20240607

 The lamp was lighted on the nursery table. Mrs.Fairfield was cutting and spreading bread and butter. The three little girls sat up to table wearing large bibs embroidered with their names. They wiped their mouths as their father came in ready to be kissed.
(Katherine Mansfield “Bliss and Other Stories”より“Prelude”)



 8時15分起床。トーストと白湯の朝食。10時から二年生の日語会話(四)。期末試験その一。テストは約7分のテーマトーク&質疑応答。テーマは「(1)二年生になってから一番おもしろかった出来事」「(2)思い出の写真」「(3)私の秘密」「(4)他人の悪口」「(5)恐怖体験」の五つで、学生がそのうちの二つを選択して語る形式。例年は(1)から(4)までしか用意していなかったのだが、今年は(5)を追加してみた。したら、(5)を選ぶ学生がやたらと多かった。今日試験を受けた学生はC.Rくん、C.Sくん、R.Hくん、C.Tくん、R.Uくん、S.Bくん、T.Sさん、T.Uさん、K.Sさん、G.Gさん、R.Iさん、R.Hさんの合計12人。
 まずC.Rくん。「(1)二年生になってから一番おもしろかった出来事」として、軍事訓練の教官として後輩らの指導に当たったが、訓練中にルームメイトらがしょっちゅうからかいにきた話をする。自分は訓練中は教官として厳しい表情を崩してはならない。それをわかったうえで遠目に笑わせにくる友人らのふるまいをこらえるのがなかなかしんどかったというのだが、それでいえば、大学のお偉いさんが軍服姿の新入生らになにやら一席打っているその脇に彼が直立不動の姿勢でぴしっとしているのを、たしかR.HくんとR.Uくんとメシを食った帰り道だったかにたまたま見かけたことがあり、そのときこちらは彼を笑わせるためにふたりの制止をふりきって遠目から変な動きでダンスしまくったのだった。「(2)思い出の写真」は、(…)でボランティアに参加している最中、おなじボランティアの学生にひとり写真を撮るのが上手な男子がいて、その彼にひとけのない劇場の観客席でひとりぽつんと座っているところを撮ってもらったというもの。かっこいいでしょう? というので、まあまあだねと受ける。(…)のボランティアというのは習近平が視察に来たときに参加要請されたもの。
 C.Sくん。「(2)思い出の写真」は、人工砂浜の設けられた公園で撮影した夕暮れの景色。結婚写真を撮影中のカップルがいて、とてもロマンチックだったという。C.Sくんはインラインスケートのサークルに所属している(クラスメイトではたしかR.HさんとG.KさんとC.Eさんも所属しているという話だったと思う)。その日は大学からくだんの公園までインラインスケートで移動したというので、あの公園ってけっこう遠いでしょう? かなり郊外のほうではなかった? とたずねると、二時間半かかったとの由。「(5)恐怖体験」はなかなか衝撃的だった。高校生のときの話だといっていたように記憶しているが、学校の敷地内から出てすぐの交差点でダンプカーと電動自転車だったか電動スクーターだったかの事故を目撃した。ダンプカーがもういっぽうを完全に踏み潰した結果、電動自転車だったか電動スクーターだったかに乗っていた三十代男性の首が胴体から離れて道路に転がるのをその目で見たという。なんちゅうエピソード持ってくんねん!
