20241014

  • 10時から二年生2班の日語会話(三)。「(…)」第1回目。今日はR.Kくん、R.Eくん、C.Eくん、T.Tくん、Y.Sくん、C.Kくん、K.Kくん、H.Kくん、T.Sくん、K.Uくんの10人。期せずして男子学生全員の発表というかたちになった。発表時間は最低3分と事前に伝えてあったので、もしかしたら時間があまるかもしれないというアレがあったのだが、実際はぴったり11時40分に終わった。高評価はK.Uくん。最高点数をつけた。R.Kくん、C.Kくん、H.Kくんもまずまずよかった。R.Eくん、C.Eくん、T.Tくんの三人は終わっていた。R.Eくん、一年生のころにくらべると、本当に落ちた。授業後、K.Uくんをつかまえてすごくよかったよと褒めると、C.KくんとH.Kくんのふたりが、Kくんは先生のことが大好きです! といった。H.KくんはH.Kくんで、授業前の休み時間には廊下にひとり出て、原稿を読む練習をしていた。かわいらしいやっちゃ!
  • 発表中、これは毎年のことであるけれども、大半の学生は(じぶんの親しい友人の発表でないかぎり)内職していた。それでもこちらがときおり発表内容について質問したり疑問を口にしたりすると、みんながいっせいに返事をしようとする、そういう意味でやはりこのクラスは積極的で活気がある。だからディスカッションの授業もおそらく問題ないはず。
  • 授業後、T.Eさんが紙パックの小さな牛乳をくれた。おいしいという。それで夕方と夜、コーヒーを淹れたさいに少しだけ垂らしてみたのだが、なかなかうまかった。ずっとブラックで飲んでいるわけだが、たまにミルクを垂らしたコーヒーを口にしてみると、そのまろやかさにびっくりする。
  • K.Kさんから四級試験の結果が出たという微信がとどいた。現四年生であらたに合格したのはK.Sさん(72点)、K.Sさん(75点)、C.Sさん(73点)、Y.Gさん(68点)、C.Bさん(75点)、S.Sさん(73点)、C.Mさん(68点)、S.Tさん(71点)、S.Sさん(68点)、K.Kさん(88点)、S.Dさん(81点)。これでクラスの三分の二は四級試験に合格したことになるはずで、これはこちらが赴任して以降最高の結果だと思う。
  • 三年生はR.Hくん(83点)、C.Tくん(77点)、R.Uくん(90点)、T.Uさん(70点)、R.Hさん(71点)、C.Sさん(74点)、G.Kさん(72点)、K.Dさん(74点)、S.Sさん(79点)、S.Gさん(66点)、R.Sさん(70点)、R.Gさん(80点)、S.Kさん(83点)、O.Gさん(72点)という結果。この合格率もやはりかなり高い(S.GさんとR.Sさんはたぶんカンニングだろうが)。ちょっと驚いたのはR.Kさんが64点で不合格だったこと。彼女以外のルームメイトは全員70点以上の高スコアで合格しているのに、既習組でありながらこの結果はちょっと痛い。会計学とダブルディグリーでやっているから準備時間が足りなかったのかもしれないが、しかしそれでいったらS.Kさんもおなじだ。R.Kさん、二年生の途中から授業中に平気で内職をするようになったし、やっぱりそういうのはこういうスコアにはっきりあらわれるよなという印象。C.Kさんも63点で不合格だった。とはいえ、今回60点以上をマークできている学生は次回かならず合格するはず。しかしR.Uくんの90点はなかなかすごいな。90点台なんてなかなかとれない。
  • Jにむかう途中、セブンイレブンからO.Gさんが出てきたので、声をかけた。四級試験合格おめでとう! と告げたところ、結果はまだクラスメイトらに発表されていないといってスマホの画面をこちらに見せた。全員分の結果を一覧として見ることができるようにするか、じぶんの結果だけを見ることができるようにするか、どちらがいいかで多数決をとっているところらしかった。結果を知ったO.Gさんは信じられないといってよろこんだ。先学期試験が終わったあと、絶対に落ちたと思ってかなり凹んでいたらしい。
  • そのままいっしょにJでパンを買った。ひとり暮らしの住まいに帰る彼女とはそこで別れて第四食堂へ。ハンバーガーをふたつ打包する。帰宅して食していると、C.Mさんから四級試験に合格しましたというよろこびの微信。あさって大学にもどるのでいっしょに食事でもどうですかという誘いがあったので、17時までスピーチ練習があるがそれ以後であればオーケーと返信する。
