20231030

 医療社会学は、医療人類学における痛みや健康の文化社会的構築性についての議論に長らく大きな影響を受けていた状況であったが、昨今はポストモダン的な言説分析を医療言説の分析に導入することで医療現象の社会的文化的構築性を独自に論じようとしている。その筆頭はポストモダン保健社会学(postmodern social theory of health, PSTH)を構想するフォックス(1993)である。
 彼は近代的な医療社会学に対し「医療言説の政治学」(politics of health talk)を対置する。彼にとって健康や病気とは、「器官なき身体」(body without organs, BwO)の上に記入された知/権力の様相であるとされる。そして、言説に還元される以前の「原—健康(arche-health)」「原—病気(arche-illness)」と呼ぶ抵抗の形式が問題とされる。ドゥルーズのいう「器官なき身体(BwO)」がテリトリー化され、痛みが意味をもつとき主体が構成され、彼にとって痛みとは主体であるとされる。もちろん、ここでは局所的な痛みや客観的な現象としての痛みと、本人の全存在的な困難を表現する「痛み」の違い等を個別のケースに従って検討していく必要はあるだろう。がこのような議論においては、医療人類学がそうであったように、痛みに対するケアは医療制度の枠内に留まらず、広く宗教や社会的ケアと連接することとなる。もちろんそれはすでに社会的に存在している現象でもあるが、人々の間では複数の領域と制度を横断しながらそれぞれの戦略で行われていること、特に、実際にはそれぞれの領域の対立が維持された中で行為がなされていることを、社会学的に理解し論じる可能性を示唆しているといえるだろう。
 しかしとはいえ、フォックスに見られるような、ポストモダン——構築主義的医療社会学者たちの議論の多くは、近代的な制度である医療制度を支える構造の分析を十分検討することなく、すなわち人々の痛みとケアについての記述——言説分析と制度との拮抗しあう関係を分析することなく、すべての現象を言説へ回収しがちである。実際、ラディカルな医療社会学の主張へと繋げようとする論者たちは医療人類学が宗教等のケアの可能性を拾い起こそうとしてきたように、科学批判を通じて代替医療等の前提抜きの評価を行うこととなる。
樫村愛子『「心理学化する社会」の臨床社会学』より「精神保健における臨床社会学をめざして」 p.159-160)



 8時半起床。朝食はトーストとコーヒー。最寄りの売店でミネラルウォーターを買って外国語学院へ。10時から一年生1組の日語会話(一)第2課。ケーッ! しくじったわ! 事前に組んでおいた段取り通りやればよかったものを、変に端折ってしまったせいで時間があまり、後半ビンゴを2ゲームもするはめになった! しかし端折ってしまったのにも理由がある。やはり2組にくらべると圧倒的に学生のテンションが低い、やる気のない姿も目立つ、それはそれとして無視しておけばいいのだが、どうしても気にかかってしまい、それでちょっと空回り気味になってしまうところがあるのだ。やる気のない学生の姿が視界に入るとそれだけで一種の圧力を感じるというか、これが二年生や三年生の話であればそうでもないのだが、やはりまだ関係の浅い一年生であるからこそ、そうした拒絶の身ぶりがなまなましいプレッシャーやストレスとしてこちらにのしかかる、それでちょっと調子が狂ってしまうのだ。しかしまあ本当に2組とは全然違うよなと思う。桐田さんの言っていたとおりだ。ほぼおなじ学力で入学した学生らをランダムにふりわけた結果であるにもかかわらず、クラス別でいちじるしい能力差が生じる。環境というものは残酷だ。
 まあまあクサクサした気分で第五食堂に立ちより帰宅。こういうときにそれこそクサがあればよォ! ちくしょう! メシ食い、コーヒーを飲み、14時半にふたたび外国語学院へ。門前でスピーチ代表の三人と合流し、(…)さんいうところの「船型棟」(それが正式名称であるのかどうか知らないが、老校区に船のようなかたちをしている建物があるのだ)へ移動。(…)くんはグレーのスーツ、(…)さんはやはりグレーのJKファッションとリクルートスーツを足して2で割ったようなやつ、(…)くんはDKファッション(日本の男子高校生風のブレザー)で、みんなよく似合っていた(特に(…)くんのスーツがいい)。しかし男子ふたりの上着にはかなりしわが目立っていたので、のちほど(…)先生を含む話し合いの場で、スピーチコンテストの会場にはこちらの私物であるアイロンを持っていくことに決めた(みんなこちらがアイロンを持っていることにびっくりしていた)。
 「船型棟」のホールは立派。日頃、共産党関係の会議がおこなわれる会場だと思う。しかしホール内にやたらと蚊がいて参った。とりあえずテーマスピーチを三人通す。そのあと即興スピーチ。こちらと(…)先生のふたりで三人別々にお題を出す。で、本番と同様、10分の制限時間でやってみたのだが、けっこうみんなボロボロだった。うーん、これは三等賞すらあやうい。途中から(…)先生もやってくる。二度目の即興スピーチのお題は彼がしぼりだした。(…)先生の中座後、こちらがまたお題をしぼりだして三度目の即興スピーチ。回数を重ねるたびにいちおうマシにはなっていた。金曜日は9時前後に出発という段取りにひとまず決まった。車で三時間か四時間移動することになるらしい。だるいな。
 17時に練習を終える。(…)くんと第一食堂へ。二階に全然辛くないメシを出してくれる店があると(…)くんが教えてくれたのでそこに向かう。第一食堂も第四食堂と同様、屋外に二階に直結するエスカレーターが増築されていたが、正直まったく必要ない。見栄えのええもんちごて実用性のあるもんをよこせよと思う。しかしこうした設備ももしかしたら大学院を新設するために必要な条件だったりするのかもしれない。仮に大学院が新設されたとしても日本語学科には関係ない話だろうが。猪脚饭をオーダーしたら、まったくきりわけていない真っ黒な豚足がまるごと一本のったどんぶりが出てきたので、こりゃすげえや! と興奮して写真に撮った(と書いたところでスマホを確認したところ、肝心の写真が消えていた)。厨房に入っていた二年生の(…)さんにちょっと顔の似ている腕にタトゥーの入った若い女性が、テーブルをはさんでメシを食いながら会話しているわれわれにむけて、あんたらさっきからどこの方言で話しているの? と質問してきたので、方言じゃないよ、おれは外国人だよ、日本人だ、外教だよ、と笑って応じる(意外すぎる返答だったのか、女性も笑っていた)。食事中は李克強の話などがまた出る。(…)くん、習近平共産党の悪口を口にしまくるので、たとえ日本語であってもあまり外ではそういうことを大声で言わないほうがいいよと戒める。特にスピーチコンテストの会場では厳禁だよ、みんな日本語が理解できるのだからというと、わかっていますという返答。しかしそれでいえば、あれは冬休み中のことだったか、(…)さんと彼の友人の山東省出身の男性(名前を失念してしまった)とこちらの三人で瑞幸咖啡で槟榔を噛みながらだべっているとき、悪ノリしたふたりがそのとき共通言語だった英語で、Xi is the greatest gift to Chinese people by God ! とかクソデカい声で言い出して、おいおい! なんぼ田舎のカフェいうてもそれはやばいやろ! と焦ったものだった(山東省の彼が満面の笑みでおなじようなセリフを何度も何度もくりかえしてみせるそのようすに正直爆笑したが!)。しかしあのふたりと日本でずっと暮らしている(…)さんとはみんな大学の同級生であり、中国の現政権に対して程度の差こそあれどかなり批判的であるわけだが(少なくとも(…)さんはボロクソに叩きまくっていた)、その輪のなかにはあの日食事会にはやってこなかった(…)先生もいるのであり、そしてその(…)先生は(…)さんに処理水をめちゃくちゃにバッシングする中国語版ネトウヨともいうべきインフルエンサーの動画を送ってよこしたのだった。(…)先生はたしか身内に共産党の偉いさんがいるという話をきいたことがあるし、たぶんそういう環境の影響もあるのだろうが、とりあえずあまり関わりたくない。
 库迪咖啡に立ち寄ってココナッツミルク入りのアイスコーヒーを打包する。瑞幸咖啡の同メニューと完全におなじ味。シャワーを浴びる。(…)院长に微信を送る。週末に(…)を離れる必要がある、必要なdocumentにsignしてほしいのだが明日はofficeにいるだろうか、と。朝イチの授業が終わる9時40分ごろにofficeをおとずれる約束を交わす。
 コーヒーを淹れ、きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回する。2022年10月30日づけの記事を読み返し、2013年10月30日づけの記事を「×××たちが塩の柱になるとき」に再掲。以下のくだり、ちょっと笑ってしまった。