 R.Hくん。「(2)思い出の写真」として高校卒業前に教室で撮影したクラス写真を披露。この写真に写っている学生は全員高校生のときから日本語を勉強しましたという。男子学生らとはいまでも関係が続いている。R.Hくんは最前列に写っていたが、そのとなりにかわいらしい女子学生がいて、それは彼が高校時代ずっと片思いしていた子であるという。何度も告白したというので、ちょっと待って、きみは高校時代に何人か恋人がいたんでしょう? なのにずっと片思いは変じゃない? と指摘すると、それらの恋人との関係はぜんぶ短かったというよくわからん弁明。「(5)恐怖体験」は「アニキ」の話。兄でもなくいとこでもない親戚の「アニキ」がいたのだが、その「アニキ」は祖父母との関係がかなり悪かった。それである日、その「アニキ」が自身の祖父母とその祖父母宅にあずけられていた1歳の赤ん坊を包丁で皆殺しにしたという。C.Sくんに続けてなんちゅう話もちこんでくんねんというアレだが、三人殺したら当然死刑だよねというと、もちろんという返事。「アニキ」の年齢は当時四十歳前後。そもそも揉めた原因はなんだったのとたずねると、「アニキ」と祖父母は別々のうちで生活していたのだが、「側溝」を共有しており、その件がきっかけとなってとあったので、あー水利権か、田舎あるあるだな、と思った。この話にはまだ続きがありますとR.Hくんは言った。当時小学生だったR.Hくんはその後クラスメイト複数人を連れて事件の発生した現場で肝試しをした。直前で怖くなったのか、家屋には入らなかったのだが、友人のひとりが石を投げた。石は窓だったか扉だったかにぶつかり、その瞬間、カラスがカーカー鳴いた。それから何日か経ったとき、その友人がブランコにのっている最中に落下して片腕を骨折した。大掛かりな手術と三ヶ月の入院を余儀なくされるほどの大怪我だったが、友人はブランコにのっているときにだれかがじぶんを後ろから押したと主張した。しかし事故現場に居合わせたR.Hくんはだれの姿も認めていない。だからあれは赤ん坊の祟りだったんではないかというのだった。
 C.Tくん。「(4)他人の悪口」。ルームメイトのS.Bくんはいつも『原神』をプレイしている。C.Tくんも含めて男の子たちはみんなゲームが大好きであるからそれは問題ないのだが、S.Bくんはプレイ中にイヤホンを使わない。昼食後もずっと音を出してプレイしているせいで、昼寝をすることができない。それにくわえて彼は寮の合鍵をもっていない。それだからいつも外から帰ってきたときにドアをあけてくれとたのまれる。C.Tくんがモンハンでボスとたたかっている最中であってもおかまいなしだ。それが鬱陶しくてたまらないという。「(5)恐怖体験」は五歳のころの話。庭でバスケットボールをして遊んでいた。と、ボールが手元からこぼれおち、実家の前を走る道路に転がっていった。そこに猛スピードのバイクに乗った不良がやってきた。不良のバイクはボールと接触、不良はそのまま道路脇の田んぼにぶっ飛んでしまった。C.Tくんは不良が死んだと確信したが、不良は田んぼから立ち上がり、なにしとんじゃコラ! と幼いC.Tくんを怒鳴りつけた。顔面血だらけで、どう考えてもふつうに立ちあがって行動することのできる怪我ではなかった。それもふくめてたいそう怖かったとのこと。
 R.Uくん。「(2)思い出の写真」はS.Sさんとデートした際のもの。ふたりの誕生日は二日違いらしく、あいだの一日にあたる日が今年はちょうど金曜日だったので、授業が終わったあとにふたりで(…)に行き、そこの動物園でデートしたというのだが、「马鹿」という看板の掲げられた一画があったのでおもしろくて写真に撮ったという。そんな名前の動物ほんとにいるの? と写真を拡大して見せてもらったが、たしかにちょっと馬っぽい鹿に見えなくもない——と、ここまで書いたところでググってみたところ、马鹿というのは「アカシカ」のことらしい。ちょっと『もののけ姫』のヤックルに似ていなくもない。