20230927

 人間が言語の世界に入るとき、構造的に一つのシニフィアンが欠如する。主体とはこの欠如である。主体はおのれの存在を表すシニフィエをもたず、自分は何であるかを知らない。先ほどの「全体と無の弁証法」が表すように、人間が〈他者〉の世界からシニフィアンを受け取るとき、印の記入が行なわれ、つぎにその印を全体として再現しようとするとき、そこに一つの欠如が生じる。フロイトのいう反復とは、主体が最初の満足体験を完全に再現しようとする運動であるが、それは不可能であり、常に何か欠けたものが生じ、それが再び反復を繰り返させる原動力となるのであった。ここに主体は、失われた存在として生まれる。失われた存在といっても、最初に満ち足りた世界を想定するものではない。主体は存在欠如として生まれるとともに、そのような神話的な充足の世界を遡求的に措定するに過ぎない。
 主体の存在欠如は、どのような形をとって表れるのだろうか。欠如とは、否定的存在であるゆえに、直接捉えることはできない。それは、つねに何かの欠如として表現される。主体は自らの存在欠如を〈他者〉の欠如として認めるのである。つまり、主体は〈他者〉の欲望として自らの欲望を経験するのだ。ゆえに、〈他者〉の欲望を満足させるということは、そのまま自らの存在を決定することに結びつく。ラカンの有名な命題、「人間の欲望は〈他者〉の欲望である」の一つの意味がここにある。
(向井雅明『ラカン入門』より「第Ⅰ部第三章 欲望」 p.147-148)



 何時に起床したか忘れた。この日は日記を書く時間がまったくなく、大雑把なメモ書きしか残されていないので、これから日記を書くにあたっていろいろと不明瞭な部分が出てくると思う。いや、不明瞭な記述くらいでちょうどいいのだ、新学期が本格化するにしたがって結局また毎日のように長文を書き記すようになってしまっている現状、ここらでまたいっぺんふんどしを締め直して、記述の節約に励みたい。生活に差し支えが生じつつあるのだ。
 わりと遅い時間帯に起床したはずだ。だから起床して歯磨きしながらニュースをチェックしたあと、すぐに第五食堂に向かったというメモが残されているのだ。食後はコーヒーを飲みながら、iPadできのうづけの記事の続きをカタカタやり続けた。途中、知らない電話番号から着信。一度は無視したのだが、おなじ番号からもういちど着信があったので出ると、中国人のおっさんだった。なにをいっているのか全然わからなかったのだが、たぶん快递だろうと思いながら耳をすませていると、第四食堂と邮件という単語が聞き取れたので、あ! 第四食堂近くの郵便局だな! とわかった。それですぐ行くからちょっと待っててと伝えた。たぶん(…)さんのキウイだろうと思った。おなじ(…)省であるし昨日発送したものがさっそく届いたのだろう。
 すぐ行くとは伝えたものの、全然すぐ行かなかった、きのうづけの記事を先に仕上げた。それから身支度を整えて第四食堂近くの中国邮政へ。店の入り口で都合よく二年生の(…)さんと(…)さんにでくわしたので、本当はじぶんでやりとりできるのだがこれもいい練習になるだろうと思い、彼女らに通訳をお願いした。(…)さんが見事に任務をこなしてくれた。荷物はキウイではなかった。MacBook Airだった。予定より二日もはやい到着だった。(…)さんは段ボールを抱えていた。荷物を発送するようすだったので、だれになにを送るのかとたずねると、少し考えたのち、友達が誕生日プレゼントをくれた、これはそのお返しです、みたいなことをかなりきれいな発音で口にした。のちほど、お礼ついでに発音のことを褒めておいた。(…)さんはボーカロイドVtuberが大好きなので、もしかしたらそのおかげで発音がきれいなのかもしれない。
 库迪咖啡に立ち寄ってアイスコーヒーを打包した。帰宅し、MacBook Air開封し、セットアップ開始。Time Machineのデータが残っている外付けハードディスクに接続。かなり時間がかかるだろうと覚悟していたのだが、そうでもなかった、わりとすんなり片付いた。その後、iCloudのデータを確認。iPadのほうで作業を進めた分が台無しにならないように慎重に同期を進める。今回買ったMacBook Airは13.6インチなわけだが、先代とくらべるとやっぱりかなり画面がでかく感じる。持ち運びするには若干うっとうしいサイズであるが、実際にPagesのファイルを画面に展開してみると先代とは全然印象が異なり、うわ、これ小説書きやすいわ! と思った。あと、電源ボタンのところが指紋認証になっていて、気づいたら俺はなんとなく未来だった。USBの変換器も問題なく機能した。
