20230430

 まず母の欲望の対象である想像的ファルス(…)が父の名の機能によって象徴的ファルス(…)となる(原抑圧)。つづいてこの象徴的ファルスが抑圧される。最後に抑圧されたファルスに変わって対象aが出現し、これを目がけて欲望はシニフィアンを換喩的に連鎖していく。
(赤坂和哉『ラカン精神分析の治療論 理論と実践の交点』より「第一章 序論——目的と導入」 p.28)



 11時ごろ起床。一年生の(…)くんから作文コンクールに参加したいという微信が届いている。了解。
 身支度をととのえて外へ。昨日回収したばかりの緑と黒のシャツ——スイカの皮みたいな模様——を着る。サイズは少し大きいが、夏用のちょいサルエルっぽいイージーパンツとあわせると、なかなかいい。下に白のシャツを着て、それを襟元からのぞかせると、差し色としてすごく映えるのだが、そうすると夏ではなく春の服装になるな。
 第五食堂の一階で炒面を打包する。食堂、思っていたよりも混雑していた。帰省もせず旅行にも出かけず、大学に残っている学生も相当数いるようだ。
 帰宅して食す。三年生の(…)さんから旅行先の写真が送られてくる。南昌にいるらしい。観測範囲内では南昌と武漢が旅行先として人気。みんなモーメンツに写真を投稿している。
 フリースタイルして遊んだのち、きのうづけの記事の続きを書いて投稿。ウェブ各所を巡回し、2022年4月30日づけの記事を読み返し。この日もやっぱり2011年の記事を読み返している。以下、2011年9月8日づけの記事より。辻ヒカル『カフカ 実存と人生』からの引用。

今朝事務所に出かける途中、Fに似た研究所の娘に、出会ったときの驚き。一瞬わたしは、それがだれだか分からず、ただ、Fに似てはいるけれども、やはりFではないとだけ気がつき、しかしそのうえさらに気づいてみれば、彼女には似ているという以上にFとの関係があり、つまりそれは、わたしが研究所で彼女を見ながら、よくFのことを考えたという関係だった。

自分のもっている最終目標という点からわたし自身を検討してみると、そこからつぎのようなことが明らかになるのです。つまり、わたしは本来よい人間になろうとか、最高の法廷に適応しようとか努めているのではなく、わたしが努めているのはそれとはまったく反対に、人間社会や動物社会全体を概観し、その基本的な偏愛や願望や道徳的な理想などを認識して、それらをかんたんな規定に還元し、その方向にそってわたし自身をできるだけ早く発展させようということであり、その発展の結果、わたしがだれにでもみんなに気に入られるようになり、しかも(ここに飛躍があるのですが)その気に入られた結果としては、わたしがみんなの愛を失うことなく、結局のところは、火焙りにされないただ一人の罪人として、わたしのなかに宿っているいろいろな下劣さを、すべての人の目の前に公然とさらけだしてもかまわないようになる、ということなのです。これを要するに、わたしにとってはただ人間の法廷だけが問題なのであり、しかもこの人間の法廷をわたしは欺こう、ただし、嘘をつくことはしないで欺こうとしているわけです。

