20140530

 四十三年も前の夏のことになるか、と数えた時、むやみに年を数え返すものではない、と昔の年寄りに言われたことを思い出した。死んだ子の年を数えるの類いへの戒めと取っていたが、この年になって四十何年という歳月をたどり返せば、往事渺茫ならまだしも、いま現在のほうが怪しくなりかかる。呼ばれて過去が振り返り、まだ生きていたのか、ほんとうに生きているのか、と不審の顔をする。つられて、生きながら生前を思っているような、所在の不明の心地になる。死期を尚早に悟らされることになりかねないので、やめておけ、という意に取り直した。
古井由吉『野川』より「彼岸」)



 夢。職場に自転車で出勤すると裏手の駐車場に木梨憲武がいる。従業員用の出入り口付近には石橋貴明がいて、匿名的な同僚相手になにやら素人いじりのようなことをしている。その匿名的な同僚の持ち物らしいチェロケースのようなものが壁にたてかけられている。そのなかにじぶんの乗ってきた自転車を無理やりつめこんでおどろかせてやろうと画策する。よくそんな馬鹿なこと思いつくな、とあきれたような苦笑いで木梨憲武が手伝ってくれる。
 夢。匿名的な相棒の運転する車の助手席に腰かけている。真っ暗闇の夜である。ときおり道路の端から力士のような巨漢が道の真ん中に飛び出してくる。当たればゲームオーバーらしい。巨漢はたいてい道路の左手から飛び出してくる。よって道路の右手によっておけば飛び出しをあきらめるという攻略情報を得ているので、相棒にそのとおり指示する。回避なんてせずそのまま轢いてしまえばいいんでないかと相棒がいうのに、巨漢のそばには必ず警官がひかえているので駄目だ、轢けば轢いたでやっぱりゲームオーバーになる、と答える。闇夜の道路にあらわれるのは巨漢ばかりではない。ドラクエのゴーレムもあらわれる。ゴーレムは轢いてもかまわないと告げると、相棒はよしきたとばかり遠慮なく真正面からぶつかっていく。はしごをおりている。すでに夜ではない。朝方のようでもあれば曇り空の日中のようでもある。はしごをおりた先は車三台分のくらいの、余った土地でなんとなくこしらえたようなアスファルトの駐車場になっている。そこにまたゴーレムがあらわれる。徒歩のふたりであるにもかかわらず轢殺する。ボロボロに崩れ落ちた身体はすぐに再生するのできりがない。はしごをのぼって上に戻ろうとするとヴァンパイアのようなフロックコートを着用した白髪の初老男性があらわれる。ピストルを持っているようだったのであわててこちらもピストルを取りだすが、あいにく弾切れである。しかたがないので手元にあったレンガブロックで相手の頭部を何度も打ちつける。おなじ衣装の今度は若い女性があらわれたので、いつのまにか入手できていた銃弾をこめて今度こそピストルでそのこめかみを撃ちぬく。死んだ女性の遺体をまさぐり隠しもっていた銃弾を確保したところではしごをのぼる。するとその先では何十人ものフロックコートの男女がそれぞれの私物らしいオープンカーに腰かけたり寝そべったりしている光景が待ちうけている。敵ではなく仲間だとおもわせるにはどうすればいいかと考えていたところで、レンガブロックで撲殺したはずの男がはしごをのぼって来るのが見えたので口の中に銃身をつっこみ引き金を引く。それでもはしごから手をはなさずふらふらしているその頭部めがけてレンガブロックを何度もしたたかにうちつけながら、ひとり殺すのにこれだけの手間がかかるのかと先が思いやられる。
 10時半にめざましで起きた。携帯のアラームを設定しなおしてから二度寝し、次いで11時に起きた。うーうーいいながら布団のうえでぐずぐずしているうちにまた眠りこけてしまい、気づけば12時だった。最近このパターンばかりだとげんなりしながら身体を起こした。味気のない歯磨きをしてからおもてに出ると夏日だった。うなじに射しこむものがひりひり痛かった。顔を洗ってから部屋にもどり、Yさんにメールを送った。散漫な気分でストレッチをしていると折り返し電話があったので出た。あれだけ行くなよとみんなで制していたパチンコにJさんは結局昨日出かけたらしく見事にまた5000円すったらしかった。いちおう今日の飲み会は決行できるとのことだったが、すでに素面ではない。あくまでもほどほどにおさえてあるみたいだから大丈夫だという。電話を切ってからパンの耳とコーヒーの朝食をとった。Wさんから「追加情報」が送られてきていて、来月6日の金曜日だったら岡崎乾二郎がギャラリーに在廊しているらしかった。そしてその日に造形大のほうで浅田彰をホストにして講演もあるという。