20140624

(…)「渡欧します」という二人名前の葉書を五十枚、近所の印刷屋で刷らせた。宮島が、護身用にと言って、父の刑事時代に押収した、桜皮の仕込み杖を餞別にくれた。彼らしい時代ばなれした心づかいであった。まっ赤に錆びているので、刀屋に研いでもらいにゆくと、変装ものは禁制だから研げないと拒られた。岡本潤が来たとき、形見に、春画一枚と、喧嘩する時に使うようにとその仕込み杖をわたした。岡本は欣んで、茣蓙に包んでもって帰った。
金子光晴『どくろ杯』)



 2時過ぎにいちど目がさめた。冷蔵庫のなかからペットボトルをとりだして水を二口ほど飲んだ。寝床に戻るまぎわに玄関の小窓越しにおもてで立ち話をしている男の声が聞こえてきたので、目覚めの原因はこれかもしれないといまいましく思った。寝床にもどってからも声はやまなかったので耳栓を装着した。イライラが募りつつあった。募りつつあるもののせいで目が冴えはじめていた。耳栓越しにもとどく笑声が何度か立った。キレれればキレたその興奮のために二度寝できなくなるという懸念があったので平常心を心がけていた。けれどもそれもじきにどうでもよくなった。耳栓をひっこぬいて寝床からおきあがり部屋の引き戸をバーンとあけて裸足でおもてに出た。こちらの部屋の正面に陣取っている別の平屋の壁際に設置されているベンチに男がふたり腰かけていた。やかましいわ、といきなり告げた。おまえら声ぜんぶ部屋入ってくんのやぞ、と続けると、硬直しているらしい口元からすみませんと漏れた。日中はかまわんけどな、夜中くらいよそいけや、なんぼアホでもそんくらいわかるやろ、とまくしたてるこちらのひとことひとことに、すみませんすみませんとぺこぺこする一方なのがまた頭にきて、わかったんやったらさっさと散れ、とそこではじめて吠えた。そうして玄関の引き戸と部屋のガラス戸を下宿中にひびきわたるくらいの強さでガラガラピッシャンと閉めた。寝床に就いてから、どこの部屋の住人なのか聴取しておくべきだったと悔やんだ。暗がりのなかの裸眼だったのでまったくもって顔がわからなかった。なんとなく、やせがたのふたりだという印象はある。二度目があったら胸ぐらつかんで首根っこ絞めてやると思った。イライラはたやすく引いたが、はっきりと目覚めてしまったそのために二度寝は困難だった。寝床で一時間近く無為に歯噛みしつづけていた。
 めざましは4時半に設定してあったからようやく二度寝に達したばかりのところで起こされたわけだった。連中に奪われた睡眠を取り戻すためにもせめて30分でも追加して眠ろうとめざましを設定しなおした。そこからはアラームが鳴るたびごとにベルに手をのばすというのを延々とくりかえしたらしい。クーポンメールの届いた携帯の震えで目がさめると8時だった。これで計画がすべて崩れた。前夜を思ってイライラした。すべてあのふたりのせいだった。やはり部屋番号をたずねておくべきだと思った。ほかの住人とすれちがうことがあったらなるべく強い目線を送ることにきめた。それでなんらかの反応を浮かべるものがあったらそいつが例の二人組にちがいない、退居したくなるくらいびびらせてやると起きぬけのイライラした頭で思った。歯を磨いて顔を洗って部屋にもどりストレッチをした。腰がずいぶん悪くなっているようだった。きのう掃除部屋をまわっている途中Eさんとたまたま合流したことがあって、あんま張りきりすぎても体もたへんぞと言われたのだったが、体力は本当に問題なくて、というかジョギング代わりという名目もあるくらいなのだからむしろわざわざ体に負荷をかけるような動きばかりとっているのだけれど(重い荷物を運ぶのに階段を一段抜かしで最上階まで突っ走るみたいな)、問題はむしろ作業時間を確保するために寝不足気味となっているほうで、寝不足だとささいなことでものすごくイライラしてしまう、職場ではとくに問題ないのだけれど自室滞在中や作業中のイライラの頻度が目にみえて上昇している、それがすこし心配だと語ったばかりだった。