「(5)恐怖体験」は小学生のころの話。実家で昼寝していた。めざまし時計が鳴ったので止めようとしたが、なぜか音が止まらなかった。どこを押してもいっこうに止まらないので最終的に壁に投げつけたのだが、それでもベルが鳴り続ける。友達と遊ぶ約束があったので、鳴りっぱなしのものはそのままにして外に出かけた。で、友達と遊び、夕方になって帰宅したところ、めざましのベルが自室でまだ鳴り続けている。なんとなくベッドのほうを見ると、その上で寝ているじぶんの姿があった。たまげた。おそるおそる手をのばしてみると、じぶんの手がベッドに寝ているじぶんの体に貫通した。そこではっとして目が覚めた。めざましのベルは止まっていたし、壁に投げつけた痕跡もなかった。すべて夢だったのかと思ったが、翌日先の夢のなかで遊んだ友人と会ったところ、きのう妙な夢を見たんだとその友人が切り出した。友人もR.Uくんとまったくおなじ経験をしていたのだった。鳴り止まないめざまし時計もおなじ、ふたりで外で遊んだのも同じ、ベッドで寝ている自分の姿を見たのもおなじ、なにからなにまでおなじだったという。隣人の老人にこの奇妙な話を打ち明けたところ、老人もやはり一度そのような体験をしたことがあるという思いがけない返事があった。気をつけたほうがいい、魂が肉体と分離したままだとどうなってしまうかわからないから、と言われたという。いや、なんなんこのおもろい話! なんでいままでおれに黙っとったんや! というかC.Sくん、R.Hくん、R.Uくんと、濃いエピソード続きすぎやろ!
 S.Bくん。「(2)思い出の写真」。8歳のフレンチブルドックの写真。ケージの中に入っている。おなじケージにはそれよりも若く小柄なフレンチブルがもう一匹いる。8歳のほうがひとりだとかわいそうだからと父親が「彼女」としてペットショップで購入してきたのだが、そちらは交通事故で死んでしまったという。「(5)恐怖体験」はひとり旅の話。たしか(…)と言っていたと思うが、以前ひとりで彼の地を旅行したことがある。そのときに安宿に宿泊したのだが、外観が見るからにボロボロであやしかった。宿泊費は一泊100元と言っていただろうか? これはもしかしたらやばいかもしれないと思ったS.Bくんは眠らないことに決めて夜中の3時までずっとゲームをしていた。すると3時過ぎに部屋の扉が突然ノックされた。ドアには覗き窓がついていないので、だれがノックしているのかもわからない。S.Bくんは結局その日は一睡もせず、朝早くにホテルをチェックアウトした。ちなみにそのとき彼の脳裏にあった恐怖というのは、幽霊に対するものではなく人身売買に対するものだったという。安宿に宿泊しているところをさらわれるという事件が中国ではあるらしかった。
 T.Sさん。「(2)思い出の写真」は、深圳で参加した仮面ライダー俳優の握手会の写真。俳優には手作りの小物をプレゼントしたという。仮面ライダーにハマったのはここ二年ほどの話らしい。「(5)恐怖体験」は中学生のころだったか高校生のころだったかの話。当時スマホをもっていたのだが、それは父のお下がりだった(あるいは機種は彼女のものであったが、電話番号が父のお下がりだったということだったかもしれない)。それでときどき父に用事のある「工員」があやまって彼女のところに電話をかけてくることがあった(という話から察するに、彼女の父親はもしかしたら経営者か、あるいは派遣労働者をたばねるあたまというポジションだったのかもしれないと、彼女の故郷が江蘇省であり現在は上海在住であるという比較的裕福なその背景から推し量った)。そんなある日、全然知らない相手からSMSがとどいた。その内容というのが、彼女の名前を呼びかけたうえで、きのう◯◯通りを歩いているのを見たよ、みたいなものだったらしい。あなたはだれですかと質問しても、それには答えようとしない。すぐに父親に報告したところ、あぶないから出歩くなという外出禁止令が出され、その年の夏休みをまるっと家の中で過ごすことになった。
