20231008

 われわれはここで再び、倫理の項で触れた主体と das Ding との出会いの経験に立ち戻る必要がある。フロイトは主体と現実界との遭遇を心的構造が決定される原初の経験と考えた。最初の遭遇は主体にとってまだ何の意味すらもたないものであるが、このとき主体は一つの行為をなす。そしてこの行為が主体の構造を決定するのである。ヒステリーにおいては、この経験は不満をもたらすものとして受け止められ、以後主体は現実界に対して嫌悪感をもって対応し、強迫神経症においてそれは過多の享楽を与えるものとして経験され、以後それを避けることが自らの行動の原則となる。不満、ないしは過多という言葉が示す通り、 これは常にすれちがいの遭遇として主体の心的外傷を形成するものである。反復とは心的外傷のもととなるこの遭遇を反復しようとすること、それは快感原則からはみ出たものを反復によって吸収しようとする試みを指す。反復現象の簡単な例に、繰り返し行なわれるさまざまな儀式、子どもの単調な反復遊戯などがある。これらは対象の喪失を補おうとする反復行為として、現実性(Réalité)の網目に現実的なもの(Réel)を捉えようとするものである。
 (注) この行為が真に Das Ding との最初の出会いにおいてなされるのかどうかは疑問である。なぜならトラウマの形成は遡及的であるはずだが、ここでは遡及性が欠けているからである。
(向井雅明『ラカン入門』より「第Ⅱ部第六章 精神分析の四基本概念」 p.348-349)



 10時半起床。歯磨きしながらニュースをチェック。(…)にrepairmanの件で連絡をする。今日うちに来るつもりでいるのであれば授業のある14時半から17時までは外してほしい、と。すぐに返信が届く。いま連絡をとった、正午ごろにそちらに行くと言っているとのこと。
 第五食堂で打包。11時ごろであったのにもうたいそう混雑している。(…)にでくわす。部屋にもどり、メシを食す。ほどなくしてrepairmanがやってくる。作業服のおっさん。キッチンの蛇口がまるっと新品に取り替えられる。作業は15分ほどだったと思う。おっさんが去ったあとのキッチンが変にくさかったので換気扇をいれる。汗と生乾きの洗濯物とたばこのにおいが入り混じったもの。
 きのうづけの記事の続きを書いて投稿する。ウェブ各所を巡回し、2022年10月8日づけの記事を読み返す。当時二年生の(…)さんと(…)さんとこちらの三人で広東料理と北京ダックを食った日。こちらの誕生日祝いという名目だった。2013年10月8日づけの記事も読み返し、「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲。

