20230404

 先に見たように、S1によって文のはじめを、S2によって文の終わりを指し示すことで、ボタンタイの図式を、意味を生みだすプロセス一般を説明するのに用いることができる(…)。文のはじめに言い間違いが含まれる場合、次のように考えることができる。分析家が、言い間違いの直後に間髪入れずに分析主体の発話を中断するなら、話者と聞き手の双方が参与している通常の意味を生みだすプロセス——話者と聞き手が、言い間違い〔S1〕を、文脈すなわちS2に依拠して、S1が本来(少なくともある水準では)そうであったはずだと考えられるものへと置き換え、「合点がいく」ように言い間違いを体裁よくごまかす、そうしたプロセス——をぶった切ることになる。つまり、意図された意味、ないし意図されたクッションの綴じ目をぶった切ることになる。分析主体の発話を中断することで、意図されたS2(ここでは文脈として理解できるだろう)が言表されるのを防ぎ、それによって、意図されていた遡及的な意味の産出を妨害することができる。こうして、言い間違い(S1)は「文脈から引き離され」、他の可能なS2(あるいは文脈)を思い浮かべることができるようになる。そのようなS2は、S1に異なる意味を遡及的に与えることができる。これは、最初のうちは分析主体に不満を与えることが多いが、意味の産出——それは、〈欲望のグラフ〉の下段に、すなわち想像的な段階と呼ぶことができる段階に位置づけられる——を超えるための、唯一の道である。
(ブルース・フィンク/上尾真道、小倉拓也、渋谷亮・訳『「エクリ」を読む 文字に添って』)



 朝方にいちど目が覚めた。その後は眠りが浅く、二度寝、三度寝とくりかえしながら、夢をいくつも見た。はっきり内容をおぼえているのはひとつきり。(…)と(…)と、もしかしたら(…)もいたかもしれないが、地元の面々でテナガエビを捕まえにいくというもの。川にではなくなぜか田んぼに向かうのだが、水の張られた泥の中を歩いていった先に、巨大な壁があり、その壁に沿って水が滝のように流れ落ちている。で、その滝のなかを、金魚と鯉のあいだくらいのサイズの赤い魚がちらほら、その背をわれわれにさらす格好で泳いでいる(言い換えれば、魚たちは体の側面を地面に向けて泳いでいる)。そのなかに一匹、『ライブアライブ』の「岩間さま」みたいなクソでかいやつが混じっている。遠くにいるそいつに向けて、(…)が石を投げる。当たるわけないと思って投げたその石が、「岩間さま」の頭に当たった瞬間、布団叩きで布団を叩いたときのような、低い破裂音があたりにとどろく。ほかに目撃者がいるとまずいとなり、一同そろって駆け足でとんずらする。
 第五食堂で朝昼兼用の食事を打包。二階の入り口で三年生の(…)くんとばったり遭遇する。かたわらに女子学生がいたので、彼女? とたずねると、肯定の返事。前回三年生の女子らと火鍋を食った夜、(…)くんが手当たり次第女子にアプローチしているという非難が聞かれたわけだが、なるほど、マジで彼女なしでは生きていられないタイプの子なんだなと思う。
 帰宅して食す。二年生の(…)くん、(…)くん、(…)くんの三人からたてつづけに欠席の連絡。いくらなんでもできすぎではないかと一瞬疑ったが、(…)くんはきのう雨に打たれてどうやら風邪をひいたらしいとのことで、彼は日頃から勉強熱心であるし授業にもいつも集中しているので嘘ではない。(…)くんは明日清明节であるので今日の午後実家に帰るというのだが、そもそもそれが許されるのかどうかこちらは知らないので、教務室の先生にきちんと連絡を入れておいてくれと応じる。(…)くんは歯痛。歯医者に行く予定だが、治療が終わり次第授業に途中参加するとのこと。
 (…)さんから数か月ぶり——どころではないか?——に微信が届く。(…)をおとずれる予定なのでいっしょにメシでもどうか、と。明日か明後日に向かうつもりだというので、明日は午後いっぱい空いている、明後日は16時10分以降空いていると返信。「(…)せんせいも呼んでいいかな」というので、(…)さんの愛弟子である(…)くんのことかなと思って問い返したが、そうではなかった、「(…)さん」だという。知らん。「同じ(…)の先生」「そもそも(…)さんは彼女の紹介で(…)に行ったのだ」「(…)さんと僕の同級生でした」「大学時の」と続いたので、え! それって(…)先生じゃないの! とびっくりした。(…)さんがいつも「(…)先生」と言っていたので、こちらはてっきり「(…)先生」だと思いこんでいたのだが、「(…)先生」の「(…)」はファーストネームのほうだったのか? (…)先生あらため(…)先生とは赴任した直後に(…)さんと(…)先生の友人だという女性教諭と四人で万达でメシを食ったきり、その後は大学内で姿を見かけた記憶もない。