 2011年9月11日づけの記事。

茶店で、わりと帰りぎわだったと思うのだけれど、(…)さんから以前よりも若干踏み込んだ、いくらか強い言葉を要所要所にさしはさんだ説得的な語調で、その生活は間違っているんじゃないかと疑義を呈された。要するに、書き物を中心に据えた神経症的なこちらの生活に固有のまずしさ(豊かさとしての迂回に対するいっさいの拒絶)に対する年長者としての豊富な経験を参照に構えた指摘と、生活設計のあやうさと経済的な展望の欠落の交差点で結語される「(人生そのものに対する)無責任さ」にむけられた倫理的な糾弾であったのだけれど、自覚が万能の免罪符でないことそれ自体を自覚したうえでなお言わせてもらうならば、そんなことはもうとっくの以前に自覚している。反論は、できないのではなく不可能だからしなかった。たとえば、カフカの《わたしがただ文学上の使命のために、他のことには興味がなく、そのためにまた薄情なのだということの、真実さないしは真実らしさを、だれがわたしに保証してくれるだろうか。》というくだりの、「文学上の使命」を「書くことにむけてそそがれる欲望」とより具体的に換言すればじぶんの言わんとしていることは見えやすくなるように思うのだけれど、いったいどんな手段を用いることによって、この欲望を説得の根拠としてみせることができるというのか。痛みや悲しみがどこまでも私的で共有不可能なものとしてあるのと同じくらい、この欲望の「質感としての強さ/強さとしての質感」は共有不可能なことがらであり、こちらの根拠がすべてこの共有不可能な一点に集約している以上、共有を前提とする言葉を用いた論理的な「説得」や「反論」を(十全なかたちで)ここに成立せしめることはできない。程度の是非こそあれ、水掛け論にしかならない(むろん、この共有不可能性は通常の対話においても必ずその内側にはらまれることになるし、それはまた一種のずれを招く生産的な誤作動として機能しもするのだが、ここで語られているのはあくまでもその対話の焦点=交点が共有不可能性それ自体にうちこまれているケースについてである)。「書くこと」に対する偏執狂的で強迫観念的で神経症的な執念やら執着やら欲望やらを他者にむけて伝達するための「保証」などどこにもない。その事実は、これまでにこの欲望にまつわる伝達不可能性を契機としてこうむってきた私生活上のいくつかの犠牲をふりかえるまでもなくはっきりと明らかな事柄で、そのようないっさいがっさいを十全に理解しながらもなお萎縮することのないこの欲望の強さを、それを持ち合せていない主体に理解せよなどという無理難題を吹っかけるつもりは毛頭ないし、そうした気遣いをしのばせることのできる程度にはじぶんは他者の他者性なるものを尊重しているつもりでもある。もちろん、じぶんとは正反対の「軽さ」に富んだひとびとをときにうらやましく思うことがあるのも事実で、おなじ書くにしても、手遊びや暇つぶしの一環として取り組むことのできる、そのような軽さに憧れめいたものを抱くこともある(そもそも欲望の強さとその欲望によって生産された作品の価値が比例するはずもない、ここは勘違いしてはならない)。この「軽さ」の反対に位置する「重さ」とは、文学や芸術というものにたいしてシリアスに大上段に構えてあることなどではまったくもってない。シリアスなのは――そしてリアルなのは――ただ圧倒的にこの身を束縛し、痛めつけ、鞭打つ欲望の質感としての強さ/強さとしての質感だけであり、そしてそのもっともシリアスでリアルな欲望が共有=伝達不可能であるという一点こそが、反論も説得も手段として選択することのできずにただ黙りこむほかないじぶんの孤独の発生せしめることになる。飼い馴らすことはできないだろうが、目を逸らすのに有効な企みや工夫はある――したがってことさら感傷的に耽溺する必要もない――、そうした孤独だ。水掛け論だけが、その鎮まりを脅かせる。踏みこまれれば、黙りこむか、当たり障りのない応答をすべきか、それ以外になにができるというのか。そしてそのような限定を、制限を、それらがもたらすところのこちらの呼び覚まされた孤独を、相対するひとたちは常に知ることが(でき)ない。この圧倒的な不利、このいかんともしがたい固有の窮地!

 2011年9月13日づけの記事。ネコドナルドにて(と書いていて思ったのだが、マクドナルドのことをネコドナルドと呼ぶというこちらのクソくだらん習慣の元ネタも、2023年現在の若者の大半はきっと知らないのだろうな)。しかし以下のくだりは何度読んでも最高。

近くの席に座っていた大学生らしい男が、GLAYが大嫌いなおばあちゃんの話をしていた。GLAYを聴いているやつは信用できないとの理由で、決して家にあげないのだという。むちゃくちゃ面白い話なのに、男のとなりの席に座っていた女の子はへーそうなんだぐらいのリアクションでさらりとかわしていた。なんてセンスのない女の子なんだろう!