  • 昼寝をする。K.Sさんから依頼の微信。『選択』(岩谷翔吾横浜流星)という小説を卒論に使いたいのだが、amazonでも「前売り」になっている、どこでだったら購入できるだろうか、と。質問の意味がよくわからないのだが、とりあえずググってみたところ、ふつうにamazonに在庫があったのでその旨告げた。もしかしたら中国国内で手に入れる方法はないだろうかという意味の質問だったのかもしれないが、K.Sさんは「はい、わかりました、ありがどう」(原文ママ)という。中国人が「ありがとう」を「ありがどう」と誤記するのってやっぱり阿里嘎都で覚えてしまっているせいなのかな?
  • きのうづけの記事を書いて投稿。明日の授業準備をし、ミルク入りのコーヒーを飲みながらT.Eさんにお礼の微信を送る。スピーチメンバーから明日の午後図書館のホールでまた練習があると連絡があったが、こちらは(…)学院で一年生の授業があるので参加できない。R.U先生もC.N先生も学院対抗の太極拳のコンテストに出場しなければならないのでやはり参加できないという(ぶっちゃけ現場にいたところでふたりにはなにもできないわけだが)。スピーチのようすを録画して送ってくれたら帰宅後にチェックして修正指導できるよと応じると、学生らはおおげさによろこんでみせた。いつもどおりふざけてこちらをほめそやしているのかと思ったが、どうやらそうではなかった、本気で感動しているらしかった。R.U先生みたいな人間と横並びになったら、そりゃあこちらみたいなものでも責任感のある人間として映じる。
  • 第五食堂で夕飯を打包し、noteの「(…)」を更新。シャワーを浴びて部屋にもどると、C.Kさんが外国語学院のおもてでほかの教員らといっしょに太極拳をしているC.N先生の姿を盗み撮りしたみじかい動画をグループにあげていた。一年生のグループチャットに明日の授業についての通知を送る。夜の自習中であるのか会議中であるのかわからないが、どうやら本来はスマホをいじってはいけない時間であったにもかかわらず、既習組の男子学生らが続々とふざけた返信をよこして、このクラスはやっぱり男子学生のほうが元気なパターンなんだなと思った。
  • ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編』(村上春樹)をようやく読み終わった。今月はさすがに書見する時間をほとんどまったくとれていない。スピーチコンテストさえ終わってくれたら、休日が週に丸二日増える計算になるので、そうなったらかなり楽になるはず。「実弾(仮)」もいよいよ終わりがみえてきたわけだが、ただブラッシュアップするだけではなくやはりもういくらかゴリッと掘り起こしてみたり裏返してみたりしたいなという気持ちがあるので、だったら外部からの刺激を要請するためにも今後しばらくは現代日本を舞台にした小説を読むべきであるなと考えた。そこで『デッドライン』(千葉雅也)をポチった。リリースされたばかりのころに一度読んでいる。ちょうど「実弾(仮)」に着手する直前のことで、映像を意識して書いてみるのもいいかなと思っているところにこれを読んでイメージがさらにふくらんだのだったか、あるいはこれを読んで映像を意識して書いてみるのもいいぞとそもそも思ったのだったか、ちょっと忘れてしまったけれども、いずれにせよ、これまでの作風をがらりと転換するにあたっての推進力になってくれた読書ではあったと記憶している。だからこそ脱稿も近いこのタイミングであらためて読んでみようと思ったのだ。
  • 書見中、日本滞在中のR.Uくんから微信。四級試験の結果を誇るものだったので、90点台をとった学生なんてきみで二人目だよと応じると、かなりびっくりしていた。歴代の学生はもっと優秀だと思っていたらしい。14人というクラスの合格人数も彼にとっては意外だったらしく、最低でも20人は合格すると思っていたというので、14人という数字はぼくの実感どおりだったよ、教壇に立っていると日頃ちゃんと授業を受けている学生とそうでない学生の区別はだいたいつく、だいたいこんなもんだろうと思っていたとおりだったと受けた。S.Sさんも79点で合格だったというので、あ、彼女のことにじぶんから触れるんだとややおどろいた。以前S.Sさんにメシに誘われたとき、R.Uくんとの関係があまりよろしくないと彼女は言っていたし、クラスメイトのC.Kさんからもスピーチの練習中そういう話をきいたおぼえがある(どうやらS.Sさんは中国女子のご多分に漏れず24時間365日相手とずっといっしょにいたいというタイプであるいっぽう、R.Uくんはじぶんひとりで本を読んだりゲームをしたりする時間を確保したいと考えているようす)。S.Sさんはモーメンツでもときどき意味深な投稿をしている(中国語に明るくないのでニュアンスはわからないのだが、「連絡のない日々をさわやかに過ごしている」みたいな文章が風景写真に添えるかたちで投稿されていたことがあったのだ)。
  • 寝床に移動後も『デッドライン』(千葉雅也)の続き。以下、語り手の「僕」がハッテン場を歩くくだりの一節。

