20240602

 In the servant girl’s room there was a stay-button stuck in a crack of the floor, and in another crack some beads and a long needle. She knew there was nothing in her grand mother’s room; she had watched her pack. She went over to the window and leaned against it, pressing her hands against the pane.
 Kezia liked to stand so before the window. She liked the feeling of the cold shining glass against her hot palms, and she liked to watch the funny white tops that came on her fingers when she pressed them hard against the pane.
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Prelude”)



 10時起床。トースト二枚。12時過ぎから15時半まで「実弾(仮)」第五稿作文。シーン48、片づける。修正はわずかですんだ。シーン54が最後なので、来週中はちょっとむずかしいかもしれないけれども、再来週中には終わりそう。
 ケッタにのってJへ。食パン三袋購入する。店員のおばちゃんから最近見なかったけどと言われたので、いつも来ているけど別の店員さんがいたからと答える。Yにはしごして、インスタントラーメン二袋と冷食の餃子とたまごと红枣のヨーグルトを買う。冷食売り場とヨーグルト売り場でそれぞれ店員のおばちゃんが商品説明にやってきたので、伝家の宝刀听不懂で応答。あんたどこのひと? 韓国? というので、日本だよと応じる。
 店を出るころにはぽつぽつと降りだしている。帰宅し、きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回。1年前と10年前の記事を読み返す。一年前の時点でR.Hくんに対する苦言が書きつけられていた。

道中、R.Hくんはまた歴史の話をはじめた。徳川家康がどうのこうの豊臣秀吉がどうのこうの源氏がどうのこうのと自分の興味がある話ばかりを一方的に口にし、ケンタッキーに到着したあともiPadを取り出してVPNを噛ませたうえでYouTubeにアクセスし、大河ドラマの予告編みたいなものを流してわれわれに見ろ見ろとうながす。そういうのに付き合うしんどさに心当たりがあった。Oさんだ。オタクの悪い部分を凝縮したような、じぶんの興味関心しかそこになく、それが他者と共有可能なものであるかどうかを確かめることすらせず垂れ流しにすることで、じぶんだけがただただ気持ちよく楽しくなる、そういう他者不在のひとりよがりっぷりが、言語の壁などものともせずありありと伝わってくる。

 以下は2014年6月2日づけの記事より。やっぱり古井由吉はすごいな。

 そうしたら、といきなり続けた。空港に降りて荷物を取ってもう閑散としたリムジンの停留所に立っていると、海外旅行の帰りらしい老夫婦がトランクを積んだ車を押してやって来た。品の良い老紳士風だけれどなんだか猿のような面相が浮いているな、と眺めて相手が見返すようにするので目をそらしかけた時、その御亭主がふっと前へ進むのをためらったかと思うと崩れ落ちた。奥さんが屈みこんで助け起そうとする。御亭主の手がわなわなと震えて、奥さんの手ではなくて袖の、肘のあたりを掴もうとしてははずれる。その縋りつこうとする手の動きの、切迫がある境を超えた時、奥さんの顔に怯えが走って、腰が逃げた。二度にわたって、袖を掴んだ手を振り払おうとした。まもなく警備員が駆けつけて、救急車が呼ばれた。
 平然として見ていた、と驚いたのはリムジンの走り出した後になる。実際にはリムジンの近づいたのも構わず空港の建物の中へ走って近くの警備員を呼んだのは自分だった。それなのに、その足でゆっくり間に合って、騒ぎをよそにバスに乗りこんだ自分が今になり、役目を見届けてその場から去るところのように見えた。
 まるで死神の手先だ、と笑った。
古井由吉『野川』より「徴」)