食事のときの印象は正直あまりよろしくなかったし、学生に手をあげて(…)に左遷されたという噂もあるしで、サシで会う気には全然なれんが、(…)さんをあいだにはさめばまたちょっと別の角度から彼女を見ることもできるかもしれない。予定は明日の昼に決まった。それで(…)さんがさっそくグループチャットを作成してそこでトークの続きをはじめたのだが、こちらと彼と(…)先生だけではない、(…)というなぞの人物のアカウントもなかにまじっており、(…)といってももちろん(…)と(…)の息子の(…)ではない。(…)さんが最初わりと文法のあやしい英語で呼びかけをしていたこともあり、西洋人なのかなと思ったが、当の(…)なる人物はすぐに中国語で返事をしていたし、グループの名義も「(…)同学会」になっていたので、たぶん(…)さんや(…)さんや(…)先生の大学時代の同級生なのだろう。日本語ができるかどうかは不明。なんでもええわ。明日になったらぜんぶわかる。

 寮を出る。おもては小雨だが、このぶんだとじきに降りやむだろうと見越し、ケッタで強行突破する。ピドナ旧市街入り口の売店でミネラルウォーターを購入して外国語学院へ。
 14時半から二年生の日語基礎写作(二)。「(…)」。鉄板の教案であるにもかかわらず、序盤、学生らの気がややそぞろだった。授業前に(…)さんがクラスメイト全員に向けてなにかの申し込みについて説明、その後授業中にその申し込み用紙のようなものを学生間でまわしあっていたその影響かもしれない。前半で説明とクイズを終え、後半で実際に作文。来週はおもしろ回答の発表とクイズの残りで一コマすませるつもりでいたのだが、クイズはちょっと多めに用意しておいたほうがいいかもしれない、このクラスは正解が出やすい。
 休憩時間中、例によって全然やる気のない(…)さんが真っ黒なりんごをもって教壇にやってきた。李子だという。辞書で調べてみたところ、すももらしい。そんなんええからもうちょいちゃんと授業受けろ。
 16時半から同じメンツで日語会話(三)。「(…)」の実演と説明について。その後、その場でくじをこしらえる。横向きにしたA4用紙に33本線をひき、線の片方に1から33まで適当に番号をふる。線の真ん中で紙を切り、番号ののっていないほうを学生らにまわして、名前を書かせる。名前の記入がすんだところで答え合わせ。一番手は(…)さん、しんがりは(…)さんという結果になった。残った時間を利用してなにを紹介するか、そしてどのように紹介するか、構成だけでも決めておきなさいと指示したが、実際はただの自由時間となった。しかしこの展開は織り込み済み。こちらも教室前列組とひたすら中国のいろいろな料理について話し合った。(…)さん、まるで子どもみたいに、「先生、これ!」「先生、これ!」といいながら、ふるさと大連の料理の写真を次々にこちらに見せる。そういうようすを見ていると、この子も一年前にくらべるとずっとこちらに気を許すようになったよな、それになんだかんだで口語能力も上昇したよなと思う。あと、中国のゲテモノ料理ばかりを特集しているページを、(…)さんだったか(…)さんだったかが見せてくれたのだが、牛糞火鍋という代物があるらしく、さすがにこれにはビビった。これを書いているいま、ググってみたところ、「中国の怪情報」というウェブサイトで以下のような情報に行き当たった。

貴州省南東部、広西南西部には牛糞火鍋という料理がある。現地では牛瘪火锅[niú biě huǒ guō]とも呼ばれるそうだ。
この料理は客人を接待するための高級料理である。しかも体に良い薬膳料理だと言うのだ。
火にかける以前のスープは黄緑色である。わずかに腐った草の香りがする。そこへ牛の肉と内臓をブツ切りにしたものを入れて煮込むと牛糞の匂いがしてくる。
味はやや苦く漢方薬の風味を感じる。自分で好きなタレを選んでタレにつけて食べることもできるが、独特の苦みを消すことはできない。
しかし不思議なことに不味いわけではない。むしろ食べれば食べるほど病みつきになる味なのだ。

牛糞火鍋を作るには大掛かりな準備が必要だ。
その準備は生きた牛に漢方薬を混ぜた草を食べさせるところから始まる。十分に漢方薬入りの草を食べさせてから牛を屠殺し、胃と小腸の内容物を採取する。
通常は捨てるはずの内容物を用いるのが「牛糞」火鍋と呼ばれる理由だ。
その内容物は深緑色の草の繊維の塊のように見える。それを絞って液体だけを取り分け、そこに牛の胆汁と数種の漢方薬を加えて弱火で煮込むのだ。
十分に煮込むとようやくスープのベースが完成する。これを牛瘪または百草湯という。
そこから先は冒頭で紹介したとおりだ。百草湯に牛の肉と内臓を入れて煮れば牛糞火鍋が完成する。

 「(…)」の発表は再来週から二週続けておこなうことに決まった。さすがに来週からはきついという声があったので。だから来週は通常授業をする予定。
