20140501

 街道はそこから右へ曲っている。渓沿いに大きな椎の木がある。その木の闇は至って巨大だ。その下に立って見上げると、深い大きな洞窟のように見える。梟の声がその奥にしていることがある。道の傍らには小さな字(あざ)があって、そこから射して来る光が、道の上に押し被さった竹薮を白く光らせている。竹というものは樹木のなかで最も光に感じ易い。山のなかの所どころに簇(む)れ立っている竹薮。彼等は闇のなかでもそのありかをほの白く光らせる。
梶井基次郎「闇の絵巻」)

 星空を見上げると、音もしないで何匹も蝙蝠が飛んでいる。その姿は見えないが、瞬間瞬間光を消す星の工合から、気味の悪い畜類の飛んでいるのが感じられるのである。
梶井基次郎「交尾」)



 五月だぜ!
 10時起床。四時間の昼寝プラス五時間の夜寝でたっぷり眠ったはずであるにもかかわらず身を起こすのに難儀した。なぜここのところこんなにも眠気ばかり催しているのだろうか。春眠暁をクソ覚えずな毎日である。歯を磨き、ストレッチをし、パンの耳2枚とコーヒーの朝食をとった。
 11時過ぎより14時半過ぎまで「G」作文。マイナス1枚で計263枚。あいもかわらずの読み直し。ぬるさをおぼえれば容赦なくボツにし、ボツにならないものは全面的に書きあらためるといういつもの審判。ようやく文章がさえわたってきたかもしれない。「冴え」や「キレ」というのはやはり引き算の妙味であるなとあらためて思った。「A」を脱稿したあとのものとは到底おもえぬだらしない文章が目についてやまぬのにはてなと思いもするが、しかし「J」と並行して書いていた時期のものであるのだからと考えるとそれ相応に納得はいく。「J」は「A」とはまったく別の領域における探検であったが、「G」はおそらく主題的にも文体的にも「A」の延長線上にとらえてみることの可能な程度には親近性をもってあるように思われる。作文中はUAの「ソウゲンノハオト」ばかり単独リピートで聴いていた。テリー・ライリーやラ・モンテ・ヤングぐらい飛ばしてしまうと逆にむずかしくなるが、この楽曲のようにプリミティヴでミニマルな要素をそれ相応にとりいれながらもメロウに仕立てあげてあるようなのは作業という作業にうってつけであるような気がする。
 ダンベルを使って筋肉を酷使した。図書館に出かけて川村二郎『アレゴリーの織物』とフラナリー・オコナー『賢い血』を借りた。後者はずっと以前に購入して持っているはずなのだが、ダンボールをほじくり返すのが面倒なので借りてすませることにした。スーパーに立ち寄り買い物をしてから帰宅した。ほとんど三ヶ月ぶりにマスクなしで外出したけれど問題なかった。とてもすがすがしい。いい気分だ。GWが空けたらひさしぶりに鴨川のベンチにでも寝そべってゆっくり読書したい。
 『アレゴリーの織物』をぺらぺらっとめくったのち夕飯の支度をした。玄米・あさげ・納豆・冷や奴・もずく・茹でた豚肉・レタスとセロリとトマトのサラダをかっ喰らいながらウェブを巡回した。本を片手に寝床に横たわってまもなく仮眠をとった。15分経ったところで起きたが、足りなかったのでさらに15分追加した。めざめると19時だった。夜は喫茶店でゆっくり読書でもするつもりだったが、だんだんと出かけるのが億劫になってきたので(どのみち明日は外にでる用事がある!)、そのまま自室にいすわりだらだらと書見にはげむことにした。『アレゴリーの織物』、ムージルの訳者ということで借りてみたはいいものの、あんまり面白くない。
 21時に達したところで風呂に入った。部屋にもどりストレッチをし、22時より1時半までひたすらちくま文庫梶井基次郎』の抜き書きにはげんだ。途中でキムチトーストを食し、終ったところでチーズトーストを食した。冷凍庫のなかを埋め尽くしているパンの耳をこれからガシガシ消費していくことにしたのだ。抜き書き中またもや死の予感にとりつかれているらしいのを自覚した。死にたいと思う思わないの域ではなくなぜかじぶんの死が不可避の未来としてすぐそこに控えているという確信のようなもの、それにたいして絶望も救済も感じることなくただとっくにわかりきっている事実としてすでに余生の域に足を踏み入れているおのれを俯瞰している当然の感じ、こちらのふるまいのひとつひとつがもはや飛ぶ鳥跡を濁さぬための後片付けでしかないと見なしてある視座、こうしたもろもろのすでにしっかり根付いてあるらしいおのれの認識を『A』を出版して以降たびたび自覚する。それも不意に見舞われたり苛まれたりするのではなく、とっくに諒解の底の底に位置づけられてあるものがひょんなことから浮上しそのたびにそういやそうだったなとあらためてとらえなおすともでいうような、そういう平明さで。臨終間際の床でT相手に、やっぱおれの勘って当たるよな、と話しかけている図すら幻視する。
 抜き書きを終えてから歯を磨き、そうして書物片手に寝床についた。3時半消灯。