20131208

 普通、自然科学における「因果性」というのは、AであればBということですね。フロイトが考えている原因というのは、Bという結果があったときにのみAという原因が見出されるということです。これはAはBを規定しない。L・アルチュセールはこれを「構造的因果性」と呼びました。ある症例があったときにAという原因が見つかったとしても、AであるならばBになるということには決してならないのです。だから、原因が見つかっても、その責任は問えない。何をやっても結果的にうまくいく場合もあるし、いくら適切にやっても裏目に出る場合がある。たとえば子供の時に、親からひどい目に遭うとします。それがトラウマ(精神的外傷)となり、後になって病気になって発現するといえますが、実際は、それがトラウマになる場合もあるが、ならない場合が圧倒的に多いのです。
柄谷行人『倫理21』)



6時半起床。8時より12時間の奴隷労働。勤務中ふと思いたって(…)くんに英語の勉強は進展しているかとメールを送ってみるとおりかえし電話があり、そこからけっきょく客室からの電話や受付にやってきた客の対応などをはさみつつ小一時間ほど長電話した。(…)くんはこの二週間ほどどっぷり沈没していたという。クリエイターのひとりとして所属することになった例の事務所が、(…)くんの予想とは異なり非月給制の完全歩合制であるというか、コンペに応募した作品が通ってはじめて金が手元に入ってくるみたいなシステムだったらしくて面接に出かけた先でとりあえずバイトをしてね、二〇代は絶対に食えないからといわれたといわれたのだという。(…)くんとしてはこれでもう経済的に安泰だというつもりでいたのがじっさいはぜんぜんそんなことなしで、それがなによりもショックで思いきり沈みこんでしまったらしいのだけれど、それで業界の金の流れについていろいろとリサーチしてみたところ、コンペに勝ち残ったとしてもそこで発生する取り分というか印税率がまたひどくてこれでいったいどうやって飯など食っていけばいいのかというアレだったらしくなおかつコンペの競争相手は海外勢含めて山のようにいるとなれば先の見通しも曇りがちになるという話で、さらには期待していたクリエイター同士の横のつながりみたいなのも希薄みたいで事務所はほとんど恰好だけのアレで所属する各クリエイターは基本自室作業でほかのクリエイター陣と顔をあわせることもまずなく、というか同じコンペに応募するライバル同士であるそのためにみんな相手に手のうちを見せたがらないみたいなちょっとぎすぎすした空気すらあるらしくて、事務所が改装中だからその間の仮事務所みたいなところにいって社長と話したんですけれど(…)さんの住んでたあの精神病院みたいなアパートあったじゃないですか、あれくらいせまいところなんすよ、改装中の事務所のほうだってもうほとんどふつうの家、民家だし、なんなんだろこれって思って、コンペの内容だって9割、まあほとんど9割がアイドル、あとなんかきもっち悪いアニメの、プリキュアとかすか、なんかそういうんだったりして、別にいいんですけどね、バイトするとなったら最低でも週三じゃないですか、だったら残り四日で一曲仕上げていかなきゃならないわけだし、まあ厳密にいったら週一曲じゃなくてもいいみたいで月四曲でいいみたいな話でもあるんすけど、でもま、キツいですよね正直、あと仮歌、たとえば女性ボーカルをあてて提出しなきゃならないときとかも自腹切って歌ってもらって提出しなきゃなんないんです、出ないんですよ経費とか、でそれでコンペ落ちたらもうマイナスじゃないですか、稼ぐどころの話じゃないんですよ、マイナスなんです。と、そういう話を聞いているとどうも(…)くんはもうこの事務所に所属してやっていこうという気はなくなっているんでないかと思われたのでそう問うてみるとイエスの返答があり、音楽業界でいまそれなりに勢いがあるのはパチンコとゲームの二択のみで、その手の関連会社に就職してそれで休みの日にじぶんの趣味の楽曲を制作してi-Tunesに登録して販売みたいにするのもアリかなって考えているというので、なんか(…)くんおれと同じタイミングで同じ方向に傾いとるよね、おれもとうとう痺れきらして自費出版に踏み込もうとしとるわけやしといった。ゲーム会社についていうなら任天堂の下請けみたいなところが経歴不問でサウンドクリエイターを募集しているらしくそこをひょっとしたら受けてみるかもしれないとかいう話で、仮にそこで働くことになったら京都に越すことになるというので(…)くんが京都来るんだったらおれももうちょい京都に居残ることにするわと応じた。