 2011年9月18日づけの記事。丹生谷貴志『死者の挨拶で夜がはじまる』からの抜き書き。

仏陀ソクラテスたちが誕生した時代が無惨な戦乱の時代であった以上に、膨大な余剰生産力に支えられた大いなる「暇」の時代であったことを思い出してもよい。彼らは生の無残さにではなくむしろこの、やり場のない「空白」に対して応える必要を感じたのだ。実際この大いなる「閑暇日」こそ、或いは人間精神がもっとも恐れる何ものかなのだと言ってもよい。バタイユに従えば、古代文明はまさにその大いなる「閑暇日」の凶暴さを治めるために巨大ピラミッドやラサ大寺院、日がな繰り返される血の供犠の大神殿を生み出し、そこに「使い道のない否定性」をその無益さのままに炎上させようとしたのだった。それに対して近代は、生み出される余剰を別の労働へと供給し、終わりのない労働という回路をつくり出すことで「閑暇日」を消尽するシステムをつくり出そうとした。しかしなお、「使い道のない余剰」はかつてのようなマクロなかたちではなく、おそらくミニマムな日々、ミニマムな各個の生、ミニマムな孤独の中に消費されないまま蓄積されることを止めない。近代文学はおそらく、もはや大神殿造営のような巨大な営みとしてではなく、レース編みを編むような卑小さの中で、しかし同じ「閑暇日」の過剰、或いはむしろ存在論的怯えの中で編まれ続ける何ものかとして生まれ営まれて来たのだ。だからそこでは、「閑暇日」の無為を慰める「気晴らし」となることと、存在論的空白における問い掛けそのものとなることは矛盾しない一つの同じ問いから発しているのである。そこではヘルダーリンボードレールであることとアレクサンドル・デュマであること、マラルメであることとヴェルヌであること、ドイルであることとジョイスであること、『クマのプーさん』の作者であることと『存在と時間』の筆者であることとは、矛盾しない一つの問い、「閑暇日」、絶対的な存在論的「無為」の周囲、その埋めようのない陥没地帯に発している。そこでは「空虚な気晴らし」と「存在を巡る問い」は矛盾せず、オートレースフレンチ・カンカンの誕生とベケットの誕生は矛盾せず、『マルドロールの歌』と『木曜の男』は矛盾しない。ムージルがその異様な大長編小説の冒頭第一章の題名として記したように、「ここにはとりたてて目ざましいことは起こらない」ということ、この「閑暇日」という絶対的陥没こそがたぶん、「近代文学」の出自の場所なのである。

そこで……子供の心を持ったひとならこれが帽子ではなくて象を呑み込んだ大きなヘビだとわかるはずです……サン・テグジュペリの『星の王子さま』の冒頭の一節が浮かぶ。大嫌いな一節。子供の心を持ったひと? 子供の世界には確定した情報の量が希薄だ。その結果彼らはその希薄な確定情報を寄せ集めて膨大な物理的知覚情報を処理するしかない。そこから彼らの「説明」は大人からすれば突飛な、愛らしい空想の趣を帯びて聞こえることになる。ヘリコプターのプロペラが見えなくなるのは、あまりに早く回るからプロペラに風と光が混ざってしまうからだ……青虫の腹が揺れるのは中に葉を溶かす工場があるからだ…… 蟻たちは青虫の首を運ぶ警察を持っている……しかし、その論理は本質的に異様なほど唯物論的である。彼が希少な情報を駆使して自らに説得しようとしているのはひたすら物質的世界であって空想や夢の世界ではない。だからその説明が大人の目から愛らしい想像に見えても、彼らは想像しているのではない。そこにはメタファーはない。そこに「子供の世界」の想像豊かな夢の広がりを読み取るのは大人の側の勝手な視線の問題であり、そこには実際上ロマン主義はほとんどない。子供の世界が無気味なのは夢が完全に欠如しているからであるだろう。子供は夢見ない。夢見るのは大人であって子供ではない。