 授業は5分はやめに切りあげる。自転車にのって第五食堂へ。打包して階段をおりている最中、彼女とそろって階段をあがってくる(…)くんとばったり遭遇。午後から故郷に帰るんじゃなかったのかよと思って指摘すると、その場で翻訳アプリをばばばっと操作してなにやら訴えてみせたが、別にサボりだろうとなんだろうととやかく言うつもりはない、もともと勉強はまったくやる気のない学生であるしどのみち今学期の成績は最低点になることが決まっているのだ。
 帰宅してメシ。仮眠はとらずにシャワーを浴びる。明日の昼はまた忙しくなるというか、日記の長くなる可能性があるので、今日中に片付けておくべきことを片付けておこうと思ってはりきっていたわけだが、風呂からあがると(…)さんから「先生、失礼ですが、今時間がありますか」「暇があれば一緒に散歩してもいいですか」「两人だけです」と意味深な微信。いやこれまた長くなるパターンやんけと思うが、彼女から直接散歩の誘いがあるのははじめてであるし、これはちょっとなんか深刻なことがあったっぽいなと判断、やむをえず了承することに。
 寮の前まで来てもらったところで外に出る。門前にいる(…)さん、いつものように髪の毛をひっつめにしていない。あれ? もう風呂入ったのか? と思うが、時間的にいまは夜の自習が終わった直後のはず。たずねると、明日は祝日なので今日の自習はなかったとの返事。こちらのリクエストでまずは瑞幸咖啡にむかう。彼氏と別れたの? ととりあえず冗談っぽく切り込むと、そうではないと笑いながらいう。悩みがたくさんあると続けたのち、先学期の成績がかなり悪かったと続ける。(…)さんといえば、一年生時の総合成績が、日本語学科だけではなく英語学科も含めて、つまり、外国語学院で一位であったという話を(…)さんから以前聞いたことがあるが、先学期は、あれはたぶんクラスでということなのだろうか? 六位だったか七位だったかまで落ちたらしい。これは相当意外だった。少なくともこちらは日語会話(二)も日語基礎写作(一)も優をつけているはず。成績が下がった理由について、期末テストの当日高熱に苛まれていたからだと(…)さんはいった。ちょうどコロナにかかっているときだったというので、だったらしかたないじゃんと応じると、でも感染しているという条件はほかのクラスメイトもほぼ同じだという。熱はバラバラでしょう、きみは何度だったのとたずねると、39度という返事があったので、39度なんてふつうは寝込むレベルだよ、その状態でテストを受けてもそりゃあ高い点数はとれないよと受けた。
 道中、アラレちゃんめがねをかけた女子学生から「先生!」と呼びかけられた。なんとなく見覚えのある顔だったがはっきりしないので、うん? と顔をしかめて返すと、女子学生はアラレちゃんめがねをはずしてみせた。なんてことはない、二年生の(…)さんだった。(…)さんとしてはちょっと気まずかったかもしれない、ほかのクラスメイトに内緒で外教を誘いだしたのに、まさかそこを目撃されるとは! みたいな。
 瑞幸咖啡に入る。コーヒーおごろうか? というも、当然のごとく遠慮してみせる。散歩という話だったが、カウンター席があいていたので、そこに座ることにする。というのも(…)さんの口語能力、こちらが想定していたよりも低いようだったので、歩きながらの会話はちょっとむずかしいかもと思われたのだ。それにくわえて、はじめてのサシという状況に緊張しているようすもうかがわれた。
 ストレスがすごく大きいと(…)さんはいった。いまは四級試験の準備、ギターサークルの仕事、「団支書」の仕事で忙殺されているという。ギターサークルは7月20日に開催されるイベントに向けて準備中で、彼女自身はステージに立つわけではないのだが(そもそもそのころには長野県にいる)、買い出しだのなんだのいろいろ雑用をあてがわれているらしい。団支書については、学習委員や班長と同様、三年生に進級すると同時にほかの学生と交代する決まりになっているとの由。成績が下がったのはそういういそがしさの影響もあるという。ちなみに先学期もっとも成績がよかったのは(…)さんだったらしい。これは意外だった。どちらかというと、勉強に対する熱意は下り坂なのかなという印象をこちらは抱いていたわけだが、毎日寮で21時から23時まで勉強しているのだという。そんなイメージ、全然なかった。

 カウンター席で話を続ける。(…)さん、聞き取りはそれほど問題ない。語彙力はぼちぼち。発語になると、これは緊張のせいでもあるのだろうが、やっぱり多少時間を要する。もしかしたら(…)さんとそれほど変わらないかもしれない。たぶんシャイだからなんだろうが、言葉に詰まるたびにうふふふふふと笑う。でも笑ったあとは少し悲しくなるという。その理由は不明。うまく話せないことを笑いでごまかしてしまうじぶんが嫌だということだろうか?