パンの耳2枚をトースターにセットしてから水場でティファールのなかにそそいだのが沸騰するのを待っているあいだ、ちらしの配達人がやってきておりたたんだ数枚分を郵便受けに入れようとしているのが見えたので、ああもうそれええわ、と間遠に制したこちらの声がやはり剣呑だった。このままだといずれなんらかのトラブルを起こしてしまうんでないかと心配になった。週休二日制は少なくとも六月いっぱいは確定で、場合によっては七月いっぱいになるんではないかと踏んでいる。Eさんの手が空いてきたらじぶんの代わりにEさんにやってもらえばいい仕事内容なのだから、そうするともうすこし休みは増えるかもしれないが、あまり甘い見通しを抱きすぎるのも危険なので七月いっぱいとなるべく考えるようにしている。火曜日もやっぱ出たほうがいいっすかとたずねると、もうええから、おまえはおまえの仕事あるんやしちゃんと家で書いとれ、とEさんはいった。
 朝食をとり洗濯機をまわしてここまでブログを書くとすでに10時半だった。喉がかすかに痛んだのでのどぬ〜るスプレーを噴射した。Jさんは風邪気味だときのういっていた。Eさんも体調が悪そうだった。このタイミングでだれかが体調不良で休みとなったらはっきりいっておしまいである。自室で作業をするべきかと思ったが、せっかくの休みくらい豪勢におもてに出たいと思ったので、パソコンをもってサイゼリヤにむかうことにした。押し入れの奥からいぜんから持っていたTシャツを数枚引っ張りだして使えそうな組み合わせはないものかと手持ちのパンツとあわせてみた。可もなく不可もない組み合わせをどうにか一組ひねりだすことができたのでそれを着用しておもてに出た(レギュラー陣はすべて洗濯中だったのだ)。すでに日射しはきびしかった。11時ぴったりに開店直後の店に入ったが、先客は三組いた。秋葉原の加藤智大に似ている男がひとりで席についてポメラで作業をしていた。ドリンクバーだけオーダーして「G」にとりかかった。12時を少し過ぎたあたりからいきなり店が混雑しはじめた。講義を終えて昼休みに入った同志社の学生らしいと見ているあいだにも次々と入ってきて喫煙席・禁煙席ともにすべて埋まってなお客足の止まらない勢いだったのでしかたなく席を立った。12時半だった。いちど下宿に帰宅して荷物だけ置いてからスーパーにむかった。食材を購入するつもりだったが、総菜コーナーにあったビビンバ丼が美味そうだったので購入した。帰宅してからそのビビンバ丼と魚ソーメン(これもはじめて見かけたものだったので買ってみたのだったがすごくまずかった)と納豆と冷や奴をかっ喰らった。そうして13時半からふたたび「G」に取り組んだ。熱気で蒸し蒸ししたのでエアコンをいれた。すぐに冷えたのであとは扇風機にまかせた。16時まで粘った。たいしてはかどらなかった。すこし麻痺しているようだった。それに腰も重かった。252枚。196番。
 17時まで仮眠をとった。起きてから夕飯の支度をととのえた。発芽玄米・トマトとレタスとおくらのサラダ・塩茹でした鶏もも肉をかっ喰らった。それからウェブを巡回し、風呂に入り、部屋にもどってストレッチをしてからブログを書いた。休日の後半を英語と読書のいずれにあてるべきか迷うところがあった。週休二日制ではどのみちたいした時間をとることはできない、であれば読書にあてるべきではないかという考えと、たとえほんのわずかな時間であるとはいえかまわず地道に英語の勉強をすすめるべきではないかという考えのあいだで宙に吊られているじぶんがいた。吊られたまま結局どちらか一方に傾くこともなく寝床に就いた。さっさと眠って頭を切り替えて翌朝の執筆に時間をあてるのがベストだと考えたのだった。22時消灯。