20240226

 ぼくと馬とは山腹の中ほどにある牧場の門を抜け、たいらな地面の上にぼくは馬をとめる。彼は登ってきたために息使いが荒く、小さな汗の玉が両肩の間に浮き出ている。眼下の谷間の緑のピックアップ・トラックの中に牧場主がすわっている。彼はぼくらの方を見上げている。ぼくらも彼の方を見下ろす。動くのを拒否して睨み返す。なぜぼくが彼の凝視を挑戦と受け取るのかは、わからない。彼はずっと下の方にいるので、その顔さえ見分けることはできない。彼はただなんとはなしに遠くを眺めているだけなのかもしれない。ぼくらは彼の土地にいる——それは間違いない——が、ぼくらにはなんの悪意もない。銃も持っていない。ぼくは煙草さえ吸っていない。
 ぼくは顔をめぐらしてトラックから目をそらし、ハイウェイの向こうに広がる沼沢地の方を眺め下ろす。この動作によって、ぼくが単に乗馬を楽しんでいるだけなのだということが下の男に伝わればと思う。男は走り去ることによってこの視線の劇を締めくくる。どうやら理解し合えたようだ。
サム・シェパード畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.174)



 10時半起床。寝床でぐずぐずしているうちに見知らぬ番号から着信。出る。男が中国語でなにか言う。どうやらbottle waterの配達人らしい。なぜ配達前に電話を寄越すのか? ブツは玄関前に勝手に置いていけと毎回言っているのに! いまどこにいるのだというので、部屋にいると応じる。ほどなくしてノック。ノックも不要だ馬鹿野郎! 出る。見慣れないおっさんがいる。以前の配達人とは別人だ。配達人が変わったのだ。配達人が変わるたびにこの無駄な電話のやりとりをしなければならないのが七面倒くさい。
 母からLINEがとどいている。髪の毛をカットした(…)の写真。とうとうヘアドネーションしたという。歯磨きをするために洗面所に向かう。阳台に吊るしてある洗濯ロープがちぎれて落下している。タイ・カンボジア旅行前に買ったものだったか? あるいはゼロコロナ真っ只中の中国に入国するにあたって隔離生活中に使用するべく買ったものだったか? どっちでもいい。あたらしい洗濯ロープを淘宝でポチる。いまこのタイミングでポチるとなると、ちょうど返校時期の学生の荷物とかぶることになり、死ぬほど混雑している快递で荷物を回収するというクソめんどいミッションを強いられる可能性があるわけだが、背に腹は変えられん。
 トースト二枚と白湯の食事をとり、食後のコーヒーを淹れてから作文。「実弾(仮)」第五稿。シーン21、完成。そのままシーン22に着手するところだったが、(…)ちゃんから日本語に関する質問がLINEで届いたので中断するはめになった。例のボランティアで難問にぶつかったという。「(1)(…)は、宗教を問わず、誰でもおとずれる。」と「(2)(…)は、宗教を問わず、誰もがおとずれる。」の違いについて。より正確にいえば、学習者が(1)の例文を書いてよこしたのだが、そのままだと不自然に感じられる、そこで(2)の例文および「(…)は、宗教を問わず、誰でもおとずれることができる。」という修正案を提示したというのだが、なぜ(1)がダメであるのかがうまく説明できないという。それで解説してほしいというのだったが、ぜんっっっっっぜんわからん! こちらはそもそもしがない野良の日本語教師であるので文法事項を学習しておらず、しかるがゆえにこの手の質問はだいたいいつもネットで調べてから返信することにしているのだが(その過程で幾分か知識が身につけばオッケーというゆるいスタイル)、これについてはいくら調べても答えが出てこなかった。で、ChatGPTおよびGeminiも使ってみたのだが、こいつらはあいかわらず日本語の文法についてはマジでクソがつくほどちんぷんかんぷんのとんちんかんでまったく使いものにならない。ギヴ・アップ。だれかわかるひとがいれば教えてください。