 T.Uさん。「(3)私の秘密」として、先日いっしょにメシを食っている最中に打ち明けられたばかりであるが、両親からたびたび暴力をふるわれていた話。いちばんひどいときは母親からグーで左目のあたりを殴られたらしく、その後遺症で左目だけ視力が落ちているというので、ええー! となった。ほか、友人らはじぶんのことをお金持ちだというが、実際お金をもっているのはじぶんではなく両親であり、その両親はひとり娘である彼女のためにはあまり金を使わず、父親は煙草と酒(痛風持ちにもかかわらず飲んでいるという)、母親はブランド品のバッグや服にばかりそれぞれ金を使っているという。それから、韓国留学という目標を一年生のときから持っていてしっかりしていると褒められることが多いが、子どものときから一度も目標というものを達成したことがないので実は劣等感のかたまりであるという話もあった。「(4)他人の悪口」はルームメイトの話。ルームメイト間ではおたがいの誕生日を祝うのが慣例であり、彼女もあるルームメイトの誕生日にプレゼントを贈ったのだが、相手はじぶんの誕生日をまったくおぼえていなかったしプレゼントをくれもしなかった。またT.Uさんは一年生時の総合成績がクラス二位ということで1500元だったかの奨学金を受けとっているのだが、それを知ったルームメイトがじゃあそのお金でわたしたちに海底捞をおごるべきねと勝手に言い出したという。結局T.Uさんはルームメイト全員にミルクティーをおごったのだが、そのルームメイトも500元ほど奨学金をもらっている、にもかかわらずじぶんはルームメイトらになにもごちそうしなかった。きわめつけは共産党の入党審査かなにかの話で、このあたりのシステムにこちらは明るくないのでよくわからないのだが、入党するためには多数決をとる必要があるらしく、その多数決の場でくだんのルームメイトは反対票を投じた。その現場をT.Uさんは直接目にしたわけではなく、その場に居合わせた別の友人から聞いたというのだが、くだんのルームメイトはしかしT.Uさんの前では賛成票を投じたと嘘をついた。結果的に彼女の入党がかなったのかどうかは聞きそびれてしまったが、ルームメイトとはっきり口にしているわけであるしこれはたぶんもうきいてくださいということなのだろうと思い、それってだれなの? とたずねると、期末試験の評価や備忘を記入するためにこちらが用意して印刷しておいた表をさっと指さしてみせる。K.Sさんだった。うわ! マジか! という感じ。どちらかというとけっこう派手目な子であって、T.Uさんとおなじ浙江省の都会っ子である。こういうタイプの子とそういう陰湿な手管はむすびつきにくいという印象が経験的にこちらにはあるのだが、いやいや、エグいな。ルームメイトとの関係がそんなふうだったら、寮での暮らしはなかなか落ち着かないでしょうというと、だからわたしはR.HさんやB.Aさんと仲良くしていますという返事。
 続けてそのK.Sさん。フラットに見るのがちょっとむずかしくなってしまうわけだが、いっぽうの言い分だけ聞いてあれこれするのはやはりよろしくないし、そもそもこちらの仕事は日本語能力をはかることだけであるので、「(1)二年生になってから一番おもしろかった出来事」の説明に真摯に耳をかたむけたのだが、正直、なにをいっているのかほとんどわからなかった。K.Sさん、日本語能力にかんしてはクラスで下から数えたほうがはやいレベルであるとは理解していたのだが、ルームメイトらと重慶旅行をした、電車を乗り継ぐ必要があった、その乗り継ぎ時間が短かったにもかかわらず街に出てメシを食べた、その結果駅でひと晩過ごすはめになった? どこかに閉じ込められることになった? ちょっとよくわからんが、大変な目にあったらしい。肝心のオチがさっぱり理解できなかった。「(2)思い出の写真」は火鍋の写真。高校時代は勉強漬けだった。学校の教員だけではなく父親も勉強しろ勉強しろとかなり厳しかった。