーク)」を実施するかいなかについて。(A)実施しない(成績は「(…)」のみでつける)(B)実施する(成績は「(…)」が40%、「期末テスト(テーマトーク)が60%)(C)希望者のみ実施する(成績は「(…)」「期末テスト(テーマトーク)の評価の高いほうを100%として採用する)の三種類のプランについて説明。学生らのあいだで話し合って決めてほしいとお願いする。
  • 今日「(…)」を発表したのは(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)さん、(…)くん、(…)さん、(…)くん、(…)さんの計10人。(…)くんひとりだけがあまった。彼は来週発表。授業終わりに投票アプリの結果を学習委員の(…)さんが見せてくれたが、やはり大半の学生は「期末テスト(テーマトーク)」を実施する必要なしという意見だったので、ひとまずその方針でいくことにする。その場合、運動会の分の補講も必要ないということになるので(いや、本来は補講は義務であるのだが!)、来週の授業が最後ということになる。(…)くんの発表のあとはずっと自習というのもアレなので、なにかしらゲームを用意しておくべきだろう。
  • 休憩時間中、(…)くんがスマホを持ってあらわれた。嫌な予感がした。そしてその予感は的中した。日本在住の中国人インフルエンサーが中国人お断りの張り紙を貼っている店に突撃した動画について、その店の店主がなんといっているか聞き取れないところがあるので教えてほしいという。そうしてその場で動画を再生しようとするので、こういうのをひとがたくさんいるところで見せるなと何度もいったでしょうと注意したところ、これはいわゆる敏感なニュースではなく中国国内のネットでもバズっているというので、そういう問題じゃないんだよとかなりイライラしながら応じた。学生とこちらとのあいだにはトラブルや議論になりかねない話題についてはおたがい言及しないという暗黙の了解が成立している。コロナについても、処理水についても、きのうの南京事件記念日についても、それらについて学生からこちらに直接なにか意見をもとめてくることはない。おたがいがおたがいに相手の敏感なところには触れないようにしている、突けばトラブルが生じかねない話題については括弧に入れる、棚上げする、そうすることで暫定的に成立する関係をまずは慈しみ、はぐくみ、そうして一種の信頼関係が成立したところではじめてその手の話題におそるおそる触れる、そういうのが真っ当なことのなりゆきである(こちらと(…)くんの関係自体、実際そういう経路をたどることで成立したものであったはずだ)。しかし(…)くんはその括弧を公衆の面前で外そうとする、棚上げしたものをおろそうとする、そしてその暴力性についてまるで無自覚でいる。暗黙の了解を堂々と無視するようなふるまいをとれば、周囲にいる学生たちも同様にその了解を尊重しなくなる可能性がある(というより棚上げというポーズをとることが不可能になってしまう)、そうなった場合の顛末を少しでも想像してみろという話なのだが、彼はたぶんそういうところがまったく理解できていない。(…)くんは政治についてかなり強い興味をもっているが、対人コミュニケーションにおいて発生する政治性についてのセンスはマジでゼロだ。授業が終わったあと、ほかの学生がいなくなったところであらためて同様の質問を受けたが、正直こんな動画なんてみたくもない、ネトウヨと小粉红なんてとっとと共倒れしてくれとしか思わない。それでもいちおう動画内で日本人店主が話す言葉に耳をかたむけてみたが、二度三度とくりかえし聞いてみても、なんといっているのかよくわからない。だからわからないと正直に答えた。(…)くんは納得いっていないようすだったが、マジでどうでもいい、こんなものに時間をつかわせるな。