 あと、10年前のこの日はAさんからプレゼントを送っていただいた日らしかった。

届いたばかりの箱に貼付けられてある紙片の「品名」欄に「本・DVD・マルクス」と記載されているのを認めたとたん寝起きの半醒半睡のテンションも加わって吹き出した。下宿が下宿なので過激派のアジトとして公安にマークされるかもしれない。「ご依頼主」の欄に記入されているAさんの本名に落ち着かないものをおぼえた。AさんはやはりAさんであるほうがこちらにはしっくりくるのだった。箱の中身にはDVDが三本(ビクトル・エリセミツバチのささやき』『エル・スール』とアラン・ロブ=グリエ『囚われの美女』)とでかい本が二冊(『独身者の機械』と『絵画の準備を!』)とマルクス(の胸像をかたどった貯金箱)とカプセル(のなかに丸めておさめられた手紙)が入っていた。

 ここを読んでちょっとびっくりした。『独身者の機械』と『絵画の準備を!』、それにマルクスの貯金箱についてははっきりおぼえていたし、というか一時帰国のたびに押入れに収納してある蔵書から次にどれを中国に持っていこうかと思案するその候補のなかにこの二冊は毎回必ず入っておりあたまを悩ませていたのだが、というか『独身者の機械』のほうなんて一度はスーツケースにしまいこんだものの、重量制限がひっかかりそうだったのでなくなくあきらめた一冊だったりするのだが、いやしかし、いただいてから十年経つのにまだ読んでいないというのもどうなんだよという話であるがそれはともかく、ビクトル・エリセミツバチのささやき』『エル・スール』とアラン・ロブ=グリエ『囚われの美女』のDVDまでいただいていたことなんてすっかり忘れていた! 三本ともおそらくDVDをいただく前に視聴はしたことがあったはずであるし(ビクトル・エリセの二本はまちがいなく観ている)、いただいたDVDであらためて視聴もしているはずであるのだが、そうだったか! こんなにいろいろいただいていたのだったか! とあたまのさがる思いである。寮にある本については、衣類と同様、きたるべき本帰国を見据えて徐々に減らしていくつもりでいるのだが、『独身者の機械』はひとまず次回こっちに持ってこようと思う。

 今日づけの記事をここまで書いて第五食堂へ。打包。メシ喰うないや喰う。はずしたボディピがベッドの下に転がりこんでしまったので、スマホを懐中電灯代わりに頬をフローリングにひっつけるようにしてのぞきこんだのだが、埃だらけで肝心のピアスはどこにも見当たらない。ブラインド代わりの布切れを買ったときについてきた、朝顔プランターに使うくらいのサイズの突っ張り棒を片手に、底をごそごそと漁ってみる。ピアスは無事見つかった。印鑑、耳栓、髪留めまで出てきた。
 チェンマイのシャワーを浴びる。「三題噺」の残りを添削する。21時半から『ムージル日記』(ロベルト・ムージル/円子修平・訳)を読みはじめる。懸垂してインスタントラーメンを食す。
 一時帰国までに中国の銀行口座にある預金を半分ほど日本の銀行口座に移すつもりでいたのだが、円安継続中であるしぎりぎりまでねばったほうがいいのかもしれないと考えながらあれこれ調べているうちに、WISEなる送金アプリの存在を知った。以前は中国国内では使用できなかったのが、去年から使用可能になったらしい(ただし使用できるのは中国在住の外国人のみであり、中国人は使用不可である)。送金速度がとにかくはやく、二、三日以内にはかならず相手方に届くというし、なによりも銀行を噛ませて手続きするよりも圧倒的に手数料が低い。さらに銀行で送金手続きをするとなると、送金のたびごとに大量の書類を用意して提出する必要があるのが、WISEの場合は最初の一度の提出だけで問題なしとのことで、え? ふつうにこれクソ便利ちゃうけ? と思った。こいつの設定だけしっかりすませておけば、一時帰国中に突然まとまった現金が必要になった場合も対応できるし、こちらがなによりもおそれている有事発生→口座凍結みたいな展開にも先手を打ちやすい。で、いろいろ調べているうちに2時になってしまったのだが、とりあえずいま手元にないけれども確実に提出しなければならない書類として所得税の記録(tax record)が必要であることがはっきりしたので、これについては明日Lに相談してみることにする。たぶん役所まで直接出向く必要があると思うのだが、このミッションは面倒くさからずしっかり片付けておきたい。