だからじぶんは愛されていないと思った。しかしそんなある日、授業がある日であるにもかかわらず父親が学校に欠席届けを提出し、火鍋を食べさせてくれた。それでじぶんが愛されていると理解したみたいな話であるのだが、T.Uさんの話をきいたあとだから全然あたまに入ってこねーよ! あと、これはちょっとびっくりしたのだが、K.Sさんはこちらのなかで先にも記したように「派手目な子」という印象だった。しかし今日テストのためにとなりあわせに座って間近で対面してみて気づいたのだが、ガチガチのすっぴんであったし髪の毛は洗っていないのか脂っぽくテカテカしているし、なんなら口髭もうっすら生えていた。大学入学したての女子学生がこんな感じであるのはここ中国の内陸では全然めずらしくもないし、こちらもすっかり慣れているのだが、二年生後期の都会っ子でこの身だしなみはちょっと意外だというか、彼女のことを「派手目な子」と記憶していたこちらの認識はたぶん入学当初の印象、ほかの女子学生よりも長身で目鼻立ちもパッチリしており、またその当時はたしかに浙江省の都会育ちということもあってかほかの学生よりは垢抜けてみえたその最初の印象をいつまでもひきずっていたためかもしれない。あらためて間近で対面してみると、思っていたよりもずっといわゆる「陰キャ」に近い子なのかなと思った。
 G.Gさん。「(2)思い出の写真」は重慶旅行の写真。ビルの中を電車が通り抜けていく動画つき。「(5)恐怖体験」は子どものころに黒い影を見たという話。しかしK.Sさん以上に日本語能力がまずいので、詳細はほぼまったく理解できず。
 R.Iさん。「(2)思い出の写真」は重慶旅行の写真。重慶旅行にはT.Sさん、K.Sさん、G.Gさんといっしょに出かけた模様。もちろんT.Uさんは参加していない。「(5)恐怖体験」は髪の長い幽霊の目撃談。しかしこれも詳細は不明。R.Iさんは日本語能力についていえばこのクラスのワーストなのでマジで全然しゃべることができないのだ。
 最後はR.Hさん。最初からテンションが高い。ひとり7分前後のルールだというのに10分以上あれもこれもとしゃべりまくる。「(3)私の秘密」だったと思うが、体育の授業で190センチの男子学生と知り合いになってうんぬんみたいな話があったが、これについてはこの試験時間よりもその後の食事の時間で詳しく聞いたのでのちほどそこで書き記す。「(2)思い出の写真」は高校時代の自撮り。花束を抱えている。高考を終えた直後の写真だというので、そういえば今日はちょうど高考だねと受ける。高考当日は母親は朝から旗袍で正装してゲン担ぎ(?)、花束は親戚のお姉さんが用意してくれたものだという。R.Hさん、今学期になってからめきめき実力をつけつつあるという印象をおぼえるのでその点指摘すると、日本語に対する興味がどんどん大きくなってきたからだという。スピーチコンテストにも参加したいというのだが、その理由として外国語の発音に興味があるのだとあった。英語にしても日本語にしても韓国語にしても、発音の勉強が楽しいらしい。めずらしいタイプの学生だ。

 昨夜の約束どおり、昼飯はT.UさんとR.Hさんととることに。ケッタは外国語学院に置いていき、徒歩で裏町にむかう。スピーチコンテストの話になる。うちのクラスで参加を表明しているのは現時点でR.HさんとC.Rくんのふたりだけだと思っていたが、T.UさんとS.Kさんも興味をもっているらしい。しかしコンテストの代表に選ばれると本当に生活がそれだけになってしまうというか、韓国留学のために準備をする時間などマジでまったくなくなってしまうと思うので、きみは代表になるのはやめておいたほうがいいよとT.Uさんに忠告しておいた。R.HさんとC.RくんとS.Kさんの三人だったら、基礎能力に関してはおそらくS.Kさんが一番高いように思われるが、彼女はかなり物腰の控えめな子であり、声も小さいし作文の内容も教科書通りでいまひとつ個性が感じられないので、そういう意味ではコンテスト向きではないかもしれない。