 2011年9月29日づけの記事。クライスト『チリの地震』の感想。

読書。クライスト『チリの地震』読んだ。半年ほど前だったか、セルバンテスの短編集を読んだときに「劇」や「叙事詩」から分離しきれていない未然形の小説という印象を強く持ったのだが、その印象に則っていうならば、クライストの小説は「劇」や「叙事詩」からはどうにか分離するにいたったもののしかしいまだなお「小説」の領域に着地しきれてはいないという、きわめて微妙な、いわば小説が小説として立ちあがろうとするその転換期にある作品なのではないかと思った。説話を揺るがしときに脱臼せしめる豊かな細部としての筋肉もなければそのような豊かさとは無縁のいわばただの水増しでしかない脂肪も見当たらない、骨組みだけが貧しくも無防備なまでにあらわになっているそれ自体ただの「あらすじ」でしかないようなセルバンテスの短編に見られる痩せ細ったつくりは、たとえば「聖ドミンゴ島の婚約」などに顕著であるしそれより幾分かは小説らしく見えるものの「チリの地震」や「決闘」などにも認めることができる。それが「拾い子」となると途端にぐっと小説らしくなるのはおそらく一本の直線にもたとえられる巨視的な「展開」をおりなす微視的な挿話のひとつひとつが代替可能な部品として取り扱われているからで、この「展開」をかたちづくるためには必ずしもこの設定この挿話が採択される必要はない、ほかでもありえたはずだというこのゆるみの感触こそ、「小説」の芽吹く土壌なんではないか(「展開」の必然性=展開に対する挿話の奉仕の度合いが弛緩したその隙間からのぞく「小説」の横顔というと、なんとなく小説の誕生と新聞の三面記事の誕生とを同列にならべて論じていた柄谷行人の文章を思い出す)。「教訓」から退く悪魔的なラストも含めて「拾い子」は実に小説的であったと思う。

 ほか、当時勤めていたAV店での出来事として、2011年10月20日づけの記事に「軽く三合分はあると思われる白飯の山をトレーにのせて上からサランラップをかぶせて持ち歩いている謎の若者が来店。ぜったい突っ込まない。」と残されていたようだが、マジでこれ、全然思い出せない。あそこの客もたいがい珍獣博覧会の様相をていしていたので、この程度のキャラではしょせんCランク扱いだったということだろう。もっとやばいやつがたくさんいた。ふりかえってみるに、二十代はただただやばい人間に囲まれ続けていた気がする。(…)は客がやばく、(…)は同僚がやばかった。相手は相手でどうせこっちのことをやばいやつだと思っていたんだろうが。
 2013年4月30日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲する。そのまま今日づけの記事もここまで一気呵成に書くと、時刻は16時だった。

 授業準備にとりかかる。日語会話(三)の第32課。17時になったところで中断し、第五食堂の二階でメシを打包することにするが、昨日と今日の二日間は二階の店は全部お休みの張り紙があることに気づく。しかたなしに一階のそれほどうまくない店で打包。
 帰宅して食す。30分寝る。日曜日なのでスタバに向かう。万达の仮設ステージではボクシングの試合をしていた。さすがにおどろいた。カラオケ大会、バンド演奏、ブレイクダンス、曲芸など、これまでいろいろな催し物が開催されるのを見てきたが、アマチュアボクシング——ヘッドギアを装着していたのでプロではないだろう——の試合は前代未聞。とはいえ、いまもあるのかどうか知らんが、アメリカや日本ではかつてプロレスのドサ回りとかもあったことであるし、ショッピングモールの広場に設けられた仮設ステージで、ふだんろくに食えない格闘技選手が巡業するのは別にさほどおかしいアレでもないか。
 スタバに入る。店内は思っていたよりも混雑していない。いつもの日曜に比べるとややひとは多いが、空席が全然見当たらないとかそういうアレではない。ソファ席には例の文学ガールもいる。いや、本当にあの子が小説を書いているのかどうかは知らんのだが、どうも集中の仕方、周囲の喧騒にも微動だにしないあの感じが、執筆に没頭しているときのじぶんの姿に重なるのだ。
 大杯をオーダーしてガラス張りの壁際に座る。ガラスの向こうにはいつものように屋台がたちならんでいる。こっちのスタバに来るたびに思うのだが、テーブルの上のゴミがだいたいいつもそのままになっている、あれはちょっとどうにかしてほしい。こっちではそもそも飲み終えたあとのカップをカウンターに持っていく習慣がないし、店内にゴミ箱もないので、客は立ち去るときテーブルの上にゴミをそのままにしていくのだが(こちらもそうしている)、そのゴミを片付ける店員がいない。いや、いることにはいるのだが、よほど暇にならないかぎりそれらのゴミの回収作業にやってこない。そういうわけでこちらはだいたいいつも前の利用者が残していったゴミとともに着席することになる。
 書見。『「心理学化する社会」の臨床社会学』(樫村愛子)の続き。「グローバリゼーションとニューエイジ」で、ニューエイジにハマる日本人女性について、以下のような記述がある。

