父は時々眼を開けて、誰はどうしたなどと突然聞いた。その誰はつい先刻までそこに坐っていた人の名に限られていた。父の意識には暗い所と明るい所とできて、その明るい所だけが、闇を縫う白い糸のように、ある距離を置いて連続するようにみえた。母が昏睡状態を普通の眠りと取り違えたのも無理はなかった。
そのうち舌が段々縺れて来た。何かいい出しても尻が不明瞭に了るために、要領を得ないでしまう事が多くあった。そのくせ話し始める時は、危篤の病人とは思われないほど、強い声を出した。我々は因より不断以上に調子を張り上げて、耳元へ口を寄せるようにしなければならなかった。
(夏目漱石『こころ』)
10時起床。きのうづけの記事の続きを書いて投稿し、ウェブ各所を巡回し、1年前と10年前の読み返し。2023年9月16日づけの記事に、『リアルの倫理——カントとラカン』(アレンカ・ジュパンチッチ/冨樫剛・訳)と『小説の誕生』(保坂和志)の一節を並べたうえで、以下のような記述が残されていた。
なんとなくこれらふたつの文章を読んでいるうちに(これらの文章とはおそらく無関係に)練りあがっていったのは、原因と結果を主体が結びつけるのではなく(因果律を主体が見出すのではなく)、バラバラな出来事がまずあり、それらが原因と結果の二項で束ねて結びつけられるその結び目に主体が事後的に生成されるというイメージで、これはつまり、小説における事後的な語り手の生成問題がこちらのあたまには常に居座っているからであるのだが、しかしこうした論理の逆転で可能になる考え方にもだいぶ飽き飽きしてきたので、そろそろ別の発想が欲しいかもしれない。
あと、2014年9月16日づけの記事に、アキレス腱をいためたためにジョギングをとりやめにしたその代わりにスクワットをしたと記録されていたのだが、「2年か3年前にジョギングをはじめて以降はまったくやっていなかった」そのスクワットを「反動をつけず一回一回を丁寧に、とりあえず100回こなした。けっこう息が切れて汗もかいた。最初だしこれでいいかと思ったが、ここであまえるやつはいっしょう何もできないという例の精神論が鎌首をもたげたので、少しの休憩をはさんでもう100回やった」とあって、えー! 10年前のじぶんってそんなに体力があったのか! とびっくりした。いまスクワットなんて連続で50回もできないと思う。
昼飯は第五食堂で広州料理を打包。ちょうど午前の軍事訓練を終えて食堂にむかう新入生の群れにまきこまれるかたちになって辟易。もともと食堂でも列に並ぶという発想のほとんどまったくない学生たちだが、それでもなんとなくぼんやりと、注文をする人間はこのあたりにかたまって、注文したものを受けとる人間はこのあたりにかたまるみたいな、そういうアレはないことはない。しかし新入生はそういう暗黙の了解を知らないわけで、当然、厨房前の窓口はぐちゃぐちゃに混雑するし、順番抜かしが当然のカオスになる。こういうのにはもう慣れっこであるし、グチグチ言っていてもしかたないのだが、ただ本当にふしぎなのは、中国人自身こういう列に並ばないという風習をうとましく思っていることで、政府としてもいたるところに、列にきちんとならびなさい、「文明」的になりなさいみたいな標語を貼りつけているし、学生らは学生らでこちらの知るかぎり、順番抜かしをされたことにしょっちゅうイライラしているし、日本に一度でもおとずれたことのある子らはきまって日本人の整列っぷりに感心し中国でもそうあるべきだと口にする、つまり、官民そろってしっかり列にならんで順番を守ったほうがいいというあたまがあるのに、それがいっかな社会に根づかない。ここまで強権的で管理社会的でなにもかもがコントロールされているようにみえる社会にあって、列に並ぶこと、順番を守ること、このふたつだけがどうしたって内面化されない。これはこの社会を語る上でじつはかなり象徴的な現象なんではないかと思う。
