20130624

 精神の動揺を鎮めたり、錯乱した感情をやわらげたり、ひどい気分を軽減させたり、感情の感受領域を調整したり、思考や、想像と夢の様式や内容などを規制したりする薬がある。自殺欲求に駆られる鬱状態から脱出させてやることがどの薬を使ってでも誰にもできなければ、電気ショックという手段がある。電気ショックは耐えがたい考えや気持を少なくとも暫くの間、場合によっては、永久に消し去ることができる。もし私が、自分でも他人でも、あるいはどんな薬剤を使ってでも停めることのできない精神的または感情的な責め苦のために錯乱状態に追いやられたならば、私は電気ショックをしてくれと頼むことができる。私以外の人が電気ショックを受けさせてくれと頼むこともできる。肝腎なのは、この問題の政治性である。一体、誰が誰の意思に反して誰に何をする権限をもっているのか。
R・D・レイン/中村保男・訳『レイン わが半生』)



13時起床。明け方、猛烈な下痢にさいなまれて便所に立ったが二度寝、次いでめざましをセットしておいた10時半に目覚めたが不貞寝、13時になってようやくもぞもぞと布団から抜け出し、さて今後の身の振り方はどうしたものかと戸惑う。ひとまず(…)にメールを送信するも勤務中のため返信なし。ついで(…)さんに電話をかけるも不在。どうしたもんかと思いながら昨日と一昨日づけのブログを書きつつ、思いきって(…)さん当人に電話をいれたのが14時半だったか、受話器越しの(…)さんはこちらの予想通りごくごくふつうで、なにも怒ってなどいないという。とりあえず夕方にでもケッタを回収しがてら(…)さん宅にうかがうのでそのときにちょっと腹割って話しましょうと伝える。そうこうしているうちに(…)からメールの返信があり、昨夜の詳細をたずねてみると、とちゅうまではごくごくふつうにいつもの宴といった感じだったのだが、(…)さんのちょっかいに次第にじぶんがイライラしはじめ、それが別れ際のビンタによって爆発して殺す殺さないの話になったのだという。イライラが何に起因するものなのかはしかし不明である。ブログを書き終えてしばらく、(…)さんから折り返しの電話があったので、きのうはご迷惑おかけしましたと告げると、いやいやまあかまへんよ、ああいうの慣れてるしな、でもまあ(…)くんえげつないキレかたやったなぁ、殺すぞ殺すぞ言いまくってたで、(…)さん宅からの帰りぎわまでおまえ絶対殺したるからな言うて、もうちょいでMKの運転手に通報されるとこやったでほんま、とあり、こちらとしてはもう平謝りするほかない。すると(…)さんがこれから職場に(…)さんの様子をうかがいにいくといい、もう(…)くんもアレやったらいまからおいでよ、それでさっさと手打ちにしたほうがええんちゃうの、とあったので、それじゃあ今からバスで向かうことにしますと答えた。いやーそれにしても(…)くんトラブルは別としてなかなかええ男気やったよ、そこは感心したわ、見事やったわ、と謎のフォローがあったので、もう半分バレとると思うからいいますけどぼく地元でずっとあんなんやったんです、と素直に応じた。なにもかも打ち明けるべき時が来たのだ。
今出川まで徒歩でむかいそこからバスに乗って職場にむかった。バスを乗り間違えた結果、少々の距離を歩かなければならなかった。職場に到着すると私服姿の(…)さんがいたので、もーしわけございません!といって頭をさげると、事の顛末をすでに(…)さんから聞いていたらしい(…)さんと(…)さんがそろって笑い声をあげた。それから(…)さんが掃除を終えておりてくるまでの間、いったい昨夜何があったのかとあらためて(…)さんにたずねてみたところ、こちらとしてもよくわからない、先に手をあげた(…)さんが悪いことは悪いのだが、いつもとくらべて(…)くんの(…)さんにたいする当たりがずいぶん強かったという事情がまずあった、じっさい今日の(…)くんはなにかいつもと違うとおれと(…)さんはたびたび口にしていたくらいだ(もっとも(…)くん自身はそんなこちらのやりとりなどまったく覚えていないだろうが)、(…)さん自身は否定するだろうがそういう鬱憤があったのでそれが帰りしなの冗談という体でふるわれたあのビンタに結実したんではないか、とあった。するとそうしたこちらのやりとりをそばで聞いていた(…)さんが、(…)の前やしカッコつけたんちがうんけ、と口にし、その言葉に若干イラつきもしたが、しかしある意味で本質をついているところがあると思った。