(…)しかし、個人の自由性が増し、ある個人・集団・場に拘束されることがメリットであるよりはデメリットとなっていくような社会の中で、個人が個人のみを最終的なエージェンシーとしようとする傾向が促進されることは推測可能である。特にそれは、彼女たちが女性として日本のシステムの周辺においやられている事とも関係しているだろう。とりわけ日本では、中心において従来の日本的システムが維持されており周辺において構成される傾向をもつ能力主義もその発揮には限界がある。国家を越えた個人というエージェンシーへの志向は高くなるだろう。インタビューの中で、日本批判が多く見られ、渡航者による欧米諸国の評価が見られている。こうして日本では、建て前としての教育や文化言説における近代的な能力主義・自由・平等が本音としては排除されており、そこでは女性は排除され、また一方従来の家族・地域等の共同性が弱体化して女性のアイデンティティ・クライシスを引き起こしやすい。日本国家が女性の再統合に失敗しているのは、先進国の中での日本の少子率の高さにも顕著に現れている。ニューエイジはこのような日本の女性のアイデンティティ・クライシスに対し、脱国民国家な抽象的共同性を与えているだろう。

 ここの「また一方従来の家族・地域等の共同性が弱体化して女性のアイデンティティ・クライシスを引き起こしやすい」という一節を見て、そうか、それも要因にはなるんだよなと思った。家父長制であったりイエ的なものであったり、そういうあれこれからの脱却となると無条件で肯定したくもなるし勇しく推し進めたくもなるわけだが、しかし従来の社会としてそれが一種の制度として、というより共同性および他者として、女性の主体化を部分的に担っていたのだとすれば、その共同性および他者の瓦解とはいやおうなく「アイデンティティ・クライシス」の種となる。だから、ある共同性および他者が瓦解するのであれば、その代わりとなる(こういう言い方もアレだが)よりよい共同性および他者を担保する必要がある。しかしそれは人為的に設計し事前に準備することのできるものなのか? 法や啓蒙および教育の次元である程度は可能かもしれないが、共同性および他者とはその他多くの要素の偶然的な複合によって形成されるものでもあるだろうし、なによりそれが形成されるためには——あるいは見出されるためには——一定の時間を要する(そしてだから、その移行期の埋め合わせとして、ニューエイジ的なものが出てきたというのが見立てとして成立するわけだ)。
 あと、「新宗教の女性教祖と日本近代国家」で、大本教の教祖出口なおの長女よねの夫がやくざであり、その名前が「鹿造」であると記されていて、(…)ンとこのじいやんとおんなじ名前やんけ! とクソ笑った。高校二年か三年のときだったと思う、ものすごく良い天気の日があって、その日こちらはめずらしく午前中から学校に行っていて、だから午後はサボるかというわけで、校舎の棟と棟を結ぶ地上三階の屋根なし渡り廊下の下で弁当を食ったのち、昼休みから放課後まで続けてそこでだらだらとだべっていたのだが、そのだべりの輪のなかで、たしか(…)のところのじいやんの名前だったと思うが、キスケであると(…)くんが言って、そのキスケという言葉の感触の古臭さがなんとなくおもしろくなってみんなゲラゲラ笑い、で、それをきっかけに、その場にいた人間がひとりずつじぶんのところのじいやんのファーストネームを紹介する流れになったのだが、流れの途中ですでに(…)がくっくっくと肩をゆらしまくっていて、だから、こいつたぶんとんでもねー爆弾持っとんなとみんな気づいていたし覚悟も期待もしていたのだが、いざやつの番がまわってきたところ、「おれのじいちゃんシカゾウやで」とゲラゲラ笑いながら言うものだから、その場にいた全員がマジで死ぬんじゃないかというくらい笑い転げたのだった(そしてのちほど教員から授業をサボるのであればせめて静かにしていろと言われた)。
 あとは、「あとがきに代えて」の以下のくだりも印象に残った。