 (…)さんはインターンシップで長野にいく。夏休みに長野県に旅行に来ませんかと何度もいう。インターンシップや留学で日本をおとずれている学生のリクエストをいちいち引き受けていたら、なかなかけっこう大変なことになるので、軽はずみな約束を交わすことはできない。
 (…)さんがすごいと(…)さんは何度も言った。すごいすごいと続けたあとで、うらやましいというので、あ、やっぱり嫉妬もあるわけだなと思った。もっとこちらと交流したいのだが、日本語の達者な彼女とこちらのやりとりのあいだに介入することがなかなかできないというわけだ。(…)さんは中学生のころから日本語を勉強しているわけであるし、じぶんと比べる必要はないよと応じる。(…)くんもすごいというので、彼の文法や単語の知識はすごいかもしれないけれど、会話能力は実はそれほどではないよ、きみのほうが上だよといってから、知識を学ぶことと学んだ知識を使うこととは別である、こちらが担当している授業は知識を使う授業であるが、そこを理解せず知識を学ぶ授業だと思っている学生がいる、そういう学生は授業もしっかり受けない、結果会話能力がぱっとしないまま終わる、(…)くんや(…)さんにはすでにそういう兆候が出ているとぶっちゃける。
 (…)さんは大学院を受けることに決めたという。どこを受けるのとたずねると、(…)大学という返事があるので、なんでうちの学生はみんな最初あそこを受験しようとするんだよというと、(…)省から近いからという返事。笑うわ。彼女の故郷の(…)からは省こそたがえど目と鼻の先にあるらしい。
 中国にひとりでいてさみしくないですかというので、全然さみしくないと応じる。(…)さんはほとんど毎日ホームシックだという。そんな状態で日本で三か月間も過ごすことができるのかというと、妹や弟たちからは反対されているという返事。先生はどうして平気ですかというので、もともといろいろめんどうくさい事情のある家庭で育った、じぶんにとって家庭とは落ち着く場所ではまったくなかった、だからもろもろのトラブルが解決したいまもホームシックになるということはまずないと簡単に説明した。ついでに田舎の不良社会について話したが、(…)さんはわたしの故郷も同じですと共感して笑った。彼女のまわりもバイクとケンカに明け暮れているヤンキーたちがたくさんいたという。笑った。こういう話が共有できるのはやはりいい。(…)さんの周囲にもやはり大卒者がまったくいないとのこと。なにからなにまでおんなじだ。
 21時半ごろに店の照明が落ちた。閉店らしい。じゃあ帰りますかと歩き出したが、第五食堂の正面にある蜜雪冰城の前を通りがかったところ、店内に見覚えのある姿を発見。(…)さんがひとり円卓に腰かけている。向こうもわれわれに気づいたようだったので、そのまま店に入る。恋人とデート? とふざけて口にしたところ、まさかの肯定の返事。彼氏は店でバイトしているという。えー! とおどろく。そもそも恋人がいたこと自体知らなかった。(…)さんも知らなかったという。流れで同席することに。店でたまたま出会って恋人になったのかとたずねると、そうではないという返事。なんと! 相手とはすでに6年間付き合っているという! (…)さんはたしか江西省出身。彼氏ももちろんそちらの人間であるわけだが、今年の正月にいちど破局した。しかしその後、彼が(…)さんを追いかけてわざわざ大学までやってきて、いまはキャンパス内にあるこのカフェでバイトしているのだという。つまり、彼は大学生ではなく、高校卒業と同時に社会に出ているわけだが、いやしかし、なかなかの行動力であるなとびっくりする。寮を出て同棲しないのかとたずねると、それは絶対にダメだという返事。中国では大学生カップルが同棲するということはかなりめずらしいというので、三年生のころから同棲していた(…)四年生の(…)さんはやっぱりぶっとんでいるんだなと思った(そもそも親に内緒で鎖骨の下にタトゥーを入れているような女子であるし)。しかし(…)さんは今年の七月から(…)さんとそろって長野にいく。そうなると彼氏はさびしいのではないかというと、そのタイミングで彼氏もインテリアデザイナーとして働きはじめるとの返事。いや、インテリアデザイナーではないかもしれない、もしかしたらデザイナーというよりも建築関係、現場仕事に近いニュアンスだったのかもしれない、カフェの店内を見渡しながらこういうのをデザインする仕事と学生ふたりはいったが、詳細は不明。正月にいちど別れたのはどうしてかとたずねると、他很喜欢让我生气という中国語の返事。なぜか聞き取れた。