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写作の課題「(…)」、1班の回答もまとめた。そのままS.Sさんに頼まれていた作文コンクール用の原稿も添削する。そのS.Sさんから途中連絡があり、西門に17時に集合することに決まった。「あ、ウィーチャットのアイコンが変わりました」とS.Sさんは言った。きのうづけの記事に書き忘れていたが、昨夜就寝直前、なぜ急にそんなことを思いついたのかわからないのだが、不意に、『青の稲妻』(ジャ・ジャンクー)でシャオジィが煙草を吸っているシーンのスクショを三枚ほど撮り、gimpでそれを横並びにして一枚の画像にまとめたうえで、微信のアイコンに設定したのだった。「実弾(仮)」が完成間近にせまったいま、これは一種の願掛けみたいなものだと、画像を作成し終えてからそんなふうにも考えたのだが、微信のアイコンを変更したのなんて何年ぶりだろう? これまではずっとS.Fさんが送ってくれたシンプソンズのキャラクター——めがね+髭+ハット+ボディピ+タトゥーといういでたちのキャラで、先生にそっくりです! と送られてきたのだった——を使っていた。
17時前になったところで寮を出た。徒歩で西門にむかう。グラウンドとバスケコートでは軍服姿の新入生らが教官の指示にしたがって空手の型みたいな動作を掛け声付きでくりかえしている。歩いている最中、どうも胸が苦しいなと思った。息苦しいというわけではないのだが、やはり首元が変に絞まっている感じがする。きのうおとついあたりから首元の違和感が徐々に悪化しているというか、いや悪化しているのかどうかは正直わからないのだが、少なくともよくはなっていないよなという実感はあって、場合によっては連休明けか、あるいはもう少し時間をおいて国慶節前か、そのくらいのタイミングで病院にやっぱり行ったほうがいいかもしれない。
西門にはO.Gさんがいた。S.Sさんのいう「Oさん」とはやはりO.SさんではなくO.Gさんだったわけだ。O.Gさんはコスプレみたいな服を着ていた。JKファッションでもないしロリータファッションでもない、あれはどういえばいいのだろうか、マジでよくわからんしこれを書いているいますでにあまり思い出せなくなっているのだが、たとえばあの服を日本で着ている女子を見かけたら、うん? コスプレかな? いや、ふつうの私服か? とちょっと判断に迷う、そういう服だ。日本で買ったものだとO.Gさんは言った。O.Gさんは夏休み中、『ヘタリア』の舞台を見るために東京をおとずれていたのだ。のちほど詳細をきいたのだが、滞在は一週間。赤坂のホテルにずっといたという。むこうでは寿司を一度食べた。しかしそれ以外はずっとホテルの最寄りにあるファミマで食事をすませたとのこと。来日前は若干緊張したが、滞在中はずっと楽しかったというので、よかったよかった。
少し遅れてあらわれたS.SさんはJKファッションだった。めずらしくバッチリメイクだったが、あれはもしかすると中秋節のおでかけみたいなニュアンスだったのかもしれない。さっそく三人でTにむかう。道中、S.Sさんから33歳の兄がいるという話をきいた。彼女の13歳年上という計算になる。既婚で子どもはひとりいるのだが、その子どもは兄嫁の連れ子だという。しかし兄嫁に離婚歴はない。つまり、未婚のシングルマザーだったわけだ。店に到着してメシを食っているとき、ふたたびその話が出たので、そういう相手との結婚ということで保守的な両親からは反対意見が出なかったのかとたずねると、お見合い結婚だったのでむしろ賛成だったという返事。うちは貧乏だからという言葉が続いたので、それでなんとなく事情は察せられた。S.Sさんの故郷は農村なのだ。そして兄嫁はもうすこし都市部の出身であるか、それなりの財産があるかするのだろう。本来ならまったく釣り合っていないふたりであるが、いわゆるコブ付きということでそこが対等になった、おそらくはそういう結婚なのだ。
それで卒業生のO.Gさんの話をした。成績優秀で本人も大学院に進学する気がある程度はあったはずなのだが、農村出身であるために両親にそのあたりの理解がなく、結局卒業後そのまま就職することになった。さらに高校時代から付き合っていた恋人がいたにもかかわらず、相手が同郷の人間でないからという理由で無理やり別れるように言われ、代わりに同郷のろくでなしとお見合い結婚をさせられることになった。そういう話をすると、中国の田舎ではよくあることですとS.Sさんは言った。浙江省杭州というザ・大都市出身のO.Gさんは信じられないと首をふった。もしじぶんがそんな立場だったら親との縁を切るとまで言ったが、そういうことを無邪気に口にすることができてしまうのがやっぱり都市部の子なんだよなと思う。O.Gさんは今学期から寮を出て、后街にあるアパートでひとり暮らしをしているらしい。家賃は600元だという。ずいぶん安い。
