20240222

 ぼくは彼女のテーブルに行って、何を読んでるんだいと訊く。
アメリカにおける自殺の歴史」彼女は答える。
 そこでぼくは訊く、「自殺が専攻なの?」
「いいえ」と彼女。
「なんだ」とぼく。
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.67)



 5時にアラームで起きる。三時間ほどしか眠っていないはずだが、思っていたよりもしんどくない。歯磨きをすませてチョコのバームクーヘンを食す。クソをする。部屋の冷蔵庫に入れておいた土産のチョコレートをキャリーケースのなかにもどす。
 5時40分をまわったところで部屋を出る。一階のロビーに移動。受付にルームカードを返却する。薄暗いロビーにはこちらのほかにも大荷物の客が複数いる。全員中国人だ。50分になったところでバンが到着する。
 福州長楽国際空港へ。チェックインカウンターに並ぶ。前に並んでいる男がどこからどう見てもパチモンのバレンシアガのキャップを逆さまにかぶっている。ちょっと日本人みたいな顔つきをしている。カウンターの男性職員がお前は昨日キャンセルされた便の乗客であるなと確認する。キャリーケースをあずけたところで便所へ。もう一度クソをする。これまでに中国で利用した便所でここがいちばんきれいだった。便器もたぶん日本製だった。
 保安検査を通過する。国内線なのでゆるい。搭乗時刻は予定より20分ほど遅れた。座席のないバスのような車にのって飛行機のそばまで移動する。マスクをつけている姿は半分にも満たない。どちらかというと女性のほうが装着率が高いようにみえる。こちらは昨日(…)を出たときからずっと使い捨てマスクを装着している。コロナもインフルエンザもうっとうしい。
 飛行機に乗りこむ。列の最後尾につく。こちらの後ろには若い男性スタッフがひかえている。ちょっと四年生の(…)くんに似ている。機内では卒業生の(…)さんに似ている女子を見かける。(…)行きの便であるしもしかしてと思ったが、近くで見ると全然違った、肌がずいぶん荒れていた。なにより彼氏らしい男と人目をはばからずイチャついていた。彼女はそういうタイプでは絶対にない。三列シートの通路側に着席する。左となりは空席。そのさらに左となり、窓際の席には若い女子がいる。きのうとなりになった子とは別人であるが、この子もやっぱり二年生の(…)さんに似ている。離陸前に朝食が配られる。このパターンはもしかしてと思っていると、案の定中国語でのアナウンスがあり、それをきいた乗客らのあいだからため息が漏れる。続けて英語のアナウンスがあるが、ほとんど聞きとれない。なにかしらの事情で遅延となったのはまちがいない。このまままた一泊となったらさすがにうっとうしいなと思いながら配られたサンドイッチを食う。
 飛行機はその後無事発った。その後のことはおぼえていない。完全に寝て過ごしたのだ。周囲の乗客もおなじだったと思う。何度かふと目の覚める瞬間があったが、ほとんど物音ひとつきこえなかった。みんな爆睡していたのだろう。たぶん航行が安定しているタイミングだったと思うのだが、一度など機内の揺れすらまったく感じないなかで目を覚ます瞬間があり、あれ? もう着陸したのか? と本気で疑った。
 着陸の振動で目が覚める。国内線の乗客は移動に慣れているのか、我先に席から立ちあがって荷物を回収しようとする人物はひとりもいなかった、みんな急いだって仕方ないことを理解しているようだった(どのみちbaggage claimで待たされるのだ!)。
 飛行機をおりる。便所で小便をする。baggage claimでキャリーケースを回収してロビーに出る。すぐにタクシーの呼び込みが声をかけてくる。おれはバスに乗るんだと一蹴する。チケット売り場で(…)駅までのチケットを買う。そのまますぐ外に出て、乗り場にすでに到着しているバンに乗りこむ。
