20230426

(…)たとえば、人間が「化」していく現実を考えてみよう。それは、人間が、卵子精子の結合から生を得て、諸器官が分化し、赤ん坊となり、子どもから成長し大人になるという変化でもあるし、男や女になり、老いて死ぬという変化でもあるだろう。この現実は、実にありきたりの変化である。しかし、それにもかかわらず、わたしたちはこの現実の変化を摑まえる言葉をいまだに十分には有していない。せいぜいのところ、出生とは何か、子どもとは何か、男とは何か、女とは何か、老いとは何か、死とは何かという、「何か」としての本質を問う言説を有している程度である。変化という現実は、本質を問う言説から滑り落ちていく。
 ここで表現された「物化」に即して言えば、腕や尻あるいは心(心臓)を実体的に把握することはできる。しかし、実体とはどういうことなのだろうか。それを「化」の側から見れば、「化」の運動速度が遅くなった状態であり、ある程度の恒常性と定常性を有した事態にすぎない。わたしたちは、自分がはかることのできるスケールに「化」を封じ込めて、実体と称しているのだ。
 そうであれば、わたしたちのはかるスケールを変更したらどうなるだろうか。たとえば、鳥の声を聴くのにテープの速度を変えた武満徹のように。そのとき、より速い速度によって構成されている「化」を捉えることができることだろう。それはよりミクロなレベル(たとえば分子)での運動を捉えることでもある。そうしてはじめて、ある実体的なあり方というものは、変化し続ける運動が偶々ある方向に整序されたことで成立しているものであることが理解できるだろう。逆から言えば、変化し続ける運動の方向をわずかに変えることで、実体的なあり方もまた根本的に変容しうるのだ。
 ここで表現された「物化」は、通常であれば、形態異状として片づけられるものだ。ところが、『荘子』の想像力は、それを形態異状として片づけようとするのではなく、左腕が左腕のままでありながら、それを「化」の運動の中に置き直し、定められた構成を自由に変更することによって、時を告げる鶏になることを見て取ろうとするのである。
 この想像力は、これまで見てきた、名人や真人あるいは聖人の行う、他なるものになろうとする努力と同じものである。自らが他なるものになることで、その他の物もまたその〈運動〉に巻き込まれて変容していく。そして、それに応じて、「この世界」それ自体が変容していくのである。
 ジル・ドゥルーズであれば、このことを「悪魔的現実性」(ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ千のプラトー』中、一九〇頁)と呼ぶことだろう。それは、生成変化という速度の相から捉えるなら、わたしたちの現実性は単一で平板なものではなく、特定の方向に整序されることのない、思いもかけないような結合と分離の運動からなるものだということを告げたものだ。そして、そのドゥルーズは、すなわち生成変化の思想家としてのドゥルーズは、まさに荘子的な「物化」を自らの中国論の核心に据えていたのである。
中島隆博荘子の哲学』)