 僕は、わざとのっそりと、男らしさを装って肩を揺らして歩いている。ボクサーブリーフの脇に挟んだコンドームの袋が肉に食い込んでチクチクする。
 通路の一番奥には、特別に広い部屋がある。目を凝らして人影を探すと、右手の壁に一人の肉体がだんだん白っぽく浮き上がって見えてくる。さらに暗い左奥にも誰かいるらしい。床には布団が敷かれており、毛布にくるまった、蛹みたいな一本の身体がある。人々は活人画のように停止し、何事かを待ち受けている。
 無数の男たちの体臭が染み付いている。醤油の臭いだ。
 通路を戻ると、これからその「広場」に行こうとする男が来る。狭いので、すれ違いざまに男の太ももに手がぶつかってしまう。短い髪を立てている。上半身が逞しい。瞬間的に惹きつけられ、振り返ってその背中を見る。逆三角形のシルエット。すぐ思い出す。前にここでやった男だ。

  • 「ボクサーブリーフの脇に挟んだコンドームの袋が肉に食い込んでチクチクする」という皮膚感覚(触覚)や、「無数の男たちの体臭が染み付いている。醤油の臭いだ」という嗅覚のするどさについては、初読時にもたいそう印象に残った。この小説はおそらく一般的な小説よりも触覚や嗅覚に関する描写が多い。そしてそうした描写を読んでいると、この作家はなんて敏感なんだろうというかたちの驚きではなく、じぶんはなんて鈍感なんだろうというかたちの情けなさをむしろもよおす。視覚と聴覚は触覚と嗅覚にくらべると、もしかしたら「意味」に近く(それを通して知覚されるものが安定した象徴秩序に回収されやすく)、それゆえに意味の重力にどうしてもひきつけられがちな(語の素朴な意味での「リアリズム」の)小説は視覚および聴覚に偏重しやすいのかもしれない。しかしここで言いたいのはそういうことではなかった。上に引いたくだりで印象に残ったのは第四段落の「狭いので、すれ違いざまに男の太ももに手がぶつかってしまう。短い髪を立てている。上半身が逞しい。」という箇所だ。ここを読んだとき、じぶんだったらきっと「男は短い男を立てている」と書いてしまうなと思ったのだ。文章の流れに即して読めば、「短い髪を立てている」のが相手の男であり「僕」でないことは明白なのだが、それでもじぶんだったらきっと「男は」と補足しようとしてしまう。「僕」が「短い髪を立てている」ものとして少なくともそのくだりを読んでいる一瞬だけは理解してしまう可能性もなくはない(後続する文次第ではそれでもおかしくはない)、その可能性をおそれてその誤読の芽をつぶすためにわざわざ「男は」と置いてしまう、そういう弱さがじぶんにはあると思ったのだ。そしてそう考えてからあらためて読みなおしてみると、そもそもの「僕」自体、少なくとも上に引いた箇所ではかなり節約されている。第一段落の最初の一文だけで、以後姿をくらませる。
  • 「誰」なのかを書かない、おもいきって省略してしまう、そういう書き方は以下でも採用されている。「汗をかき始める」のところだ。この書き方には「実弾(仮)」と近しいものを感じた。でも「実弾(仮)」では多くの場合、省略する前にまず一度は「誰」であるのかを書いている気がする(少なくとも初稿段階ではそうだったはず)。ある行為がそれが「誰」のものであるかとセットにして書かれた文章をまずひとつ置いたうえで、後続する文章で以後その「誰」を省略する。しかし下のくだり——これは章のあたまだ——ではその「誰」が最初から省略されている。いや、省略されていない、「僕たち」とあるではないかという意見もあるかもしれないが、その後の語り(と知覚)はあきらかに「僕」に属している。