つまり、これまでどうにかこうにか貫いてきた職場での猫かぶりが(…)の存在を契機として破られたというか、要するに、もっとも長い付き合いのある友人を前にしたことでおもいきり地が出てしまったと、おそらくはそういう一言に尽きるところもまたあるのではないか。(…)さんには今年の頭、バイトを辞める辞めないのアレでいろいろと突っ込んだ話をかわした際に、じぶんのそうした側面について少しだけ話をしていたこともあった。みんなには言わないでほしいといってあったのだが、口の軽さにかんしては風船のごとしな(…)さんであるから、おそらくは断片的にぽろぽろと漏らしていたらしい節が、(…)さんや(…)さんがこちらに投げかけてくる言葉の端々よりこれまでもしばしば感じられたものだった。そうしておそらく(…)さんだけがそうしたなにもかもについてなにも知らずにいた。
(…)さんがおりてくるころを見計らい、畳の上で土下座の恰好をして待ち構えた。そうしたこちらのふざけた姿を見るなり、(…)さんもわざとらしく足をひきずってじぶんの前を歩きながら、あーあ体中がボコボコに痛んでしかたない、こんなんではまるで仕事にならない、せっかく自転車を買ったばかりなのにこれじゃあしばらく運転できそうにない、などと口にして、なにもかもがいつも通りだった。それからあらためて昨夜の一件について謝罪した。おれはあんなものいっさい気にしていないと(…)さんは言った。酒の席ではあんなことはしょっちゅうある、おれはなにひとつ怒ってなどいない、すべてふざけ半分あそび半分にすぎない、そう言った。そう言ったものの、それが本心でないことは一目瞭然だったし、(…)さんも先ほどの通話時、きのう(…)くんがタクシーで帰ったあとおれと(…)さんふたりで三十分ほど話した、(…)さんはまるで怒っていないと言っていたがしかし繊細なあのひとのことだ、本心のところではたぶん傷ついてもいるだろうし気にしてもいるだろう、とあったので、とりあえずあらためて今晩ケッタを回収しがてらいいちこを持って詫びを入れにいきますと伝えた。すると(…)さんが、どうせ今日はヒマであるしもしアレだったら(…)くんもう17時で上がりなよと言い、すると(…)さんもそれじゃあそうさせてもらいますわと応じ、そんなこんなで自転車で帰る(…)さんが職場を去ってしばらく、(…)さんや(…)さんとの立ち話を終えてからじぶんもバス停にむかうことにして表に出ると夕立で、(…)くんこれ使い、と(…)さんがロッカーにストックしているというビニール傘を一本差し出してくれたのでありがたく借り受けることにして、どうもお騒がせしました、失礼しますといって、職場をあとにした。バス停にむかう雨の道すがら、パーイで購入した150バーツだったかの草履がびちょびちょに濡れた。
バスに乗った。よく混んでいた。(…)さんが通勤時につかうバスだった。漢『導』をipodで聴いていた。となりの席にすわったサラリーマンと腿が密着していたが、こちらから姿勢を崩してたまるかという片意地が張った。丸太町智恵光院でおりた。リュックサックをせおいなおしたこちらの気配を察して通路側の座席に腰かけていたリーマンは席を立ったが、そのかたわらを通りぬけて運転席のほうにむかっている途中でバスが発車してしまったので、すみませんおります、と声を張った。停車するまで席を立つなとバスのアナウンスはいうのだけれど、じっさいにそのとおりにするとしばしばこういうことがあって、ふだんバスに乗り馴れているひとたちはどうしているんだろうといつも思う。目的の停留所のひとつ手前あたりで先に座席を立っておいて、車内先頭のほうに移動しておくとか、そういう律儀なことをいちいちしているんだろうか。コンビニに立ち寄ってじぶんのコーヒーと(…)さんのいいちこと、それからおつまみをふたつほど買った。雨はすでに止んでいた。
(…)さん宅に到着した。謝罪も早々に昨夜のシマドジョウの話になった。話題をあちらこちらにふってみせる(…)さんの裁量からなんとなく核心に触れずに終わりたがっているという印象を受けたのだが、ここでなあなあにしてしまったらかえってわだかまりを残すことになるだろうと思ったので、こちらから昨夜の出来事についてぐいぐいと話題をふりなおした。(…)さんは、おれはぜんぜん怒ってなどいない、ああいうときに手を出すことも絶対にない、あんなものは冗談にすぎない、と、その一点張りだった。これじゃあ埒が明かないと思ったのでひとまずいいちこを大量の水で割ったものをもらうことにして、景気づけにひとくちふたくち呑み、慣れない酒であるが次第に酩酊のきざしがあらわれはじめ、気づいたら饒舌にべらべらやっていた。