 9時半ごろに(…)からの着信で目が覚めた。昨夜はたぶん4時か5時ごろに寝ついたと思うのだが、夕寝をたっぷりとっていたために眠りは浅く、夢をいくつも見たし、幽体離脱もして(心霊現象的なものを期待して部屋の鏡をのぞいてみたところ、ふつうにじぶんの顔が映ったので、なんやこれおもんないなとなって鏡の表面を軽く殴った、その手の感触がやたらとリアルで、明晰夢ってすげえな、触感までここまでリアルなんだなと感心した)、全然熟睡という感じではなかった。だから(…)からの電話に出るのもだるく、いったんは無視したのだが、ほどなくして二度目の着信があったので、これは急用かなと思って出た。(…)は日本語で「おはようございます!」と言った。で、直後にいつものように英語に切り替えて、(…)さんの荷物の件について切り出した。領収書の写真を撮って送ってほしいという。郵便局のスタッフから連絡があった、再配達の可能な期間というものがかぎられている、もしその期間をオーバーしてしまうとなると郵送費を追加で払う必要がある、当の期間をオーバーしていないかどうかを確認するために領収書に掲載されているtracking numberをスタッフに伝える必要があるのだとのこと。それでいったん電話を切り、重要書類をまとめてつっこんであるクローゼットの下段をチェックしてみたのだが、それらしいものは見当たらない。ただスマホに領収書の写真が残されていたのでひとまず(…)にそいつを送信、領収書自体は(…)さんの荷物をあずけてある一階の部屋にあるかもしれないので身支度を整えるべく歯磨きしていたところ、(…)からふたたび電話。写真のものは古いほうの領収書ではないか、あたらしいほうだろうかというので、ちょっとわからない、いま部屋のなかを探してみたのだが領収書が見つからない、下の部屋をこれから見てくると応じる。ついでに(…)さんの意見として、6月以降に荷物の発想を希望していると告げると、そうなるとしかし料金を二重に払わなければならない可能性が高くなる、もしまだくだんの期間をオーバーしていないのであれば今日の午後にでも郵便局に行きたいというので、じゃあ(…)さんに実家の住所だけでも確認してみると返事。で、身支度をととのえて一階に移動。管理人の(…)に鍵をもらい、中に入ると、荷物の入った段ボールに領収書が貼りつけられたままになっていたので、そいつを写真に撮って(…)に送信。(…)さんにも微信を送ったのだが、おそらく仕事中なのだろう、返事はない。(…)からはしばらく時間をおいて電話があった。やはり期間をオーバーしていたという。それはつまり(…)さんが配送料を余分に支払う必要があるということなのかとたずねると、そうだという申し訳なさそうな返事。ただゼロコロナ政策の撤廃されたいま、船便も再開したので、そちらで送るのであればさほど高くならないだろうし、じぶんも責任を感じているのでいくらか払うつもりだというので、先取りされちまったなと思いつつ、その必要はない、送料はこちらがもつ、今回の件に関してはこちらにすべて責任がある、だからそっちが支払う必要はないと応じた。実際、(…)さんに荷物のことはまかせてくれと何度も言ったわけであるし、再配送を急がなかったのもこちらであるし、さらにいえばそもそもの再配送を強いられる原因となったのも荷物の中から電気製品を抜き取るのを忘れたこちらのミスなのだ。だからこれはもう仕方ない。ちなみに来週以降となると(…)はかなり忙しくなるらしい。なので、郵便局への付き添いは学生に依頼することにした。だれかしら手が空いているだろう。
 やりとりのすんだところで、まだちょっとはやかったが、第五食堂へ。打包。帰宅して食したのち、どうもやっぱりまだあたまがぼんやりするふうだったのでベッドに移動し、小一時間ほどうつらうつらと仮眠をとった。その前後に一年生の(…)くんから微信。日本人が日常的にコミュニケーションをとるときに利用するアプリはなんですかというので、いやLINEだと知っているからこそきみは前回そのダウンロードしたLINEをこちらに見せてきたんじゃないのと思いつつ、一般的にはLINEだよ、若いひとたちはInstagramで連絡をとったりすることもあるらしいけどと応じると、LINEの連絡先を教えろという。めんどうくさいことになりかねないので、中国では使うことができないし意味がないよと応じる。
 コーヒーを飲み、きのうづけの記事の続きを書いて投稿する。ウェブ各所を巡回し、2022年4月26日づけの記事を読み返す。「10時過ぎに自然と目が覚めた。日記を読み返していたためだろう、(…)さんと(…)さんの登場する夢を見た。ふたりともべろべろに酔っ払っていた。こちらを含む三人で二次会の現場に向かう途中らしい。時刻は夜だった。/目が覚めてしばらく、死んだひとを思い出しているような気持ちに少しなった。」という記述があり、この二段落目はちょっと梶井基次郎とか古井由吉みたいだなと思った。さらに2013年4月26日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲する。

 三日ののち、彼には物の区別がなくなってしまった。
 七日ののち、彼には外部がなくなってしまった。
 九日ののち、彼は自分自身の存在の外に歩み出た。
 そののち彼の精神は朝のように輝き、彼は顔と顔を合わせて、本質を、彼の自己を観た。
 彼が観てしまったとき、彼には過去も現在もなくなった。
 ついに彼は、もはや死も生もない領域、死なすことなく生を殺し、生かすことなく生を産むことのできる領域に入った。
マルティン・ブーバー/田口義弘・訳『忘我の告白』より「『荘子』のうちより」)

知覚が棄却されると、人間は世界のあらゆる刺激から脱却できるようになり、純粋で、開かれた、完全なもの、万象とまったく一体であるもの、広大で、生気を与えるそよ風のように制約のないものとなり、人間のもうけるいかなる区別にも支配されない。
マルティン・ブーバー/田口義弘・訳『忘我の告白』より「《赤い縞のある洞窟の書》より」)