 バンは三十分ほどで目的地に到着した。あれ? はやすぎないか? と思った。見慣れない駅だった。いや、駅というよりもほとんど空港のようだった。あれ? あれ? と思った。となりの席に座っている中国人女性に、ここって高铁の駅だよね? とたずねると、そうだけどという不審そうな反応。とりあえずおりてみる。それで気づいた。(…)駅だ。空港行きのモノレールが通っている駅だ。くそったれ! こんな凡ミスをしでかすとは! この駅から(…)駅までは電車で直接つながっていない。地下鉄だったら行けるかもしれないが、外国人が地下鉄を乗るとなるとまたいろいろめんどうくさい。バスに乗ったほうがいいだろうと思い、標識にしたがってエスカレーターをおりて一階にむかい、バス乗り場のあたりに行ってみる。どいつに乗ればいいのかさっぱりわからない。そうこうしているうちにタクシーの呼び込みが声をかけてくる。もうこれでいいやと思う。(…)に行きたい、だから(…)駅に行く必要がある、でも間違えて(…)駅に来てしまったのだと事情を告げる。(…)駅までだったら75元だというので、高すぎるわと行って去ろうとすると、待て待て! といってスマホの画像をこちらにみせる。日中と夜それぞれ目的地に応じて値段の記されている一覧表の画像。じぶんはぼったくりでないということを説明しているのだろう。何分くらいかかるのだとたずねると、だいたい25分くらいだという。
 運転手がキャリケースを運んでくれる。地下の駐車場にむかう。トランクのひらいたままの車が停まっている。そのトランクにこちらのキャリーケースを運転手が積みこむ。後部座席に座る。
 移動。たしかに25分程度で駅に到着する。香港人か? と運転手が言う。ちがう、日本人だ、と応じる。おれの言葉が聞き取れるのか、たいしたもんだ、という運転手が言う。支払いをすませて車をおりる。トランクの荷物を受けとって礼を言う。予約済みの電車まで三時間以上ある。もともと空港についた時点でチケットを変更し出発を前倒しするつもりだったが、もしかしたらなにかしらのトラブルが発生するかもしれないという懸念から変更を思いとどまっていた、そして実際に駅をまちがえるというトラブルが発生してしまったのでそのときの判断は正しかったわけだ。しかしそれはそれとしてなお長すぎる待ち時間である。ひとまずいつもの駅前カフェにむかう。コーヒーを飲みたかった。
 カウンターには若い女の子がひとりだけ入っている。ものすごく小柄で、中学生みたいにみえる。コーヒーとチョコレートケーキを注文する。奥のソファ席に腰かけ、Trip.comでチケット変更を申請する。結果、およそ一時間半後に出発の便になる。『ゼロから始めるジャック・ラカン』(片岡一竹)はすでに最後まで読み終えていたので、『意味の変容』(森敦)を再読しようかなと思ったが、その前に日記を書き進めておこうとなった。リュックサックからMacBook Airをとりだし、まずはおとついづけの記事の続きを書く。そのままきのうづけの記事も福州長楽国際空港に到着したところまで書く。店内ではめちゃくちゃ声のやかましい女性がいてイライラした。うるさいとか、かまびすしいとか、かしましいとか、いろいろ言い方はあると思うのだが、マジでこれこそ「やかましさ」の権化であるなという声量と声質と抑揚。夫らしき男性と小さな娘といっしょにソファ席に腰かけていたが、本当にひっきりなしにずっとしゃべっていて、そしてそれがどこまでもこちらの勘にさわる調子だった。たまらずイヤホンで耳をふさいだ。
 カウンターの女の子の慢走にバイバイで応じて店を出る。おざなりな保安検査を抜けて駅へ。電車もまた予定より5分ほど到着が遅れる。ゲート前にはすでに行列ができている。身分証明カードをもっていない外国人たるこちらはスタッフがひかえている改札を抜ける必要があるのでその近くに待機する。改札の両脇には軍服(?)姿の若い男が立っている。一段分だけ高くなった赤塗りの台座の上に直立不動で突っ立っている。台座は後方以外の三方が太い紐で囲われている。若い男は微動だにしない。ただ駅の出入り口のほうをまっすぐ見据えている。あれはエリザベス宮殿だったろうか? ヨーロッパのどっかの国のどっかの建物にいる門衛は無表情と不動を貫く必要があったはずだが、まさにあんな感じで、ただ飾りものとしてそこに配置されている。以前はこんな歩哨いなかった。こんな仕事地獄だなと思う。クソ寒い中、なにもせずただ突っ立つことを続けなければならないのだ。先学期の後半だったか、大学の南門あたりに同様の台座がもうけられており、一時期そこにうちの警備員も突っ立っていたことがあったが(たぶんお偉いさんがよそからやってくるときだけのアレだったと思う)、以前はこんなの見ることがなかった、それがこうして大学の門でも駅でも見かけることになったということはアレかな、なんらかの事情でネットで注目を浴びることになったこの仕事(仕組み)をよその省よその機関でもまさに「内卷」の論理で「うちも! うちも!」と取り入れているのではないか? それでもってうちの都市はこんなにも「安全感」がありますよと不毛なアピール合戦をくりひろげているのではないか? こんなもんそれこそ「形式主义」でしかないのに!