『A』を持っていって無理やり押しつけてこようかなと一瞬考えたが、それはそれでちょっと気が引ける、というか在廊するのはほんの一時間程度だけらしいのでその時間帯に客足の集中するかもしれないことを考えると、もう別の日でもかまわないかなという気にもなるが、しかしせっかくだしひとことふたことちょっと交わしてみたいなという気持ちも当然あってなんせ悶々する。 メールチェックをしたあとコーヒーをのみながらウェブを巡回しているとAさんのブログに荷物の発送が遅れるというこちら宛てのメッセージがあったので、こちらはTwitter経由で返信した。メールをもらってその返信を書いたことをそのままここで書いたり、ブログやTwitterでメッセージをもらったことをそのままここで書いたりしているこの感じ、なんかおぼえがあるなーと思ったけれどもアレだ、小島信夫の『寓話』だ。
 ここまで書きおえると14時半だった。扇風機をつけたにもかかわらず死ぬほど暑い室内である。18時半の集合時刻までまだ間があったので、パンの耳も切れたことであるし思いきって日中から喫茶店に出かけることにした。15時から17時前まで滞在して「G」改稿を進めた。128番まで。なかなかはかどった。冷房の具合がちょうどよかった。出勤前のYさんとちょろっとあいさつした。今年はじめてアイスコーヒーをオーダーした。冷凍庫がいっぱいになるくらいのパンの耳を手土産に帰宅してからバナナを食べた。『今昔物語』を少し読んだ。それから腕立て伏せをした。汗をかいたのでシャワーを浴びた。するとEさんから電話があった。今日みんなでご飯行くんけ、というので、聞いてませんでした、とたずねかえすと、いいや知らんかった、とあった。Jさんから二万円貸してくれといわれたが手元に三千円しかなかったので貸せなかった、みんなに大盤振る舞いするための金をひとから借りるというのも本末転倒な話だがいずれにせよJさんは現状ほぼすっからかんであると見てまちがいない、だからどこで食事をするにしてもそのあたりカバーしてやったほうがいい、とあった。明日は忙しくなるぞ、といった。系列支店がとうとう閉鎖を決めたらしかった。そのことに関連してこれからしばらくバタバタすることになりそうだ、とあった。
 電話をきり軽くひっかけてから家を出た。レンタルビデオ店の駐輪場にケッタを停めて待ち合わせ場所にむかうと私服姿のBさんがいた。集合は18時半だったけれど到着したのは40分だった。Bさんは20分には着いていたのだといった(性格が出る!)。立ち話をしているうちにYさんがあらわれた。衝撃の事実をお伝えしなければならないといった。5000円負けたって話以上にですかと問うと、5000円じゃなかった、手持ちの15000円すべてをつぎこんだのだ、ゆえにJさんはいま現在ひとさまにごちそうをするとかそういう域にはない、なんだったら明日の飯さえ危ういくらい追い込まれている、と続いたので、死ぬほど笑った。しばらくすると自転車に乗ったJさんがあらわれた。オーラの欠片もない巨漢がたいそう申し訳なさそうな表情で近づいてくるのでここでもまた死ぬほど笑った。えらいすんまへん、ほんっとワシ情けのうて、としきりにいうので、もういいからと三人で制してそのまま店に連れ込んだ。こういう事態もありうるだろうとうすうす予想はしていたのだ、いずれにせよすぎたことはしようがない、今日はみんなで割り勘して持つからとりあえず元気を出しなさい、でないとせっかくの酒の席も盛り上がりに欠ける、といった。ビールとジンジャエールが運ばれた。Jさんの生活のために乾杯し、串カツを食った。
 記憶が若干あやしいのにくわえてとてもパブリックにさらすことのできない話題ばかり飛びかう会合だったので記述はひかえる。というか職場まわりの記述は(あれでも)いつもかなり抑えている。検閲しまくっている。すべてさらけだせばものの五分で炎上する。
 22時半だったか23時だったかに店を出た。横断歩道を渡る手前で自転車のJさんと別れ、渡りおえたところで電車のBさんYさんと別れた。足元がふらふらだった。薬物市場にたちよって牛乳とティッシュと歯ブラシと歯磨き粉と甘いものと飲むヨーグルトを購入した。帰宅して風呂場にむかった。脱衣スペースにまずでかいゴキブリが一匹いて、風呂場のなかには二匹いた。一匹は逃げた。もう一匹は熱湯をかけて退治した。風呂からあがってストレッチをするころにはすっかり素面だった。甘いものを食って飲むヨーグルトを飲んで、『今昔物語』片手に寝床にもぐりこんだ。蒸し暑い夜だった。寝苦しいと感じたのは今年はじめてだった。これからしばらくはこんな夜が続くのだ。