 病院を抜けて大通り沿いに出る。一年生2班のC.Eくんがひとりで歩いていたのであいさつ。その先では三年生のK.Kくんとすれちがう。もともと『君たちはどう生きるか』を学生らと観に行った夕方におとずれた店で昼食をとる予定だったが、その店のすぐ近くに酸鱼汤の店があったので、ここも最近あまり来ていないなァと漏らしたこちらのその言葉をきっかけに、じゃあそっちで食べましょうかという流れになった(店の入り口にあるレジに入っている老板が、ガラス扉越しにこちらに気づき、にこりと会釈してくれたのも決め手だった)。トマトと魚のスープとレモンと魚のスープ、それに骨付きの鶏肉を鍋で煮焼きしたのに餃子の皮をかぶせたやつをオーダーする。米とレモンティーは無料。
 メシはたいそううまかった。食いながらたくさん話した、というか食後も店内に長々と居座り、店を出たのはたしか13時半をまわっていたので、1時間半ほど滞在していたことになるはず。
 まずT.Uさんの話。現在好きな男の子がいる。芸術学院の男子学生で、いっしょに韓国へ交換留学する予定。身長は180センチ以上あり、性格もいい。韓国人のK先生が滞在しているあいだは彼の通訳としても活躍している(韓国語能力はT.Uさんより高いらしい)。しかし自分以上に社恐である(韓国語の先生であるJ先生も彼についてはかなりの社恐だと評している)。だから知り合ってずいぶん経つのに関係が全然進展しない。もちろんT.Uさん自身も社恐なので、食事に誘うこともできない。とはいえ、交換留学ののち、いっしょに勉強しておなじ韓国の大学院に進学する約束も交わしたし、さらに現在韓国語のオンライン授業を受講しているのだが、あらかじめそう約束していたわけでもないにもかかわらず、数あるオンライン授業の中からたまたま彼とおなじコースを選びクラスメイトになることになったというので、R.Hさんといっしょに「運命だよ、運命!」と冷やかした。写真も見せてもらった。K先生と国際交流処のMと噂の彼ともうひとりの男子学生が四人で写っているもの。噂の彼はたしかに長身だった。芸術学院に所属しているだけあって、日本語学科の大多数の男子学生とは異なり、ファッションにもある程度気を配っているふうだったので、かっこいい子だねというと、ええ!? みたいな反応があり、ちょっと笑ってしまった。好きであるのに、かっこいいとは思っていないらしい。それどころか、歴代の元カレのほうが意中の彼よりもみんな背が高かったし、かっこよかったし、お金持ちだったというので、じゃあなんで好きになったんだよと笑った。わからないというので、K.Kさんとおなじだ、彼女もC.Rくんと付き合う前は背が高くてかっこよくてバスケがうまくてあたまがいい彼氏がほしいと毎日バカみたいに口にしていたんだよというと、ふたりともC.Rくんとは全然ちがうと大笑いした。まあ大切なのは性格だよ、C.Rくんの性格がK.Kさんにぴったりだったんだよというと、T.Uさんは顔をしかめた。彼の性格がいい? どこが? という表情だった。その表情を見てR.Hさんはゲラゲラ笑った。
 T.Uさんはこれまでに9人の男性と付き合ったことがあるといった。これにはびっくりした。そんな学生いままでひとりもいなかった。さすが寧波市出身、都会っ子は恋愛慣れしているなとたまげたが、元カレたちとはあくまでも手をつないだりハグしたりした程度の関係であってキスはまだ一度もしたことがないというので、あ、そういうところはやっぱり中国っぽく保守的なんだなと思った。最初の彼氏は小学生のときにできたという。T.Uさんは一度も告白したことがない。9人すべて相手から告白してきたというので、すごいな! めっちゃモテるな! となった。
