20241218

高橋源一郎 震災の直後、作家たちはみんな「書きにくい」という話をしていました。なぜ書きにくいのかというと、自分の書いたものが読めないんです。日常生活の底に潜む危機とか夫婦の不安とか、存在の不安とか、バカバカしくて書けないし、読めない。つまり、いままでの書きかたでは危機に対応できない。ただ、これは震災以降に始まったことでもないという気がします。どういうことかと言うと、ちょうど一週間前に、同じ会場で古井由吉さんの作品集の刊行を記念してトークイベントがありました。僕も登壇したのですが、そこでおもしろいなと思ったのは、古井さんはいま七五歳で、震災以降も書き続けていて、日本文学の王道を行くような人にもかかわらず、自分では全然そう思っていないと言ったんです。僕はその理由を聞いてびっくりしたんですが、自分より若い作家たちは文章がきれいすぎると。彼はいわゆる「内向の世代」に属する作家ですが、彼ら以前の作家たちは、そもそも文法的に誤りがあったり、てにをはが間違っていたりと、文章がめちゃくちゃだった。それに比べて若い作家たちはなぜ、みんなきちんとした日本語を書いているのだろう、と疑問に思ったと言うんです。すごく繊細に、細かな違いを描き出そうとしているのだけれど、その前にもっと考えるべきことがあるだろうと。たしかに古井さんの小説は、いま読んでも日本語が変なところがある。
 なにを言いたいのかというと、僕はやはり三月以降、ほとんどの小説が読めなくなりました。自分のなかで言葉に対する感覚がものすごく鋭くなっていて、まさに危機対応の状態なので、ほとんどの小説が読めなかった。たとえば和合亮一さんの詩も、すごくまじめに書かれているのだけれど、だからこそ読めない。一方で、古井さんの文章は読めたんですよ。なぜかと言えば、いろいろなものが間違っているから。つまりどういうことかと言うと、きちんと書けるということは、文章のことしか見ていないということでもあるのではないでしょうか。この世界についてもっと知りたい、それを書きたいと思うと、言葉がおかしくなるはずです。もちろん、小説家は技術によって言葉を整えるのだけれど、そういう、言葉しか見ていない作家の文章は読めなくなってしまった。僕は3・11以降とくに顕著になったのだけれど、本当はいつでもそうでなきゃいけないのかもしれない。
佐々木敦『シチュエーションズ 「以後」をめぐって』より市川真人×高橋源一郎×東浩紀「3・11から文学へ」、東浩紀対談集『震災ニッポンはどこへいく ニコ生思想地図コンプリート』)


  • 朝、四年生のS.Sさんからメッセージ。K.Kさんといっしょに「せんせー! かっこいい〜!」ときゃーきゃー騒ぎまくっているボイスメール。なんのことかと思ったら、どうやら先日撮影した大学院試験受験者に対するメッセージ動画をふたりして見た模様(決起集会みたいなものが開催されてそこで公開されたのか、あるいは学院のウェブサイトかなにかで公開されたのか、そのあたりのことはよく知らん)。あらためて激励しておく。
  • 9時に国際交流処のオフィスへ。LのほかにCもいたので、あらまッ! めずらしッ! となった。J関連の書類手続きのために来ていた模様。あなたはどうして来たのとたずねられたので、Work permit systemがupdateされた関係で必要なappをインストールして設定しなければならないんだよと応じる。もともとは国際交流処でアルバイトしている学生がその設定をしてくれるという話だったのだが、いまは忙しくて手が離せないらしい。LはLでバタバタしている。そこでCが代わりに手伝ってくれることになったのだが、必要なアプリをインストールするところまでは無事進んだものの、それを設定することがどうしてもできない、こちらの名前とパスポート番号を打ちこんでもどうしても認証してくれない。Lによればsystemがupdateされたのはごく最近のこと、アプリもそのupdateにともなってあたらしく作成されたものだというので、どうせまた外国人には対応していない状態で見切り発車しているのだろうとなる。この手の問題は本当にしょっちゅう生じるのだ。Lにたのまれる格好でCが政府の関連部門に電話もしてくれたのだが、全然つながらない。結局午後にあらためて出直すことになった。こちらの都合で無駄にひきとめる格好になってしまったCにあたまをさげる。Lからはおみやげとして龙眼を1パックもらった。Jは今日もまたコーヒーをいれてくれた。それからずいぶんひさしぶりにFとも会った。冬休みには日本に帰るのかとたずねられたので、もちろん帰るよと応じたところ、チケットはいくらくらいなのかというものだから、今回は安かった、往復で1500元くらいだったと思うというと、Cとそろってびっくり仰天していた。広東省に旅行するのと変わらないではないか、と。