芸術だの学問だのいっておきながら性根はチンピラのままだ、だから手を出されたらすぐにカッとなってしまう、だから(…)さん自身がたとえ冗談半分のつもりでいたところでそれは冗談になどならない、次同じことがあったらまた同じことをしてしまうだろうし、いざ手を出すとなったら見境も遠慮もなくむちゃくちゃしてしまうところがじぶんにはあるとはっきり告げ、それから高校生のときに実際にあったいざこざなどを例に出した。こういう話はどうしても武勇伝みたいになってしまうから極力避けたいのだけれど、極力避けつづけたその結果としてあいつは腰抜けなんではないかと見くびられてしまうこともおそらくはあるのだろうということが今回の一件を機に判明したので、ある程度は地を出していくこともやはり必要なんではないかと思ったし、そこで説得力を増すためにはやはり、それ相応に自意識のにおう話法になってしまうのをしかしおそれることなく、マッチョに主張すべき部分はマッチョに主張すべきなんではないかと、しかしこれはあくまでも職場の面々に代表されるいわゆるチンピラ・ヤクザ者を相手にした場合に限定される処世術としていうわけであるが、そういう部分もあるよなぁと思った。家庭の話や地元の話もたくさんした。なにもかもすっかり打ち明けた(と思う)。(…)さんはたぶん驚いていた。(…)さんは二十歳のころ北海道の土産物でバイトをしていたときに知り合ったひとの説教を契機にして価値観がぐるりと反転した、そのあたりを機に周囲からも丸くなったといわれるようになったといって、もともとヤクザの事務所に出入りしていたようなひとであるし、それまでは肩と肩がぶつかることなどあればすぐにケンカだったのだけれど、それがじぶんのほうから悪かったと簡単に謝ることができるようになったと、それはじぶんが大学に入学してすぐのころ、同じクラスの(…)という男子学生がたまたま廊下でひととすれちがうさいに肩がぶつかったとき、とても自然にすなおな身ぶりと口ぶりで「ああ、ごめんなさい」と、そう口にしたのを目の当たりにした途端に常識が崩壊した、じぶんの中に刷り込まれていたローカルルールが音をたてて崩れた、なんてかっこういいんだろうと思ったという出来事があったのとうりふたつだったので、興奮しながらそれを告げた。あとは学生時代、たぶんまだ当時付き合っていた彼女と付き合いだしてまもなくのころだったと思うけれども、待ち合わせ場所の高島屋前へゆくと、キャッチの男に彼女がつきまとわれていて、というかつきまとわれているというのはこちらの思い違いでじっさいは単に声をかけられていただけなのかもしれないけれども、それだけでもうカッとなってしまい、相手の胸ぐらをつかんで柱にどーん!みたいなことになってしまって、さいわい大事にいたらずにすんだのだけれど、そのとき彼女に、あなたはああいうときああいうふうにするのが筋だと思っているのかもしれないし恰好良いと思っているのかもしれない、けれどそれは勘違いだ、あんなみっともない真似は金輪際しないでほしい、ああいうのはまったくもって恰好良くなどないのだ(大意)と、そんなふうに真剣に叱られたことがあり、そのときじぶんの思い違いというやつをすさまじく思い知った、そうした出来事がいまのじぶんの人格形成に甚大なる影響をおよぼしていると、そういうことも語ったと思う。元々はこの職場に長く居座るつもりもなかったし(…)さんにせよ(…)さんにせよ(…)さんにせよプライベートで会うほどの仲になるとも思っていなかった、とにかく無難に卒なく勤務時間をやりすごすことができればいいとそればかり考えていたので、じぶんがいちばん若いということもあり、ひとまず道化役を買って出ることにしたのだ、ただひとりの大卒であるし小説を書いているという情報もあって堅物らしく思われているんでないかという懸念もあった、事実ここに来たばかりのころ同僚のみんなからずいぶん警戒されているように感じた、じぶんが異分子として浮いているらしいとも思われた、それでぎすぎすするのも面白くないしなにもかもがスムーズに運ぶような人格をたちあげる必要があった、それが道化だった、そういう意味では(…)さんが二年ほど前にこの職場に来たときと状況はよく似ているかもしれない、そう続けた。あとは、道化としてふるまっているとときどき両親の仲をとりもとうとしていた少年期のころのことを思いだしてせつなくなることがあるとか、そんな話もした。ずっと以前(…)さんに(…)くんはむかしからそんなふうにいじられていたのかとたずねられたときにはしめたと思ったものだった、なにもかもがこちらの見通しをなぞるかたちでうまくいっていると思った、でもきのうボロが出てしまった、もう無理だとおもった、それだからぜんぶ腹を割って話すほかないと思って今日はここに来たのだ、そんなふうにおおげさな物言いもした。おれはちょくちょくキレる、キレると簡単に手を出す、だから必要以上に煽るな――要するに、それだけのことにすぎないのだけれど。