S.SさんとR.Uくんの関係がよろしくないことになっているという話も出た。「感情の問題」があるという。詳細は不明であるが、たぶんはじめてとなる遠距離恋愛の現状、いろいろむずかしいのだろう。R.Uくんが日本に滞在するのは10月いっぱいであるわけだし、こっちにもどってきたらきっとまたうまくいくんではないかと思うのだが(O.Gさんもそう言った)、S.SさんはR.Uくんとふたりでいるときは「性格が悪い」人間になってしまうといった。嫉妬深くなるとか、束縛癖が強くなるとか、たぶんそういうアレじゃないかと推測。
今学期の授業についてもきいた。R先生が翻訳の授業を担当しているというので、いやそれは無理やろとびっくりした。あと、R先生が日本动漫文学みたいな授業を担当しているという話もあって、これはたぶん今学期からはじまった新授業ではないかと思うのだが、あいかわらず授業中にただ映像を流しているだけの代物だというので、あのババアほんまにじぶんが楽することしか考えてねーなとげんなりした。前回は『文豪ストレイドッグス』をただ視聴しただけ。とはいえアニオタのO.Gさんにとってはよろこばしい授業ということになる。
ところで、Tに到着後、着席してすぐに一瞬、吐き気をおぼえた。店にむかって歩いているときからやはり胸に違和感があり、うーんこれはやっぱりよくないのかなと思っていたわけだが、そのときだけは、あれ? これこのまま息ができなくなるパターンじゃないの? 救急車? という最悪の想定が一瞬あたまをよぎった。しかしその後すぐにもちなおした。これを書いているいまも背中は痛いし、首元も絞まっている。ただ、これらの症状がほんとうに気胸に由来するものかといわれるとけっこう微妙な気もするというか、デスクワーク由来の痛みなんじゃないかというアレもあって(実際、こうしてデスクにむかってカタカタしていると背中の痛みが悪化する)、ちょっとよくわからん。気胸の症状と、デスクワーク&運動不足由来の症状の、あわせわざで一本! みたいな感じではないか。
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食後はYで红枣のヨーグルトを買った。スクラッチの宝くじが売っていたので20元のものを一枚買った。すると20元当たったので、その20元でさらに一枚購入。すると40元当たったので、20元×2枚を購入。すると60元当たったので、30元×2枚を購入。すると30元当たったので、30元を1枚購入。すると外れた。毎回このパターンやな! S.Sさんも20元のものを1枚買ったのだが、一発目で60元的中し、すぐに換金してもらっていた。こちらが欲望のおもむくままに連チャンで勝負し続けるさまを見て、ふたりはたいそう笑っていた。
大学の西門にもどる。中秋節なのでひとが多い。通りに屋台がたちならび、簡易テーブルや椅子が近くに出され、そこで飲み食いしているおじさんらの姿も目立つ。日中はさすがにまだ暑いが、日が暮れると、半袖一枚はすずしくてちょうどいい。西門に渡る手前の交差点で三年生のC.Sさんから声をかけられた。彼氏とデート中だった。ぼくらいまTで夕飯をとったところだよというと、ふたりから聞いているという返事(三人はルームメイトなのだ)。背の高い彼氏はずいぶんはずかしそうにしていた。シャイなのだ。
女子寮前までふたりを送る。O.Gさんは寮にまだ荷物がいくらか残っているらしく、それをこれから運ぶ予定なのだという(これを書いているいまふと思ったのだが、手伝ってあげればよかった)。
寮にもどってからシャワーを浴び、S.Sさんの作文コンクール用原稿を完成させた。デスクにむかっていると、とにかく背中が痛い。これやっぱり気胸由来のものではなくデスクワーク由来のものなのではないか?