  • (…)で食パンを買った。さらにセブンイレブンで弁当とおにぎりと細巻きを購入。帰宅して細巻きと弁当を食す。二年生の(…)さんから微信。さきほどの授業中にこちらがつけている成績表がちらりと目に入った、じぶんの欄にBという文字がみえた、自分としては成績は「優」であるという自信があったのでちょっと聞いてみたくなった、と。「食レポ」の採点は全部で七つの項目からなっている、(…)さんについては発音の項目のみB+でそのほかはすべてAとなっている、成績についてはのちほど細かく計算をして算出することになっているが、そうした計算なしでもまちがいなく「優」であると現時点ですでに断言できる学生は10数人いる、そして(…)さんについてはそのうちの一人であると説明。
  • 食後、ベッドで二時間ほど昼寝。その後、二年生の(…)さんに微信。期末テストを実施するかいなかについて相談。ごくごく少数であるが、テストの実施をのぞむ学生もいるようだったので、原則として期末テストは実施しない、しかし希望者は好きな日程にテストを受けることができるという方針にすることに。期末テストを受けない学生の成績は「(…)」(100点満点)で算出、期末テストを受ける学生の成績は「(…)」(40点満点)+「期末テスト」(60点満点)で算出すると決めて、クラスのグループチャットに通知。のちほど(…)さんから「(…)」の点数を知りたいというメッセージが届いたので、(…)さんと同様、現時点ですでに「優」であることが確定していると返信。
  • (…)さんがクラス内で投票を実施したのはたぶんqqだと思うのだが、そのスクショに映りこんでいた彼女のアイコンが『葬送のフリーレン』の勇者ヒンメルのようだったのでたずねると、肯定の返事。大好きなのだという。『Re:ゼロから始める異世界生活』というアニメを知っていますかというので、通称『リゼロ』というやつだな、見たことはないけど名前だけは知っていると応じると、日本では36巻が発売されたが中国語にはまだ翻訳されていない、しかるがゆえに「私はアプリで困難に読みました」とあって、これってもしかして日本語版で読んだということだろうか? だとすれば、なかなかたいしたもんだ! (…)さんはその『リゼロ』に登場するエミリアというキャラが大好きなのだという。(…)のイベントで今度コスプレするつもりだというので、(…)さんに続けてクラスで二人目のコスプレイヤーの誕生だなとことほぐと、(…)さんはフリーレンのコスプレをするという。そして(…)さんを含む三人でイベントを楽しむ予定だというので、(…)さんもコスプレするのか! とちょっとびっくりした。(…)ではしょっちゅうその手のイベントが行われているらしく、ちらっとイベントスケジュール的なアレを見せてもらったのだが、クリスマスも年末年始もイベント開催予定となっていた(三人が参加するのはたぶんそのどちらかだろう)。
  • 夕飯は第五食堂で打包。食後、シャワーを浴び、きのうづけの記事の続きを書いて投稿。来週の二年生のテストではクリスマスプレゼントを賭けたゲームでもするかというわけで淘宝でクリスマスカラーのプレゼント袋を購入。セブンイレブンで適当なおかしを買って詰めて、ゲームの勝者にプレゼントするというアレにすればいい。もちろん、なかにはハズレの景品もまぜる。切れた乾電池とかボロボロの靴下とかいらなくなった教科書とか、ちょっといろいろ考えてみたのだが、冗談が通じずマジでガッカリされかねないので、去年国際交流処からもらったサンタクロースの帽子でいいかとなった。
  • ウェブ各所を巡回し、一年前の記事と十年前の記事を読み返す。以下、2022年12月14日づけの記事より。

「統計局でずっとやっていくつもりなのかい?」父が尋ねた。
「わからない」私は答えた。「まず今現在やりたいと思っていることをやり終えたら、それから考えてみる」
「正直に言うと」父は一瞬躊躇してから続けた。「ちょっと意外だったんだ」
「自分でもそう」私も言った。「でもね、ある日突然夢の中で自分が何をしたいのかがわかったの」
「どんな夢だって?」父は興味を持ったようだった。
