20240319

もちろん〝信仰〟ということだが、信仰とはそもそも肉体からやってくるのか、言語からやってくるのか。信仰とは肉体を言語に拘束させた状態なのではないか。生の感情を聖書などの言葉によって鋳造しなおした状態が信仰なのではないか。 (保坂和志『小説の自…

20240318

宗教を信じられていた時代だったら簡単だった。しかし宗教への敬意は私自身が使っている言葉によって踏みにじられている。私たちが使っている言葉は全体として宗教への敬意が失われたモードに乗っているのだから、私が一言しゃべるたびに宗教から遠ざかるだ…

20240317

これは予想というかまだ中身としては全然詰められていない考えでしかないのだが、身体と言語のきしみが小説に反響しているかぎり、小説は自我なんていうちっぽけなものでなく、人間の起源に向かいうる。 具体的な題材として〝人間の起源〟を書かなくても、身…

20240316

小説家は、人間の身体が空間の中にあってその身体が感知するもの(A)と、自律的に動く言語の体系(B)という、まったく異なる二つの原理にまたがって文章を書いているということだ(ここに三つ目として記憶の原理というのも考えられるが、それが(A)か(B…

20240315

『ゴドーを待ちながら』の比重は、「ゴドー」でなく「待ちながら」の方にあるのだが、人は動詞や状態をあらわす言葉よりも圧倒的に名詞に反応するようにできているらしい。それが、小説に書かれていることをそのまま読むのではなく、意味を考える性癖の原因…

20240314

実際、掟は、掟の信奉者を寝かしつけるものである。我々も、法律を尊重して生活しているが、それは法律によって自分の精神の一部を眠り込ませるためである。その状態は、分析用語で言えば、超自我と自我の間柄に属する。つまりそれは一つの催眠なのである。…

20240313

我々は朝目覚めたときに、そこが夢の世界ではないことにすぐ気がつく。たった今まで真剣に夢を見ていたのに、夢だったのか、で済ませてしまう。たとえば夢の中でどこかへ行き着こうとして、どうにも行き着けないような夢を見ていたとすれば、いったん起きれ…

20240312

しかし私にとってうちの猫たちがかけがえがないのは、私が猫それぞれの個性を発見したからではない。それは逆で、かけがえがないから個性の違いが一層よくわかるようになっただけのことで、猫がもっとずっと個性の違いを見つけにくい生き物だったとしても猫…

20240311

無意識は「他者の語らい」として規定される。事実、自己が語ることがらは、物語化されており、したがってナルシシズムに浸されてしまっているから、信用できるのは他者からくる言葉だけである。ところが、他者から来る言葉だけを吐いている人間は、どう見ら…

20240310

読者は気がついているだろうか? 私はここで、自分のことを「私」と書いたり「こっち」と書いたり「読者」と書いたりしている。しかもこの段落にも「読者」という呼び名が出てきていて、前の段落の「読者」は「私」から移行してきた「読者」であり、この段落…

20240309

メロディ、主旋律というのは曲の楽器編成を離れて、いろいろな楽器によってどこででも再現することができるからポータブルで便利なのだが、そのとき、特定の楽器による現前性が失われる。音楽や美術の場合、現前性をそのまま物質性と言い換えてもまあかまわ…

20240308

「リンゴ」や「コップ」や「犬」のようには目で確かめることのできないのが「愛」で、誰かが「リンゴ」と言って犬を指差したときに、「それはリンゴではない」と指摘するようには簡単に指摘することができないのが愛で、だから愛はその人ごとに「これが愛だ…

20240307

共感覚というと、音と色を想像しがちだが、聴覚と視覚だけでなく、視覚と味覚とか、聴覚と触覚とかの共感覚(未分化)もあると考えると、文字による描写を読んでいるときに風景が頭に浮かんでくる理由も文学としての巧拙を離れた別の様相を帯びてくる、とい…

20240306

「父さんは言っているよ、おれたちが大人になるころには、何もかも機械になっているって。仕事があるのは、こわれた機械の廃棄場だけになるだろうって。機械にできないことと言ったら、ふざけることだけだ。人間の使い道は、冗談を生かすことだけさ。」 (ト…

20240305

「でもないな。おれの言うのは閉回路(クローズド・サーキット)みたいなものよ。みんな同じ周波数を出している。それでしばらくすると、ほかの波長があるのを忘れちまって、これだけが大事な周波数だ、リアルな周波数だ、なんて思い始める。ところが外部で…

