20140621

(…)それから私は、長兄のもとに善後策を相談に行った。長兄は実父に随って、若いときから鉱山の売買いや、自称特許品の泡沫会社をつくったり、つぶしたりで、一攫千金の夢を追うことで半生を費した男だ。富士見町で芸妓屋をしていたこともあったし、上野広小路で青島牛肉をもってきて、楽隊囃子で売出していたこともある。しゃべりたがらないのではっきりしたことはわからないが、北朝鮮の山のなかの洞窟で、父といっしょに、子分三人と、外国の贋造紙幣の印刷をやって、事露顕して官憲から追い廻されたこともあったそうだ。当時は、娼妓あがりの細君と、大久保百人町に住んでいた。百人町は、旧幕時代百人の同心が住んでいたのでそれが町名になったのだそうだが、同心が薄給なので植木を栽培し、躑躅(つつじ)の名所として、江戸の貴賤が群集した。その頃の名ごりで植木屋が多く、長兄夫婦も、その植木屋の別棟を借りて住んでいた。入口に大きな青石や、赤石がごろごろしていた。私が、久しぶりで訪ねると、鼻にコカインをさして、ぐすぐすいわせながら、「しかたがない。逃げるといいや。かえったら早速、嫁と伜を、こちらへよこしなさい。連中にはなにも知らせないほうがいい。寝しずまってから人をやるから。それまでに、家財を仕分けしといておくようにな。その男によく手筈をさせる。そんなことには物馴れた男だから、心配ない」と、簡単に引きうけてくれた。日頃は、やくざな兄をもっていることが肩身が狭いおもいがしていたが、そんなときに限ってはたのみになった。(中略)この長兄は、その後印鑑偽造詐欺事件の首謀者として手配され、十年の時効を逃げおおせはしたものの、黒眼鏡をかけた日蔭もののくらしと、麻薬の中毒で、心身ともに鬆(す)のようになり、戦争ちゅう信州の戸倉の疎開先で、頭がおかしくなって死んだ。
金子光晴『どくろ杯』)



 4時半起床。頭が朦朧として重かったが、えいやっと跳ね起きた。歯ブラシを水場に置き忘れていたらしいので、歯磨き粉を片手におもてに出てからうっすらと青い外気のなかで歯を磨きながら新聞配達の自転車が路地をぬけていくのを間遠にながめた。顔を洗ってから部屋にもどってストレッチをし、パンの耳2枚とホットコーヒーの朝食をとった。一昨日付けのブログと昨日付けのブログをまとめて更新した。それから一年前の日記を数日分まとめて読み直した。2013年6月20日には来日一ヶ月前のSと長々とスカイプしたのち、彼女に完全に惚れこんでいるとの実感を書きつけている。恋の多幸感にぶるぶる震えているのが記述を介してありありと伝わってくるのであるが、それにたいして一年後の現在、別の予感にぶるぶる震えていてなんだこの人生は!夏にはいつもなにかが起きる!
 すべて片付けると6時だった。作文するつもりだったのだが、これでほとんど時間をなくしてしまった。しかたがない。7時すぎまで改稿に取り組んだ。沖縄・異国語・Sとの交際にまつわる断章群。このあたりの記述は全体的にたるんでいるので削除するか全面改稿するかしないといけない。マイナス1枚で計252枚。改稿番号は192番まで。
 8時より12時間の奴隷労働。予想通りの激務。もうどうしようもない。清掃員が四人そろっていてもまったくもって太刀打ちできない客入りである。むごい。見ていて気の毒なので、来週の土曜日は清掃員として出勤すると申し出た。来週は日曜日と金曜日を本来のポジションで、水曜日と金曜日と土曜日を清掃員として出勤する。休みは火曜日と木曜日の週休二日制というわけで、じつにまともなフリーターである。再来週となるとどうなるかはわからない。はっきりいってまったく期待してはいないけれどもふたりがもどってくる可能性もなきにしもあらず、そうなったら以前のとおりのシフトに復帰するわけであるが、そうでない場合はあたらしい人員を募集して採用しひととおり研修をすませるまではやはり不定期のヘルプとしてたびたび出勤することになるだろうとすでに覚悟を決めている。とはいえいったいどこまでじぶんの気力がもってくれるのかははっきりいって未知数である。今日の朝にしたところでわずか一時間足らずで作業を中断して出勤せざるをえなかったわけで、往路にははっきりとフラストレーションを感じた。出勤することはする、ただし出勤日は早起きして執筆のための時間を設けるつもりだから(そんなふうにガス抜きしないとまた頭がおかしくなる!)基本的に寝不足ということになる、眠気にさいなまれたときのじぶんの頭のめぐりの悪さについては知ってのとおりである、ゆえに百パーセントのコンディションでは勤務できないことになるがそれでもかまわないか、とEさんBさんにたずねると、かまわない、というかおまえはだいたいいつも寝不足ではないかという返答があったので、いよっしそれじゃあそれ相応に気張ってみせようと覚悟が決まった。来週火曜日には職場にポリスがやってくることになった。そのときにぶっちゃふたりはどうなるのかと駄目もとでたずねてみるとEさんはいった。きのうネットでちょろちょろ検索してみたのだけれど、拘留期間が延長されたということはどうもふたりの供述に食い違いが生じているということなのではないか。あのふたりのことであるから下手に嘘をついて見破られまくっているとも、あるいはおたがいに責任をなすりつけあっているとも考えられる。
 昼飯をコンビニに買い出しにいったEさんがお土産に若かりしころの愚地独歩が主人公のバキの外伝コミックスを買ってきたので爆笑した。最近下腹のぽこんと出てきたEさんはこれを読んで筋トレにはげむのだといった。昼飯を食べ終えてからぺらぺらめくっていたのだったが、そのあたりからひっきりなしの客入りがはじまりとても内職をする余裕などない怒濤の昼下がりとなって、勤務時間を終えるまぎわにようやく読み終えることができた。とちゅうで本社の人間、というか社長の弟がやってきたのだが、手伝うといってくれたはいいもののかえって足手まといで、というか肩でぜえぜえ息をきらしながら上からおりてきた同僚らを目の当たりにしておきながら彼らに席をゆずることすらせずだらだらにやにやとおしゃべりにうつつをぬかしているものだから猛烈にイライラしてしまって、かつそのイライラをはっきりとした敵意の態度にあらわしてしまったので、あとでEさんにたしなめられた。ああいう気遣いのできない人間をみると我慢ならない、上司だろうが役員だろうがしったこっちゃねえの勢いでついつい吠えてしまう。引き継ぎのときにFさんから更衣室に置いてあったガラステーブルを割ってしまったという報告があった。先日、廃墟から運びだしたばかりのものだった。
 帰路は例の商店街を通りぬけた。そのなかにあるスーパーにはじめて立ち寄ってみたところ、思っていたよりも値段の張る高級路線の店舗で、食材を買う気にはなかなかちょっとなれない感じだったが、しかし鉄火巻きとロコモコ丼が半額になっていたので迷わず購入した。仕事返りに半額品の総菜を買うことのできるスーパーはとても重宝する。帰宅してから腕立て伏せをして、購入した二品に納豆をくわえてたいらげた。腹いっぱいの美味だった。風呂に入ってから部屋にもどりストレッチをし、今日付けのブログをここまで書くとすでに0時前だった。ヘレン・ケラー片手に床に就き、1ページも読み進まぬうちに目を閉じた。