「といっても本当に夢の中でというより、半分眠っているような状態の時に思ったことだけど」私は言葉をきって思い出そうとした。「つまり考えてたのは、人の理性はどう定義されるべきか、どうするのが理性的な選択になるのかということ。その後わかったんだけど、人の理性的選択というのは、目にしたものすべての中で最も合理的に見えるものを選択してそれを信じること、それから目にしたあらゆる方法の中で最も理智的と思われるやり方でそれを行うこと。このプロセスの中で一番大切なのは、実はどうやって選択したかということではなく、何を見たかということ。たいていの問題は見たものが少なすぎることから来ているとね」
 父はしばらく考えていたが、また尋ねた。「それで?」
「閉鎖的な村があって、誰かが病にかかった時に、病気の原因は一つ、つまり悪魔に取りつかれたからだと言われた場合、その村人が悪魔祓いを選択するのは理性的か否か。理性的でしょう。なぜならその人は、病気は悪魔に取りつかれたからだという解釈しか知らないのだから、選択肢は『悪魔祓いをする』か『そのまま病にかかったままでいる』かしかないし、その中で、『悪魔祓い』を選択するのは相対的に合理的なものでしょ。もし今二種類の解釈を知っていて、その一つが『悪魔に取りつかれた』でもう一つが『血液が変質したので、瀉血する必要がある』だったなら、後者がどれだけ馬鹿げて見えようとも、『悪魔に取りつかれた』より少し合理的に見える瀉血を選択するというのも理性的でしょ。人の理性は全くその視野如何にかかってる。どんな選択にもその背景には必ず一つの物語があって、一つの世界観があるはず。光と闇の戦いから、天国と地獄とその間にある煉獄、輪廻の中のある地点、それからピラミッド状の階級闘争にいたるまで、どれもが描かれた一枚の絵図。もしその一つの絵図のことしか聞いたことがなければ、その聞いたことに従って事を進めるのが理性的ということ。ほかの人間には狂っているようにしかみえなくてもね」こう一気に話したところで私は少し混乱したので、一度口を閉ざし頭を整理し、それからまた話をつづけた。「時々思うんだけど、この世界には『真相』なんていうものはなくて、あらゆる『真相』は実はある種の描かれた絵に過ぎないんじゃないのかって。その後に思ったのは、それがあるか否かにかかわらず、『真相』は自分で見つけることはできるということ。もし『真相』があるなら、それを見つける。もしないのなら、できるだけ多くの絵を集める。その絵を全部みんなに見てもらえたなら、たとえそれが真相でないとしても、一枚だけの絵を見せるよりはずっといい。これが私がやろうと決めたこと。できる限り多くを皆に見せること」
(郝景芳/櫻庭ゆみ子・訳『1984年に生まれて』)

  • 以下は2013年12月14日づけの記事より。クソ笑った。この日のできごとはよくおぼえている。

(…)さんがへそのやや下方ちょうど両脚の付け根のあたりにある腰骨かなにかのでっぱりの部分が黒ずみはじめているのを見てここ数日ずっと皮膚ガンかなにかではないかと気が気でなかったらしいのだけれど、黒ずみの正体が仕事で着用する前掛けの結び目かなにかで圧迫されてうんぬんみたいなどうでもいいアレだったのが発覚してとたんに元気になったという話をみんながしていたので笑って、黒ずみっていったいどんなふうになってたんすかといって実物を見せてもらったのだけれど黒ずみよりも(…)さんのへそのほうが気になって、でべそというのではないんだろうけどなにかへその窪みの部分がすべて埋まっているように見えたものだから(…)さんなんすかこのヘソどうかしたんですかと問うと、いやーえへへといいながら歯のない口をあけて白髪をぼさぼさ掻いてみせるのではてなと思っていると、これね、若いころにね、撃たれたんや、とあって、最初は下手な冗談かなにかいってるのかと思ったのだけれど冗談にしては(…)さんがマジ照れみたいな表情を浮かべているので、いやいやマジでいってるんすか、撃たれたって拳銃でってことっすか、と続けて問うと、いやこういうのいうとなんか自慢しとるみたいやろ、やしワシ言いたくなかったんや、とますます頭をぼさぼさやりながら照れ笑いを浮かべてみせるのでこれってヘソじゃないんですかといいながら(…)さんの着用しているTシャツをさらにがばっとめくってみるとじぶんの想定していたよりもずっと高い位置にへそがあって、そのへそはもちろんくぼんでいたわけだけれどじゃあそのさらに下方に位置するこのヘソらしきものの正体はとなったところで、(…)さんマジで!!!!