 作業中、(…)さんから返信。夜にまた連絡する、と。しかし荷物についてはやはり6月以降に送ってほしいとのこと。実家にいる両親は高齢であるし、あまり重い荷物の受け取りをさせたくないのだ、と。たしかに。(…)の(…)さんからも微信。彼の故郷である(…)のPR動画。日本語字幕&日本語音声付きだったのだが、ナレーションの原文が漢詩っぽいテイストの文章だったからだろう、訳文のほうもそっちを尊重しすぎてほとんど書き下し文みたいになっていたし、ナレーターの男性もかなりきれいな発音ではあったもののやはり訛りがちょくちょくあって、たびたび思う、こういうときにどうして現地の日本人に仕事を任せないのだろう? いや、ナレーションにはたしかに声優的な技術であったり声質が必要であったりするのはわかるし、ネイティヴであればだれでもオッケーということでもないんだろうが、それでも中国在住の日本人なんてアホみたいにいるわけであるし、当たるところに当たれば、そういうことのできる小器用な人間もいるのではないかと思うのだが。
 明日の授業準備。日語会話(二)の第18課の教案を一部作りなおして印刷。それからケッタにのって(…)楼の快递へ。Tシャツを回収。さらに(…)に足をのばし、食パン三袋を購入。寮にもどり、(…)に鍵を返し、今日づけの記事をここまで書くと、時刻は17時前だった。

 第五食堂に向かうべく外に出る。寮の敷地外に出ようとしたところで、(…)が(…)とおしゃべりしているのを見かける。しばらく立ち話。(…)さんの荷物の件について、彼女は彼女でいくらか払うというのだが、そもそもの荷物が突き返されてきたのはこちらの不注意が原因であったわけであるし、ここはじぶんが出すのが筋だという。(…)もなかなかゆずらない。Both of us would like to be responsible for this matterといって笑う。夏休み中の帰国の話も出る。遅くとも一ヶ月前にはどのフライトを利用するか連絡してくれとのこと。コロナ以前は先にチケットをこちらで買って、のちほど領収書を渡してその分を支払ってもらうという格好だったわけだが、どうやら現在はそういう仕組みではないらしい。(…)からの直通便はないのでおそらく上海まで出張る必要がある、場合によっては上海のホテルで一泊することになるかもしれないというと、それはないと思うという返事。transferにそれほど時間はかからないだろう、と。でもコロナが原因でフライトめちゃくちゃ減ったしなァというと、詳しいことを知りたいのであれば(…)先生に聞けばいいという。彼はコロナ期間中も奥さんがいる日本に出向いていたからというので、そういえばそうだったなと思った。(…)先生、夫婦そろってめちゃくちゃ日本語が上手なのに、日本語学科の教師ではないんだよな。もったいない。あの夫婦が教員として入ってくれるだけで、うちの日本語学科もレベルがけっこう底上げされるんじゃないかと思うのだが。専門家によると、ちょうどこの夏あたりに日本ではまたコロナの感染者数がピークになるみたいなんだ、それがちょっと心配だと漏らすと、あなたは若いんだしそんなこと心配する必要はないと笑っていう。grandparentsもそろって感染したが、いまはvery healthyだというのだが、この切り替えはすごいよなと思う。ゼロコロナ政策中は(こちらは直接見ていないけれど)テレビでも新聞でもネットでもさんざんコロナのおそろしさを吹聴しまくり、日本やアメリカやヨーロッパは地獄絵図の様相だ、ひとがたくさん死んでいる、後遺症もすさまじいと御用学者らに語らせまくっていたのに(そして大半の中国人が実際そうだと信じこんでいたのに)、いまはまさにただの風邪扱い、そもそも後遺症なんて存在しないくらいのアレになっている気がする。
 第五食堂で打包。帰宅して食す。それからTrip.comでフライトを調べてみる。(…)からの直通便はやはりまだ復活していない模様。しかし(…)→上海→大阪のルートであれば、往復でも10万円を切る程度にはなっている。マジか。これはちょっと予想外だ。カレンダーをチェックしてみると、今学期は6月28日に終了、教員らは成績表だのなんだのの資料を提出する必要があるわけだが、それを含めても7月の上旬には帰国することができる。新学期の開始はどうだったろうか? 例年たしか9月上旬か中旬だったと思うのだが、ちょっと記憶がはっきりしない。日本には30日ほど滞在すれば十分かな? いや、しかし「実弾(仮)」の舞台となっている土地をちょっと見ておきたいというのもあるし、盆明けくらいまで長居してもいいかな。まあそのあたりは追々考えよう。唯一の懸念だった中国から日本への入国に際しての水際措置であるが、以前、ワクチン三度接種済みの証明書があれば陰性証明書は必要なしというふうに緩和されたという情報は得ていた。しかしこちらはワクチンを二度しか接種していない。しかるがゆえにどこぞの病院に出向いて陰性証明書を発行してもらわなければならないと思っていたのだが、コロナの5類移行にともなってその措置も5月8日で終了になるという。よかった。ありがてえ。というか、これを書いているいま、念のためにググってみたところ、まさに数時間前に更新されたばかりのニュース記事に、水際対策の撤廃が前倒しで29日からになったというアレがあった。連休にあわせての措置らしい。なるほど。