 列車が到着し、改札がひらく。事前に列になって並んでいた人民が大半だが、それまでベンチに座っていたくせに堂々と割りこんでくるのもやはり相応いる。老いも若きも男も女もだ。人民であるのだから無人改札を抜ければいいのになぜか有人改札の列に割りこみ、結果、改札の脇に突っ立っている係員から、おまえらは無人のほうに行け! と指導されている。なんなんだろうこれはと思う。そもそも高铁の座席は予約制で決まっているのだから急ぐ必要などこれっぽっちもないのに、なぜ順番抜かしをしてまでだれもかれもがみんな先へ先へと急ごうとするのか? いつまで経っても理解できない。
 高铁に乗りこむ。三列シートの中央。右どなりの通路側にはおっさんが座る。左どなりの窓側は空席。その足元にキャリーケースを置く。二駅ほど進んだ先で男女のカップルないしは夫婦がやってくる。男のほうが右どなりのおっさんに声をかけると、おっさんは席を立って去った。どうやら予約していない席に勝手に座っていたらしい。男はこちらがキャリーケースを置いていた窓際の席を予約しているらしい。キャリーケースをどける、前方車両との連結部に置いておこうかと思ったが、車掌から車両後方の空きスペースに置けと言われる。こちらの座席は前から二列目。車両後方となると当然目が届かないわけで、そんなところにキャリーケースを置きっぱなしにはしたくないなというのが正直あるわけだが、こればかりは仕方ない。指定された場所にキャリーケースを置いてから席にもどると、こちらの予約している席に先のカップルの男のほうが座っている。通路側には女が座っている。ふたりして横並びになりたいのはわかるが、それだったら元々まんなかの席を予約しているこちらにひとことなにか言うべきだろうにと内心不愉快に思いながらあまっている窓際の席に座る。中国では他人の予約した高铁の座席に勝手に座る人間がかなり多いと思う。
 不愉快なできごとはこれだけではなかった。前の席に座っている女性がライブストリーミングをはじめた。最初は電話をしているのかと思ったが、話すテンポがとことん一方的であり、相手の発言に耳をかたむける時間がなかった。それにくわえて、座席の隙間から自撮り棒のようなものを構えているのがみえた。さらに右どなりのカップルのうち、女性のほうが前の座席をのぞきこんだのち、身を隠すようにするのがみえた。それでどうやらこれは配信中らしいなと察したのだった。配信者はハスキーボイスで、ひっきりなしにしゃべり続けた。ことあるごとに谢谢と口にするのに、投げ銭をもらっているかコメントをもらうかしているのだろうなと察した。声そのものは先ほどのカフェで見かけた女性ほど大きくはないし、勘にさわるものではなかったのだが、ほかの乗客らが比較的静かにしている中、マジで! ひっきりなしに! ひたすら! 早口でぺちゃくちゃぺちゃくちゃしゃべりまくる! その調子が次第に神経にさわりはじめた。女は配信中にもかかわらずとなりの席に座っているおっさんに話しかけた。次の停車駅である(…)の名物について質問しているようだった。電車が(…)に到着すると女はスマホを設置した自撮り棒をもって列車をおりた。そしてほぼ無人のプラットホームで自撮り棒を構えたままくるくるまわり、周囲の雪景色を配信し続けた。そう、(…)ではどこにも見当たらなかった白いものがいつしか次第に目につきはじめ、(…)に到着するころにはすっかり雪景色に囲まれていのだった。配信者の女はまた車内にもどってきた。その際に顔を正面から目にしたのだが、ふつうのおばさんだった。たぶん美顔アプリを使っているのだろう。配信中に美顔アプリの機能が切れてしまってえらいことになるみたいなトラブルが中国のこの業界ではしょっちゅう話題になっている。座席にもどった女はまたぺちゃくちゃやりはじめた。そばを通りがかった車掌がわざわざ足を止め、女のスマホをのぞきこむようにした——その顔が一瞬ぎょっとなった。たぶん美顔アプリの超絶加工の結果若い美女に変身して画面に映し出されている女の顔と実物とのギャップにおどろいたのだと思う。