届くべき言葉がしっかりと届いたらしいことを確認したので(「こんな話も酒のせいで明日になったら忘れてるんすかね?」「いや、だいじょうぶや、これくらいしか呑んどらんのやったらちゃんと覚えとる」)、そこからは常と変わらず平常運転で、といってもすでにけっこうな時間になってはいたものの、職場の話や(…)さんの話や淡水魚の話や身の上話などを交わした。酔っぱらった(…)さんがまだ誰にも告げたことがないという性癖を暴露した瞬間があって息ができずに死ぬかと思われるくらい大爆笑した。完全にできあがった(…)さんはいつもどおりパーソナルエリアをガン無視する至近距離でにやにや笑いしながらえげつない下ネタを繰り出しっぱなしで、さらけだした性癖についてもこちらがドツボに入っている様子を見るなり、これはいけると思ったのか、この話べつにみんなにいうてもええぞ! ええ!? おれおもろいやろ!? なあやばいやろ!? (…)くんおれやばいやろ!? と、酔っぱらいながらとはいえそう許可してくれたのでここに書いてしまうけれど、今年で42歳だかの(…)さんはいまだに一日につき三回オナニーする、それも女性物のパンツをはいた状態でケツの穴にローターをつっこみ、あげくの果てには「やめて……!」と女性になったつもりでよがり声を漏らしたりもするというアレで、ここまで書いてやっぱりこれいくら匿名イニシャルトークとはいえ書くのやばいんでないかと思わないでもないのでみなさんの心の内側にとじこめておいてください。
死ぬほど笑ったあげく23時前だったかにおいとますることにして、それじゃあまた土曜日にといって別れた。フレスコでカップ麺を購入して帰宅してから食し、明後日台湾に旅行に行くという(…)から水着を貸してくれとメールが入っていたので探してみたのだけれど見つからず、その流れであらためて昨日はすみませんでしたと謝った。おれは別段迷惑こうむってないからかまへん(笑)、という返答があったが、しかし(…)さん(…)さんと初対面の場であんなことになってしまったのだからやはり申し訳ない。とりあえず(…)さんとの関係は無事に修復できたことを告げた。誤摩化しようのないほどの地が出てしまった、と告げると、あんた(…)さんの首わしづかみにして「おれが地元で何してきたかわかってきとんのか!?ああ!?」いうて絡みまくってたからなぁ、という返信があって、なんてださくて紋切り型なすごみ方なんだろう!とげんなりした。(…)さんはキレるこちらにたいして謝りもせずなだめようともせず、ただ(…)にむけて「おれは大丈夫!絶対手出したりせえへんから!」と言いながらもしかしこちらを煽ることはやめなかったということで、(…)がいうには「不器用なひと」だということらしい。仲裁に入ってくれた(…)さんもなんのかんのといって気まずそうにしており、顔などひどくひきつっていたという。
と、ここまで長々と記したところで3時。きのう(…)からメールが届いており、父親からの送金がまだ済んでいないしタイの大使館ともコンタクトがまだとれていない、月曜日中には双方ともにどうにかなるはずだという内容で、しかし続報はないし、これを書いている間にスカイプにログインする様子もない。前回のチャット時、月曜日にはまたスカイプできるわよねとたずねられてもちろんと答えたはいいものの、むこうが朝起きてバイトに出かけるまでの時間を、こちらは前夜の埋め合わせにバタバタ奔走していたわけで、だいじなところで噛み合わない。なんらかのトラブルから(…)の来日がおじゃんになるんではないかと、いまいちばんの恐怖がそれだ。その恐怖をおぼえたくないがために、あるいは、それが現実化したときのショックを回避したいがために、一月中旬、(…)から来日の意向を伝えられたときも、ならばすぐにでも英語の勉強に着手しなければ!とモードを切り替えることができなかったのだということを、不意に思い出した。はりきればはりきるだけ、頓挫の際には深手を負うことになる。それを見越して張り切らないという態度をして、慎重と呼ぶべきかそれとも臆病と呼ぶべきか、いま現在の心情にゆだねれば、やはり後者ということになるだろう。それを認めるところからひとつはじめてみなければなるまい。わたしの無傷は免疫ではなく予防に因るものであるとかつて書きつけた。