 14時半からスピーチ練習。第五食堂の売店でミネラルウォーターを買って外国語学院へ。10分はやく着いてしまったので、廊下でまたひととき待機するはめになるだろうなと思ったが、意外なことに(…)くんが先着していた。四年生の実習はこの連休明けから開始。男子学生らはどこで働く予定なのかとたずねると、(…)くんと(…)くんと(…)くんと(…)くんの四人は后街にある語学学校で日本語教師として働くことになったという返事があったので、(…)くんと(…)くんはぎりぎりなんとかなるかもしれないが、(…)くんと(…)くんはまあまあやばいだろ、というか(…)くんなんて日本語をしゃべってるとこ見たことねーよ! と思った。(…)くんは連休前からすでに国産自動車メーカーで営業の仕事かなにかをしているようであるし、(…)くんと(…)くんと(…)くんの三人は院試組なので実習はあとまわし。(…)くんと(…)くんのふたりは故郷に帰って仕事を探すとのこと。
 (…)くんもやってくる。まずはテーマスピーチをひとりずつチェックすることに。(…)くんも(…)くんも発音はだいぶマシになったが、ふたりともやっぱり声が小さい。(…)くんは元々が小さく、(…)くんは作り声のせいで小さいという点も以前と同様。(…)くんに関しては、感情を込めようとするのはいいのだが、その込めかたがあまりわかっていない感じがする。調子っぱずれなのだ。(…)くんは逆にメリハリなし。そしてふたりとも段落ごとにいったん時間を置くことを完全に忘れている。
 やや遅れて(…)さんもやってくる。先生今日かっこいいですねというので、いつもかっこいいですと応じる。今日はいつもと私服のテイストが違った。つまり、日本のリサイクルショップで買ったグレイのワイドパンツに無印のクリーム色がかった長袖シャツをあわせ、二年か三年ほど前に買っただけで全然使っていなかった黒のサスペンダーを導入したのだ。足元はマーチンのブーツ。そういうわけでちょっとコスプレ感が出るというか、開国したばっかのころの日本かよみたいなアレだったわけだが(あたまはニットベレーだし、チェーン付きのめがねをかけているし)、のちほど(…)くんから先生の今日の格好はいま中国でとても人気のあるアイドルの格好とよく似ていますと言われた。最悪。マジでコスプレやと思われるやんけ。
 (…)さんのテーマスピーチ、やっぱり単語のアクセントがまずい。最初のころにくらべたらだいぶよくなったが、それでもほかのふたりと比べるとはっきりと見劣りするし、そもそも助詞をあやまって記憶している箇所がいくつもある(つまり、彼女は助詞の基本的な理解すらあやしい)。練習のあいまにこちらが指摘した内容もほとんど聞き取れていないし、なにか言おうとしても単語が口を突いて出てこず、毎度ほかのふたりに通訳をお願いするありさまで、うーん、やっぱり一年生のころにまったく勉強していなかったそのハンデを埋めるのは簡単じゃないよなとあらためて思う。
 それから即興スピーチ。(…)くんも(…)くんもずいぶんよくなった。少なくともこれまで練習でやってきたなかでは今日が一番の出来栄えだった。(…)さんは逆にいつもよりダメだった。しかし三人とも現状入賞できるレベルでは全然ないよなという感じ。(…)くんはかろうじて三等賞、相当運がよければ二等賞に掠るかもしれないが、一等賞レベルではまずない。しかし本人らはそのあたり自覚しているかどうか不明。過去の受賞者の映像などがあれば、それを一度見せたほうがいいかもしれない。それから、こちらが夏休み前に用意した即興スピーチの「型」を印刷した資料を、(…)くんも(…)くんも捨ててしまったというので、これにはけっこうイラッときた。いや、おまえら「型」全然暗記できとらんやんけ、と。「型」の暗記度だけでいえば、現状、(…)さんが一番なのだ。
 17時に練習終了。(…)くんからメシに誘われたが、これは断った。明日はとうとう一年生の授業があるのだ。それの準備もしなければならないし、これを機会に「型」をあらためて改良しなおす必要もある。こちらとしてはケッタでとっとと帰ってしまいたかったのだが、(…)くんが食堂に一緒に行こうというので、しかたなく階段脇にある死ぬほどせまいスロープに無理やり自転車をのせて地下道を移動する。それで第四食堂へ。おすすめの店があるというので同行したのだが、そして店は辛くないという話だったのだが、実際におとずれてみるとどれもこれも唐辛子まみれだったので、いや話が全然ちゃうやんけとちょっとイラついた。(…)くんはイスラエルパレスチナの件について語りたがっているようだった。壁の外の中国人らが騒いでいるように、これをきっかけにかなり高い確率で中国が台湾を侵攻するんではないかと考えているらしく、その可能性についてこちらといろいろ意見を交わしたがっているようだったが、正直そんな話を彼としたところで無益だ。というか、そんなことよりもこちらはとっとと寮にもどって、明日の授業準備をしたいし、しなければならない。だから、ぼくはもう第五食堂で食事をすませるからと言い置き、ひとり第四食堂をあとにした。今月は本当に忙しいので、スピーチ終わりの食事については基本断ることにしたい。帰路もできればケッタでひとりとっとと移動したい。
 第五食堂で打包。寮の敷地内に(…)一家がいる。(…)がこちらのために門をひらいてくれる。(…)がこちらの私服を見て、たぶん古きよきBritish styleに通ずるものがあるからなのだろう、なにやら褒め言葉をくれる。(…)も同意する(わたしもさっき第五食堂で会ったときにおなじことを思ったのよ)。帰宅して食す。食してすぐにシャワーを浴び、ストレッチをし、三年生の(…)さんに微信を送る。連休明けにうちの寮で手料理をふるまってくれるという話があったが、あれはスピーチコンテストが終わったあとにしてほしい、と。現状、彼女を部屋にまねくとすれば週末しか空きがないわけだが、まねいて料理を作ってもらってそれを食ってとなると半日仕事になるし、当然その翌日は日記で潰れる。これはマジで勘弁してもらいたい。(…)さんは今日大学にもどってきたばかりだという。身分証明書をなくしてしまったので、それの発行のために地元であれこれ手続きしていたらしい。例によって(…)の写真が大量に送られてくる。
 明日の日語会話(一)にそなえて、自己紹介用の資料を詰める。それから配布用の名簿および簡単なあいさつと数字の読み方だけまとめた教材を印刷。一年前の日記によれば、自己紹介をして写真撮影をしてひらがなの読み方を確認すれば、それだけで初回授業は終わってしまうということだったので、たぶんあいさつや数字の読み方は次週に持ち越しということになるのだろうが、念のために用意しておいた格好。それから即興スピーチの「型」を改稿し、こちらとスピーチ代表三人からなるグループチャットを作成して送信。明日午後の練習に必ず印刷して持ってくるようにいう。

 今日づけの記事をここまで書くと、時刻は23時前だった。懸垂し、プロテインを飲み、歯磨きをすませて寝床に移動。『小説、世界の奏でる音楽』(保坂和志)の続きを読み進めて就寝。