20140610

 表は止んだようだ、と井斐は顔をあげた。雨の降っていたことを私は思い出して、止んだと、どうしてわかる、とたずねた。それは表を往く人の足音の、響きが違う、と井斐は答えた。
 いましがた、止んだところだ、と言った。
 雨のあがる間際には、妙な境があるな、と言った。
 また耳を澄ます顔になった。
 遠くへ聞き耳を立てると、遠くからもこちらへ、聞き耳を立てられているような気がするものだ、と言った。
古井由吉『野川』より「夜の髭」)



 夢。夜も間近な薄暗さである。だだっぴろく起伏に欠ける、枯れ草混じりの芝生の茫漠としている一画に突っ立っている。アスレチックコースの器具とも遊園地の乗り物ともつかないものが点在しているほかはなにもなく、地平線まで続いているらしい芝生が、遠い彼方の雷鳴に照らされてときおり青白く映える。TとJさんの三人でいる。世界樹と呼ばれる乗り物がある。まっすぐにたくましい地上二、三メートルほどの幹の、その頂点から地面と水平に四方八方へとひとしく枝分かれしている黒い鉄筋の人工物である。枝の末端から垂直につりさげられてある黒い割り札のようなものにつかまって、幹を中心としてぐるぐると旋回しはじめる運動に身をゆだねるという仕組みらしい。割り札につかまって足を浮かせてみれば、こちらの体重の加わったその重みによってか、ひとりでにぐるぐると回転しはじめる。ときおり上下に浮遊するような感触さえある。おりたところで、Tにもすすめてみる。そうしてふたりでジェットコースターのレール上を走るゴーカートに乗りこんでいる。Jさんが力のない猫背で歩いているのがみえる。実家の二階にあるかつての自室に入ると部屋の真ん中に寝床が敷いてあり、そのなかでBさんが眠っている。どうせちかぢか死ぬ身であるしとの思いから布団のなかにもぐりこみ、下心から甘い言葉をいくつかささやく。思ってもないことをいって、と笑ってはぐらかそうとするのに、嘘と真の二分法が無効となる域に身を置く人間こそ小説家なのだ、とうそぶく。
 12時起床。6時間睡眠でぴったり目がさめてたいへん快活なおきぬけである。ひさしくなかったことだ。歯を磨き顔を洗いストレッチをしてからパンの耳2枚とホットコーヒーの朝食をとった。ウェブを巡回し、昨日付けのブログを投稿し、すると13時半だった。今日付けのブログをまずここまで書いて頭をならしておいてから「G」にとりかかった。部屋がむしむししてしかたなかったので27度のドライで冷房を入れて五分経過したところで停止した。あとは扇風機で空気をかきまわせばよかった。おきぬけの密室は寝息と体温がたちこめていて息苦しい。
 ぜんぜん書けなかった。三時間かけてほんの一行手直ししたにすぎなかった。そんな体たらくがゆるせずどうにかして元をとろうとねばりにねばった。それがまた駄目だった。麻痺に麻痺をかさねて頭が狂った。言葉が出てこなくなり、デスクの前から一歩も動けなくなった。18時前になったところでようやく金縛りが溶けた。気だるかった。どう対処すればいいのか見当のつかないくらい捨て鉢な気分だった。死んだほうがマシな一日だと思った。マイナス1枚の計261枚。改稿は145番まで。クズのひとことに尽きる。
 チェアからたちあがるなりそのまま二つ折りにして壁際によせてあった布団のうえに倒れこんだ。あおむけのままもう動きたくないと思った。そうして気づけば眠りに落ちていた。見事なまでの不貞寝だった。気づくと20時をまわっていた。二時間ほど眠っていたらしかった。すっきりしていた。買い物に出かけないとと思ったけれども、冷蔵庫のなかの食材だけで十分まにあうことを思い出したので、よっこらしょっと身体を起こした。玄米・納豆・冷や奴・豚トロ・水菜とトマトと赤黄パプリカのサラダを食べた。豚トロはきのうスーパーで見かけて安かったのでたまには気分転換にこういうのも買ってみるかと思って購入したのだった。ひさしぶりに鉄鍋をとりだして油で炒めたらカセットコンロを設置している玄関まわりがぎとぎとになってしまった。不快。
 食後どういうきっかけからだったか、Wikipediaでサメについて調べはじめてしまって(と、思い出した、海でサーファーがサメに噛みつかれてケガをしたというニュースの見出しを目にしたからだ)そこから海洋生物の項目を延々と渡り歩くことになり、動物の項目とか著名人の項目とか読んでいて本当に面白いしどこまでもリンクが続くものだからきりがない。「ヒト」の項目を読んでいると人間も動物の一種であることがあらためてまざまざと感じられるというかそういえばそうだったなとはっとするような感じがあって、これは町中で妊婦さんを見かけたときに抱く印象とよく似ている。以下の記述がおもしろかった。