 女がうるさいので当然書見などできない。右どなりの男はリュックサックから一眼レフを取りだした。リュックのなかには望遠レンズもあった。このまま(…)に行って雪山の写真を撮るつもりでいるのかもしれない。(…)は田舎だった。少なくとも沿線にマンションはない。雪をかぶった一戸建てがぽつりぽつりとあるだけ。あとは凍っていたり凍っていなかったりする田園がひろがっている。(…)が近づくにつれて背の高いビルやマンションが、歯抜けの並びではあるけれども遠くのほうに姿をあらわしはじめた。

 (…)駅に到着する。タクシーロータリーに移動する。先客はひとりきり。すぐにタクシーがやってくる。大学の南門まで送ってもらう。本当は北門のほうが寮に近いのだが、事前に伝え忘れていた。歩道におりる。雪が積もっている。路面も一部凍結している。後ろからやってきたバスがガリガリガリガリと変な音をたてている。たぶんタイヤにチェーンを巻いているのだ。
 キャンパスを往く。足元はかなり滑りやすい。一歩一歩慎重に進む。キャリーケースを脇にするのではなく、自分の前方に出し、それを両手でゆっくり押すようにしながら歩くと、ちょうど杖代わりになって足元が安定することに気づく。冬休み中なので当然人の姿は全然見当たらない。そのせいで積もった雪も積もったまま一向に溶けておらず、道路の真ん中も凍結したままになっている。大通りはさすがに通行量の多いこともあってか、雪はほぼ溶けていたし路面も凍結しているようにはみえなかったが、大学内はむしろほぼ全面降雪+凍結で、予報によればこれから四日間か五日間は最高気温がゼロ度前後の日が続くようであるし、となると路面はしばらくこの状態が続くわけで、いやこの道を毎日歩いて買い物に行くのはなかなかけっこうつらいぞと先が思いやられた。
 歩いている最中、とても美しいものを見た。凍結した路面に足をのせる、するとその足の下でなにかが逃げるように去っていくのだ。最初、こちらの体重をのせた薄氷に走るひび割れがそう見えるのかなと思ったが、どうやらそうではないらしい、いったいどういう条件でそんな現象が発生するのかわからないが、薄氷の下に水か気泡がたまっている、その水か気泡がこちらの体重を受けるやいなや薄氷の下をつるりと逃げ去っていくのだ。見た目にはだから、凍った湖面上を歩くこちらの気配を察した魚がさっと逃げていく、そういう様子にとてもよく似ている。それがとても美しい。梶井基次郎だったらこれだけを目的に、この現象をみずみずしく言葉にするためだけに、短編にすら満たない短い小説をきっと書くだろう。
 寮に到達するまでに何人かの人夫とすれちがった。資材を運んでいたが、転ばないように、みんなそっと、ゆっくりと、歩幅をかなりせばめて歩いている。こんな時期に大変であるなと思った。学生らしい姿はひとりも見かけなかった。