  • 第五食堂で朝昼兼用のメシを打包して食ったのち、阳台にて「実弾(仮)」第7稿作文。11時半から15時前まで。シーン24の続き。いちおう最後まで通したが、二箇所ほど気になるポイントがあるので、そこはまた明日チェックする。
  • 15時過ぎにあらためてオフィスをたずねる。アルバイトの女子学生がひとりいる。コンピューターを専攻している学生だから解決できるはずだとLがいう。それに若い子のほうがインターネットまわりには詳しいからというので、もろ手をあげて同意する。女子学生とは別にもうひとり見るからにオタク趣味の男の子もあらわれる。午前中にインストールしたアプリをひらいてふたりに渡す。念のためにあらためてログイン画面に名前とパスポート番号を打ちこんでみるが、やはりどうしようもない。女子学生はすぐに小红书をひらいて情報を集めはじめた。結果、午前中にCの操作でダウンロード&インストールしたアプリがまちがいであることが判明、別のアプリが必要であるとわかった(しかしその情報は小红书経由ではなく、午前中は通じなかった政府機関に電話して得た情報だったかもしれない)。アプリをダウンロードするページをひらくと、たぶんほかにもこんなおすすめのアプリがありますよというアレだと思うのだが、ずらりと表示されたアイコンのなかに『王者栄耀』のものがまじっていたので、あまり英語が得意ではないようすのふたりにむけてすごくゆっくりと、これ中国の学生はみんな好きでしょう、うちの学生もみんなプレイしているよというと、それまでおそらくはじめて接する日本人に緊張していただろうふたりはここではじめて笑った。『原神』も有名だよねと中国語で続けたところ、男の子のほうが日本語読みで「げんしん」と口にしたので、あ! やっぱりオタクだ! となった。女の子のほうはその後別の仕事の手伝いをするために去った。残る手続きは男の子のほうが担当してくれた。無事登録ページにたどりついた。必要情報を記入したのち、セルフィーを撮影して投稿。それで手続きは無事すんだ。
  • その後たぶん15分ほど、男の子とソファにならんで腰かけた状態で、英語と中国語のちゃんぽんで雑談した。男の子はコンピューター関係の三年生だった。出身は河北省。(…)省の料理は全部辛いけど河北省はどうなのとたずねると、麺が有名であるという返事。ぼくは粉より面のほうが好きなんだよと受ける。男の子は予想どおり日本のアニメが好きだといった。いちばん好きなのはなにとたずねると、よく聞き取れない返事があったので、あ、たぶん作品の中国語タイトルだなと察し、画像を見せてくれるかとお願いした。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』だった。こちらが以前京都に住んでいたことを紹介しつつ、このアニメを作っているのは京都の制作会社だよと伝えると、「京アニ」と、「京」だけjing1と中国語読みだったが「アニ」はそのまま日本語で「あに」と発音して受けてみせるので、あ、こっちではそんなふうに呼ばれているんだなと思った。だったらこれも通じるかなと思い、日本語でそのまま「フリーレン」と発音してみたところ、知ってる、大人気だ、すばらしいアニメだ、という反応。『鬼滅の刃』も当然知っていた。来年以降はこれが人気になると思うよと前置きしてから、『カグラバチ』の画像を見せたところ、coolだという返事。中国語のタイトルはなんだろうと気になったのでググってみたところ、「神樂鉢」という繁体字版がヒットしたものだから、これだよと見せた。男の子は知っているといった。ウェブにあがっている漫画を以前読んだことがあるらしい。
  • 卒業後はどうするのかとたずねると、大学院にいくか仕事を探すかまだ決めていないという返事。中国ではいま仕事を見つけるのがむずかしいからというので、日本に来ればいい、日本だったらいま仕事は簡単に見つかる、特にきみみたいにパソコン関係の知識をもっている人間であれば日本語ができなくても就職できる、きみも知っていると思うけど最近若い中国人がたくさん日本で仕事をしているよといった。中国はいま仕事を探すにしても大学院に進学するにしても……というので、「内卷」だよね? と先にひきとって口にすると、男の子は破顔し、あなたは中国語をよく知っているといった。男の子はものすごくシャイで、こちらが初対面の外国人であるという点を差っ引いてもなおおどおどしていて見るからに社恐であったが、そういうタイプの子の前ではとにかくよく笑うのが大切であるというか、相手のちょっとした発言に大笑いしてあげることでムードがやわらぐことを経験的に知っている。