新生児はサル目としては極めて無力な状態である。一般のサル類は、生まれてすぐに母親の体にしがみつく能力があるが、ヒトの場合、目もよく見えず、頭を上げる(首がすわる)ことすらできない状態である。これは直立歩行により骨盤が縮小したために、より未熟な状態で出産せざるを得なくなったためと考えられている。しかしながら、出産直後の新生児は自分の体を支えるだけの握力があることが知られ(数日で消える)、また、体毛も出産までは濃く、その後一旦抜けるなど、「裸で無力」なヒトの乳児の性質は二次的に獲得されたとする説もある。

ヒトの性的活動は非常に活発である。ほとんど年間を通じて性交が行われ、他の動物とは異なり出産期も定まっていない。

 Wikipediaの終わりなき旅路からはいったん帰国することにして、枕元にパソコンを移動させてから布団のうえに腹這いになってNくんの原稿の続きを読んだ。読み終えたところでそのまま感想メールを送信した。ニコニコ動画からあなたのアカウントに不正ログインの痕跡がありましたみたいなメールが届いていて、ニコニコ動画ってアカウント取得してあるとはいえ滅多に使わないのだけれど同じメールアドレス同じパスワードで登録してあるほかのウェブサービスから情報が漏れてそれを利用された可能性がありますみたいな注意書きがされていたのだけれど、おなじパスワードを利用してるのってほかになにがあったっけと思わないでもないというか、と、ここまで書いたところでずーっといぜんにやっていたFC2ブログがあったなと思いだしたのでためしにいまログインしてみたところ、現在アカウントの不正利用が多発しているために確認メールのほうを送信させていだきますみたいなことになっていて要するにここから漏れてたんじゃねえのな感じだったのでながらく非公開のまま放りっぱなしになっていたブログ(その名も「SUPER MARIO DIARY」)を消去してそのままアカウントも捨てた。これでたぶん大丈夫!
 Nくんに感想メールを送り終えると1時半だった。そこから腕立て伏せをしてストレッチをして、2時ちょうどに家を出て50番コースを走った。さすがに真夜中となるとほかに通行人もいないし大通り沿いを走っていても車の姿もほとんどなく、こうしてみると京都ってやっぱりなんのかんのいって田舎なんだなと思った。筋トレをしてからジョギングに出るとさすがに疲れやすくて、今日など序盤からけっこうとばしたということもあって心臓破りの坂にさしかかるころにはすでにぜえぜえ肩で息をしている始末で脇腹は痛くなるし気は遠くなるしでけっこうしんどかったが最後まで走りぬいた。帰宅してすぐにシャワーを浴びて部屋にもどりストレッチをしてから部屋着のままコンビニに出かけて野菜ジュースとゴミ袋とお茶を買った。部屋にもどってからここまでブログの続きを書くと4時半だった。調べものをしたのち就寝準備をととのえて『今昔物語』片手に寝床にもぐりこんだ。6時消灯。