 どうにか寮に到着した。20キロほどあるキャリーケースを両手で吊りさげて五階まで階段をあがった。しんどい。六階の玄関扉のひらく気配がした。爆弾魔の野郎だ。おれの足音を聞きつけて様子をうかがっているのだ。死ねボケ! と、まだ騒音に悩まされているわけでもないのに、条件反射的に燃えあがる闘争心があった。部屋に入る。一ヶ月以上空けていたことになる。見た目には埃が積もっているようにはみえない。しかし埃っぽいにおいはたいそうする。夏であればいったん窓を全開にするところだが、この寒さではそうするわけにもいかない。なにから手をつければいいかと考える。ベッドのシーツを洗濯したいが、いま洗濯してもなかなか乾かないだろう。とりあえず真っ黒な雪にまみれているキャリーケースのタイヤをトイレットペーパーでゴシゴシする。それから移動中に着用していた衣類をまとめて洗濯機に放りなげる。台所と洗面所の水道をしばらく出しっぱなしにする。水の色が変わっていることはない。
 腹が減っていた。食堂は当然まだ営業していない。(…)でメシでも食いたいところだが、凍結している道路を歩くのはなかなかおそろしい。ドクターマーチンのブーツだったらいいんじゃないかとひらめく。あれなら凍結している路面でも安定するのでは? それで検索をかけてみたが、めぼしい意見が全然見当たらなかったので(「ググる」という動詞はそう遠くないうちに死語と化すだろう)、ChatGPTにスニーカーとブーツだったらどっちのほうが安全かたずねてみる。ブーツだという返事がある。やっぱりな!
 それでブーツにはきかえて寮を出た。北門のほうにむかう。そちらの方面もやはり積雪および凍結で大変なことになっていたが、ブーツのおかげでひやっとする場面は全然なかった、いつもどおりというわけにはさすがにいかなかったが慎重に慎重を重ねて歩くみたいなアレはまったく必要なかった。そうか、だから軍人はブーツを履くんだなと思った。ウクライナとロシアの兵士のことを少し思った。ソ連ナチスの兵士のことも。北門近くでは片手にキャリーケースを、もう片方の手にギターケースをさげている男子学生らしい姿を見かけた。門を出て西進した先、交差点の近くでは若い女子三人組が手をつなぎ一列になって歩いているのを見たが、あれはかえって危険じゃないか? ひとり転べば全員道連れになるだけではないか?
 (…)へ。厨房のおばちゃんから新年好とさっそくあいさつ。好久不见了! と応じる。日本に帰っていたのかというので、そうだ、きのう中国にもどってきた、きのうは福州のホテルにいたと応じる。牛肉担担面の大盛りをオーダーする。もちろん不要辣椒であるのだが、やはり日本で一ヶ月以上生活していたからだろう、以前はほとんど辛さを感じることのなかった唐辛子抜きの牛肉担担面が今日はたいそう辛く感じられ、うわ! 味覚および胃腸が脆弱化しとる! またレベル1からやりなおしや! と唖然とした。顔なじみのおばちゃんがもうひとり外出先からもどってきたので、ごちそうさまついでに、日本に一ヶ月以上いて唐辛子をまったく食っていなかったせいでこいつがめちゃくちゃ辛く感じるようになったと告げると、ふたりとも大笑いしていた。
 店を出る。そのまま(…)に立ち寄る。冷食の餃子と生油と黑醋の三点セットを買う。生油と黑醋はいちおう使いさしのものが冷蔵庫に入っていたし、冬場であるから冷蔵庫の電源が切ってあってもたぶん問題ないんだろうが、やはりちょっと心理的に抵抗があったので新調した格好。あとは红枣のヨーグルト、ラスク、スタバの缶コーヒー、ミネラルウォーターを二本買う。いちおう帰宅してすぐにbottle waterの注文はアプリですませていたのだが、今日中に配達されるかどうかわからない、というかこの路面状態であるしもしかしたらしばらく配達はないかもしれない、そういうわけでペットボトルのミネラルウォーターをひとまず二本だけ買っておくことにしたのだ。