 しかし(…)さんも彼氏と五年続いているし、(…)さんも六年続いているし、これはなかなかすごい。しかもふたりとも、中国あるあるを逃れて、恋人がいるにもかかわらずしっかり勉強している。クラスでほかに恋人がいるのはだれとたずねると、(…)さんという返事。これは初耳。ほかに(…)さんにも恋人がいるらしいのだが、この恋人とは先月付き合いはじめたばかりだというので、クソが! と吐き捨てるように口にすると、ふたりともゲラゲラ笑った。(…)さんは別れた。(…)さんと(…)くんのカップルも別れた。男子学生は(…)くんと(…)くんが一年生のときからずっとおなじ相手と付き合っている。(…)くんも! とふたりがいうので、いや彼はたしか冬休み中に別れたよというと、知らなかったらしく、びっくり仰天してみせるので、あ、ごめん! もしかしたらこれ、秘密かもしんない! 秘密、秘密! とあわてて捕捉した。(…)さんの相棒である(…)さんも恋人はいないらしい。
 先生はイギリス人の彼女のあとずっと恋人がいないんですかと(…)さんがいうので、ずっといないと返事する。どうしてですかというので、まず恋人がほしいと思えない、付き合うとなったらぜったい読書の邪魔だと思ってしまう、恋愛はもう十分楽しんだので今後は必要ないという。結婚は? と(…)さんがいうので、したいと思ったことがないと応じると、どうして? という。(…)さんは結婚したいの? とたずねかえすと、彼氏がすぐそばにもいるにもかかわらず、全然! という返事があるので、(…)さんとそろって爆笑した。日本語での会話なのでオッケーである。卒業したらはやく結婚しろって親から急かされるでしょうというと、(…)さんはたぶん急かされることになるだろうとの返事。(…)さんのほうはそうでもないという。それで家族の話になったのではじめて知ったのだが、(…)さんの両親は再婚らしい。詳細は不明なのでアレだが、血がつながっていないのか、あるいは半分だけつながっているのか、そういう兄と姉がいるとのこと。やや複雑。(…)くんのところとちょっと似ている。
 日本に行ったら先生の本は買えますかとふたりがいう。やっぱり小説家であることを知ってんだなと思う。買えませんと答える。どうしてですかというので、秘密にしているからですと応じる。そもそも最初は家族にすら秘密にしていた、でも母の同僚経由でバレてしまったのだと説明する。
 22時をまわったところで店を出る。(…)さんは電動スクーターかなにかで店に来ているというので、(…)さんとふたり女子寮まで歩くことに。小便がしたくてたまらなかったが、いくらキャンパス内であるとはいえ、さすがにそれ相応に遅い時間であったし、ひとりで歩かせるのはアレだろうから送ることにしたのだ。今日は先生のおかげでちょっとだけストレスがやわらいだと(…)さんはしおらしいことをいった。また話したいことがあればいつでも気軽に連絡しなさいというと、本当ですかと顔を輝かせたが、でも誘うのは緊張しますというので、三年生の(…)さんを見てみな、彼女なんの前置きもなくいきなり微信で先生! ごはん! 先生! ごはん! だからねというと、(…)さんは笑った。しかもその交流の成果あってか、四級試験でも65点をとっているんだから、まあたいしたもんだよねと続けたのち、もちろんぼくも予定があるからいつでもひまなわけではないし、誘いを断ることもあるけれど、まあ遠慮せずにと捕捉した。こうしてまたじぶんの首を締めるわけだ。
 女子寮の前では恋人たちが別れを惜しんでハグしたりキスしたりしている。そういう姿を見かけるたびに、日本語の巻き舌で「オラ! ホテル行けこのやろう!」と毒づくというのがこちらのルールになっているのでそう口にする。日本でも大学生はこんな感じですかというので、おもてでチューしてるカップルは中国のほうがずっと多い気がするなと受ける。
