20140702

(…)あとの人生がぬけ殻としかおもえないような栄ある死が私をあくがれさせたが、いまおもえば、そんな私は、私にもそんなおもいがあったのかとおもうほどまだ若かった証拠である。 (金子光晴『どくろ杯』)



 7時半に起きた。歯をみがき顔を洗い部屋でストレッチをしたのち昨日付けのブログを投稿し牛乳だけ飲んで家を出た。道をゆずることを知らぬ歩行者と歩いているほうがずっとはやい速度でちんたら運転する自転車で混雑する9時出勤の通勤路に例のごとくイライラしどおしだった。
 こちらの出勤するよりはやく密談を交わしていたらしいEさんとBさんから水曜日はもう休んでもらってもかまわないと到着するなり告げられた。気持ちだけいただいておく。客足がにぶりはじめたら出勤日を減らすなり出勤時間をもういくらか遅らせるなりの便宜をはかってもらうつもりではいたが、人員もそろわない客足も変わらないあいかわらずの忙殺状態にあってじりじりと体力の目減りしていく同僚らの惨状を目の当たりにしながらじぶんだけがぬくぬくと週休五日制に甘んじる気にはとてもなれなかった。こんな気持ちは誤算だった。こんな気持ちになるとは思ってもみなかった。失敗があるとしたら彼らと仲良くなりすぎてしまったことだった。なにひとつ共有するところのないひとたちと毎日笑いあっている。ごろつき、どん底、うらぎりもの、ひとでなし、チンコロ、すれっからし、ごうつくばり、カス、クズ、馬鹿、レイシスト、チンピラ、ヤクザ、前科者、嘘つき、行方しれず、死にかけ――醜悪きわまりない健全さをやどして屈託ない屈折だらけの命あるものたち!
 午前中は冷蔵庫の補充と荷物運びと廊下の掃除に取り組んだ。午後からはいつもどおりのおおいそがしだった。どいつもこいつも昼間っからお盛んなことだった。読み書きの時間が使用済みのティッシュを拾いあつめる時間にとってかわられてあることを思ってそれもまた人生かとやけに余裕のある感想をもった。なにを達観したふりをしているのかじぶんでもよくわからなかった。Bさんがひどい風邪声でずいぶん体調も悪そうにみえた。伝染したJさんはほぼ完治したらしかったが、連日のおおいそがしと残業だらけの日々にさすがに疲れのたまっているようだった。その分じぶんがいちばんよく動いた。臨時出勤をはじめて筋肉痛になったのは初日だけ、それも右手の親指と人差し指のあいだのあの握力をつかさどるふくらみの筋肉だけだった。ふつうはみんなほぼ全身筋肉痛になるものなのだがといってEさんはおどろいていた。
 18時にタイムカードを切って職場をあとにした。例の商店街を通ると、20時あがりのときには閉まっているほうのスーパーが開いていたので、立ち寄ってみることにした。数軒先にある遅くまで開いているスーパーとはちがって、清潔感に欠ける店内のごみごみとした陳列が、安っぽくてうすぎたない蛍光灯のひかりとあいまっていかにもあかぬけなかった。商品も物色している客もレジ打ちをするバイトの男の子も、だれもがみんなもっさりとしており、業務用スーパーの雰囲気に通ずるところがあった。総菜のいくつかが半額になっていたが、買う気にはなれなかった。アホみたいにでかいだけが売りの奇妙なかたちをしたチキンカツに白米が添えられているだけの雑な弁当が販売されていて、要するにこういう客層をメインとする店舗だった。
 暮れのこりのいちじるしい 帰路に商店街で買い物をすませて帰宅するじぶんが物語のなかの登場人物のように思われて高揚した。「生活」とずばり名付けるほかない物語の主人公である。帰宅してから懸垂と腹筋をした。来週木曜日にひかえている飲み会の会場予約をたのまれていたので電話番号を調べるために店のウェブサイトをおとずれると当日は休業日らしかった。シャワーを浴びるために風呂場におもむいた。脱衣するこちらの足下を黒い影が音もなくさわさわさわと横切っていった。部屋にもどりストレッチをしてから玄米・納豆・胡麻豆腐・塩茹でした鶏もも肉・トマトと水菜とセロリのサラダをかっ喰らった。ウェブ巡回をすませて日記をとちゅうまで書き記した。23時に達したところで寝床に就き、消灯してまもなく気絶入眠した。