とクッソ驚いた。被弾の一件については(…)さんも(…)さんももちろん初耳で、どこの組と揉めてたときの話ですかと(…)さんが具体的な名前をいくつかあげながら問うと、いやいやそんなんちゃうねん、弾がな、入っとらんいうさかい、だれも入っとるて思うとらんかったさかいな、ここからちょうどそこ、そやな、(…)くんのおるくらいの距離やな、そこくらいからまあためしにこう撃ってやな、そしたらまあ(銃痕を指さしながら)こうや、という話で、要するに仲間内でふざけていた結果としての事故だったらしいのだけれど、痛かったですかという(…)さんの質問にたいして、いや痛いっていうよか熱ッ!って思うたな、熱い熱いッ!ってなったわ、というクソリアルな返答があったときにはさすがに腹を抱えて笑った。銃は空気銃かなにかを基にした改造銃だったらしくそれだからたいしたことはないと(…)さんはいっていたのだけれど銃痕はあきらかにたいしたことがあり、こんな立派な傷跡こしらえとる男見んのぼくケンシロウ以来っすわと告げると(…)さんが口にふくみかけたコーラを吹きかけた。

  • ちなみにこの怪我の治療のためにおとずれた病院で(…)さんは、どうしたんですかなにがあったんですかと問う医者に対して、どうしたもクソもあるかい! ええから黙って縫え! で押し通した(後日そう聞いたおぼえがある)。
  • 20時になったところで約束通り通話開始。まずは(…)さんと(…)さんとこちらの三人(その後遅れて(…)さん、(…)さんも合流)。どうもごぶさたしとりますとあいさつしたのち、(…)さんの現状についてたずねる。介護の仕事をしながら元教え子の彼女と同棲していると聞いているがというと、訪問介護の仕事を一年ほど続けていたがいまはやめて無職との返事。のちほどあらためて詳しく語られたそのあたりの事情についても先に書いてしまうが、東京で家賃16万円のとても住みやすい物件に彼女と家賃を折半して同棲中。彼女は来年に院を卒業して日本で就職する予定。もしかしたら結婚の話も出るかもしれないので、そうなった場合は主夫も悪くないかなと考えているとのこと。大学院で日本語教育について学んで修士をとるという計画についてはあくまでも消去法の果てにある選択肢とのことで、積極的にそうしようという気分ではない。中国にもどるつもりもいまはない。もどるとしても三年か四年は先になるかもしれない。(…)さんはもともとVPNすら使用せずに中国で暮らしていたわけだが、ゼロコロナ政策およびロシアによるウクライナ侵攻を受けて情報がまともに入ってこないという恐怖をはじめておぼえ、それでメンタルを病んで帰国したという経緯があるのだが、情報がまともに入ってこないのはコロナ以前からずっとそうであったわけで、けっこういまさらなアレだなというのが率直な印象。じぶんが好きだった中国といまの中国は全然違うというので、いやでもこちらが初入国した時点ですでに相当——と書いていて気づいたのだが、(…)さんはこちらよりも四年か五年ほどはやく中国に渡っているのだった。そうであればたしかにはじめて中国の大地に足をつけた当時といまとでは肌感でもけっこういろいろ異なるのかもしれん。