 夕飯は今日も(…)。厨房のおばちゃんから新年好! のあいさつ。今年になって一回目の来店だなというのに、別のおばちゃんが、そうじゃない、もう何度も来ているよという。四度目だよとこちらも応じる。食後はどこにも立ち寄らずまっすぐ寮にもどったのだが、道中、キャンパスの外であるが、インド人の(…)とばったり遭遇した。いつ帰ってきたのとたずねると、Saturdayという返事。今日は何曜日だったけと言うと、Mondayだ、だから二日前に帰ってきたと言うので、こっちはもうすこしはやくもどってきた、道路が全部凍結していて大変だったよと言った。かたわらには見慣れない中年男性がいた。(…)よりもさらに顔の濃い外国人だ。彼も外教だと(…)がいうので、はじめましてのあいさつ。どこから来たのとたずねると、Pakistanという返事。Cool! と受けてから、じぶんは日本から来た、ここでもう五年か六年働いていると続けて、(…)だと自己紹介。相手の名前は忘れた。マーなんとかいう名前だった。握手に込められた力が強かった。背はそれほど高くないが、肩幅はやたらと広く、がっしりした体格をしている。顔も本当に濃くて目力があるし、なんというか、『ストリートファイター』シリーズの新キャラにこんなのいなかったっけ? という印象。(…)からすれば隣国の友人がやってきたわけで、いろいろありがたい関係にあるんではないか。インドとパキスタンはもちろんいろいろ揉めごとを抱えているわけだが、たとえばこちらがなんらかの事情で西洋社会で暮らすことになったとき、隣国である韓国や中国出身の友人ができたらおそらくそれだけでけっこうほっとするところはあるだろう、そういうなじみやすさみたいなものがおそらく彼らふたりのあいだにもあるものと想像できる。
 帰宅。先の文法事項についてこちらの思うところを(…)ちゃんに送る。(…)がヘアドネーションしたよという報告がここでも写真付きで送られてきたので、ヘアゴムであごひげをまとめている写真を撮ってぼくも夏休みにヒゲドネーションするわと返信。写真を見た(…)と(…)が爆笑しているという。その(…)からほどなくして(…)ちゃんのLINEアカウントでメッセージが届いたので、少しだけやりとり。来年のバレンタインデーにはうんこ型のチョコをくれるらしい。ありがたいこっちゃ。
 卒業生の(…)くんから微信がある。一浪して受けた大学院試験の結果が出たという。367点。正直高いのか低いのか全然わからんわけだが、「ちょっとやばいかも」とのこと。(…)くんは現役時と同様、今回も(…)大学を狙っているのだが、過去日記によると、二年前にほかでもないその(…)大学に合格した(…)さんのスコアが399点。そして去年、(…)の大学院に合格した(…)さんのスコアが394点だから、うーん、正直ちょっと厳しいんではないか? 外国語専攻の人気が落ちているとはいえ、それでもやっぱり内卷の苛烈さは増すいっぽうであるのだから、合格ラインは年々上昇しているはず。二次試験の面接に進むことができるかどうかはまだわからないが、ひとまず面接の準備はするつもりでいるというので、また日程がはっきりしたら連絡をくださいと応じる。
 三年生の(…)さんからも微信。これ食べたいですかと写真が送られてくる。ソーセージかサラミかわからんがそういうのを野菜といっしょに炒めたやつ。その手の肉はあまり好きじゃないというと、これは広東料理だという。(…)さんはこちらのために冷凍のウニを持ってきてくれる予定。それで炒飯を作ってくれるという約束になっているのだ。楽しみ。
 チェンマーイのゲストハウス以下のシャワーを浴びる。日本から持ってきたフリースの作務衣を着用したが、これやっぱりめちゃくちゃあたたかい! ユニクロのスウェットよりも断然いい! (…)にもどってきてからというもの、暖房つけっぱなしでも全然あたたまらない部屋になかなか苦労しており、とくに脚が冷えて冷えてしかたなく、そのせいで執筆にすら差し障りが生じていたのだが、いや帰国初日からこいつを着用していればよかった! これだったら全然しのげるわ! ドラクエでいえば天空の装備一式を手にいれた気分だ!
 天空の勇者になったところでふたたび作文。しかしいまひとつ集中できず。シーン22を通してみたが、まだいろいろ修正点はあるかなという感じ。筆がのってくれなかったので作業ははやめに切りあげ、きのうづけの記事の続きを書く。投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2014年2月26日づけの記事より。