 あたらしいOSをインストールした。Sonomaというやつ。これには時間を多少要した。16時に二年生女子三人と待ち合わせの約束があったわけだが、諸々すませてから外出したかったので、集合時間を30分遅らせてもらった。

 セッティングのすんだところで第三食堂へ。一階の入り口付近の座席に(…)さんと(…)さんと(…)さんの三人がいる。合流。自転車をひきながら路上の合鍵屋のところに向かう。(…)さんと(…)さんのふたりは自転車に乗れない。だからシェア電動自転車を利用することもできない。中国に来て驚いたことのひとつに、自転車に乗ることのできない女子がけっこういるというのがある。ひとむかし前、というのはアレか、ふたむかしくらい前になるのかもしれないが、その当時の中国といえば、人民服と自転車のイメージだったのに、時代はすっかりさまがわりしたもんだ。連休の予定をたずねる。(…)さんは帰省する。(…)さんは帰省しない。代わりに杭州の家族が(…)にやってくる、そして一家で(…)を観光する予定だという(しかし彼女自身は全然乗り気でない)。(…)さんも帰省しない。母親がこわいという(作文に書いて寄越したことがあるが、実家にいると家事を手伝うようにうるさくいわれるらしい)。代わりに連休のうち何日かは友人と旅行するとのこと。
 路上の合鍵屋に自転車をあずける。学生らの通訳を介してチェーンが切れたことを伝える。代わりのチェーンもないといったが、合鍵屋の手元に新品があるという。三十分で修理できるとの話。料金は50元。お願いする。修理屋のオヤジは赤いキャップをかぶっていたのだが、フロントの部分に白字の「天才」という刺繍だかワッペンだかがデカデカと輝いていて、ちょっと笑ってしまった。
 メシを食うにはまだはやい。セブンイレブンをのぞくことにする。入り口でロリータファッションの女子——赤ずきんちゃんみたいな格好だ——がビラ配りをしている。(…)さんと(…)さんが先日言っていたかわいいバイト女子とはこの子のことだなと思う。店の中に入る。やはりたいそうせまい。日本のコンビニの五分の一程度、いやちがうな、もっとせまいな、うちの教室よりもずっとせまいスペースだ。商品棚にはやはり日本の商品が目立つ。『鬼滅の刃』のガムだかキャンディだかがあったので、女子三人に教えてやったが、割高価格なのでやはりだれも手を出せない。店内を巡回していると(というほどの広さもないのだが、駅のホームにある売店程度のスペースなのだが!)、店員らしい巨漢の男性が近づいてくる。あ、いつものパターンだな、と思いつつも学生らとの会話を続けていると、「日本人の方ですか?」と案の定あった。こんにちはとあいさつ。店長だった。年齢は不明であるが、背が高く、体つきもがっしりしている。東北のひとかなと思ったが、肌の色はけっこう浅黒い。(…)人だという。日本に四年間留学していたというので、どちらにいたのですかとたずねると、早稲田という返事。中国では早稲田は東大と同じくらいブランド価値がある大学なので、それだけ学歴のあるひとがこんな田舎でまたなぜと内心ちょっとふしぎに思った。店長は留学時代もセブンイレブンでバイトしていたという。そういう縁もあって、ここの新規オープンにあたってオーナーをやることにしてみたのだという。授業中うちの学生にお店のことをアピールしておきますよと約束する。
 せっかくなのでおにぎりをふたつ買った。シーチキンとザリガニ。(…)さんはお菓子をひと袋買っていた(パッケージには日本語が記されていたが、見たこともないデザインだったので、たぶん中国産のものだと思う)。店長はわれわれが店を出る際、「またお越しくださいませ」といった。うわ、マジか、と思った。(…)でこんなフレーズを耳にすることになるとは! ビラ配りの女子にも会釈する。かわいい女の子だねと漏らすと、かたわらの(…)さんがすぐに中国語で、先生があなたのことをかわいいって! と伝える。なんでうちの学生は毎回この手の発言を勝手に伝えんねん。ロリータの彼女はこちらにむけてぺこりと日本式にお辞儀してみせた。たぶん精日分子やな。コスプレイヤーの(…)さんとももしかしたら友達かもしれない。