 おやすみなさいと告げて別れる。膀胱が決壊寸前だったので早歩きで寮にもどる。帰宅後はきのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、2022年4月4日づけの記事の読み返し。2013年4月4日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲する。「軌道を敷き並べる工夫でありながらその上を走る列車でもありたい」という比喩が書きつけられているのを見て、「A」に「剣でありながら鞘」みたいな文章を書きつけたことがあったなと思い出した。ほか、以下。

じぶんに残された余命がどれほどのものなのかさっぱり見当もつかないというのはおそろしいことだ。その事実を思うと、経済基盤もクソもないだろうという気持ちになる。ゴミでもクズでも拾い食いして死なないようになるべく気をつけながらとにかく書きたいものを思う存分に書かなきゃいけない。やりたいことだけやって生きるのは不可能な世の中だと一般的には理解されているのだろうが、本当に不可能かどうか試してみたことのある馬鹿者はそう多くないだろう。一般的な理解というやつとはとことん相性の悪いこの身である。この命、そう多くない馬鹿者どもにささげよう。

 ちゃんと働けちゃんと働けとクソやかましい周囲のおっさんおばはんらにたいしてまだイライラしていた日々。しかしそれでいうと、(…)がこちらにとって居心地よかったのは、そんなつまらんことを先輩風を吹かせて口にしてくるようなバカがひとりもいなかったからなのかもしれない。いや、そもそもあそこは生活が破綻している人間が最後にたどりつく、ふきだまりのような職場であったわけで、ひとさまにご高節を垂れる余裕などだれひとりなかっただけなのかもしれんが。
 (…)先生から微信が届いていたのに返信。今日の午前中、二年生の授業でおこなった四級試験の模擬試験について、答えに迷う問題がいくつかあったので確認してほしいという。長文読解問題だったのだが、のぞいてみるとマジでクソみたいな悪問だらけで、これ出題者絶対に日本語も国語も理解できてねーだろとイライラした。選択肢四つのうち、ぜんぶ当てはまらないとか三つ当てはまるとか、そんな問題がバンバンあるのだ。四級試験の問題内容については、マジでネイティヴをやとってチェックすべきだと思う。クソみたいな問題が本当に多すぎるのだ。
 いちおうこちらなりの回答と解説を返信。ついでに先日出たばかりの四級試験の結果について言及すると、まだ結果を見ていないという返事があったので、Excelを送った。現三年生について、上々の出来であるというこちらの感想に(…)先生は同意した。さらに現二年生にもかなり期待できると続いたので、(…)先生もいまの二年生をそこそこ高く評価しているんだなと思った。(…)くんが不合格だったのは意外だったというと、「(…)さんはまじめですけど、助詞の使い方とか活用とか基礎的な知識が弱い気がします。あと、言い方が悪いですが、語学の「素質」があまりないというか」「すごくまじめだけど簡単なところで間違ってしまうことが多いです。理解していないまま必死に暗記して勉強しているイメージがあります」とあって、なるほどそういう感じなのねと思った。
 あと、ずっと続報のないままになっていた翻訳校閲の報酬について、2021年5月以降の分がやはりふりこまれていないことが確認されたので、先月担当者がふりこもうとしたところ、たぶん同じ月にスピーチコンテストの手当てがふりこまれたこともあって税金が数百元発生してしまうことが判明した、しかるがゆえにふりこみは今月にずらすことにしたのだという経緯が説明された。
 今日づけの記事もそのまま途中まで書いた。1時半になったところで作業を中断。トースト二枚を食し、歯磨きをすませ、今日づけの記事の続きをさらに書き進めた。2時半になったところで作業を中断。(…)先生がグループチャットで、いま麻雀を終えたばかり、明日の昼食に参加するのはむずかしいかもしれないというメッセージを送っていた。