  • (…)さんについて。現在(…)だったか(…)だったかの院でジェンダーについて学んでいる。非常勤講師としては(…)大学、(…)大学、(…)大学、(…)大学などで働いているが、さすがに仕事と研究の二足の草鞋がしんどくなってきたので、今後は仕事のほうを減らす予定。(…)大学の仕事はすでにやめた。トラブルがあったらしい。事務所の女性スタッフが引き継ぎ用の文書に(…)さんのことを中国人だから協調性がないというような文言を書き残したのだという。明確な差別。それで(…)さんがこれは差別ではないかと訴えたところ、派遣されていたという当の女性は解雇という処分になったものの、肝心の大学のほうからは謝罪などは一切なく、それでもう終わったでしょう? 片付いたでしょう? という態度をとられたとのこと。クソ胸糞悪い話だ。それで(…)さんはひととき心療内科に通ったという。大学をやめるまえには関係者の前で大学の理念について言及し、自由だの公平だの書いてあるのにどうしてこんな仕打ちをするのだと訴えたという。
  • 結婚後まだ故郷には一度も帰っていない。しかし中国自体には、たしか今年のことだったと思うが、学会の関係で山東省を訪れたという。中国に本帰国するのもありなんじゃないですか、案外そっちのほうが合っているかもしれませんよと(…)さんがいうので、そういう可能性を検討したこともあるんですかとたずねると、あのひとがいるかぎりは帰国しませんねという返答。すぐにピンときて笑ったが、ほかの面々はだれも理解していないようすだったので、微信で名前を出しちゃいけないあのひとですよね、中国のボスですねと遠回しに言及すると、それでみんなわかったようだった。以前モーメンツで故郷の党幹部が(…)さんの家族のもとに(…)さんの素性をチェックしにきたという話を投稿していた件についてたずねると、だいたい三年か四年置きにそういうのがあるらしい。しかし(…)さんはもちろんスパイ活動に従事しているわけではないし、研究内容もいわゆる「敏感」な領域ではない。さらにじぶんと同様海外に在住している友人らのもとにそういうチェックが入ったという話も聞かない。だから全然納得できないという。なんとなくだが、お上の命令ではなく、農村でイキっているクソ愛国主義者が上に忖度して勝手にやっている行為なんではないかという印象を受けた。モーメンツといえば、処理水の件であれこれうるさく連絡をよこす友人知人らに相当嫌気が差したのか、刺身の画像を堂々とのっけておれは食うぞと宣言していた件について、あれで身内や友人とトラブルになったりしなかったのですかとたずねたところ、コメント欄で反論してくる人間はひとりもいなかったという返事もあった。
  • (…)さんについて。いまは東京で仕事をしている。しかし関西にもどりたいという気持ちはあるらしい。また、友達以上恋人未満の年上女性がいるという話もあったので、これには驚いた。(…)さんはたしか学生時代に一度付き合った恋人がいるきりで、その後はずっと独り身だったはず。すでに告白もしているらしいのだが、相手からは慎重に考えたいと言われているらしい。朝まで電話することもあるというので、十代みたいな恋愛じゃないですかとみんな大笑いした。とはいえ、(…)さんのことを上から目線であれこれ言える立場ではないじぶんであるし、まあぼくも似たようなもんですけどというと、(…)くんいつも思うんだけどどうしてひとりで平気なのと(…)さんに驚かれた。(…)くんその気になったら余裕でしょ、学生でも全然いけるでしょ、と(…)さんからも例のごとく探りが入ったが、こちらからすれば、(…)さんや(…)さんのようにずっとひとりでいるとさびしくなってしまうというその感性のほうがむずかしい。本当に理解できないのだ。