 (…)で食パンを三袋買う。さらに裏町にまで足をのばし、中通快递で変換アダプタを回収する。裏町はなかなかけっこう混雑していた。屋台はすべて追い出されたという話だったが、全然そんなことなかった、たくましくあちこちで営業していた。
 路上の合鍵屋のもとにもどる。50元支払い、自転車を回収する。どこかでメシを食おうという。(…)にしましょうと学生らがいうので、散歩がてら店まで歩くことに。道中は(…)さんがとにかく積極的。恥ずかしがりはするが、間違えることはおそれない。たとえ会話のテンポが悪くなったとしても、わからない単語があったときは中国語や英語に逃げずアプリで調べて日本語での会話を継続しようとする。こういう子は絶対のびる。この先、モチベーションさえ失わなければ、卒業までにペラペラになるだろう。
 三人とも大学院進学についてはぼんやり考えているようす。(…)さんはしかし専攻を哲学に変えるかもしれないという。ここでいう哲学とは(中国版)マルクス哲学のことであり、要するに、政治関係の専攻であるわけだが、日本語学科の学生でそっち方面に進もうとするのはけっこうめずらしい。(…)さんは大学を一度退学しているし、(…)に入学したあとも最初は酒店管理を専攻していたものの途中で日本語学科に移ってきたわけであるし、もしかしたらちょっと飽きっぽい性格なのかもしれない。
 兄弟姉妹の有無についてもたずねた。(…)さんは姉がふたりと弟がひとりいる。(…)さんは妹と弟がひとりずついる。前者は四人兄弟で、後者は三人兄弟。ふたりとも兄弟の数が多いし、(…)省のおそらく農村出身なのだろう。(…)さんにいたっては四人兄弟であるから親が罰金を支払う必要があったはずだ(中国では少子化が叫ばれているいまでもまだ子どもは三人までという制限があったはず)。一番下の子が唯一の男の子であるという構成からして、男の子がどうしても欲しい両親が法令に違反してまで四人目を作ったという事情も察せられる(中国の田舎ではいまだにクソほど根強い男児信仰というか男尊女卑思想が認められる)。(…)さんも弟だけ年齢が離れていていまは三歳かそこらといっていたので、これはおそらく三人まで産んでよし! となったところで、やっぱり男の子がほしい両親が作った子なのだろうと思う。ひるがえって大都市杭州出身の(…)さんは高校生の弟がひとりいるのみ。(…)さんのところは家庭環境がもしかしたら少し複雑なのかもしれない。多少冗談めかしてはいるものの、母親のことがとてもこわいというし、連休にもかかわらず里帰りしないし、それに妹は両親とは離れて祖父母といっしょに暮らしているみたいなことを言っていた(いわゆる留守児童ということなのかもしれない)。これは経験則に裏打ちされたアレであるのだが、(…)さんのようなタイプの女子、つまり、農村出身で、めちゃくちゃアニメが好きで、こちらにやたらと簡単になつく(すぐに転移する)、そういうタイプの子はのちのち家庭に問題あることが判明するというパターンが割合多いのだ。その(…)さんはじぶんが卒業するまでほかの大学に行くなとしきりに口にした。わたしは先生が大好きです! と前を歩くほかのふたりがふりかえるほどのデカい声で言うので、ちょっと笑ってしまった。笑ってしまったというのは(…)さんのことを思い出したからだ。(…)さんは(…)に赴任した直後、当時一年生か二年生だった(…)さんとそのルームメイトらといっしょにスケボーをして遊んだ夜に、その(…)さんから私は先生が大好きですというメッセージを受け取った。そして彼はそのメッセージをよりによって愛の告白と勘違いし、友人の中国人ら複数に相談したのだった。当然、全員が全員、いやそんな他意はないだろという返信をよこすわけだが、(…)さんはなぜか中国人には建前がないという強固な偏見を有しており(建前なんてどこの国の人間でも使うやんけというのがこちらの率直な印象なのだがそれはさておき)、というかそのメッセージの解釈に際してはそもそも建前の有無がどうのこうのという問題ですらないわけだが、いずれにせよ、彼はその件があって以降、(…)さんのことを強く意識するようになったのだと、彼に半年遅れるかたちで赴任したこちらに語ってみせたのだった(こちらとしては、おいおいこいつホームラン級のバカか、という感想以外出てこなかったが)。