でもアレっしょ、なんだかんだでやっぱり音楽からは離れられへんのちゃうの、(…)くんもう呪われとるでしょ、おれと同じ穴のムジナっしょ、おれはそう思うけどなーというと、いやーぼくねぇ、ぶっちゃけそうでもないんすよ、いやーハハ、音楽ね、音楽なしでもぼくぶっちゃけ大丈夫なんすよ、別にもう作るの、これ高校のときからそうなんですけど好きじゃないっていうか義務感みたいなところがあって、ずーっとやってきているからずーっとやり続けてるみたいな、というので、いやそりゃおれもそう感じることはときどきあるで、欲望なんか義務なんかもうわからんくなることもあるっていうか、まあ最近はそうでもないっていうかそれって要するにコインの裏表みたいなもんであって視差っていうの、見る角度の問題でしかないんかなって思うようになったっていうかどうでもええわそんなんて感じではあるんやけどな、欲望って極まると義務感とか使命感になるんちゃうのみたいな、というと、いやほんとぼくね、なんなんだろなーもう、これでもやっぱりゲイっていう負い目があるんですよ、これがやっぱりすごい強くて、ゲイだから、ゲイだったら子供も残せないしそれだったらかわりに作品残そうって、これ高校のときからやっぱりそういうふうに思ってきて、だから義務感みたいなんですよねほんとなんか、好きとかそういうんじゃないような気もして、そう、そんな気するんすよほんと、といって、似たような話はずっと以前たぶんまだ(…)と(…)くんが名古屋にいたころに聞いたことがあったけれども当時はそれもまた制作の動機のひとつくらいにしか受け取ってなくて、それが今回の(…)くんの話し振りからするともうそれ以外には制作の動機がないみたいなニュアンスに転じていたものだから、それがたとえば絶賛下降中の現在のテンションに気圧されてこぼれおちただけの言葉でしかないのであればアレだけれどももし心底からそう思っているんだとしたらいったん音楽から離れるのもアリなのかもしんないなと、それでじぶんの音楽にたいするモチベーションみたいなものを見極めるためのしずかな時間をとってみるのもアリなのかもしんないなと、三ヶ月か半年か一年かわからないけれど音楽から離れてみてそれでまた制作したいなーとうずくようなところがあるのだとすればやればいいし、制作なしでもとくにフラストレーションなしでやっていけるような感じがするんだったら音楽関係・非音楽関係とわずに会社勤めしてきっちり稼いでいくとかしたらいいんじゃないかと、そう思ったのでそういうふうに考えてみるのもアリなのかもしれんねと提示し、じぶんのモットーをひとに押しつける気はないけれどもでもおれはやっぱり人間ラクに生きるのがいちばんやと思うかんね、そのひとにとっていちばんラクな姿勢やポジションやリズムってもんがあると思うしそれを見極めてそこに落ち着くってのがいちばんええと思うわ、おれやってしんどいとか頭おかしくなりそうとかしょっちゅういうとるけどこの生活が現状可能っぽいいちばんラクな姿勢ってことにはやっぱ間違いないからなー、ほかの生活のほうがぜったいえらいもん、しんどいもん、ストレス感じるもん、身体ぼろっぼろやし精神的にもやばいなんかキタと思う瞬間ちょくちょくあるけどでもラクなんよなこれがいちばんたぶん、というと、いやーぼくもう(…)さんみたいにストイックになれないっすよほんと、というので、いやいやこっちはこっちでほんまダメっダメなときもしょっちゅうやでマジで、ていうかもうおれのはただの病気やもん、これ病気、ほんまただの病気やからなじっさい、心療内科か精神科いったらぜったい病名もらえるもん、とかなんとかいっているうちに職場のほうがボチボチ忙しくなりはじめたので(…)くんにもよろしくね、いまの部屋は広いしふたりくらい泊めれるからまたヒマと金があったら京都においでよといって通話をきりあげた。こちらが電話を切るなり(…)さんがおまえ(…)と電話しとるんか思ったけど(…)以外にもツレおんのやなというので、ぼくんことなんやと思っとるんすかというと、おまえでもいま電話でも今週いっぱい木曜日に大家さんとひとこと挨拶した以外はだれとも口利いてへんていうてたやないけというものだから、東京、東京にいったらこれでも何人かは付き合いのあるやつおるんすよ、いまのは(…)をむかえにいったときにアパートに泊めてくれたやつです、音楽作っとるのおるって前言うた、ちょっと緊急の用事やったもんで電話きれませんでしたわ、仕事中やのにすんません、と適当なことをいうと、ああー前いうてたな、とあり、それから一瞬沈黙があったのち、なんなん、やっぱりつまってまうと電話とかするもんなん、スランプってきついもんなん、と問うてみせ、その声のトーンがいつものおちゃらけた調子とちょっと違って、たぶんこちらがふだん職場ではあまり見せない側面を(…)くんとの通話越しという間接的なかたちではあるけれどもひさしぶりに、それこそ研修初日に(…)さん相手にイラストレーターやフォトショップが使えるんだったらそれで制作活動でもすればいいと猛プッシュしまくって芸術うんぬんについてアホみたいにしゃべくり倒した日ぶりくらいにさらしたそのことによるアレだと思うのだけれど声色がいつもとちょっと違って、じぶんの立ち入れない話題を前にしたときにひとが覚えるある種の気後れというよりもむしろみずからそこに見てとってしまったある種の力量の差からじぶんが立ち入りたくても立ち入れない話題を前にしたときにひとが覚えるたぐいの劣等感に近いなにかを秘めたとき特有の声色で、まあ気分転換は制作そのものよりも制作作業にとって重要かもしれんて思うことはありますけどねとこちらが応じてしばらく、知人からフライヤー制作の依頼が入ったという話をおずおずと切り出してみせるときの(…)さんの表情に、たとえば周囲よりもじぶんが音楽に疎いことを自覚する人間が音楽の話でもりあがるその周囲の人間におすすめの音源を聞かれたときにここで正直に応えたらなんだこいつレベルの低いやつだと軽蔑されるんでないかとひるみがちに動揺してしまうあの種の物腰が透けて見えて、こういう気後れ、こういう劣等感を目の前にするとじぶんはものすごく胸がしめつけられてしまう。