  • 本題の(…)さんについて。気持ちはやはり(…)行きに傾いている。来年三月からの新学期にそなえて渡航準備を進めるようにと大学側からも言われているのだが、たちあげたばかりの職場の主任というポジションをこれからというタイミングで捨てることに罪悪感もある。それでどっちつかずになっている。これから先もずっと日本語教師として食っていくという展望があるのであればキャリア形成も兼ねていまの職場に残ったほうがいいというのがこちらの意見。(…)さんはまずまず金遣いが荒いが、将来的には結婚したいという願望もある、そうであればやはりがっつり稼げるいまの職場にとどまって貯蓄したほうがいい。それにくわえて世界情勢の問題もある。いま中国に渡り中国で生活することのリスクがないなんて口が裂けても言えない。だから様子見もかねてもうしばらく国内にとどまったほうがいいのではないか——というのが、前回彼と通話したときに語った内容であるのだが、今日はそれにくわえて、中国国内における日本語教師の展望のなさについても語った。こちらの勝手な予想だが、今後五年以内に(…)もふくむ中堅大学の日本語学科の半分ほどが閉鎖されるんではないか。政府がまず今後は理系の学部にリソースを注ぎ込むとはっきりと表明しているし(同時に外国語教育に注ぎ込むリソースを減らすとも表明していたはず)、去年から今年にかけてのAIの台頭という問題もあるし、日本経済の衰退にともなう日本語学習の需要減少という問題もある(中国の学生たちは総じてかなりプラグマティックに物事をとらえるので、就職の役に立たないものをわざわざ勉強しようとする物好きは少ない)。いまはうちの大学のように、年々増える大学入学者をわりふるための受け皿としてのみ日本語学科を延命させているところもあるだろうが、少子化にともなって大学入学者数もこれから減少するだろうし、そのタイミングでバタバタと閉鎖するのではないか。最終的に生き残るのは大連外国語大学や北京第二外国語学院のようなもともと日本語教育で名の知られている大学だけになり、外教もいまのように四大卒であればオーケーみたいなゆるすぎる条件ではなく最低でも修士、場合によっては博士というのが前提になるだろう。日本語教師という仕事にこだわるのであれば、海外よりもこれからはむしろ国内のほうが主戦場になる。いま現在でも留学生や実習生などが急増して現場では人手不足が問題になっているが、これから先移民の数がますます増えていくにつれて、両親は日本語をあやつることができないが子どもは日本で生まれ育ったという二世の困難が社会問題として浮上してくるだろうし、そうした問題を解決するためにやはり日本語教師がもとめられる場面は増えてくるだろう。そうであるから、仮に日本語教師を一生の仕事にするつもりでいるのなら、いま中国に渡るよりも国内で主任というポジションを与えられている現状でひとまずキャリアを積んでおいたほうが、のちのち武器になるんではないか——というようなことをだいたいにして語った。めちゃくちゃすごい説得力だねと(…)さんがいうので、いやまあぼくの完全な予想ですよと応じたが、中国国内のはっきり言って多すぎる日本語学科がこれから先ガンガン閉鎖されていくだろう道筋は正直かなり固いと思う。実際、これはのちほど(…)さんから聞いた話であるのだが、彼が勤めていた(…)大学の日本語学科も今年新入生の高考のスコアがびっくりするほど低下したらしい。卒業生からは以前の大学とはもう別物ですよと聞かされたという。(…)さんの時代はむしろ外国語専攻がいちばん稼げると言われていたという話があった。それがいまは新入生のあいだでいちばん不人気なのだ。政治思想専攻も同様だ。(…)さんの時代はだれも大学でそんなものなど学びたいと思っていなかった、もっとも不人気な専攻だったが、それがいまや大人気なのだ。これについては愛国教育うんぬんによる直接的な変化というよりは、どこの学校にも政治思想の授業はあるので教員としての口が多数ある、それにくわえて公務員にもなりやすいという事情によるものだろうと(…)さんはいった。つまるところ、やっぱりプラグマティズムなのだ。
  • (…)さんは日本語教師うんぬんというよりもやっぱり中国での生活が好きなのだといった。いまのように月曜日から金曜日まで残業する生活はしんどい、と。もっと気軽に働きたいという。それだったらもうはやいとこ中国に渡ったほうがいいかもしれないですねといった。修士号も博士号ももっていないわれわれのような人間はそう遠くないうちに切られるでしょうしいまが最後のチャンスかもしれませんと続けると、渡るにしても来年の三月からではなくその次の学期すなわち九月からにすればどうかと(…)さんが提案した。それだったらいまの職場の引き継ぎうんぬんもきちんと終えることができるんじゃないか、と。(…)さんはひとまずくだんの大学の責任者に電話して九月からにしてもらえないか相談してみるといった。