 店に到着する。こちらがケッタを停めているあいだ、近くにあったベンチに(…)さんと(…)さんが座りこんで太累了というので、それほどの距離じゃないでしょ、きみたちやっぱり宅女だなとからかう。しかし(…)さんは実際やや風邪気味らしかった。本人は風邪ではないといったが、店でも注文した麺の大半を残した(没有胃口といった)。こちらはいつもの牛肉担担面の大盛りにパクチーを山ほどのせたやつを食った。(…)さんはめちゃくちゃ辛いやつ。(…)さんは三鲜なんちゃらをオーダーしていたが、彼女はかなり偏食らしく、トマトやソーセージなどの具材をぽいぽい(…)さんのどんぶりに移動させた。偏食は中国語で挑食というらしい。
 (…)さんが風邪かもしれないという話からコロナの話題になった。感染したときに熱はどれくらい出たかとたずねると、(…)さんと(…)さんのふたりは40度近くという返事。(…)さんは熱が出なかったという。先生の家族はどうですかというので、この夏休みに兄がはじめて感染したが、あとはだれも感染していない、京都にいる友人もいまだにひとりも感染していないというと、学生ら三人はなんで! とびっくりした表情を浮かべた。それでピンときた。日本は大変だというニュースを当時よく見たという予想通りの言葉が続いたので、この子たちがどういう思想の持ち主であるのかわからんいま下手なことは言えんがと思いつつも、中国のインターネットには壁があることは知っているよねと確認しつつ、あのとき微博や抖音や小红书で紹介されている日本の状況と実際の日本の状況は全然違ったよとだけ告げた。学生ら三人はあーという反応を示した。理解しているふうだった。それ以上は続けなかった。この話は秘密です、大学から怒られてしまうから、と締めた。
 性格診断をするようにいわれた。16Personalitiesというやつ。これずっと以前も学生に頼まれてやったことがあるし、わりと最近(…)からもやってみろとLINEが送られてきた。学生らにこわれるがまま、その場でちゃちゃちゃっとすませたところ、「提唱者」という結果が出た。三回やって三回ともこいつだ。こんなもんでなにがわかんねんと思ったが、学生らはみんな「やっぱり!」みたいなリアクションだった。
 食後、西門からキャンパスにもどった。顔認証とカードリーダー付きの改札がさっそくぶっこわ(さ)れていた。ゲートがひらきっぱなしになっていたのだ。よかったと(…)さんがいうのに笑った。いちいち饭卡を取り出すのがめんどうということなのだろうが、稼働して数日でぶっこわ(さ)れたゲートに対して満面の笑みでよかったと口にしてみせるそのようすがたいそうおもしろかったのだ。
 門を抜けた先でおなじ二年生の(…)さんとばったり遭遇した。かたわらには他学部の女子学生もいた。(…)さんは日本語がまったくできない。東北人であるのだが、背は低く(…)人の女子と変わらないくらい。中国語はがっつり巻き舌。それにくわえて日本のおばちゃんみたいなしゃべりかたをする。これから外でメシを食うところらしい。こちらにもいろいろ話しかけてくるのだが、ひたすら东北话で、なにをいっているのかさっぱりわからない。彼女と別れたあと、(…)さんが(…)さんはとてもおもしろいといった。(…)さんも自転車に乗れないらしいのだが、それでもシェア電動自転車に乗ろうとする、その結果いつもふらふら運転をしており、街路樹にぶつかったことがこれまで五度もあるという話だった。
 (…)さんと(…)さんのふたりはこのあと夜の自習に行かなければならない。(…)さんは本来このあと選択授業の美術があるのだが、今日はその授業が休講である。休講であることはしかし伏せて、夜の授業をそのままサボるつもりだという。自習をサボってこのまま先生と散歩したいと(…)さんは言った。大学側に「会話の練習」という名目で訴えれば、おそらく自習時間中の学生を外に引っ張り出すことも教師特権でできるんだろうが、さすがにそれではこちらがもたない。一度でもそんな例外をこしらえてしまえば、毎晩たのまれることになるのは目に見えている。
 女子寮前で三人と別れる。彼女らと行動を共にしているあいだはずっと片手で自転車をひいていたのだが、帰路はひさびさのライドオン! いきおいをつけるためにペダルを踏みこむ! 坂道でもないのに中坊みたいに立ち漕ぎだぜ! 瞬間、チェーンがまたバツン! と音をたてて切れた。嘘やろと思った。愕然とした。前回も左側のペダルに体重をこめた瞬間にチェーンが切れた気がする。チェーンそれ自体の問題ではなく、チェーンをひっかける別のパーツに問題があるのかもしれない。しかたがないのでまた自転車をひきながら寮にもどった。合鍵屋のオヤジ全然「天才」ちゃうやんけ。