身に覚えがあるがための共感なのか、それともじぶんのほうが高みにあることを自覚する尊大さを前提にしてしかおぼえることのない傲岸不遜な同情の一種なのかはわからない。でも胸がしめつけられてしまう。だから、おおー!やったやないですか!これでいい小遣い稼ぎにもなりますね!と、ひょっとしたらいくらかわざとらしく傍目には映ってしまうんでないかくらいの高い声で相手を鼓舞しようとしてしまう。
帰宅すると暖房がつけっぱなしだったのでこのクソ馬鹿野郎が!と憤った。帰路はアホみたいに寒かった。寒風が皮膚をつらぬいて骨に達するあの真冬の感触がこの夜を境にたしかにたちあらわれるのを感じた。シャワーを浴びてから部屋にもどると(…)がいたので、(…)くんとのやりとりを報告しながらくら寿司まで歩いて出かけた。(…)さん元気にしてますかっていうとったでと伝えると、ほんならおれもひさしぶりに電話してみよかなと(…)はいった。それから、あいつは落ちるときほんとに落ちるからなー、ほんで周りのことぜんぜん見えへんくなるし、ああいうときの(…)((…)くんのこと)はほんまあやういから心配になる、と続けた。おれってもしかするとわりと(…)くんとちゃうタイプの人間なんかなとつぶやくと、うーんそやなあーと一拍あったのち、ひとの影響受けやすいしなーというので、おれもけっこう影響こうむりやすいんよなーというと、そうなん!?と驚かれ、いやおれあんたにそんな印象まったくないわといわれたので、あれどっちなんだろうとわからなくなってしまった。それからなんか今日の(…)くんとのやりとりを通じておぼえたこの感じに既視感あるなーと思い、その正体が大学卒業間際の(…)とのやりとりであることにまもなく思い当たった。ずっと同じタイプの人間だと思っていたFのじぶんとは異なる側面が進路を決定するに際してはっきり表面化したときに覚えたあの驚きと似たようななにかを今日覚えたのだと思った。おれやっぱりどんだけアレでも働く気にはちょっとなれへん、これ以上じぶんの時間を奪われるってこと考えるだけでほんま胸のあたりがこうイライラっとすんねんマジで、想像するだけですっごいこう、うわうわうわーって頭爆発しそうになってしまう、いまいちばんの心配事はなにかいわれたら身体の不調とか借金とかちごて(…)さんがバイト辞めたあとの後釜がなかなか見つからへんくてその間ヘルプで勤務日数が増やされるんちゃうかってことやもんといったら、まああんたと同じシチュエーションであんたと同じ生活送るやつはおらんやろなと笑われた。
くら寿司ではめずらしくふたりで4000円近く使った。がちゃがちゃがひさしぶりにあたって光るコマをゲットした。それから例のごとく(…)にいってあまりに散漫すぎて再現不可能な会話の数々を交わした。(…)ちゃんが誕生日だというのでこれ安っぽく見えるかもしんないけど3800円費やしてゲットした代物だからという注釈つきで光るコマをプレゼントした。1時過ぎまで滞在したあとに店を去り薬物市場で甘いものだけ買って帰宅してから食い、それからふたりで延々と筋トレの話をした。ぜんぜん筋肉がついてくれないせいでいっこうに腰痛がなおらないとこぼしていると、上半裸になって全身に力を入れてみてと(…)がいうものだからいわれたとおりにすると、それをパシャっと写メで撮影し、撮影したその写真とボクサーとか細マッチョとかたぶんその手のキーワードの画像検索で出てきた画像とをならべて見せるなり、これを見ろ!おまえはすでに胸と腹にかんしてはそこらのボクサーと変わらない筋肉を有している!バッキバキに割れまくっている!ならば何が問題なのか!腕だ!肩だ!そのせいでひょろく見えるのだ!よく見てみろ!おまえは手首から肘にかけての腕の太さが二の腕の太さを上回っている!そのせいでこの写真にうつっているおまえはテナガエビのようになっているではないか(ここでふたりそろって爆笑)!要するに懸垂のしすぎなのだ!それよりもダンベルをするのだ!そして力こぶをつけるのだ!肩をでっかくするのだ!それだけで印象はおおいに変わるはずだ!おまえが鍛えるべきなのは後背筋でもなければ僧帽筋でもない!腕!とにかく腕なのだ!という筋肉神によるお告げがあったので、そうだったのか!!!!と開眼し、送料2000円をとられた例のダンベルが届いたらさっそく腕を中心に鍛えようと誓った。腰痛もはや関係ない。4時に寝た。