昼間買い物から帰ってきたときに不意にコメディを書きたいと思い立ち、たとえばタモリにたいして延々と語りかけるだけで100枚とかおもしろそうじゃないのと考えてとりあえずテキストファイルを開いてみたものの「タモリ、いやタモさんよ、森田一義よ。英断を下せしもの、昼日中の忙殺者よ。きさまの」とここまで書いたところでやめにした。

 作業中、例によって学生らから微信。スピーチ練習中に三年生の(…)さんから部屋にある調味料の写真を送ってほしいとたのまれていたので帰宅後言われたとおりに送ったところ、彼女が自作料理をわれわれスピーチ関係者にふるまってくれるという例の食事会はいつ行うかという返信が届いたので、とりあえずコンテスト本番が終わるまで待ってほしい、学生らもいますぐその後の計画をたてることのできる精神状態ではないだろうからと返した。はやくても来週末だろう。(…)さんはスピーチコンテストが2日(木)に開催されるものと勘違いしていた。
 二年生の(…)くんから恋人の(…)さんと日本語でチャットしているスクショが送られてくる。男性教師とその教師を思慕する女子学生になりきってのロールプレイ。おまえらアホか(原文ママ)と返信。先生ツンデレという言葉を知っているかというので、ツンデレヤンデレも知っている、きみは地雷系を知っているかとたずねかえすと、当然知っていると返信。すべてアニメで知ったとのこと。
 三年生の(…)さんからはまた子猫の写真。女子寮に迷いこんできた新入りだというのだが、生後まだ二ヶ月か三ヶ月ほどだろう。(…)さん、一時期は毎日のように連絡があったが、ここ二週間ほど音沙汰がなかったし、もしかしたら広州で痛めた足の調子がよくないんだろうかと心配していたのだが、特にそういう話題は出なかった。いまは12月に受ける予定のN1が心配だという。一年生のようすはどうですかというので、2組はめちゃくちゃやりやすいけど1組は態度の悪い子が目立つ、最初から居眠りしている子もスマホをいじっている子も両足を前に投げ出して椅子の背もたれのふちに首をのせている子もいると応じる。明日の午後授業があるんだったら先生のところに遊びにいっていいですかというので、授業後ホールでのスピーチ練習に途中合流するつもりだからいっしょに行こうかと提案。
 さて、今日づけの記事もここまで書くと22時10分。時間がいくらあっても足りねえな!

 ひさびさに懸垂。トースト一枚食す。それから寝床に移動してほどなく就寝。