 駐車場に車を誘導する人がいる。オーライ、オーライと赤い棒を左右に振りながらその人物は後ずさり、僕たちの車を大きな黒いバンの隣に停めさせた。
 日差しが眩しく、駐車場に敷かれた砂利がうっすらと青みを帯びている。汗をかき始める。坂道が草むらの中をだらだらと続いていて、その先のコンクリートの階段を上ると堤防の上に出て、明るい緑色の河川敷が一面に広がり、多摩川が向こうに横たわっている。

  • あと、ゲイバーでたまたまタイプの男に出会った「僕」が相手に声をかけるくだり。ふたりのやりとりが(現在形を多用した)臨場感のある——リアルタイムを再現する——書き方で描かれている。やりとりは「僕」が連絡先を相手に渡すところでしめられるのだが、そこで突然、一行空けするわけでもなく、「始発まで飲んでいた」という概略的な記述があらわれる。この、カメラが急にはるか後方(あるいは頭上)にまでひく感じ、これはちょっと古井由吉に似ているかもしれない。

 ちょっと、隣のやつ、とカズマくんに耳打ちすると、事態を把握した彼は、僕の脇腹を肘でコツコツと突く。少し考えたが、思い切って言った。
「すいません、あの、めっちゃかっこいいですね」
 反応がない。一瞬真っ青になる。だが、聞こえていないのだと気づく。カラオケのせいで聞こえない。僕自身も自分の声がよく聞こえないほどに、カラオケの声もそれを囃し立てる声も暴力的な音量になっていた。僕はやぶれかぶれに、かけ声を舞台に投げつけるみたいにもう一度言った。
「すいません!」
 アイドルはそれでやっと気づいた。すかさず言う。
「めっちゃかっこいいすね!」
 彼は苦笑しながら、
「あ。ありがとうございます」
 と言って、きょとんとしている。
「ここはよく来るんですか?」
 よくある質問。あ、まあ、とだけ言われる。これほどのイケメンが何者なのかすごく知りたい。が、どの時点でどこから踏み込むのなら許されるのだろう。友達と飲みに来てるんだけど、これからどこどこのパーティーに行って……
 彼の隣に親密そうな男がいる。そいつがなんだかニヤニヤしている。敵意を向けられてるんじゃないかと思う。いや、敵意を向けているのは明らかに僕の方なのだが。
「彼氏だったりします?」
 と聞いてみた。いや、友達。男は否定する。
 それで隣のテーブルとのやりとりは途切れた。気がはやってしまった。じゃ、またよろしく、と言って退き下がるしかなかった。カズマくんがカチッとケータイを開く。
 その後、もう一度声をかけるタイミングは得られなかった。カズマくんはメールで次の店に誰が来ているのかを確認している様子だ。
「よっし、行こう」
 と言われて、立ち上がりながらちょっと考え、バックパックからノートを出す。最後のページを付箋くらいの大きさにちぎって、ケータイの番号とメールアドレスを書いた。
 これ、とアイドルに差し出す。彼は受け取って、頷いた。
 始発まで飲んでいた。カズマくんとは午前三時に別れ、僕は最後にひこひこさんの店に落ち着いて昔の店子の噂話をした。かつてカズマくんはひこひこさんと折り合いが悪くて辞めたので、一緒に行くことができない。

  • いまカタカタやっているときに気づいたのだが、「一瞬真っ青になる」も妙といえば妙だ。「真っ青」になったのは「僕」であるわけだから、ここでは「僕」の語りが「僕」(の顔色)を外側から見ていることになる。いや、ここでの「真っ青になる」はリテラルに受け取るべきアレではなく、一種の比喩というか慣用表現なのだと言われればそれまでの話なのだが。