  • Lがもどってきたところで、先日こちらの写真撮影をした事務室へ。そこで必要な書類を印刷する必要があるのだという。本来の予定ではアプリの設定がすんだところでそのまま役所をおとずれるつもりだったのだが、今日はもうその時間がなくなってしまったので、明日の9時にまたオフィスで待ち合わせして出かけることになった。事務室にむかう途中、来年からは結局(…)で健康診断を受ける必要があるとLはいった。以前担当者に確認したところ、11ヶ月分のビザであれば(…)の病院で受けた健康診断の結果でも問題なしという話だったのに、先日あらためて確認してみたら、(…)の場合は4ヶ月分しか効力がないと突っぱねられてしまったという。中国あるあるだ。ということは来年以降、一年に一度は(…)まででばって健康診断を受ける必要があるということ? とたずねると、然りの返事。当然Lもそれに付き添わなければならない。麻烦你とねぎらうと、麻烦外国人という返事。来学期はJやほかの外教ふくめて四人そろって(…)に行く、どうせ行くのだったらはやめに出てちょっと観光すればいいというので、そりゃあ良いアイディアだ、ひさしぶりに小龙虾拉面でも食べたいよと受けた——というやりとりをしているときはすでに事務室にいたし、二度目の来訪になるからかこちらを見知ったスタッフらもやや友好的な雰囲気があったので、彼らにもやりとりが理解できるように中国語に切り替えてLと会話していたのだった。(…)にも小龙虾拉面を食べることができる店はあるよとスタッフのおばちゃんが教えてくれた。スタッフのおっちゃんは干してスライスしたさつまいもをたくさんくれた。最近第五食堂でさつまいもを買うんだ、おいしいよねと受けると、これは彼女の母親の手作りだといって別の女性スタッフを紹介された。Kだったらよだれをだらだら垂らして食いまくるにちがいないブツだったし、実際こちらもけっこう遠慮なくバクバク食いまくった。印刷した資料を受けとったところで部屋を出たのだが、あのさつまいもはおいしかったとふたたび英語に切り替えて口にしたところ、だったらいくらか分けてもらって持ちかえればいいとLがいった。いやなんかそうするとぼくすごく貧乏みたいじゃない? と応じると、Lはゲラゲラ笑った。オフィスの入り口を通りがかったので、さっきの男の子に、同学! 非常感谢! と声をかけた。そうしてLともわかれてひとり外に出た。
  • 時刻は16時すぎだった。中途半端な時刻。食堂をおとずれてもまだおかずはそろっていないだろうが、かといって五階にある部屋まで一度もどるのも面倒だ。快递に荷物がとどいたというメッセージがちょうど二件とどいていたので、散歩を兼ねて歩いて回収に出かけることにした。こういうときにかぎって先ほど別れたばかりの学生とまた顔を合わせるという微妙に気まずいイベントが発生したりするもんなんだよなと思っていたのだが、マジでそのとおりになった、13舎のそばにある菜鸟のそばでほかでもない男の子とすれちがったのだった。我要去快递! と告げる。荷物を回収した帰りには「転籍」したH.Kさんから「Mせんせー!」と呼びかけられた。知らない女子学生といっしょに歩いていた。「転籍」先でも友人が見つかったのだろう。
  • 第五食堂で打包したメシを食ったのち、30分ほど仮眠をとったのだが、寝不足で活動していたためもあってか、やたらと深い眠りだった。その後はきのうづけの記事の続きを書くなどして過ごしたのだが、iCloudの異変のみならずPagesでosakaフォントが使えなくなるという異変まで生じたので(これはたびたびあることだが)、これはもしかしたらソフトウェアのアップデートがきているんではないかと確認してみたところ、案の定そうだった。アップデートをすませれば、おそらくすべてがつつがなく元通りになるはず。
  • 一年生のS.Sくんからスクショが送られてきた。学生が教員に点数をつけるページのものだった。こちらを評価する欄に100点の数値が記入されていた(次点はK先生の97点だった)。学生が毎学期このように教員に点数をつけているという話はきいたことがあるが、実際にこちらの評価がどれほどのものであるのか見たことはない(見ることができるのかどうかも知らない)。R.U先生の評価なんてたぶん平均で70点くらいなんじゃないだろうか。
  • 筋トレを再開したのが原因なのか、それともここ数日リュックサックを背負う機会が多かったのが原因なのか、首の絞まるような違和感がぶりかえしつつある。入国時に傷めてからおよそ三ヶ月間、大事をとって体を動かさずにいたそのおかげで完治したものと思っていたのだが、どうもそういう簡単なアレではないらしい。一時帰国中にやっぱり検査をしたほうがいいのかもしれない。めんどうくさい。感覚でわかるのだが、これはすぐに治るタイプのものではない、たぶん長期間にわたって付き合い続ける必要のあるやつだ。