20240304

今になってみれば「低地」は不愉快だと言っても、「エントロピー」を見なければならないときの心のわびしさに比べれば何でもない。この短編は新米の作家がいつも、犯さないようにと警告されている、手続き上の誤りの好例である。一つのテーマ、象徴、あるい…

20240303

高校を出て一度は農業大学に籍を置いたスティーヴだったが、一つにはあるビートニクの男に読ませられたベケットの『ゴドーを待ちながら』に衝撃を受けたこと、もう一つには父親との間が険悪で早く家を出たかったということがあって、ある日、ビショップズ・…

20240302

幼年時代のスティーヴ・ロジャースの記憶にまずあらわれるのは、母親の面影である。父は空軍のパイロットとしてイタリアでの戦役に従軍しており、母は息子を連れてアメリカ中の空軍基地を転々とした。ミシガン湖畔のフォート・シェリダンからサウス・ダコタ…

20240301

レジで代金を払った人々が、手に盆を持ったままくるりとこちらに向きを変える。そうして、目で空席を捜す。代金を払い終り、テーブルに向かって歩き始める前の、その一瞬の無の時間。そのとき彼らは何者でもなく、彼らの仕事も役職も消えうせて、ただプラス…

20240229

ぼくはなにか祈りのようなものを唱えたくてたまらなくなり、だが、やり方を知らないことに気がついた。不意に、自分が危機に際して祈らずにいられないすべての人々と、結びつけられるのを感じた。祈りを、馬鹿げたものとは思わなかった。それはただ、不可解…

20240228

ぼくは八〇エーカーの芽ぶきはじめた牧場の奥深くにいて、ぼくの頭は決してじっとしていなかった。ぼくの目はみずみずしい緑の牧草の連なりを舐め、いちばん新しいトラクターの轍を捉えることができた。子牛がつけた深くへこんだ足跡は、辺りがまだ泥で、草…

20240227

高い高い草から アスファルトの運動場の縁へと ぼくは君がぼくを観察するのを見る ぼくはぼくに見られてるのに気づいていない君を見る ぼくがかすめ取る盗み見の一つひとつが ぼくの生命に一日を加える 近ごろ君はつかまえにくい あるいはぼくが耄碌してきた…

20240226

ぼくと馬とは山腹の中ほどにある牧場の門を抜け、たいらな地面の上にぼくは馬をとめる。彼は登ってきたために息使いが荒く、小さな汗の玉が両肩の間に浮き出ている。眼下の谷間の緑のピックアップ・トラックの中に牧場主がすわっている。彼はぼくらの方を見…

20240225

国家の響きが草原に漂ってゆく なにも信じていない声で ただ慣習のためにうたわれた歌 (サム・シェパード/畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.172) きのうづけの記事に書き忘れていたが、きのうは元宵節だったらしい(学生らがその旨祝う投稿を汤…

20240224

どうしてぼくは思うのだろう 「この男はイカレポンチだ」と 彼がクリーム入れを手に取って 「キュートなモオモオちゃん」とそれを呼ぶ時に どうしてかはわかっている。 それは彼がどうしても人々に馴染めずにいる孤独感を 少しもかくそうとしていないから (…

20240223

◉ぼくの名前は父親がはじめて生まれた息子に自分と同じ名前を付け、それから母親がその息子にニックネームを付けて、それで父と息子とが広い畑で腰まで麦に埋まり、並んで働いているようなときに遠くから呼びかけてもどちらのことだか判るようにするというこ…

20240222

ぼくは彼女のテーブルに行って、何を読んでるんだいと訊く。 「アメリカにおける自殺の歴史」彼女は答える。 そこでぼくは訊く、「自殺が専攻なの?」 「いいえ」と彼女。 「なんだ」とぼく。 (サム・シェパード/畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p…

20240221

ここの人々は いつのまにか 彼らがその振りをしている 人々になった (サム・シェパード/畑中佳樹・訳『モーテル・クロニクルズ』 p.65) 7時起床。朝っぱらからいくら丼を食す。身支度を整え、間借りの一室からパンパンになったリュックサックとキャリーケ…

20240220

◉彼の目覚ましコールは朝の五時半にかかってくる。今では毎朝おなじみのルーティンだ。彼はモーテルを出て、草地を横切り、ケトル・パンケーキ・ハウスへ行った。うすぐらい早朝の光の中、衣装係の女がジョギングして彼を追い抜いていった。彼女は一人きりの…

20240219

(…)菅原はおそらく天皇制について、肯定とも否定とも言えない複雑な感情を抱いていた。天皇が国民の公共感情を吸収する装置として存在することそのものへの関心とも、言い換えられるかもしれません。そこで、公共的な主体にとって行われる死者への追悼と、…