 母が主婦であることの不満をもっていることを少しずつわかってきた私は、今度は主婦にだけはなりたくないと思うようになった。とはいえ母は私が大学生になって文学や哲学や政治にのめり込んでいくのを不安がっていた。大学院に進学したいというと結婚できなくなるといったのも母である。一方では自分の夢や無意識的欲望を投射して女性抑圧から娘を解放させようとしながら、他方ではジェンダー的な受動性の場所へ娘を抑圧する。フェミニズム的にはわかりやすい解釈枠組みだけれども、当時の母に大学院に進学したり学者になる女性のイメージはステレオタイプなもの以外にもちえただろうか。母を責めることは私はできないと思う。母は私にただ幸せになって欲しかったのである。どちらにせよ当時の私はほとんど母の意思など介していなかった。リブの思想に感染していて、フェミニズムのサークルを作り、小説を書き、化粧もしない毎日で、母に猿みたいだと言われていた。それでもきれいだった私は男の子に不自由はしなかった。

 「それでもきれいだった私は男の子に不自由はしなかった」という一文の清潔さ! じぶんで言うのもなんだがとか、こういうとルッキズムがうんぬんかんぬんとか、そういう断りなしに「(それでも)きれいだった私」とさらりと言う、このさわやかさ! すばらしい! 炎上避けやツッコミ回避のためのエクスキューズにまみれた文章ばかりが模範として流通する馬鹿馬鹿しさを一蹴するこの快活さ、この速度、この晴れ晴れしさに、いってみれば、文学を感じた。
 書見中、一年生の(…)さんから微信。作文コンクールに参加したいという。テーマは指導教師への感謝——ということはすなわち、こちらに対する感謝の文章ということになる——にするというのだが、「小説でもよろしいですか」という。は? となる。どうも教師と学生との交流を主題とした小説かなにかを書き送るつもりでいるらしい。いやいや、その前にまず応募要項にちゃんと目を通しなさいよとげんなりしつつ、先日グループチャットに放りこんでおいたPDFの該当箇所をスクショに撮り、アンダーラインを施して、ここに詳しいことが書いてあるから読んでみてくださいという。テストの問題文とか課題の説明文とかそういうのにろくに目を通さず、ただただ思いこみで回答を書いたり宿題をこしらえたりする学生って、思っている以上にいる。
 最後まで読み終えたところで店を出る。ケッタにのって大学にもどる。キャンパスに入ってほどなく、前を歩く男女カップルの男のほうが女の尻を手のひらで軽く叩くのを目撃する。ケッタにのって後ろからやってくるこちらが一部始終を目撃していたことに気づいた女が「もー!」みたいな感じで恥ずかしそうに男の肩を叩きかえす。外国人寮のとなりにある女子寮前では、電動スクーターのせまい座席に対面座位の格好で向かい合わせに座った男女カップルがベロチューしている。馬鹿野郎が! 便所コオロギの交尾のほうがよっぽど優雅やど!
 帰宅。またフリースタイルして遊ぶ。三曲分ほどやったところでシャワーを浴び、ストレッチをし、授業準備の続きにとりかかるも、全然集中できない。それで結局またフリースタイルしてしまうわけだが、照明を落としてビートを流して、それにあわせてとにかく途切れないように言葉を吐き続けているとそれだけでたいそう気持ちよく、というか昨日と今日とやってみて気づいたのだが、無理して韻を踏もうとする必要はない、そうするとかならずぐちゃぐちゃっとなってしまう、大切なのはまず言葉を途切れさせないこと、それもそれ相応に意味をたどることのできる語りを持続すること、まずをそこに意識を集中させたほうがいい、それがある程度安定すると、今度は自然とリズムに即した語りが形成されていくようになり、その語りのなかでときおりほとんど偶然のように韻が生じる、そういうイメージでやっていくとけっこううまくいく。