 寮にもどる。入り口で管理人の(…)の義理の娘である、たしかEnglish nameは(…)だったと思うが、彼女とその子どもとばったり鉢合わせしたので、好久不见了! とあいさつ。それから部屋にもどる。冷蔵庫の中にある古い生油と黑醋を捨てる。冷蔵庫の中はものすごくカビ臭い。夏休みを終えてこっちにもどってきたときもやっぱりおなじカビ臭さを感じたよなと思ったところで、いや、これカビじゃないな、酸化したコーヒー豆のにおいだなとなった。冷凍庫の中は水浸しになっている。霜がすべて溶けているのだ。布巾ですべて拭きとる。
 三年生の(…)さんから微信。自分で作りましたというメッセージとともに写真が送られてくる。赤い紙で作った謎の物体。春節の飾り物? 凧? わからない。(…)のおもちゃ? とたずねると、灯笼という返事。なんやそれと思って調べてみたところ、提灯のことらしい。なるほど! 大学には来月3日もどるつもりだというので、あれ? 授業開始は27日からじゃなかったっけ? 三年生だけ時間割の関係で開始が遅くなるのかなと思ったがそうではなかった、つい先刻大学から通知があり、悪天候ゆえに開学を遅らせることに決まったというのだった。なんやそれ! そんなパターンはじめてやぞ! モーメンツをのぞくと当然学生らはお祭り騒ぎになっている。もともと今年の冬休みの日数が(…)省のほかの大学にくらべてやたらと多いと話題になっていたのだが、それにくわえて追加のおよそ十日間なわけで、そりゃあ学生たちもよろこぶわな! しかしこれは大学側の英断だろう。路面の状況を見るかぎり、この状態で大荷物の学生らが大量にやってきたら、きっとあちこちで転倒事故が生じて大変なことになる。おなじく三年生の(…)さんからも微信。新学期開始日が後ろ倒しになったことを知っているかというので、さっき(…)さんから聞いたよと返信。(…)さんは大連の学生なので(…)省まで飛行機でやってくる。そのチケットは当然とっくにおさえてある。それを変更するとなると金がかかるわけだが、外国語学院はその分の埋め合わせをしてくれない。だから自分は当初の予定どおり大学にむかう、そしてほかに学生のいないキャンパスで四日ほど過ごさなければならないというので、だったらいっしょに外でごはんでも食べましょうと提案する。来学期の授業で用意するものはあるかというので、教科書を購入する必要はないと応じる。クラスメイトにも伝えておいてくれ、と。
 母からLINEがとどく。(…)のためにおむつパンツをあたらしく買った、ためしにサイズをワンランク落としてみたが小さすぎて全然入らなかったという。
 シャワーを浴びるために浴室に移動する。しかしボイラーの電源を入れ忘れていたせいで湯が出ない。いったん部屋にひきかえす。加湿器を清掃し、スピーカーやスタンドライトなどもろもろを充電する。リビングにある蛸足ケーブルも新品に取り替える。それからあらためて入浴。あいかわらず湯がチェンマイのゲストハウス並に出ない。いま(…)にたのんだとしてもおそらくこの天候では修理業者もやってこないだろう。耐えるしかない。
 あがってからデスクにむかう。おとついづけの記事を投稿し、ウェブ各所を巡回する。そのままきのうづけの記事に着手するも、とにかく寒くて全然作業にならん。エアコンも設定温度を怒りの22度まであげたのだが、マジで全然効果なしだったので、あれ? もしかして? と思ってフィルターを外してみると、信じられないくらい埃だらけになっていたので、すぐに浴室にもっていってシャワーで洗った。それでずいぶんマシになった。20度設定でとりあえず部屋が暖まるようになった。きのうづけの記事を途中まで書いて就寝。