四日間の滞在となるとさすがに着替えなしでむかうわけにはいかないのであるのだけれど、この季節にぴったり添うような私服のパターンがあまりに少なすぎるというかそれは全シーズン通してそうであるしおまえ何年その服着てんだよみたいなものばかりなのだけれど、上京するにあたって荷物とかなるべく少なめでいきたいというのがあるので靴とズボンは一着だけにして上衣だけを取っ替えてごまかすみたいな作戦でいきたい。いきたいのはいいのだけれど取っ替え可能なSHIPSのパーカー(たぶん7年くらい着用していた)を去年車にはねられたときの出血で台無しにしてしまっているので代用物がいる。

 「去年車にはねられたときの出血で台無しにしてしまっている」「取っ替え可能なSHIPSのパーカー(たぶん7年くらい着用していた)」、まさについ先日、セカストに放り捨ててきたものだ! この時点ですでに「7年くらい着用していた」ということはあれは17年物になるわけで、いや、よくそんなもの捨てずにとっていたな! しかもそれだけ古いものであるにもかかわらず状態は極悪ではなかったので(血痕はたびかさなる洗濯で目立たなくなった)、いちおう値段はついたのだ。なんぼなんでも物持ちよすぎるやろ!

 冷食の餃子を食す。今日づけの記事をここまで書く。確定申告ボイコットがSNSで叫ばれているというニュースを目にする。自民党の議員が裏金でやりたい放題やっているにもかかわらず罰されることなく、国民ばかりがクソ真面目に納税を強いられているという現状にくわえて、「自民党派閥の裏金事件をめぐり、鈴木財務相は、収支報告書に不記載の収入のうち、政治活動に使わなかった残額を個人の所得として納税するかどうかは、政治責任を果たすという観点で議員が判断すべきだという認識を示した」というできごとを受けてのことらしい。それでちょっと思ったのだが、議員の連中は結局、山上徹也の一件があってなお、じぶんがなにをやっても殺されることはないと信じこんでいるのではないか? 戸愚呂(弟)的にいえば、あいつら危機感が足りないんじゃないか? 民主主義国家において暴力革命だのテロだのは絶対に許してはならない行為であることは当然の前提として、しかし法がまともに機能しない現状があり、かつ、その法の機能不全によって虐げられている人間がいる場合、そうした人間が最終的に暴力に訴えるしかないという発想になるのは、心情的にはおそらくだれにでも理解できるものだろう。だからこそ、民主主義を標榜する国家の政治家がやるべきことは、そのような暴力の否定、すなわち、法の支配の徹底であるだろうに、やっていることはその真逆、ここでもその法をみずからうらぎってふんぞりかえっているとくる。これは換言すれば、暴力が有効な状況(暴力でしか世の中が変わらないと国民に思わせてしまう状況)をみずから作りあげているにひとしいと思うのだが。実際、いまこのタイミングで、裏金ウハウハの議員を狙ったテロのようなものが発生したとして、(おもてだってはわからないが)それを支持する人間はおそらく相当数いるんではないか? 行為そのものは支持しなかったとしても、その事件を受けてほかの議員らがいそいそと税を納めはじめる、そのような動きを目の当たりにして溜飲をさげる国民はきっと多いだろうし、仮にそうなったら、やっぱりこの社会では暴力がもっとも有効的に働くのだなと、法がまったく機能しないのだなと、そういう発想になるひとはますます増加し、結果、法治主義は建前の上ですら機能しなくなるのではないか? そういうことを連中はわかっているのだろうか? そう遠くないうちに刺される人間が出てくる気がするし、場合によってはそれで一気に社会のムードが変わることもありうる。正直にいえば、調子にのっているカスがひとりふたり刺されたところで、こちらはまったく同情しないと思う。ただそうした事件によって、暴力が唯一の有効手段であるという認識が一般に共有された殺伐とした社会にこの社会が変貌してしまう可能性については、けっこう本気で憂慮している。