 帰宅してすぐに(…)さんに切れたチェーンの写真を送った。明日またおじさんのところにいきましょうと(…)さんはいった。しかしすぐに明日はじぶんも(…)さんも午前から午後までびっしり授業だと続いた。だから(…)さんにお願いすればいいというのだが、いや、ふたりきりか、ふたりきりはちょっときついなと思った。それで三年生の(…)さんにお願いしようと思ったのだが、彼女は明日の午後にはもう(…)さんとそろって広州に出発するという話だった。ふたりの相性がどうであるのかちょっとわからないが、(…)くんにお願いして彼と(…)さんとこちらの三人で行動するのであればいいかもと思ってコンタクトをとってみたところ、明日は午前中スピーチの練習がないので空いているという。8時からの会話の授業には出席するつもりだが、そのあとの基礎日本語の授業には出席しないというので、じゃあ授業終わりに合鍵屋のおじさんのところに同行してくださいとお願いした。これで(…)さんの手をわずらわせる必要もない。
 学生らとおもてをぶらぶらしているその手隙に(…)さんとのやりとりも続いていた。彼女はいまあたらしいパソコンを買うために生活費を節約している最中だという。もう五年も使っているというので、ぼくなんて十年近く使っていたよと応じると、彼女はパソコンでゲームをすることが多いといった。スペックの問題もあるし、なによりパソコンが毎回たいそう発熱してあぶない、それであたらしいものが必要だと考えているとのこと。
 大連の(…)さんからも微信。来年四月からの日本留学が決まったという。(…)大学。東京にある私大らしい。好的。
 きのう大学内で声をかけられた体育学院の(…)くんからもいまなにをしていますかと微信が届いていたが、下手に返信すれば遊びにいきましょうと誘いがとどくに決まっているので、これはいったん無視しておくことにした。
 シャワーを浴びた。ストレッチをした。あらためてデスクに向かい、きのうづけの記事を投稿した。しかしデスクでの作業はここでまた中断を余儀なくされた。今度は三年生の(…)さんから微信が届いたのだった。夜食をひとりで食べるのは罪悪感があるのでいっしょに食べたいという。正直腹は全然減っていなかったし、日記を少しでも多く書きためておきたかったのだが、これでまたリストカットされたらかなわんなというのがあったので、セブンイレブンで買ったおにぎりがふたつあるしそれを持っていくよと返信した。
 それですぐにまた寮を出た。待ち合わせ場所はグラウンド。到着して写真を撮る。このあたりにいるよと送ると、すぐにグラウンドから彼女が姿をあらわした。ダイエットのためにランニングしていたのだという。でも……といって吹き出すので、夜食を食べるから意味がない? と補足すると、はいという返事。それでグラウンドを二周か三周、ふたりでぐるぐる歩きながらおにぎりを食った。おにぎりはザリガニとシーチキンだったが、(…)さんは海鮮を避けるみたいなことをいってザリガニのほうを手にした。それが污染水を踏まえてのことであるのか、彼女の嗜好を踏まえてのことであるのか、こちらにはわからない。(…)さんはドラえもんがパッケージに印刷されたどら焼きをふたつ持っていた。それをひとつこちらにくれるという。
 そうしてふたりきりで話してみたわけだが、正直、さっきの二年生より能力が低いかもしれないと思った。まず基本的なボキャブラリーがあたまに入っていないという印象。だから聞き取り能力も結果的に(…)さんに劣るというか、こちらの発言に対してとんちんかんな返事をすることはそれほどなかったが、話題の転換がかなり急激で、あ、これは事前にしこんでいた質問であるな、事前に用意しておいた話題であるなというのが、そういうところからもけっこうわかる。杭州の運動会を知っていますかという。知っているけど、日本ではほとんど話題になっていないと応じる。卓球の日本代表は中国人だという。帰化した選手なのだろうと思いつつ、そうなんだと応じると、スマホの画面をこちらに差し出してみせる。のぞきこむと、張本智和と表示されている。聞いたことがある。