 R.Hさんの話。先のテストのときに教えてくれた体育の授業(テニス)でいっしょだった生物学院の男子学生について、(…)人であるにもかかわらず190センチの高身長であるし、かっこいいし成績優秀であるし運動神経もいいし性格もいいしで、それでG.Kさんとともに——というのはつまり、付き添ってもらってという意味だと思うが——相手の連絡先をきいた。のみならずその後告白までしたというので、ええー! となった。R.Hさんからは以前、それこそ『君たちはどう生きるか』を観る前の食事中に、最近かっこいい男と知り合って告白したがダメだったという話をきいたばかりであったが、またしても告白したらしくて、すごいなきみは! 勇気があるなァ! と褒め称えた。結果はダメだったが、それですっきりしたという。恋愛中はどうしても相手の気持ちが気になって夜全然眠れなくなる、それが嫌なのではっきりさせるためにじぶんはすぐ告白する癖がある、結果がどうであれば告白すれば生活がフラットになるからというので、なんだそのプラグマティズムとおもわず笑ってしまったわけだが、とはいえ告白してフラれたあとはやっぱり泣いてしまったらしく、夜、寮の階段でめそめそ泣いているところをT.Uさんにずっとなぐさめてもらったとのこと。青春やな! いまは高校時代に好きだった男の子と連絡をとりあっているらしい。とても優しい子だという。中学時代の話だったか高校時代の話だったか忘れたが、一度、クラスメイトの男子四人から同時に告白されたことがあるという話もあった。どういうシチュエーションなのかはわからない。R.Hさんは全員断ったらしいのだが、その四人というのが彼女の席の前後左右に位置する子らであったというので、これにはクソ笑った。
 T.UさんにしてもR.Hさんにしても、両親は娘の将来の結婚相手は地元の人間であることを望んでいるという。つまり、T.Uさんは寧波の男に、R.Hさんは(…)の男に、結婚対象がそれぞれ限られているとのこと。寧波は上海まで車で一時間ほどと言っていただろうか、方言も上海語とほぼおなじで、経済的にもかなり発展した大都市であり、しかるがゆえに生活するためには最低でも月給10000元は必要。こちらの給料が現在8000元ちょっとであると知ったT.Uさんは、寧波では絶対生活できません! とびっくりしていた。
 T.Uさんは一人っ子。R.Hさんには現在8歳の弟がいる。たいそうかわいいらしい。姉や兄はいないが、いとこのお姉さんは三人だったか四人だったかいる。全員教師とのこと。R.Hさんの両親も彼女が教師になることを望んでいるが、R.Hさん自身は教師になりたくない。
 13時半すぎに店を出る。T.Uさんは午後から韓国語のオンライン授業があるのだ。病院を抜けて老校区に出たところでふたりと別れる。ケッタにのって新校区へ。瑞幸咖啡でアイスコーヒーを打包して帰宅後、きのうづけの記事の続きを書く。18時から外国人教師の食事会が近くのホテルで開催される予定になっていたが、めんどうくさかったのでLに欠席の連絡をいれた。昼から頭痛に見舞われているというわかりやすい仮病。
 17時になったところで第五食堂で打包。食後はベットで仮眠。チェンマイのシャワーを浴びたのち、さて今日はイベントをひとつサボったことであるし、夏休みも目と鼻の先にひかえていることであるし、ひさしぶりにだらだらゲームでもしたいなというわけで、プレイストアを例によって「ハクスラローグライク」で検索。Loop Heroというゲームがヒットしたのだが、これはたしかたいそう評判のよろしいものではなかったか? 無料でできるのは体験版のみとのことだったが、ひとまず二時間ほどプレイして最初のボスを撃破した。おもしろかった。満足してアンインストール。
 きのうづけの記事を投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の記事を読み返す。以下、2021年6月7日づけの記事より。

熊谷 先に挙げた「痛みから始める当事者研究」にも少し書きましたが、脳科学者でアントニオ・ダマシオという人がいます。彼の一般向けの本で『感じる脳 情動と感情の脳科学』という本がありますが、その副題が「よみがえるスピノザ」なんです。