 シャワーを浴びる。ストレッチをする。19時半過ぎから「実弾(仮)」第四稿。23時半まで。今日もまたひたすらシーン24をいじりつづける。あたまからチェックしなおしたのだが、最後だけどうしてもキマってくれない。もうちょい時間をかけたい。
 途中、(…)さんから電話。三十分ほど話す。就職先は(…)大学という私立医大の留学生コースらしい。詳細はよくわからんのだが、この夏だったか秋だったかに新規開設されるところで、大学付属の学校であるものの四年制ではなく二年制、学生の大半は東南アジアおよび中央アジア出身らしい。いまは研修というかたちで東京にいるのだが、ふつうにそっちでもがっつり授業をやっている(中国人学生とは異なり、漢字が通用しない、それどころかむしろ漢字をなるべく使わないでくれと学生らから頼まれるという)。さらに主任的な立場として採用されたこともあり、授業以外に事務仕事もたいそう多く、基本的に朝から夕方までがっつり職場に滞在するかたちになっていて、それで中国時代は自由だったなァとなつかしく思い出すこともたびたびあるという。話を聞くかぎり、そう長くは続かないのかなァという印象。本人もやはり中国に未練があるというのだが、恋人の関係や家族の反対や国際情勢上の緊張感などを踏まえると、ふたたび渡るという決断もなかなか下せない。荷物については6月ごろに実家のほうに送ってほしいというので、研修が終わり次第また連絡をくださいとお願いした。
 ほか、先日、東京で(…)さん、(…)さん、(…)先生らと会ったという話もきく。(…)先生は以前とまったく変わらず元気そうだったという。このあいだ(…)くんと会ったとき、いったいどのルートで仕入れたアレかわからんが、彼から(…)先生死亡説を聞いていたので、その話をすると、(…)さんは爆笑していた。(…)さんは京アニ時代の先輩に誘われてアニメ関係の会社で働いているらしいのだが(東京在住)、しかし実家にもどりたいと言っているらしい。結婚願望が強いのだが、東京で婚活するのは違うだろうという考え。(…)さんは介護施設かどこかで働いていると以前(…)さんから聞いていたのでその点たしかめてみると、介護の資格をちゃちゃっととって今は週に三日ほどバイトしているとのこと。しかし東京暮らしは疲れるし、進学先の大学院((…)にあるらしい)に目処がついたこともあり、ちかぢかそちらに移住する予定。ちなみに大学院での選考は日本語学らしい。がっつりそっち方面に向かうとは思ってもみなかったので、これはちょっと意外だった。
 夜食はトースト二枚。歯磨きをすませ、今日づけの記事の続きも途中まで書いたところで、地獄はまだ1時になるかならないかだったが、はやめにベッドに移動。明後日は昼から外に出る必要があるので生活リズムを微調整するのだ。The Garden Party and Other Stories(Katherine Mansfield)の続きを読み進めて就寝。Mansfieldの英語、決して難しいわけではないのだが、それでもFlannery O’Connorにくらべると読みにくいというか、ちょくちょく全然知らんイディオムだの単語だの出てくるよなと思っていたのだけれど、オコナーが1925年から1964年のアメリカの作家であるのに対して、マンスフィールド1888年から1923年のニュージーランド+イギリスの作家であるのだから、そりゃそうかという感じ。オコナーは39歳で死に、マンスフィールドは34歳で死に、梶井基次郎は31歳で死んだ。ムージルは61歳、カフカは40歳。もうあと数年経てば、ムージル以外はみーんな年下になっちまう。ぜんぜん肩を並べるレベルに達しとらん。やれやれ。