彼はイランの選手に負けたという。彼は試合で勝つと日本語で話す、負けると中国語で話す、そういって(…)さんは笑い出した。文脈から推測するしかないのだが、なんとなく、試合後のインタビューが小粉红らのあいだで愛国ネタ消費されとるんやろなという気がした。セブンイレブンの店長の話をした。日本のお月見の話をした。連休は江西省に帰るのかとたずねると、江西省に帰るが実家ではなく祖母宅で過ごすという。四級試験に前回参加できなかったのはどうしてかという質問には、実家で事情があったという返事。たぶん身内が亡くなったのだろう。それからボーターコリーの(…)の動画や写真などを見せてもらった。犬用に服をたくさん買ったという。そのうちのひとつがメイド服だったので、こんなの着せないほうがいいよ、犬がかわいそうだよといった。
 門限が近づいていたので女子寮まで送る。また路上の古本売りがいたので、ちょっとだけのぞく。前回とラインナップはほぼ変わらない。寮の前で彼女と別れて帰宅。実家に帰省中の(…)さんから微信がとどいている。「おじさん」が亡くなったという(正しくは「おじいさん」ではないかと思うのだが、詳細は不明)。「とても悲しいです」とあったので、長々とお悔やみの言葉を書いて返信する。それでちょっといま思い出したのだが、(…)でメシを食っている最中、こちらの先代のパソコンのキーボードがえげつないくらいボロボロになっているのをモーメンツで見た学生らからどうしてあんなことになっているのかとたずねられたのに毎日たくさん文章を書いているからと答えた流れで、(…)さんから先生が書いた手紙を読んだと言われたのだった。毎年卒業生に長い手紙を書いて送るのが習慣となっているのだが、おなじ内容をモーメンツにも画像であげるようにしている、それをわざわざ翻訳アプリを噛ませて読んだという。とても感動したと言い、内容をちゃんと理解しているような感想をぽつりぽつりおぼつかない日本語で口にしたので、あ、この子はああいう抽象度の高い文章がリーチするタイプの子なんだとちょっと驚いたのだった。
 帰宅。ウェブ各所を巡回し、2022年9月27日づけの記事を読み返す。2013年9月27日づけの記事も読み返して「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲したが、まあ、VPNが安定しない。これほど安定しないのは白紙運動のとき以来ではないか? ロシアがウクライナに侵攻を開始した直後以来ではないか? もしかしたら連休前という事情もあるのかもしれないが、いずれにせよ、クソストレスを感じながら記事を投稿したり読み返したりした。今日づけの記事は当然メモ書きというかたちでしか残せない。明日は朝イチで授業なので、あれこれ書いているひまがまったくないのだ。
 (…)さんから微信。うちの寮で食事を作るという例の計画について、スピーチの代表メンバーを客人として招くのはどうかという提案。好的。
 二年生の(…)くんから微信。30日に(…)で「コミケ」があるので一緒に行きませんかという。(…)くんも(…)くんも(…)くんも一緒だというので、きみたち故郷に帰らないのとたずねると、みんな大学に残るという。正直これ以上約束を引き受けるのは自殺行為にひとしかったが、もうやぶれかぶれで了承した。(…)さんから呼び出しがあってグラウンドに向かう途中、授業時間よりも授業外で学生の面倒を見ている時間のほうがずっと長いこの感じひさしぶりだな、コロナ以前の日々をちょっと思い出すなとしみじみする瞬間があったのだが、その当時のいきおいのままに、放りこまれた約束はぜんぶ引き受けてやるという馬鹿力をふりしぼりだしてしまったのだった。半日外で過ごせば、それを日記に書くのにもう半日必要とするわけで、だから外出はできるだけひかえめにしたいのだが、もうなんでもええわい! 連休や! やったろやんけ!
 就寝前に翌日にひかえている日語会話(三)の第24課をシミュレーションをおこなったのだが、学習委員の(…)さんに毎回印刷をお願いしている資料を送り忘れていることに気づき、時刻はすでに0時をまわっていたと思うのだが、明日の朝の自習時間にこちらの名前を出して教室を出てもかまわないので印刷をたのみますという文言とともに資料を送った。どら焼きを食いながら授業のシミュレーションをすませ、歯磨きをしてから寝床にもぐりこんだ。就寝は2時をまわっていた。