國分 「LOOKING FOR SPINOZA」ですね。
熊谷 はい。ダマシオはスピノザに影響を受けた脳科学者なんですね。前回の質疑応答の際に少し触れましたが、彼は、「自己」という言葉を三つに分けています。一つめは「原自己(proto self)」。私の理解ではほぼ、原自己イコール、コナトゥスだと思います。二つめが「中核自己(core consciousness)」。「中核自己」は原自己の恒常性が乱されたとき、歪まされた原自己と歪ませた状況の両者を俯瞰して観測しているもの。「あ、まさに今、原自己が歪んだな」、で、「歪ませた原因は何かなあ」「あ、外にいたこれだった」などと、中核自己は観測している。そしてコナトゥスには戻ろうとする力があるので、歪まされ、戻るまでの一部始終を中核自己は観察し、記録している。
 先ほど國分さんは、スピノザを引いて、精神は身体そのものにアクセスできない、意識に上らないという話をされました。スピノザは、原自己そのものは意識に上らないと言っているわけですね。原自己が乱されたとき、中核自己のレベルではじめて意識が発生するんだと。ダマシオは、スピノザと同じことを言っていると思います。
國分 しかも、中核自己は記録もしているわけですね。
熊谷 ええ、記録するハードディスク自体は違うところにあるのかもしれませんが、ひとまず中核自己が記憶をしたり記録をしたりしているのではないかと思われます。そしてダマシオが言うには、中核自己からが意識なんだ、と。中核自己から意識が発生する。つまり傷を負ったときにしか、人は意識できない。人はトラウマしか意識できない。
國分 トラウマしか意識できない。
熊谷 ええ。ダマシオの理屈から言えば、そうなります。もちろん、すごく大きなトラウマだけではないと思います。日常的な、ごくささやかなことでも、私たちは規則性を想定外のかたちで乱されることによって傷を負うわけです。先ほど、自己とは規則性だという説明がありましたが、まさにそうですね。原自己は恒常性を維持するという規則性を持っている。その意味では、規則性の根本です。規則性からの逸脱、これまで予測誤差と言ってきたもの、あるいはトラウマでもいいのかもしれませんが、そうしたものしか人は意識できない。ダマシオの整理ではそうなります。
 この中核自己というのは、先ほどのヒューマン・フェイトを観測・規則している。だからヒューマン・ネイチャーが原自己で、中核自己はヒューマン・フェイトの部分を担っている。いやむしろヒューマン・フェイトの部分こそが、意識に上るレベルの自己になるわけです。
國分功一郎/熊谷晋一郎『〈責任〉の生成——中動態と当事者研究』 p.282-284)

 そのまま今日づけの記事も途中まで書く。作業中は『FRKWYS Vol. 14 - Nue』(Tashi Wada with Yoshi Wada and Friends)と『car and freezer』(石橋英子)と『Kabusacki & Matsuura / Electric Duo, Osaka 2023』(Fernando Kabusacki & Shinkuro Matsuura)と『街よ街よ』(橋本絵莉子)を流す。途中でT.Uさんから微信。たぶん四級試験対策ということだと思うのだが、これから毎日日本語で作文を書くので添削してほしいとのこと。了承。写真にとって送られてきたものをスマホの「落書き」モードで朱入れして返信。補足の必要な箇所だけテキストで送る。
 作業は1時に中断。その後ベッドに移動するつもりだったのだが、最近たびたびそうしてしまうように、部屋の照明を落としてイヤホンを装着し、Apple MusicとYouTubeを交互にザッピングしながらついついいろいろな音楽を流して踊ったり目を閉じたりした。「大麻吸いてえ畜生」(BADSAIKUSH)。時間が一瞬で溶けてしまう。気づけば3時半だった。ヤレヤレ ┐(´ー`)┌ マイッタネ。