少なくとも素人のまねごとの段階では言葉を途切れさせないこと、その言葉がある程度make senseしていることがなによりも大事で、それがいわば地盤となり基礎となったうえで、リズムや韻があとからやってきて自然と生じるという順序になっているように思われるのだが、これがおそらく熟練者になると、リズムに即した語りがより深く身体化するとともに、いまはまだ自然と生じるものとしてしか感じられない、偶然の産物としてしか得ることのできない韻が、操作可能なものとしてたちあらわれるようになる。ここ三日か四日、遊びの延長でやっているだけであるが、こうした見立てはおそらくそれほど突拍子もないアレではないと思う。少なくとも初日の段階ではただ言葉がとぎれないように語り続けるだけでもむずかしかったが、いまはそれだけであればそこそこ続くようになっているし、練習を重ねれば重ねるほどリズムが身体化していくその変化もかなり明瞭に感じられる。くわえて、言葉の反射神経もどんどん活性化していく。特定の言葉や特定の固有名詞を散らかった記憶の一室からひきずりだしてくるその手の動きが、三日四日前とくらべてあきらかに俊敏になっているのだ。エクリチュールではないパロールなので、当然消しゴム的なものはこの営みのなかに存在しえないのだが、ロラン・バルトの言葉だったと思う、パロールの場合は発言の消去を意図する場合もその抹消ではなくその否定的追加という形式でおこなわざるをえないみたいなアレがあったような気がするが、そういうのもすごくよくわかる、後付けの連鎖によってのみ文を組み立てていく、前言撤回するにしてもいちいち撤回するという言葉の追加が必要になる、そういうモードにあたまが切り替わりつつある感触のようなものがすこしおこるのを感じるのだ。それからこれは、素人はまずは言葉がとぎれないように語り続けることが大切であるという先の発見のパラフレーズになるが、韻を踏むとなるとどうしてもパラディグムの営為であるように思われるし水平性の選択にばかり気をとられがちになってしまうのだが、実際にやってみるとフリースタイルをフリースタイルとして成立せしめるのははるかにサンタグム的な営為で、熟練者はどうか知らんが素人はまずそこに軸足を置いてやったほうがいい、逆にいえば、サンタグムこそが基礎であり地であり下部構造であるという意識で言葉を途切れさせないようにすれば、下手くそなりにいちおうかたちにはなる。ベースができるのだ。
 しかし楽しい。気持ちよすぎる。シラフであるにもかかわらずガンギマリになれる。というか、これを書いているいま、「ガンギマリ」と変換しようとしたところ、「雁木マリ」と表示されたのだが、これペンネームとしてなかなかシャレているのでは? と思ったが、ググってみたところ、すでにそういうネーミングの小説のキャラが存在するようだ。『異世界に転生したら全裸にされた』というものらしい。「異世界に転生した女子高生・雁木マリは、ポーションの効力を絶大に引き上げる力を持っていたことから、人々に聖少女として崇められることに」というあらすじから察するに、なるほど、ポーション=ドラッグということなのねと納得。
 2時をまわったところでさすがにフリースタイル中断。トースト二枚を食し、腹筋を酷使し、プロテインを飲む。歯磨きをしてベッドに移動。耳栓をしてもなおあたまのなかでビートが鳴り続ける。スマホでテキストを読んでいても、それを脳内ビートにあわせて読みあげてしまうモノローグがたちあがり、さすがにちょっとうっとうしくなる。自動筆記とちがってフリースタイルで出てくる言葉はどれもこれも痩せ細ったものばかりであるのだが、これも熟練度をあげていくにつれて変化していくのかな、手癖ならぬ口癖に幅や広がりや奥行きや深みが出てくるようになるのかな。