20140130

 五月に入ると、近所の国民学校の講堂で毎晩、点呼の予習が行われていた。それを正三は知らなかったのであるが、漸くそれに気づいたのは、点呼前四日のことであった。その日から、彼も早めに夕食をおえては、そこへ出掛けて行った。その学校も今では既に兵舎に充てられていた。燈の薄暗い講堂の板の間には、相当年輩の一群と、ぐんと若い一組が入混っていた。血色のいい、若い教官はピンと身をそりかえらすような姿勢で、ピカピカの長靴の脛はゴムのように弾んでいた。
 「みんなが、こうして予習に来ているのを、君だけ気づかなかったのか」
 はじめ教官は穏かに正三に訊ね、正三はぼそぼそと弁解した。
 「声が小さい!」
 突然、教官は、吃驚するような声で呶鳴った。
 ……そのうち、正三もここで皆がみんな蛮声の出し合いをしていることに気づいた。彼も首を振るい、自棄くそに出来るかぎりの声を絞りだそうとした。疲れて家に戻ると、怒号の調子が身裡に渦巻いた。……教官は若い一組を集めて、一人一人に点呼の練習をしていた。教官の問に対して、青年たちは元気よく答え、練習は順調に進んでいた。足が多少跛の青年がでてくると、教官は壇上から彼を見下ろした。
 「職業は写真屋か」
 「さようでございます」青年は腰の低い商人口調でひょこんと応えた。
 「よせよ、ハイで結構だ。折角、今までいい気分でいたのに、そんな返事されてはげっそりしてしまう」と教官は苦笑いした。この告白で正三はハッと気づいた。陶酔だ、と彼はおもった。
 「馬鹿馬鹿しいきわみだ。日本の軍隊はただ形式に陶酔しているだけだ」家に帰ると正三は妹の前でぺらぺらと喋った。
原民喜「壊滅の序曲」)



11時起床。めざましより5分ほど早くめざめた。歯を磨くためにおもてにでると雨だった。ストレッチをしたあと、昨夜作ったシチューの残りを食べた。13時より英語の勉強をはじめたが、胃の悪さと寒気に悩まされた。胃薬を服用したが、それでもいまひとつよくならず、おまけに眠気さえ催す始末だった。昨日から悩まされている脊椎からこめかみにかけて走る頭痛もあった。14時も半ばをまわったところでこれはもう無理だと思い、ダウンジャケットを着込んだまま布団にもぐりこんだ。寒気がとくにひどかった。
引き戸をひく音で目が覚めた。大家さんの声がした。這って出ると、小皿にいちごを三つ載せたのをどうぞと差し出されたので、どうもありがとうございますと受け取った。時計を見ると18時半だった。胃の悪さも寒気もひいていたが、頭痛は相変わらずだった。右のこめかみを指の腹でなぜるとしこりのようなものがあり、押さえると痛みが走った。眼鏡をかけると圧迫されて痛みの増すようであるのがわかったので、裸眼のまま英語の勉強の続きを一時間ほどした。それから自転車にのってスーパーに出かけた。自炊する気力がなかったので半額に値引きされた海鮮巻きを狙っていったのだが、寿司の大半はすでに売り切れであり、ただバッテラだけがかろうじて売れ残っていたものだから、気分ではなかったけれどもそれを買って帰った。
バッテラとチキンラーメンと納豆と冷や奴ともずくの夕食をとった。風呂に入り、部屋にもどってからストレッチをした。英語の勉強の続きにとりかかるか、それとも夜の部とわりきって執筆に転ずるか、時間割を組み立て直しているさなかにもこめかみはズキズキと痛み、これが頸椎に由来するものだとすればいずれにせよこれ以上デスクにむかうとまずいことになるという判断が勝った結果、布団に寝そべりながら『三つ目のアマンジャク』の続きを読み進めることにした。『カラマーゾフの兄弟』に似ていると思った。登場人物それぞれの視点から語られる「事件」にまつわる言葉の矛盾が、物語の端的な推進力としての「謎解き」の形式を帯びてリーダビリティを確保しつつも、その核心はあくまでもポリフォニックな構造にこそ置かれてある。
3時になったところでパンの耳を1枚だけ食べ、ブログを書いた。歯を磨くためにおもてに出ると、深夜にもかかわらず暖房の入れてある室内とそう変わらないようにおもわれる奇妙ななまぬるさをはらんだ微風が吹いていた。『三つ目のアマンジャク』をもうしばらく寝床で読み進めたのち5時前に消灯した。頭痛は結局一日中おさまらなかった。痛みがあらわれたり消えたりするその法則がつかめないのがまた厄介だった。特定の姿勢がスイッチになっているのではないかとも疑われたのだが、どうもそういうわけでもないらしい。痛みの動線を追うとたしかに脊椎に由来するものであるらしいように思われるのだが、脈打つたび痛むようでもあるこめかみにはしかしあきらかにしこりのようなものがある。体調が悪いと時間割が狂うのでとてもイライラするし、そのイライラがさらなる体調の悪化を呼びまねくことになってしまって、こうなるともう一日が使い物にならなくなる。そしてそのような使い物にならない一日が最近とみに増えつつある気がして(このところ木曜日にはきまって体調を崩し長い昼寝をとってしまっているのではないか?)、その事実にまたイラつく。