2014323

私はたとえば、言うべきことをほとんどもっていないときにかぎって、あれこれ多くのことをしゃべってしまいます。すると人々は、あいつは言うべきことをたくさんもっていると考えてしまうのですが、でも実際は、その反対なのです。そうした場合の私は、こう言ってよければ、テレビのようなものです。テレビでは、ほとんどなにも言わないようにするために、あるいはまた、言うべきなにかを言わないようにするために、多くのことが語られます。
ジャン=リュック・ゴダール/奥村昭夫・訳『ゴダール映画史』)

 私はいつもこうしたやり方をとっていました。つまり、ある状況設定(シチュエーション)を考え出し、ついでそれを書くわけです。ちょうど諸君が、自分が予定している、恋人とか銀行経営者とか自分の子供とかとのデートの際に自分がとるべき態度や言うべき言葉をかなり前から準備し、ついでそれを実行にうつそうとするようなものです。諸君には、そのデートの際に自分がおかれる状況も舞台背景も、よくわかっています。自分がそこへ出かけるということもよくわかっています。そしてやがて…… それでも、諸君がデートの際に恋人とかわす会話は、即興的につくられたものであるはずです。その会話は、準備されたものであると同時に即興的につくられたものなのです。
 だから私が思うに、こうしたやり方はよりノーマルなやり方です。なぜなら、こうしたやり方をとるということは、現実の条件のなかに身をおくということだからです。そしてそれによって、現場でなにかを発見したり、準備したものを変更したりすることができるようになるのです。それに、事前によく考え、十分に準備しても、現場でそれらを完全に変更してしまうことさえあります。私はいつも、現実の条件にしたがって映画をつくってきました。どのシーンも、私が現場で発見したものにしたがって、本物の真実にしたがって撮影してきました。そして、かりにそのために映画の方向を変えなければならなくなれば、それにしたがいます。その場合は、映画が自らが継続するわけです。またそれこそが、真の編集(モンタージュ)というものです。映画は自らを編集し、自らの方向を変えるのです。
ジャン=リュック・ゴダール/奥村昭夫・訳『ゴダール映画史』)