  • (…)さんも(…)さんもこちらの生活を知りたがった。現地で生活する人間の実感としてやはりいろいろむずかしくなっているのだろうかというのだが、そもそもこちらは象牙の塔の内側にひきこもって暮らしている人間であるので目にみえるような大きな変化を感じることはそれほどない。ただコロナ流行時に導入された外国人の追跡システム(こちらの場合であれば(…)外で24時間以上過ごす場合、外国人の居場所を追跡するシステムの搭載されていない安ホテルや民泊や友人宅に宿泊するのであればその地域の警察署に申請をする必要がある)は流行が終わったいまもそのまま運用されている。外にめったに出ないこちらにはわからないが、人民らの外国人、とくに日本人に対する視線も以前より敵対的になっていることだろうはもろもろのニュースやネットの反応などを見るかぎりやはり否定できないし、学生らも若いころから愛国教育を受けている世代が次々入学しはじめている。VPNを使っている学生の数なんて目にみえて減ったし、愛国系の投稿をモーメンツにする学生も増えたし、処理水放出のときなんてなかなかすさまじかった(どうせゼロコロナとおなじで一年後にはみんな忘れてるんだろうなと思いながら投稿を見ていましたがというと、(…)さんは大笑いした)、総じて戦時中の日本というのはこんなふうだったんだろうなという印象を受けるといった。夏休み前にのったタクシーであからさまなヘイトを向けてきた運転手の件について話すと、(…)さんも(…)さんもかなりびっくりしていた。そんな目に遭ったことは一度もないというので、学生たちはわりとしょっちゅうそういう嫌味を言われるらしいですよ、日本語を勉強しているというだけでおまえたちは中国人なのにどうして日本語なんて勉強するんだって、そういうことは頻繁にあると聞いていますよと受けた。
  • そういう状況で(…)くんはこわくないのと(…)さんはいった。生活のなかで怖いと感じることはまずない、そもそもじぶんは何度もいうように生活が大学内で完結している人間だから、しかし(…)さんのようにしょっちゅうあちこち出歩くタイプの人間にとっては以前よりかなり肩身の狭い思いをしなければならないかもしれないと応じた。こわいのはもっと巨視的な情勢のほうだ、微信ではあまりはっきりということができないが、あそことあそことのあいだで戦争がはじまった場合、この国にいるじぶんが人道的な救済措置の対象としてあつかわれるとはとても思えない、そういう意味ではけっこう敏感になっているしぼちぼち潮時かなと感じることも多いと続けたのち、じぶんはこれまでじぶんから仕事をやめたことがない、毎回職場が潰れるのをきっかけに仕事をやめている、そういう意味で(…)の日本語学科もぼちぼち閉鎖してくれないかなと考えることがある、そうなってくれればむずかしい判断を下すというコスト抜きで帰国することができるのでというので、みんな笑った。でもこれはけっこう正直な本音なのだ。
  • 通話は100分ちょっとで終わった。今回はめずらしくこちらがメインで話した。日頃クソみたいに簡単な言葉でしか会話することのできないそのストレスみたいなものがもしかしたら多少はあったのかもしれない。通話を終えてから今日づけの記事を書きはじめたのだが、途中でカフェイン切れのときのような頭痛になぜか見舞われた。それでいったんベッドに移動して横になった。楽になったところで夜食だけとり、日記の続きは明日片付けることにして、とっとと寝ることにした。
  • 今日は 『Wuhan Wuhan』(花伦)と 『Tempus』(花伦)をききかえした。前者のほうがミニマルっぽくていいな。