 5時半起床。ブロガーの朝は早い。歯を磨き、ストレッチをし、パンの耳2枚とコーヒーの朝食をとったのち、アシュケナージの『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集』を聴きながら前日分のブログ記事の続きを書いてアップした。
 労働。ひさびさに体重をはかってみると58.5キロに落ちていた、ショックだった。空腹時の計量であるとはいえ、いちどは人生初の60キロ台に達したはずの体重がかくもたやすく落ちてしまうとは! 飯はそれ相応に食べているつもりなのだけれど、東京滞在中はけっこう適当な食事ですませてばかりいた気がするし、なによりいっさい運動をしていなかった、それが原因なのかもしれないと思ったけれども、仮にそれが原因だとしても一週間かそこらで一気に痩せすぎだろという話である。きのうBさんからおでこのあたりがやたらと黒いようにみえるんだけれどと指摘されて、日頃ただでさえ控え気味である外出の花粉をおそれてますます遠ざかりがちである身のくせして一丁前に日灼けするというのもおかしな話だと首をかしげていたのだけれど、今日は今日できのうは休みだったTさんからいきなりMくんなんか顔色いつもとちがうくないかと指摘されて、妙にテカテカしてみえるというのだけれど、それってつまりは黒光りしてるってことなのかと思い、顔が黒ずむっていうのはたしか肝臓とか腎臓が駄目なときではなかったかとどこかで見聞きしたおぼえがあったのでEさん譲りのスマートフォンで調べてみると、たしかによくなくて、体重減少とあいまってなんか「いやな感じ」(高見順)がした。
 客が購入したばかりのユニクロのTシャツをゴミ箱に捨てていったとTさんが持ってきてくれたので、Lサイズでこちらにはでかすぎるのだけれど、とりあえずほかにほしいひともいないというし、この夏の部屋着として使わせてもらいますといただくことにした。
 耳かきが好きで、自宅でもしょっちゅう耳かきでこりこりやってるし、職場でも出勤するたびにだいたい綿棒でごそごそやってしまうのだけれど、きょう例のごとく綿棒を右の耳穴につっこんでみたところ、先っちょがうっすら赤く染まっていたので、これちょっとやばいかもと思った。もう何年もまえになるけれども、いちど耳かきのやりすぎて右耳が我慢のならないほどかゆくなったことがあって、そのかゆみのせいで目覚めたのであったかあるいは別の理由で目覚めたのであったか、おそらくは後者だったように思うけれどもとにかく朝早く起きて、というか起きるとかいうまえにそもそも単純に寝つくことができずにそのまま朝をむかえたのであったような気がしないでもないしそのあたりの詳細は過去ログを探ればきっと出てくるのだろうけれどとにかく、ひとけのない早朝の街を当時住んでいた区域からそれ以前に住んでいたアパートのあるほうまでカメラを片手にぶらぶらと歩いたことがあって、その散歩の途中に行きつけの耳鼻科の前を通りがかったさい、もういっそのことこの近所で開院時間まで時間をつぶしてそのまま診てもらおうかと考えた記憶が(つまりそれほどひどいかゆみだった)ある。あのときはたしか結局いったん帰宅したはずだ。その散歩の折り、いぜん住んでいたアパートの近所にあった銭湯の近くで耳の切られた猫を見かけたのもおぼえている。たしか尻尾も切られていた。びっこもひいていたんでなかろうか。ボウガンと刃物を手にした男の像が浮かんだ。
 耳についていえば家系的にもあまりよくないみたいであるし、突発性難聴にかかったときも右耳が低音をほとんど聴取できていないと医者にも指摘され、ひととしゃべっていても聞き取れないことがわりとしばしばあって、左耳はまだマシなんだけれども、たぶんこのままいけばわりと若いうちから補聴器の世話になるんだろうなという予感はなんとなくある。ひとより聴力の劣っていることを認識する機会がじっさい年々増えている。
 昼過ぎにYさんからメールがあって、熟コン筋クリートが延期になった、とあった。相手側のひとりがとつぜん今回の集まりに来られなくなってしまったらしく、それを受けて「誰々さんが来ないんだったらわたしもいかなーい」「それじゃわたしもパス」「わたしもー」みたいな、Yさんいうところの「薄気味悪い連鎖が生じた」らしい。いちおうほかの面子をあたるなり別日程で予定を組むなりの方向で話は進んでいるらしく熟コン筋クリートそのものがお流れになったというわけではなさそうなのだけれど、なんとなくこのままなかったことになっちゃうんじゃないのかという気もしないでもないというか、くだんの五十路女性にむけてはJさんのバックグラウンドをあらいざらいすべて話してあるときのうYさんがいっていたのだけれど、それ原因じゃないの、みたいな、これのこのこ出かけていったらさらわれて沈められるんじゃないのってみんなびびって逃げただけなんじゃないのという気がすごくするのだけれど、どうだろうか。Jさんに伝えると、日頃のおこないがわるいとあかんの、と気落ちしながらも、しかしMくんよ、今度の金曜が駄目になったってだけなんやろ、要するにその、延期ってわけやな、よっしゃ、そいじゃそれまでにちょっと稼いどかなあかんの、にひひっ、とあくまでもポジティヴであった。
 きのうにひきつづき勤務中のヒマを縫って、というかおそろしいことにこの三連休のあいだ信じられないくらい閑古鳥が鳴きっぱなしで、通常の連休だったらこんなこと考えられないのだけれどほんとうにスッカスカで、これいったいどういうことなんだとほとんど不気味な印象さえ抱くのだけれど、でもま、とにかく、そのおかげで内職をする時間もとれたわけだから別にかまいやしないというわけでジョン・バンヴィル『海に帰る日』を読み終えた。「回想」と「感傷」が手をむすんだ文学的定型を踏まえながらもしかしその遺産に乗っかることなく書くことはできないだろうかと考えた。ゴダールの『愛の世紀』のような逆立ちした二部構成で書いてみたいという思いは以前からあったのだけれど(そしてそこには『海に帰る日』のなかにある《実際、思い出そうと十分に努力しさえすれば、人は人生を繰り返し生きられるのかもしれない》という一文が構成の起源として生きる余地もある)、たとえばたしかに感傷的ではあるのだけれどその感傷の質感が通常とは異なるために感傷の一語に落としどころを見出すことができない、つまり、そのために感傷(とひとまずは命名されてあるところの感情)の更新を余儀なくされてしまうそんな小説も書くこともできるんではないか。連作短編を書くべきなのかもしれない。あらゆる感情を更新する(それはつきつめれば感情の無効化にもなるのではないか?)、そんな連作短編を。《クロエと過ごしたあの数週間は、わたしにとっては、多かれ少なかれ恍惚とした屈辱の連続だった》という一文の《恍惚とした屈辱》という表現はアリだなと思った。あとは用いられている文脈はたいしたことないのだけれど、《夜は長く、わたしは気が短いのだから》というのもいい。《夜は長く、わたしは気が短い》で裁ち落として冒頭にはりつければ、そこそこ有名な小説の書き出しのように見えなくもない。
 スーパーに値引き品をあさりにいったらちょっと高い目の寿司(カンパチだったかハマチだったかもう忘れてしまった)が四割引になっていて、四割引でもそこそこするのでどうしよっかなーと迷ったあげくええいままよっと勢いで購入したのだけれど、よくよく考えてみればくら寿司で15皿喰らったのちに喫茶店でコーヒー飲むとなれば二千円はかかるわけで、それにくらべたら全然どうってことないではないかと気づいた。甘いものも買った。それからコンビニでカップ麺とウーロン茶を購入して帰宅した。準備は整った。風呂にいこうと思ったら部屋から大家さんのお宅にむかうまでの屋外の道のりにみかんがひとつ転がっていたらしく、革靴で思いきり踏みつぶしてしまった。シャワーを浴びるまえに大家さんから声をかけられ、娘さんからもらったものといっていたような気がするけれどもなにかしら特別な梅干し、塩昆布かなにかで巻いてあるみたいなことをいっていたのだけれどそんな梅干しをもらったのでお裾分けするとあったのでどうもありがとうございますと全裸でお礼した。
 部屋に戻ってストレッチをした。それから22時半までブログを書き進めた。若干の眠気をもよおしたところで打ち切った。それから派手に酩酊して寝た。